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症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その46

・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-30」・・・・

 前号で、糖尿病で亡くなった55歳の男性<症例64>のお話の中で、「早食い→肥満→DMは必然のコースである」について、「私は早食いだけど太っていない」ということから、この必然性について質問というか疑問を呈された方があった。
 メタボリック症候群(代謝症候群→糖尿病)の診断基準は下記の通りである。
 必要条件:臍の高さの腹囲が男性で85cm以上、女性で90cm以上の場合
  この上で、下記の3症状のうち2つ以上該当した場合、メタボリック症候群と診断される。
 1)中性脂肪150mg/dl以上、HDLコレステロール40mg/dl未満のいずれかまたは両方
 2)血圧が収縮期で130mmHg以上、拡張期で85mmHg以上のいずれかまたは両方
 3)空腹時血糖が110mg/dl以上
 この診断基準については賛否両論というより疑問の方が多く聞こえてくるが、日本肥満学会、日本糖尿病学会、日本動脈硬化学会など8医学会が合同で公表したものであるから、日本においては権威のある診断基準である。
 診断基準の是非論はともかく、肥満、特に腹部肥満(洋梨型で内臓に脂肪が蓄積されている可能性が高い)を重視している。以前「死の四重奏」という言葉があり、肥満・高脂血症・高血圧・高血糖の4つが揃うと平均寿命で16歳ほど短いなどといわれていた。男性だと平均寿命が78歳くらいなので、この4つが揃っていると62歳が寿命ということになる。「死の四重奏」は言葉としておどろおどろしいし、その後の研究で早死にに最も影響力があるのは高血糖(→インスリン抵抗性)であるということから、「シンドロームX」などというかっこいい?名前が付いたが、わかりにくいということで普及しなかった。そこで考え出された名前が、代謝症候群=メタボリックシンドロームである。代謝症候群の代謝は糖代謝を意味しており、正にシンドロームXであるが、高血糖は十分条件であって必要条件になっていなく、肥満・腹部肥満が必要条件になっているし、空腹時血糖値が低くても他の条件が揃っていると、代謝症候群の診断名が付くというのは矛盾しているように思える。
 次の症例を考えて頂く。
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<症例65>男性 51歳 会社員(部長) 178cm 88kg 酒多量 喫煙無し
 猛烈型のキャリアサラリーマンで海外出張・ゴルフ・接待そして飲酒量も多く常に過労と睡眠不足状態である。血液検査では総コレステロール値が250mg/dl以上、中性脂肪が280mg/dl以上、尿酸値が8.3、空腹時血糖値が100mg/dl以下、肝機能は正常(10年ほど前にA型肝炎の既往あり)、この数ヶ月風邪を引きやすくなるとととにに治りにくくなった。最近の検査で腎機能の低下を指摘された。
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 この患者の、診断及び経過はどうであったかは後述するが、後ろを見ないでちょっと考えていただきたい。
 さて、糖尿病の診断基準であるが、米国での基準は、空腹時血糖値のみで診断している。これは検査の簡便さを重視したためといわれている。日本での診断基準は空腹時の血糖値だけでなく、OGTT(75g経口ブドウ糖負荷試験:最近では経口をいわないでGTTと略している)も行って食後2時間の血糖値と併せて判定する(図1)。確かに糖尿病の三大合併症といわれる、糖尿病性神経障害、眼障害、腎障害は空腹時の血糖値或いはグリコヘモグロビンA1c(HbA1c)の値と相関する(血糖値或いはヘモグロビン値が高いほど合併症が起きやすい)が、大血管障害といわれる脳血管障害や心臓病などの発症率はこれらの値と相関せず、食後高血糖と相関する1)。よって、空腹時の血糖値だけで糖尿病の診断を行うのは食後高血糖の糖尿病を見逃す危険が大きく問題であるが、OGTTは75gものブドウ糖を糖尿病の患者に飲ますということで問題なしとは言えない。75gというと、例えばコーヒーに付いてくるスティックタイプや袋の砂糖は一般に3~4gであるので(砂糖はブドウ糖と果糖がくっついたものなのでgあたりのカロリー量はブドウ糖とさほど変わらない)、あの砂糖を18個~25個飲むということで幾ら甘いもの好き(ただし、ブドウ糖の甘さは砂糖の約7割程度)でも閉口するであろうし、実際に糖尿病の様々な症状を自覚しているようなレベルの患者では、OGTTを行うことによって重篤な高血糖を招く恐れがあるので、OGTTを行うのはHbA1cが5.8%~6.5%の範囲の患者さんが適応とされている。
