症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その2

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その2
・・・・キーワード1「比較的最近に始まった」・・・・

東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 前月号の<症例1>での鑑別のキーワードとして、「1年くらい前より始まった」があると述べた。このキーワードを考えてみたい。

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<症例3> 男性 64歳 身長170㎝前後 体重70㎏前後 体重増減無し 会社員
 1週間前より、特に原因が不明で急に左頸・肩と左前腕大腸経のラインに沿った痛みが出現する。強いていえば「クーラーで冷えたためかな?」というくらいしか思いつかない。整形外科に受診したところ、「頸椎の下部がずれている」ためという診断で、マッサージと牽引を受け若干良くなったかなという程度で治らないので来院した。痛み出す前は全く上記症状はなかった。寝ていて重苦しかったり、痛みが走り眠れないこともある(寝返り時の痛みではなく安静時に)。
 ROMは、後屈時と左側屈時に最大可動域で痛みが左頸から肩にかけて出現するが可動は可(±)、左回旋時は最大可動までは不可、途中で同部位に痛みが走る。
 昨年胃癌の手術を行い、胃を2/3摘出し手術前後で体重は10㎏減少するけれども以後は体重の変動やダンピング症候群なども起きていない。ただ、検診で胃に新な転移が見つかり来月再手術することになったので、それまでに治したいということであった。食欲、二便は良好で睡眠も今回の痛みがでるまでは良好であった。煙草は吸わなく、酒は嗜む程度。
 9年前に急性腰痛で来院、6年前に肩関節痛で来院し、共に治癒している。来院しない間は胃癌を除き特に体調に問題はなかった。
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この症例は、1年前に胃癌の既往が有るということで、まず頭に浮かぶのが左鎖骨上窩部辺りへの転移(ウイルヒョウのリンパ節転移)による痛みではないかということである。そこで鎖骨上窩部の前斜角筋部辺りを入念に触診したり圧痛を確かめるが、その部位は全く反応がなく、もっと後ろの肩井や大杼などのいわゆる肩こりの部分に痛みがある。

 この症例はの胃癌の既往があるということで、転移癌による癌性の神経圧迫などが思い浮かぶわけであるが、転移癌とはいえ急速に大きくなるわけではなく、徐々に大きくなるのであるから1週間前から突然症状が出現し、そのまま症状が持続するということはあまり考えられない。ただ、寝返り時に痛むのではなく安静時に痛むのは筋骨格系の疾患でないことを示唆している。

 しかし、この症例では頸部から肩・前腕部にかけて痛みがあるのであり、鎖骨上下部での神経圧迫では頸部の痛みは無いので癌転移の可能性は低い、ということである。その上の頸部のROMでの可動痛があるので頸部由来の痛みの可能性が高いということである。

 ただ、この症例では整形外科に受診して、診断を受けているのでその可能性は否定されているのでは無いか、と思われる読者もいられるとは思うが、後の症例にも沢山出てくるが「西洋医学は部分の医学」であり、整形外科ではこのような症状に対しては頸部の検査はするが、胸部や鎖骨周辺の検査はしないことが多いので整形外科への受診だけでは、転移癌の否定にはならないことが多い。
 実はこの症例は、本原稿を書いている前日に来院したので、現時点では経過がわからず、最終的な診断はまだわからない。

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<症例4> 女性 45歳 156㎝ 45㎏ 体重変化なし 会社員(事務職) 未婚
 20年以上前からの頭痛持ちで、後頸部・後頭部からこめかみにかけて痛むことが多く、ひどいときは頭全体に割れるように痛むこともある。仕事は事務職でコンピューターを使うことが多く、首肩こりは慢性的で肩こりがひどくなると頭痛が起きるような気がする。いつもはマッサージや整体で対応していたが、一時的には良いのだけれど治らないのと、新聞で脳腫瘍のことが書いてあり心配になったので来院した。病院には怖くてまだ行ってないが、鍼治療で治れば大丈夫だと思って来院した。
 食欲は普通、便秘気味で出ないときは市販の下剤を使う。睡眠は寝付きが少し悪い程度でそのほか特に問題はない。スポーツは学生時代も今も特にしていない。
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典型的な緊張性頭痛とみられる症例だが、20年前からということでそれだけで頭から進行性病変の疑いが消えてしまう。確かに脳腫瘍は今では悪性という考えであるが、基本的には進行が遅く転移し難い良性な腫瘍(希には悪性度が高いものもある)なので、癌と比較して進行は遅いのであるが、それにしても症状が出現してから20年もたって悪化が特にないというのはあり得ない。せいぜい5・6年前くらいからであり、癌などの悪性腫瘍では数ヶ月からせいぜい2年くらいである。ただ、何事も例外があり、癌の中で進行の早い癌は1・2ヶ月前からの発症というのもある。食道癌は燕下障害などの症状が現れてから亡くなるまでほんの1・2ヶ月なので、このような例外を頭に入れておく必要がある(詳しくは後述する)。

