鍼灸

どこまで解った鍼灸の科学 EBMってなあに? その5

4、鍼灸治療学をより質の高いエビデンスで武装するには
(1)「つくる」人、「つたえる」人、「つかう」人
(2)科学的認識論
(3)鍼灸とEBM
(4)日本のエビデンスの現状
(5)EBMの手順
(6)エビデンスを捜す方法について

 IT(Information technology:情報技術)革命は森総理ではないが、必須であり、特に医療関係者には非常に大きな変動をもたらすことは確実である。そして、それは同時に患者(権利)意識の高揚と無縁でない。その第一のキーポイントは、情報の双方向性と情報の対象性である。
 今までの医療は、医師は患者から情報を収集するが、ほとんど患者へは情報を与えないという一方通行のやりとりであったし、患者は医療情報をほとんど持って無いというのが実状であった。

 インフォームドコンセントはその一方通行の情報の流れを根本から変える運動であるが残念ながら日本での普及はそれほどでなく、インフォームドコンセントを義務化すべき法律が医師会などの反対で本年見送られたことからもそれが良く分かる。そして特に鍼灸界ではほぼ皆無であろう。しかし、患者に病態の説明と治療の説明くらいはしなければならないし、この点の普及は以前よりかなり良くなっているのではないかと思っている。

<鍼灸界にインフォームドコンセントが普及するのか>
 少し脱線するが、私は鍼灸にインフォームドコンセントは現在のところ馴染まないと思っている。もちろんその現状を個人的にも解決したいのは山々だが、非常に困難を極めている。その最大の理由は鍼灸にエビデンスがないということではないかとも思っている。

 インフォームドコンセントはいうまでもなく、患者の権利意識の高揚から起きたものであり、医療の主体は供給サイドの医師ではなく、受療する患者が主体であるというのは当然のことである。しかし、この当然のことが全然認識されてなかった。お金をもらう方が感謝の意を表するのが、あらゆる商行為の原則であるが、医療に限ってはお金を払う方がありがとうございますというのである。これは、何か物を買う時に買った方がとお礼を言って、売った方が「また来なさい」といっているのと同じである。インフォームドコンセントは、医療の意識革命に他ならない。そして、貴方は五十万円のスーツが最も似合うと私が思うからそれを買いなさいといわれてそれを買わざるを得ないのが今の医療である。インフォームドコンセントは、五十万円のスーツが似合うと思うが、こちらに五万円のスーツもあるし、五千円のスーツもありますよ。ただし、五千円のスーツは仕立てが悪いし、色合いがもう一つでウンヌン…といって、買う方に選ばせるのがインフォームドコンセントであって、私にいわせればインフォームドチョイス(情報を与えて選ばせること)である。

 さて、鍼灸治療はチョイスさせる選択枝を患者に与えることが出来るのだろうか。例えば、①この太い鍼で深く刺すと、この痛みが一回で治る確率は九十%ありますが、鍼が痛んだり、痛みの感覚が残ったりすることが三十%あります。しかし、この細くて短い鍼を使えば、痛みが治るまでに四・五回かかりますが、鍼で痛くなったりすることはほとんどありません。というようなチョイスや、②こことこちらの経穴を治療に加えますと、精力がついたり、病気になりにくかったりする確率が三十%増えますが二千円余計にかかります。一つだけですと千円ですが良くなる確率は十%くらいです。どうしますか? というようなチョイスを患者に与えている鍼灸師はいるのだろうか。多分、「それは邪道だ、最適な治療を患者に施すのが鍼灸師の使命だ」という声が聞こえてくると思うが、その最適な治療というエビデンスはないのである。もちろん①と②に記載した数字は全くのでたらめであり、本来はEBMに基づいた何らかのエビデンスがあって初めていえるものなのである。

 鍼灸治療はもともと、「鍼灸師の信念と思いこみを患者に押しつける医療」であると思っている。

 日本伝統鍼灸学会副会長で古典研究会会長の井上雅文氏は、「古典であろうと中医学であろうと、現代医学的発想の鍼治療であろうと、証明されてないのだからみんなフィクションである。そのフィクションを信じるかどうかは別として、大事なのは効くか効かないかである。」と言っている。EBMとほぼ同様の考え方である。ただ、残念なことに効いているというエビデンスが誰にもないのである。あるのは鍼灸師及びその患者の経験と頭の中だけである。

