【適応症と不適応症】

 基本的には、鍼灸治療が不適応な疾患はほとんどありません。

 例えば、鍼灸治療が“がん”に有効かどうかの研究はまだ少ないのですが、乳がんから肺に複数転移した患者さんが西洋医学の治療を一切拒否して当院に来られ、鍼灸治療だけで転移がんが全て消失した症例があります。他の鍼灸師の報告にもこれと同じように、鍼灸治療でがんが消えたとか縮小した或いは成長が止まったという症例は多数ありますが、反対に全く効かなかった、ほとんど改善が見られなかったなどの症例も多数あります。
 ですから、鍼灸治療で“がん”が治るとは、とても言えません。

 ただ一方では、現在までに末期がんの疼痛緩和やQOL(Quality Of Life:生活の質)の改善、抗がん剤や放射線治療に伴う副作用の軽減などに対する鍼灸治療の効果を検証する実験研究は多くなされており、これらに鍼灸治療が有効であることはほぼ証明されています。それだけでなく、鍼灸が免疫力を高めることが証明されていますから、再発予防や延命への効果は大いに期待でき、実際にがんの再発予防を専門に鍼治療の実績を挙げている医師もいらっしゃいます。
 そういう目的であれば、たとえ“がん”であっても、鍼灸治療が有効であると言えます。

 ヒトの身体には病気やケガを自分で治す自然治癒力や、外から入ってくる病原体から身を守る免疫力が備わっています。また、体外および体内環境が変化しても、体温・血圧・浸透圧・水分量などの生理状態を常に一定範囲内に調整し、恒常性を保とうとする仕組み(ホメオスターシス)が備わっています。
 鍼や灸による刺激は、血液循環を良くし新陳代謝を高めたり、免疫細胞を増やしたり活性化したりします。また、自律神経にも作用し、それによって内臓の働きを調節したり、内分泌系(ホルモン)の乱れを整えたりします。つまり、鍼灸治療は元来ヒトが持っている自然治癒力や免疫力を鼓舞し、ホメオスターシスが働くきっかけになることで、病気や異常な状態からの回復を促すのです。
 ですから、理論上はどんな疾患であっても鍼灸には効果があり、適応症であると言えます。

 ですが実際には、あまりに闘う対象が強すぎた場合には適わないこともありますし、患者さんの体力が弱っていた場合には負けてしまうこともあります。それに、良性腫瘍のように免疫細胞が敵とみなさず攻撃しない場合、いくら鍼灸で免疫を鼓舞しても効果が出ないこともあります。

 病気を治している主体は患者さんご自身です。
 鍼灸治療は、患者さんの持っている“治す力”を最大限に引き出す治療です。

【適応疾患の一例】

 近年、医療の分野ではEBM(Evidence-Based Medicine:根拠に基づいた医療)という新しい研究手法が取り入れられ、鍼灸の分野でもそれに則って研究が進められています。そして今日まで、世界中の公的な医学研究所・医科大学・鍼灸大学や医療機関などで科学的な研究がなされ、鍼灸の多くの効果が証明されてきました。
 その中には、鍼治療と西洋医学的治療の効果と有用性を比較した研究があります。特に、ドイツと米国では「緊張性頭痛」「片頭痛」「膝関節痛」「腰痛」の4つの疾患を対象に、莫大な公的資金を使って大規模な比較研究が行われました。
 その結果、「片頭痛」の有効性だけは鍼治療と最新の西洋医学的治療がほぼ同等でしたが、その他3つの疾患の有効性と、片頭痛を含む4疾患すべての安全性、経済性は鍼治療の方が優れているという結果が報告されました。
 その報告があって以降、ドイツ・米国では鍼治療に保険が適応されるようになっています。

有効性 安全性 経済性
緊張型頭痛 鍼治療 > 西洋医学 鍼治療 > 西洋医学 鍼治療 > 西洋医学
片頭痛 鍼治療 ≒ 西洋医学
膝関節痛 鍼治療 > 西洋医学
腰痛 鍼治療 > 西洋医学