 また、脳腫瘍であるが、医学書には頭痛・嘔吐・鬱血乳頭が脳腫瘍の3大徴候ということになっているが、実際問題として頭痛が初期症状になることは非常に稀である。一人で歩いて来院する患者では頭痛が主訴で他の症状がないような脳腫瘍患者はほとんどいないのである。確かに脳腫瘍は末期になると90%程度に頭痛が発現するが、頭痛のない脳腫瘍もあるし、高齢者では最後まで全く頭痛がない症例も多いのである1)。高齢者はともかくとして、頭痛が3大徴候の一つとなっているのも入院患者を主に診ている大学教授が書いた医学書の弊害といえる。

 この症例は、鍼灸治療と脳腫瘍の病態生理と症状についての説明(貴女の症状は全然違いますよ)で症状は1回で軽減したが、週1回の治療を1ヶ月ほど継続していただき、その中で仕事の姿勢(机と椅子、キーボードとディスプレイの高さ調節など)のご指導や、仕事中の肩凝り体操及び普段の体操などのご指導をして、経過良好で治療をうち切った。通常、長期の症状(持病)に進行性悪性疾患が潜んでいることは極く希であるが、同じ頭痛でも違った性状の頭痛であれば、それは当然別の症状であるのでその様な対応が必要であるのはいうまでもない。

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<症例5> 女性 50歳 150㎝ 44㎏ 体重変化なし 主婦兼パート(販売店員)
 2週間前より、起床時に頭痛で目を覚ます。頭痛は全体に割れるような感じで、起きてしばらくすると楽になってくる。鎮痛剤を飲んでも良くならないし、今朝も同様に続く。頭痛は以前にもあったがすぐに治ったし、このようなことは初めてである。食欲・便通・入眠は良好で他に特記すべき事項は特にない。
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 脳腫瘍が2週間前より突然始まるなんてことはあり得ない、緊張性頭痛の亜型の一つであろうということで治療に臨んだが、2週間5・6回の治療をしても良くならない。緊張性頭痛ならばこのくらいで治るはずであるのに、もしかして例外的な症例かもしれないと思い、脳腫瘍の頭痛の特徴を思い出してみると、「朝の頭痛」、「牽引痛」がある。朝は脳圧が亢進するので頭痛が起きやすいのであるが、確かにこの症例は「朝の頭痛」が主訴である。もう一つの牽引痛は首を振ってみて悪化するようだと疑い濃厚であるが、当の患者は痛い時にそんなことしたくないということで試してもらえなかった。半信半疑であったが、治療しても良くならないし、他の病態が浮かび上がらなかったので、懇意の脳神経外科にMRによる診断を依頼した。

 返事は、「脳内に異常無し」であり、「2週間前からの発症とはいえ、念のためにMRによる診断を依頼されたことは良い判断である」という但し書きまで付いてきた。「何いってんだ。鍼灸師を馬鹿にするな」という気持ちはさておき、じゃあこの頭痛の正体は何であろう、という疑問は益々膨らんだのである。しかし、結論はあっけなく出た。当の患者に脳神経外科の検査結果を報告すると、次の日からは頭痛はすっかり起きなくなったのである。実は痛み出す前に新聞で脳腫瘍の記事を読んで心配になったら頭痛が起き出した、ということのようであった。心因性の頭痛である。頭痛薬や鍼治療が効かないわけである。新聞やTVの影響は良きに付け悪しきに付けすごいものだ‥‥。

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<症例6> 男性 68歳 鍼灸師 中肉中背 体重増減特になし
 学術大会に参加してそのまま旅行に行ったら突然黄疸が発症した。黄疸は全然引かず悪化する一方である。
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 この症例は、私の尊敬する鍼灸師である。「私は一生癌にならない」とまで学術大会の席上で発言した二日後に事件は起きたのである。ご自身で癌にならない自信がおありになったからこその発言だと思うけれども人生は皮肉である。
 さて、この話をお聞きしたのは黄疸が発症して5日後の御次男の結婚式であった。学術大会でのシンポジスト兼司会、そして学会会長としての責務、そして気のあった内弟子たちとの旅行と痛飲、結婚式の準備など心身共にお疲れであったことが黄疸発症のきっかけになったと思われるが、診断する立場でいえば「5日前の発症」であるから、「比較的最近の発症」ではないので悪性腫瘍などの進行性のものではない、ということにはならないのである。