 患者が沢山来ているということが立派なエビデンスであるという考え方もある。A先生は一日三人でB先生は一日百人治療しているならばB先生の治療の方が遙かに良い治療であるとはいえない。

 それどころか二十年ほど前、ある高名な先生の講演を聴いていてびっくりしたことがあった。それは五十肩の臨床実験の話しで、新しく開発したA治療と今までのB治療を封筒法で無作為に分けて比較した(同時対象比較試験)結果、A治療では五回で治ったが、今までのB治療では八回もかかった。そして、脱落例はともに四十%ずつであり、A治療は統計的に有意であったので、優れた治療法である(数字は正確でない)ということであったが、そこまでは良かった(当時としては画期的な臨床実験であった)。しかしその後、脱落例も同じであったことから、良くないB治療の方が患者が多いという統計的に有意な結果が出たので、患者が多いということは治療が下手ということである、というのである。統計はこのように使われていくのかと思って愕然とした記憶がある。当然のことであるが、早く治った患者や脱落した患者などが、その後に患者紹介や健康管理的に来院するか等の行動をとるかどうかのダイナミック(動的)な分析が必要で、最低限それをしなければとてもいえない結論である。

 また、鍼灸師の信念と思いこみが強ければ強いほど、または程々に強いと患者に良い影響(カリスマ的な)を与え、患者の信頼を得やすいだろうことは容易に想像できるし、鍼灸師の笑顔や愛想が良かったり、手当たりが患者に優しかったり、説明や考えをはっきりとした口調で患者に示したりということ等が、患者の心を捉えれば多くの患者を集めることが可能であろう。だから、患者が多い方が良い治療法であるということもいえない。良い臨床家であるということと、その治療法が良いということは別の問題。

 さて、本題に戻りコンピューターの普及及びインターネットの普及は情報の偏り(非対称性:医師と患者の医療情報の偏り)を根本から変えていく。インターネット上のホームページ(HP)には誰でもアクセスすることが出来るし、様々な医療情報が公開されている。(社)全日本鍼灸学会でも学会の案内だけでなく、学術大会の抄録などを公開している(http://www.jsam.or.jp/)。もちろん、論文や論文要旨、そして医療ガイドラインなども種々公開されている。今までは、医学情報は本屋で高額な医学書を買うか、図書館まで行って閲覧するしかなかったし、そこに書かれている言葉は素人には難解極まりなく、理解するためには解剖学や生理学の基本から学ばなければならなかった。しかし、現在ではコンピューターをもっていて、コンピューターリタラシー(Literacy:使いこなす能力)があり、かつ情報リタラシー(インターネットで情報を得る能力)さえあれば誰でも自宅で簡単に入手できる。また、言葉も素人向けに書かれているものも多数あって誰でも理解できるようになっている。

 コンピューターは、最新型である必要がなく、数年前の中古でも充分だが、今は新品が非常に安く手に入る。コンピューターリタラシーとしては、ワープロが使える程度であれば充分であるし、情報リタラシーとしてはハード的にインターネット(プロバイダー*1と契約し)に接続され、HPをみたりEメールが使える程度でも大丈夫である。現在の高校生なら誰でも出来るであろうし、既に中学生や小学生も大分出来る状態になっている。鍼灸師も(社)全日本鍼灸学会の役員は9割程度、また、東京地方会では役員のほぼ全員がこのレベルに達している。しかも、その半数はこの二年くらいの内に導入したのである。

 (社)全日本鍼灸学会では、三年を目途に事務の一本化が出来るように進めているいるが、これも全てインターネット上での処理が出来るように想定しているし、学術大会でも申し込みはいうに及ばず、抄録の募集と受付、審査、抄録集の作成、論文の査読までもインターネット上で出来るように準備を始めている。

 何故そうするのか、一言でいえば、「迅速で・安く・きれい」だからである。そういえば最近手紙が減った。手紙が0の日なんて今まで一日もなかったのに、今年に入って2・3回ある。心なしか電話も減ったように思える。その代わり、Eメールは一日何本も入ってくるし、こちらも沢山送る。もちろんいらない情報も多々ある(最近はEメールを使った商品宣伝のDMが入るようになった。しかも世界中から)。