 このOGTTは、以前100gのブドウ糖で検査していたが、あまりにも糖分が多すぎて糖尿病を悪化させるという批判があったので、50gにしたところ、クリアに判定できないので中間の75gにしたという経緯がある程なのである。
 私は、被検者に通常の食事をして頂いて2時間後に測定するのを数回繰り返して(自分で測定できる)平均を取ればよいと思うのであるが、現代科学・医学は客観的な数値にこだわるから(通常の食事では摂取したカロリー量を客観的に捉えることが出来ない)このような問題が起きるのではないかと思っている。OGTTに問題があるためにか、実際に糖尿病が疑われる人に対しても食後の血糖値は測定されていないことが非常に多いので、沢山の糖尿病が見逃されている(図1の赤色の部分)。

cancer-fig46

 そこで、前記の症例65である。空腹時血糖値が100mg/dl以下(正常)であっても、高脂血症、肥満から元々糖尿病の疑いがあった。その上、腎機能が低下してきて、かつ下腿の浮腫も著明であったのでDMを確信し、仕事や飲酒の制限、できれば当分休職することを進言するが、空腹時血糖値と肝機能が正常であることから説得に失敗した(医師からも糖尿病のことはなんら言われていない)のであった。
 その、1ヶ月後のことであった。突然、奥様から電話があり、今朝会社で会議中に倒れて意識不明で救急で入院し、どうやら脳出血らしいということであった。電話は、鍼をすることによって後遺症を出さないで済むかというようなことであったが、もう既に数時間経っているし(直後なら頚部の刺絡で著効することがある)、リハビリでの問題かと思われたのでその様に説明した。結局出血巣が脳幹に近くかなり多量だったので、開頭手術することになり、後日お見舞いにいった時は右手・右足は1mmも動かなかったが、幸いなことに会話は何とかできた。私は愚かにも腎機能低下もあったことで3大合併症を気にしていたので、脳出血と聞き「しまった」と後悔した。前述のように、3大合併症は空腹時血糖値やHbA1cと相関するが、脳血管障害と心臓疾患は食後の血糖値の相関することを失念していた。だったら、3大合併症よりももっと緊急に生命と関係するので、より強く説得し、最低限OGTTなどの糖尿病の精査を勧めるべきだった、という後悔である。
 ただ、誤解の無いようにして頂きたいが、空腹時血糖値やHbA1cが高くても、脳血管障害や心臓病が起きないということではなく、高くてももちろん起きるが、糖尿病或いはその予備軍であれば低くても起きるし、高いからといって低い値の人よりも障害が起きる確率が有意に高くならないということである。同じく、食後血糖値と三大合併症の関係にも同じことが言える。
 この症例のように、空腹時血糖値が低くても糖尿病或いはその予備軍の患者は幾らでもいて、より太り出すとあっという間に糖尿病が悪化してくるのである。よって、空腹時血糖値がメタボリック症候群の診断基準の必要条件でなく十分条件であることが理解できる。では何故肥満(腹部肥満)が必要条件なのであろうか。この説明をすると益々横道に逸れるので詳細は割愛するが、糖尿病或いはインスリン抵抗性が生じる唯一の前提は肥満なのである(2型糖尿病の場合)。特に中年以後の肥満によって生じる脂肪細胞の肥大により、インスリン感受性を促進しているホルモンで善玉のアディポサイトカインであるレプチンやアディポネクチンが出にくくなるとともに、悪玉のアディポサイトカインのTNFα(腫瘍壊死性因子α)とか遊離脂肪酸(FFA)等を出すために肥満により糖尿病は増悪する。逆に成長期に太った場合には、善玉多く出し悪玉を余り出さない小型の脂肪細胞の数が増えるので良いでのあるが、若年時に太る習慣がある人は成長してもその習慣が変わらないためによりもっと悲惨になる傾向にあるし、若年時の肥満でもペットボトル症候群のように(2.2lのポカリスエットを数週間毎日飲むと糖尿病になった)急激に太ったり多量に糖分を摂取した場合には、その時点で糖尿病になってしまうこともあるので若年時の肥満は決して良いことであるとは言えないし、新生児期では脂肪細胞の数よりも主として容積が増加する(肥大)傾向があるので赤ちゃんを急激に太らすことはこの意味でも問題である。
 これらのことから、肥満が、特に内臓性肥満は肝臓等の内臓や筋肉に脂肪が貯まるりんご型の肥満がメタボリック症候群の必要条件になったことも理解できる(判定基準ではりんご型とか洋梨型の区別はなく、単に腹位だけの基準ではあるが)。