 病名は「胆管癌」である。胆管で発生した癌による肝後性黄疸であるが、日本人は元々黄色人種であることもあり、少しの黄疸ではわからないために、黄疸は自覚的には突然の発症ということが多い。胆管を塞いで胆汁の流れを阻害していたのであろうが、少しでも通れば逆流は少なく、黄疸は軽度なので、なかなか気が付かないのが実態であり、完全に塞がれたときに初めて発見するということで、「突然」発症することがあるのである。メズーサの頭や腹水もその様な傾向があるし、食道静脈瘤の破裂や肺癌で肺胞が破れて突然気胸が起きたりなど、このような例外はいろいろある。しかし、突然の発症は急性白血病などごく一部を除き、例外は例外であり全体から見れば稀であるし、癌がかなり大きくならないと発症しないので他の症状や、顔色が悪くなる、微熱、体重減少、脈状が数・浮・滑になるなどの傍証は何かあるのが普通なので、例外があることを意識さえしていれば簡単には見逃さないと思われる。

<比較的最近に始まる>
 癌などの悪性腫瘍は、一般的には初期の症状が発症してから数ヶ月から1・2年かけて悪化していくので、数ヶ月から1・2年程度の発症期間が最も進行性悪性疾患の可能性が高い。ただし、進行性の早い癌や突然発症する例外があることを忘れないこと。
 また、脳腫瘍やPSS(進行性全身性硬化症)などの膠原病の疾患も進行性であり悪性度も高いが、進行はもっと緩徐であり5・6年程度まで考える必要がある。

<前号での宿題>
 前号での宿題の症例2を再掲する。

<症例2> 72歳 男性 中肉中背 体重の変化無し 職業:文筆業
半年前に前立腺癌のOP、その直後に腰痛になり、それから左肋間神経痛(前胸部と背部)が起き、接骨院や整形外科・内科で治療(温熱療法・湿布・消炎鎮痛剤)を受けるが良くならない。X-P・MR(-)。痛みは強弱はあるが常時あり、夜間痛もある。安静時よりも動いている方が楽である。咳くしゃみで増悪するが深呼吸ではむしろ楽になる。痛みは発症時より悪化しており、この半月はかなり辛くなった。痛みの場所は第6肋骨に限局した部位にあり、圧痛もある。鎮痛剤は無効だが、神経ブロックは若干効く、鍼灸治療は治療後良くなるが、次の日にはまた元に戻る。癌研での精査でも異常は診られない。服薬のためか食欲が減少してきた。前立腺癌の術後は以前の軟便状態から便秘になる(4日ごとに服薬)と共に尿失禁が起きるようになった。
 既往歴:11年前に胃癌(2/3胃切除) 18歳に虫垂炎→腹膜炎OP
 服 薬:降圧剤(3/日) 前立腺炎の薬
 検 診:年1回癌検診
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 この症例は11年前の胃癌や前立腺癌の既往があり、その転移の可能性を考える必要がある。ただ、そのいずれも第6肋骨だけに転移する確率はそれほど高くない。また半年前からの発症なので、比較的最近の発症である。夜間痛があるが、夜間痛の真の意味は後述するとして、睡眠時の姿勢による発症の可能性もある。しかし、安静時よりも動いているときの方が楽というのは、体壁由来(筋骨格系)よりも内臓由来の痛みということが疑われる。しかし、咳・くしゃみで悪化するというのは体壁由来を示唆しているのでこれは矛盾している。また、深呼吸ではむしろ楽になるというのは、胸が膨らむときは楽になるが、咳くしゃみのように胸がしぼむときに痛むということで、これはどう解釈すべきなのか。鎮痛剤は無効である、ということは神経因性の痛みである可能性も高く、神経ブロックが若干効くということも肋間神経由来の疾患である可能性も示唆している。また、肋骨の限局した部分に自発痛・圧痛があるということは内臓由来ではなく筋骨格系疾患を示唆している。内臓なのか、筋骨格系なのか、肋間神経由来なのか、全く悩まされた症例である。何よりも癌研での精査でもわからないということは何を意味しているのであろうか。