 さて、コンピューターと情報リタラシーがあれば、誰でも簡単に医療情報を得ることが出来るということは、しかもその情報は常に新しいか、せいぜい数年前のものであり、医師や鍼灸師はそのテリトリーの範囲で常に最新の医学情報を入手しなければならなくなるということを意味する。何故なら患者が、自分の病気について最新の情報を簡単に入手するからである。患者は自分の病気だけ、我々は広範にというと今までの情報の非対称性が、逆転する恐れさえあり、患者の方が最新情報を豊富に持っていて医師・鍼灸師を試験する時代になる可能性は非常に高い。

 もちろんそれは、今までの医学雑誌のレベルでもあり得ることである。例えば、ある治療院で一般向けの医学雑誌である『今日の健康』誌(NHK出版)を待合室に置いてあったが、私がそれを見て一言、「待合室に『今日の健康』誌があるということは、患者から質問されても困らないようにみんなその内容を全部理解したということですね」と言ったら直ちに回収したのである(当院では取ってはいるが、スタッフ全員が理解したかどうかわからないので待合室にはおいてないし、私も読むことの方が少ない)。ただし、医学雑誌は、その患者の欲しい情報が書いてあることが少ないが、インターネットでは自分が欲しい情報を簡単に手にはいるわけである。

 また、余談になるが数年前までは患者の紹介源はほぼ100%患者か鍼灸師であったのに、今では月に3・4件は当院のHPをみて来院するようになった。HPは3年ほど前より開いているが、当時は年に3人ほどであったのに今年は大分増えている。
 鍼灸師のIT化はこのように必然である。多分2・3年後にはあらゆる職業分野で、仕事をする人の大部分はIT化されてなければ置いて行かれる時代になると思う。

 要するに、少なくともコンピューターを買ってワープロとインターネット・Eメールくらい出来るようになりなさいということである。そして、エビデンスを取りにいけるくらいになるのは、多分1ヶ月もあれば出来るようになると思う。

 さて、その具体的な方法であるが、図6はその手順を示したものである。
 step1では、手っ取り早く教科書や医学書を調べてみてそこで出ていたらそれを応用してみればよいのであるが、医学書に出てないか、出ていても治療結果が思わしくなければもう一度教科書・医学書を調べるか次のstep2に進む。

 ここからコンピューターを使うわけであるが、診療ガイドラインは鍼灸の世界には特にない。(社)全日本鍼灸学会では過去に研究委員会での活動があり、腰痛班、腰下肢痛班、五十肩班、高血圧班など幾つかのグループでその研究結果をまとめたものがあり、一つのガイドラインであるが、実態としては学会のコンセサンス(学会全体としての合意)を得たものでなく、少数のグループによる提案というレベルのものであった。(社)全日本鍼灸学会東京地方会学術部でまとめた『愁訴からのアプローチ』も、ガイドラインというものを目指してはいるがやはり提案というレベルである。しかし、両方ともに関わった者としては不十分であることは重々承知であるが、現在の所は最もガイドラインらしいものとして臨床や教育に応用している。

 所詮、鍼灸治療の世界ではその治療法が千差万別であり、それに伴い診断法も同様に千差万別であるから、いわゆるガイドラインは創り得ないのではないだろうかとも危惧する。ただ、その1で書いたように腰痛の養生法のようなガイドラインが西洋医学領域であるので、養生や指導の分野では参考になる資料は皆無でないと思われる。

 ガイドラインがないか、あっても問題点が見つけられなければ、二次資料を捜すことになる。医学情報ではコクランライブラリーのような二次資料を探すことになるが、コクラン以外にも様々な二次資料がインターネット上で捜すことが出来る。その3で紹介したFACT誌も代替医療関係の二次資料である。しかし、ほとんどは英語である。FACT誌もまだ翻訳されて本誌に掲載されてない(多分インターネット上で無料公開されることは無いと思われる)。

 ただし、既に日本語に翻訳されたものも要旨であるが多数紹介されている。ただ、医療の問題は幅広いので、鍼灸師が必要とする情報は全て調べたわけではないので非常に少数であると思われる。
 step4及びstep5は、MEDLINE などの一次情報誌から捜すわけであるが、これは英語でもあるし鍼灸関係はほとんどないので大変な作業である。

 日本関係では、前号で紹介した医学中央雑誌とその他JMEDICINE(JICST:医中誌国内医学文献ファイル、科学技術振興事業団科学技術情報事業本部作成)とJAPICDOC(日本医薬文献抄録情報、日本医薬情報センター作成)の合計三つの国産医学データベースがあるが、二次情報誌やMEDLIME と違って内容の吟味はされてないので玉石混淆である。もちろん、検索するときに統計用語を使って絞り込むことは出来るが、その方法は簡単ではない。