 また、WHO(世界保険機構)や学会などで認められている鍼灸適応疾患(一例)は以下のとおりです。

〇神経系疾患

各種神経痛(坐骨神経痛・肋間神経など),自律神経失調症,脳卒中の後遺症,不眠症,頭痛,帯状疱疹,帯状疱疹後神経痛,反射性交感神経性萎縮症(RSD),顔面麻痺他の運動神経麻痺,ハント症候群,各種のシビレなど

〇運動器系疾患

各種変形性関節症(変形性膝関節症,変形性頚椎症,変形性脊椎症など),リウマチ様関節炎,頚肩腕症候群,むち打ち症,五十肩,腱板炎,腰痛,椎間板ヘルニア,脊柱管狭窄症,頚椎症,頚椎神経根症,肩こり,捻挫,腱鞘炎,肉離れ,バネ指,テニス肘・ゴルフ肘・ジャンパー膝・足底筋膜炎等各種スポーツ障害など

〇循環系の疾患

本態性高血圧症(原因がはっきりわからない高血圧症のことで全体の約80%を占める),冠状動脈硬化症,間欠性跛行などの動脈硬化症の諸症状,手足の冷え,動悸・息切れ,狭心症など

〇消化系の疾患

慢性胃炎,胃潰瘍,十二指腸潰瘍,慢性腸炎,神経性消化不良,便秘,下痢,潰瘍性大腸炎,痔疾など

〇呼吸系の疾患

気管支喘息,気管支炎,咽頭炎,喉頭炎,鼻炎,感冒,扁桃炎,COPD(慢性閉塞性肺疾患),風邪・感冒など

〇泌尿器系の疾患

膀胱炎,尿道炎,腎結石,腎機能障害,糖尿病性腎症,前立腺肥大(夜間頻尿)など

〇小児科疾患

小児消化不良症,小児の癇,夜尿症,夜驚症,小児喘息,近視など

〇婦人科疾患

月経不順,月経痛,冷え症,更年期障害,不妊症など

〇精神科疾患

不安神経症,赤面症,鬱病,神経性食思減退症(拒食症),心身症など

〇アレルギー疾患

アトピー性皮膚炎,花粉症,喘息など

〇自律神経の病気

いわゆる自律神経失調症,むち打ち後遺症(バレーリュー症候群),過敏性腸症候群,不定愁訴症候群など

【鍼灸がなぜ効くのか】

1.自然治癒力や免疫力

 ヒトの身体には病気やケガを自分で治す自然治癒力や、外から入ってくる病原体から身を守る免疫力が備わっています。傷害を受けるとそれらのシステムが働きだし、身体に様々な反応が起こります。例えば、血管を拡張させて酸素や栄養をたくさん含んだ新鮮な血液を呼び込んで新陳代謝を高めたり、異物と戦う白血球を呼び寄せて傷付いた部位から感染することを防いだりします。
 鍼灸治療はこのような反応を利用して、皮膚や筋肉に目には見えない微細な傷や小さな火傷を作り、筋肉の血液循環を改善して肩こりや腰痛を治したり、傷害を負った部位の修復を促進したりします。

2.内因性痛覚抑制機構

 ヒトの身体には痛みを抑制する様々な仕組みが備わっています。痛いところを押さえたり擦ったりすると痛みが和らぐとか、気分が良くなることや楽しいことをしている間は痛みが気にならないなど、誰もが経験されているのではないでしょうか。
 鍼灸の刺激は、このような痛みを抑制する仕組みを働かせるきっかけになり、その結果として鎮痛効果を発揮します。

3.ホメオスターシスと体性—自律神経反射

 ヒトの身体には体外および体内環境が変化しても、体温・血圧・浸透圧・水分量などの生理状態を常に一定範囲内に調整し、恒常性を保とうとする仕組み(ホメオスターシス)が備わっています。また、身体には皮膚や筋肉などに刺激が加えられると自律神経の活動が変化し、自律神経が支配する臓器・器官の働きが反射的に調節される仕組み(体性—自律神経反射)も備わっています。
 鍼や灸の刺激はそれら仕組みを利用して、自律神経活動を変化させ、恒常性が保たれるよう血管の調節をしたり臓器の働きを良くしたりします。その結果、血圧が調節されたり、ホルモンバランスが整えられたり、免疫系が活性化したりなど全身性の広範な効果が引き起こされます。ですから、鍼灸治療を続けていると体調が良くなり、病気になりにくくなるのです。