<症例2の診断結果>
 なかなか良くならないので癌研で3度目の精査をし、直接生検を行って見た結果「胃癌や前立腺癌とは全く違う組織の転移癌であり、原発巣は見つからず不明」ということであった。これを聞いて、3ヶ月ほど治療したので「転移癌は治せなかったけれど、原発癌は鍼灸治療で治した」ということだったのではないかと思ったのですが、都合が良すぎますかね。しかし、そうでは無いという証拠は全くなく、「治した」または「自然治癒した」と考える方のが自然である。残念ながら確固とした証拠はない。当の患者は手術をして今はすっかり良くなっている。

<次号までの宿題>
 前号と同様に読者諸兄の頭の体操用に症例を呈示しますので、よろしくご賢察のほどお願いします。

<症例7> 男性 65歳 175㎝ 70㎏ 体重変動無し 会社員
 昨夜の夜中に急に背部痛が起き、姿勢を変えても痛みは楽にならず、痛みで眠れなかったが、いつの間にか寝てしまい、起きてからは痛みはなく何ともない。前日の夕食に多飲・多食したことくらいしか思い当たるものはない。しかし、飲酒の機会多く昨夜だけが特別ということはないけどいつもよりは少し多かったかもしれない。飲酒量は平均するとビール3・4本くらいか。煙草は1日30本くらい吸う。そういえば、半年前にも同じような症状があったが、今回よりは全然軽くすぐ治った。

1)『愁訴からのアプローチ:頭痛』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌52巻1・2号

Ⅲ、鍼灸師の対応について
 開業鍼灸師の臨床現場では、癌や重度な膠原病などの進行性の悪性疾患は鍼灸治療の不適応疾患あり、直ちに病院や専門医に受診を勧めるべし、というのが常識であった。事実医道の日本社から出版されている『鍼灸不適応疾患の鑑別と対策』において、これらの進行性悪性疾患は当然のごとく不適応疾患に分類されている3)。

 私自身もつい3・4年ほど前まではこれらの疾患は鍼灸治療の不適応疾患であり、臨床においてその可能性を少しでも察知したら直ちに専門医に転医させるべしという認識を持っていた。そして、そのために鑑別診断能力を高める必要があり、それは患者のため(早期発見・早期治療・無駄な治療の継続を止める)であるばかりでなく、鍼灸師自身をも守る(臨床的誤診により訴えられたり、道義的責任を追求されないように)ためにも重要な要件(リスク管理)であると考えていた。そして、症例1の教訓もあり、鍼灸師でもできるCTやMRおよび血液検査などの診断技術を持たない素手の鑑別診断能力を高めるために(社)全日本鍼灸学会東京地方会学術部において、前述の『愁訴からのアプローチ』の勉強会をスタートさせたのであった。

 ただ、そのときでさえも無条件に不適応とは考えてなかったのは事実である。それは、1,患者の意志が尊重されるべきであるという考えと、2,緩和ケア(ターミナルケア)に代表されるように、西洋医学に見放された患者に対して鍼灸治療が適応できる場があること、3,術後や放射線治療後の後遺症対策、抗癌剤の副作用の軽減などの西洋医学治療の補完的治療としての有用性があること、4,希望的観測かもしれないが鍼灸治療が「癌の予防」に有効である可能性があること、などを考えたからである。
しかし、本誌平成11年4月号から平成12年3月号まで連載した『EBMってなあに』4)を執筆する際、種々の資料を調べて勉強していくうちに、「癌に対して西洋医学は思ったほど貢献していない」、というより「ほとんど役に立っていないか、むしろマイナスである可能性すらある」という認識を得るようになっていた。
 それは、我が国において、癌検診が急速に普及しているのに関わらず、そして癌治療に対して西洋医学が発展しているのに関わらず、癌の発症及び癌死も減らないばかりかむしろ増加の一途を辿っているという現状があるからである。

 しかし、例えば胃癌は減少しているではないか、それは胃癌検診の普及および胃癌手術技術などの向上の成果であるという反論はあるだろうが、胃癌の減少は冷蔵庫の普及、塩分摂取量の低下、燻製食品などの保存的食料の摂取量の減少などの影響の方が遙かに大きいのである。事実、世界中で胃癌検診を行っているのは我が国だけであるが、胃癌は世界中で大幅な減少を来しているのである。この点での議論は、本論の主旨と異なるので割愛するが、EBMの普及により「癌に対して西洋医学は思ったほど貢献していない」ことが明確になったことは事実である。