 インターネットで医学情報を取りに行くには、様々なルートがあり、詳しくはEBMジャーナル第一巻二号特集「エビデンスをさがす」1)かプライマリケア誌第23巻2号特集「インターネットを用いた情報」2)に詳細に記載されているのでそちらを参照されたいが、そういってしまってはEBMの紹介役としては問題なので、最も簡単な方法をご紹介すると。(社)全日本鍼灸学会のHPにアクセスしていただいて(http://www.jsam.or.jp/)、他団体と学術誌の中の「コクラン日本」をクリックしていただければ、その3でお伝えした日本のコクランネットワークであるJANCOC(Japanese informal Network for the Cochrane Collaboration)のHPに簡単にアクセスできる。この中には、コクランシステマティックレビューの欄があり、三十数個の共同SR(システマティックレビュー)グループがあって、それぞれの幾つかSRが示されている。残念ながら鍼灸に直接関係するものは見あたらなかったが、指導面や薬の質問などに関係するものは幾つか散見できる。

 しかし、インターネット上で得る情報には、やはり幾つかのバイアスがある。典型的なのはネガティブな情報は載らないということで、伊地知信二医師らは、幾つかの例を挙げてインターネット上のEBMの問題点を指摘している3)。

 その一つは、エストロゲン受容体陽性乳癌の治療薬として有名なタモキシフェン(tamoxifen )には55のRCT(合計3万7千例)があり、それらのメタアナリシスの結果、乳癌の発生を半減させることが1998年に報じられたが、その後の2つの報告(約8千例)の結果はともに否定的で副作用の方が問題であるという。しかし、インターネットではこのネガティブなデータは通常では検索できなく、ポジティブな結果のみ検索できるということである。また、日本で行われた自閉症に対する治療薬のRCTで、ネガティブな結果が出たが、やはりインターネットでは検索するのは難しいとのことである。この出版バイアスは非常に重要な問題であるが、我々には如何ともし難い問題である。

 また、インターネット上には営利目的な信頼できない情報が氾濫しているとも警告しており、MEDLINEやコクランなどを用いる場合には、このようなことはないので情報ソースを限定して検索するべきだとも警告している。
 また、医中誌においても同様であるが、検索方法によって検索漏れが生じることもしばしばであり、ヒットした(獲ることができた)情報だけで結論を急ぐと問題である。

 しかし、このような問題は何もEBMやインターネットだけの問題ではなく、あらゆる情報(教科書や医学常識も含んで)に伴うものであり、このことでEBMの価値が減じるということではないが、こういうこともあるという配慮は常に必要であろう。しかし、こういうことが分かったのもEBMの普及によってではないだろうか。

(7)開業鍼灸師でもエビデンスを創ることは出来るか
 インターネットに直接鍼灸に関係するエビデンスがあまりないとすれば、鍼灸師が自らエビデンスを創っていくしか方法がない。

<(社)全日本鍼灸学会の研究について>
 そのことを考えるために、まずはじめに(社)全日本鍼灸学会が(財)東洋療法研修試験財団より委託され、行っている研究について紹介してみる。
 この委託研究の最大の目的は、権威あるMEDLINE やコクランライブラリー等の対象となるような臨床研究論文を完成させることにあり、それは鍼灸師・患者の利益に当然繋がるものである。

 まず第一に、インターネットを用いた臨床研究を行うために鍼灸臨床研究会を開設した。これは、全国各地の鍼灸師をインターネットで結び、電子カルテを用いた臨床研究やアンケート調査が出来るように考えられたものである。

 第二に、症例数を集めるために一箇所でなく多施設で共同で、かつランダム割付け行う実験を、排尿障害を対象として行っている。多施設で行う場合に、試験群と対照群への割付の問題もさることながら、鍼灸治療の場合は治療法の多様性が問題となってくるが、この実験では、間接灸刺激を用いることでその問題をクリアしている。しかし、鍼灸師としては直接の鍼灸治療の有効性を示せるような研究をしていただきたいので今後に期待したい。

 第三には、腰痛患者を対象としたRCTを行う準備を進めている。それはインターネットを用いたランダム割付、独立した評価者による痛みの判定(盲検)新刊を叩くシャム鍼(プラセボ:偽鍼治療)を用たり、腰痛の評価法を世界的に広く用いられている評価法を鍼灸治療用に改訂するなど画期的な対応を行っている。予備実験で分かったことは、プラセボ効果が意外と大きいということであったと報告されている。