 近年、慶応大学の近藤誠講師、新潟大学大学院の安保徹教授や都立大学大学院の星旦二教授など、多方面から西洋医学の癌治療の矛盾や限界が指摘されていて、多くの出版物があるので周知のこと思われるが、患者サイドでも西洋医学一辺倒の考え方に変化が起こり、西洋医学の治療を拒否するものが増加したのも事実である。これは近藤講師らの出版物の影響も無論あると思われるが、近親者の癌患者を実際にみて感じた面も大いにあると思われる。その他、インターネットで様々な情報を得ていることの影響も無視できない。すなわち、以前は医療情報は圧倒的に医師の方が多く持っていて、患者の治療方法などの判断を医師に委ねるしか仕方がなかった現状から、インターネットなどの影響で患者サイドにおいても多くの情報を得る手段が増加したために(インターネットは専門書と違い素人でもわかる書き方をしていたり、患者や親族の率直な生の声がたくさん書かれているので)、素人である患者も医師顔負けの情報を得ることができるし、医師に頼らずに患者自身で判断できる(医療を選択できる)状況になってきたことは非常に大きな変化である。

 このことから、鍼灸師サイドにおいても癌患者を、または癌の可能性が高い患者を、無条件に西洋医学に全面的に委ねるべきかどうかが疑問視され、この点は再検討されるべきではないかという考えが広まってきた状況になってきた。そして、1例ないしせいぜい数例の報告でエビデンスの質は低くても、少しずつ「癌患者に対しての鍼灸単独治療」の症例報告が出始めてきた。

 悪性疾患の可能性が高まったら、患者と真摯に話し合って、患者自身にその治療方針を決定させる(インフォームドコンセント)ようにし、患者の希望により鍼灸単独治療を行う場合もあり得るのである。症例1の時代は、私自身鍼灸治療+α(食生活・生活習慣・生活態度の変革、PNIに基づいた心の持ち方の変換)で癌を治そうということはつゆとも思わなかったが、今後もしかしたら癌に対しては(全ての癌ではないが)鍼灸治療が第一選択肢という状況が生まれる可能性も0ではないと考えているのである。

 鍼灸師の対応としては、「鍼灸師がある程度積極的に癌を鑑別でき得る」という前提で、鑑別を行った上で癌と疑診した患者にきちんとしたインフォームドコンセントを行い、以下の選択を患者や患者の家族に委ねることである。
  A、鍼灸単独治療  B、西洋医学の治療に委ねる  C、西洋医学との併療
そのためにはインフォームドコンセントのための情報を確立することが重要であるが、ここではそこまで論を深められるかどうかは未定である。
 それはともかく6月12日に幕張メッセ国際会議室で行われる(社)全日本鍼灸学会のシンポジウムでは、踏み込んだ議論が展開されると大いに期待している。

Ⅳ、症例に学ぶ
 次回までに読者諸兄に置かれましては、症例を提示しますので、訓練としてどの様な病態であったか、賢明なるご診察をお願いします(ちょっと難しいです)。

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<症例2> 72歳 男性 中肉中背 体重の変化無し 職業:文筆業
半年前に前立腺癌のOP、その直後に腰痛になり、それから左肋間神経痛(前胸部と背部)が起き、接骨院や整形外科・内科で治療(温熱療法・湿布・消炎鎮痛剤)を受けるが良くならない。X-P・MR(-)。痛みは強弱はあるが常時あり、夜間痛もある。安静時よりも動いている方が楽である。咳くしゃみで増悪するが深呼吸ではむしろ楽になる。痛みは発症時より悪化しており、この半月はかなり辛くなった。痛みの場所は第6肋骨に限局した部位にあり、圧痛もある。鎮痛剤は無効だが、神経ブロックは若干効く、鍼灸治療は治療後良くなるが、次の日にはまた元に戻る。癌研での精査でも異常は診られない。服薬のためか食欲が減少してきた。前立腺癌の術後は以前の軟便状態から便秘になる(4日ごとに服薬)と共に尿失禁が起きるようになった。
 既往歴:11年前に胃癌(2/3胃切除) 18歳に虫垂炎→腹膜炎OP
 服 薬:降圧剤(3/日) 前立腺炎の薬
 検 診:年1回癌検診
・・・・・・・・・・・ つづく

<参考文献>
1)小川卓良『愁訴からのアプローチ』医道の日本誌 第51巻12号 p105-113 1992
2)(社)全日本鍼灸学会東京地方会学術部 『愁訴からのアプローチ:各論』 医道の日本誌 第52巻1号-第56巻5号 1992-1996
3)代田文彦・出端昭男・松本丈明執筆・監修『鍼灸不適応疾患の鑑別と対策』医道の日本社
4)小川卓良『EBMってなあに』医道の日本誌第29巻4号(2000年)~第30巻3号(2001年)

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