 第四に、未病治に関する臨床研究として、鍼治療の風邪に対する予防効果を取り上げて現在様々な予備実験を行っている。ここでは、QOLを対象とした評価を行うように考えられている。

 これらの研究は全て、大学関係、研究所関係だけで行うものでなければ、いわゆる科学派が単独で行うものでもない。開業鍼灸師も多数参加出来るように工夫されているし、科学派、古典派、中医学派などの流派を超えて鍼灸治療の有効性を臨床面からEBMの手法を使って行うというもので、学会の関係者の一人としては意欲ある鍼灸師は是非とも参加していただくことを希望する。EBMは背景となる理論の是非を問うのではなく、実際に臨床で有効かどうかを検討する学問だから流派を超えることが出来る。もちろん、理論が正しいかどうかはともかく、どちらの治療法の方が良く効くか等という臨床実験は将来行われるだろうけれども、それとても良く効いた治療法の理論が正しいという証明をするわけではない。

 ただ、研究に参加するためにはEメールやインターネットを使える最低限の情報リタラシーが無いと難しいことと、治療法に関するこだわりを学問のために一時捨てる柔軟性が必要である。

 これらの情報や参加については、(社)全日本鍼灸学会のHPにアクセスして、コクラン日本へのアクセスと同様に研究部や鍼灸臨床研究会へ簡単にアクセスでき、そこでこれらの研究に参加することも可能である。鍼灸臨床研究会は、鍼灸学校の学生や(社)全日本鍼灸学会の会員でない方も自由に参加できる。

<自分でエビデンスを創るには>
 人が創ったプロトコール(実験計画)に参加するではなく、自分が今もっている疑問について自分の研究する場合にはどんなことができるだろうか。また、EBMの基礎的なキーワードを解説しながらこの問題を考えてみる。

① 後ろ向き研究*2と前向き研究*3
 前にも同じような患者がいたなということで、カルテをひっくり返して以前の治療法やその結果を調べることは多々あると思うが、このカルテを沢山集めて統計的に処理してみようというのが後ろ向き研究である。考え方が後ろ向きということでなく、以前行った事実を集めるという時間的な方向が後ろ向きということである。これは誰にでも出きる研究であるが、ただ集めて統計的に処理して効きますといってもエビデンスにはならない。少なくとも対照群を見つけなければならないが、同じような病態で年齢などの患者特性がカルテの患者群と同等で治療してない人たちを見つけることや、他の治療法との比較ということでそのような論文を捜すことは並大抵ではない。

 ただし、研究の目的を少し変えて、それらのカルテの中からある臨床所見がある場合と無い場合を比較して、ある場合には治りやすいとか治りにくいというような研究は後ろ向きでも十分出来る。誰でも分かる方法であるならば、血虚がある場合と無い場合とか、肝虚証と腎虚証での比較ということもできる。
 ただし、いずれにしても、患者の特性(年齢、性別はもちろん、問診項目などの病態に関わると思えるような臨床所見や日常生活動作等の分布等)は少なくとも必要である。これらが同質であるということが読むものに分からなければ論文の価値は全くない。

 後ろ向き研究は、既に終わった事例を対象とするので、対照群の設定や批判されにくい実験計画の作成という点ではかなり劣り、エビデンスも低いとされるが、RCTよりも落ちるが症例報告(やった、治った、効いたの一例報告に比べれば遙かに高い評価が得られるものでもある。
それと比較して前向き研究は、名前通りこれからプロトコールを創って実験を行うものであるから、対照群の設定とか実験の目的にあったデザインがしやすい利点がある。どういう実験計画を立てたらよいかとか、どうしたらより質の高い研究にできるかというようなことは、この文の目的でないので成書*4を参考にされたい。当然前向き研究の方がエビデンスは高いが、これから研究するので、時間がかる欠点がある。それに比べて後ろ向き研究はデータ整理の時間だけであり、時間もかからないし何といっても費用が安くあがる。

② コホート研究*5と症例対照研究*6
既にある疾患にかかっている患者集団を二群に分けて、新しい治療をする群と、標準的なあるいはプラセボを使って治療をする群に分けて実験する研究は、ランダム化されていればRCT研究になる。しかし、コホート研究は喫煙者グループと非喫煙者グループで、そのご肺癌や有病率はどう変わるかという研究や、ワクチンをしたグループとしないグループではインフルエンザの罹患率や死亡率はどう違うのかということを研究することで、病気の原因を探ったり、予防治療の効果を調べたりということに使われるので、多くは前向きの研究である。しかし、結果が出るまでに時間がかかったり、ワクチンをしなかったグループの人が途中でワクチンをしたりというような問題も生じる。

 後ろ向きのコホート研究としては、例えば鍼治療を10年間行ってきた人とそうでない人の有病率を調べるというようなことだが、鍼治療を行ってきた人とそうでない人の患者特性を同じにする(マッチングという)のは、至難の業だし、病気を持っていない人を対象としても、健康管理的に鍼治療をする人は健康意識が高く、そうでない人は低いというセルフセレクションバイアスは当然考えられる。

 症例対照研究も、コホート研究と同じように病気の原因を探るものであり、多くは後ろ向き研究であるが、ある特定の発生率の低い希な病気の原因を探るという研究では唯一の研究方式でもある。この場合には、カルテだけでなく、その病気になった人の記憶や背景を探ることも重要なデータ集積になる。
急性腰痛にかかった人の特性を調べて、かからなかった人(例えば急性腰痛以外の患者の中で、年齢性別などが急性腰痛群と同じにマッチングした患者群)の特性とを比較してその原因を探るというものだが、様々なバイアスが考えられ、エビデンスはコホート研究より低位に位置している。

 前向きの症例比較研究としては、治療や養生の効果をみるものであればRCTであり、RCTと前向き症例比較研究の境目を考えるのは難しい。
つづく

<今日のキーワード>
*1 プロバイダー:インターネットとコンピューターを結ぶ業者のことで、ここと接続しないと通常はインターネットを使うことは出来ない。NTTなどの電話会社やコンピューター会社をはじめ地域のプロバイダーなど沢山の業者があり、戦国時代となっている。接続の便利さ、値段、トラブルの対応力などを比較して選ぶのだが、多分どこでも大きな違いはないと思う。
*2 後ろ向き研究(Retrospective Recerch)
*3 前向き研究(Protospective Recerch)
*4 成書:EBMジャーナル誌や、前号で紹介した『分かりやすいEBM講座』にも一部記載されている。その他の本を以下に紹介するがインターネット上にもかなり公開されている。(社)全日本鍼灸学会のHPからコクラン日本に入りそこから色々リンクされているので、それらをたどっていっても良いし、直接検索エンジンで「EBM」と入れて検索してもでてくる。余談だが、EBMで検索したら「会いたい」という曲がでてきたときにはびっくりした。EBMをebmと書くと♭の代わりにbを使っていてE♭mのコードをよく使っている曲がでてきたのである。
『根拠に基づく医療』D.L.Sackett ら 著 久慈哲徳 監訳 じほう社 1999/3
  EBMの原典ともいうべき本 英語版は1997年初版
『EBMがわかる:臨床医学論文の読み方』 Trisha Greenhaigh 著
   今西二郎 他 訳 金芳堂 1999/5 英語版は1997年初版
  EBMについてわかりやく解説している好著
『EBM:臨床医学研究の方法論』 縣 俊彦 編著 中外医学社 1998/6
  臨床疫学の基礎を学ぶに好適な本
*5 コホート研究(Cohort Study):コホートとは元々は歩兵隊を意味し、団とかグループとも訳せる。ここではコホートを患者集団として、関心ある事項へ暴露した(例えば癌検診をした)集団と暴露してない(癌検診をしてない)集団の二つのコホートを同定し、これらのコホートが関心ある転帰(例えば癌の発生とか死亡)を示すまで追跡する研究様式。
*6 症例対照研究(Case-Controll Study):コホート研究と同様に疾病の原因を追及するための研究であるが、コホート研究は病気を対照として群を分けるのではないが、症例対照研究は病気にかかっているかいないかによって集団を分けることが違う。どちらがよいかは、その疾患の発生率が多いかどうかによってきます。当然多ければコホート研究の方が良い。

<引用・参考文献>
1)EBMジャーナル誌 第1巻2号 中山書店 2000年3月
2)プライマリ・ケア 日本プライマリ・ケア学会 23巻2号 2000年6月
3)伊地知信二 熊本一朗 「インターネット上のエビデンスの問題点」
 EBMジャーナル誌 第1巻2号 p74~78 中山書店 2000年3月

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