 さて、次に何故早食いが肥満に直結するかである。人類は非常に長い年月の間、飢餓状態或いは食物の確保に汲々としていたために、多くは倹約型といわれる倹約遺伝子を持っている。倹約型は沢山食事をすると(食後高血糖になると)、余った糖分を脂肪の形に変えて体の中に蓄えようとするし、食事が出来なく空腹になると消費を押さえるようにする。例えば体温を下げて消費カロリーを減らす等のことを行う。しかし、食事に有り付いて喉を通過し咀嚼し燕下すると途端に肝臓などに貯め込んでいたグリコーゲンなどを分解して糖分を血中に放出したり、体温を高めたり(体温が高い方が免疫力が強い)するようになる。余談であるが、この時に癌などで胃を全滴或いはほとんどを摘出していると、燕下された食物は胃で止まらず、直ぐに小腸に行き消化吸収が始まるために燕下によって糖分が放出され血糖値が高まったところに、新たな糖分が血中に吸収されるので急激に高血糖になってしまう。そうするとインスリンが過剰に血中に放出されて低血糖になり(後期)ダンピング症候群を起こすというわけである。
 しかし胃がある人は一端胃に止まるのでそれほど急激に高血糖なるわけではなく、胃で一部消化吸収されるが、ある程度消化されたら小腸に行って本格的に消化吸収され血糖値が高くなるわけである。食後の血糖値の推移を見れば分かるように直ちに血糖値は上がるわけではないので、早く食べる人は血糖値が上がり出す前に食事を終わってしまう。満腹中枢は血糖値が上がると刺激されるので、早く食べる人は食べ終わってもまだ満腹感が少なくて、もっと多く食べる傾向もある。逆にゆっくり食べる人は、食べている間に消化されて血糖値が上がるので、満腹感が出て食欲が減じてしまうので充分な量を食べられず、痩せる傾向にある。肥満者は、①早食いだけでなく、②美食傾向(脂肪分が多いものを好む)、③まとめ食いをする(相撲取りの食事法)、④食後の休みを取る(同じく相撲取り)⑤夜食を取る(欧州のことわざに「人は戦争や事故で死ぬのではなく、夜食でもって死ぬ」というのがある:夜食症候群)という食習慣がある人が多い2)。痩せるためにはこれらの食習慣を変える必要がある。
 早食いだけど太ってないという方がいても別に不思議でも何でもない。肥満者の食習慣で他の食習慣が無ければ、例えば日本食を好む(日本食のカロリーの内、脂肪は約8%で洋食は約30%)し、3食きちんと食事をするというような人ならば太らない可能性は大いにあるし、更に運動習慣がある人は肥満になりにくいし、糖尿病にもなりにくい(運動習慣によりインスリン抵抗性を少なくできる)。また、PPAR(peroxisome proliferator-activated receptor)γという脂肪細胞に発現する転写因子の活性が低い(前駆脂肪細胞から脂肪細胞を分化して作る能力が低い=肥満になりにくい)アラニン型(非倹約型)が日本人の約4%いるということなので、そういう遺伝子を持った人かも知れない3)。
 さて、前号の宿題である。
<前号の宿題>
 医師から「太陽が西から出ることがあっても、貴女が妊娠することはない」といわれた女性鍼灸師がいる。高プロラクチン血症であり、確かに妊娠の可能性は低いと考えられたが、とんでもない医師の暴言であり、典型的なドクハラである。結婚後1・2年経っていて子供が欲しいので三陰交の灸を週1回程度自分で施灸していたが、その結果がこの暴言である。一念発起、一生懸命治療をした結果彼女は懐妊し、見事に出産した。どのような治療をどのくらい続けてこの結果が得られたのか、考えて頂きたい。
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 私自身、鍼灸師になって30数年になり、述べ30数万人の患者さんを診てきたが、その中で劇的に著効した症例というのはそう沢山あるわけではない。もちろん患者が思うのではなく、私自身が思う著効例である(例えば急性腰痛が一度で治るというのはかなりの確率であるので私自身は著効とは思わないが患者にとっては劇的であり、ドラスティックな著効例であるが)。この症例は、その一つである。
 高プロラクチン血症は確かに大きな不妊の原因であり、薬もなく、西洋医学では難治或いは不治な病態である。よって、暴言はともかく医師が治る見込みが少ないかほとんど無いことを患者に伝える気持ちは分からないわけではない。しかも2年ほど週1回程度ではあるが、鍼灸治療を継続していて、結果が良くないこともある。
 しかし、この言葉を聞いて当のスタッフ(この女性鍼灸師は当院の元スタッフ)はもちろん私も含めて「そこまで言うのなら、妊娠して(させて)やろうじゃないか」という気持ちになったのは鍼灸師として当然であろう。毎日、スタッフ自身で関元と三陰交に数十の多壮灸(それまでは7壮くらい)をすえ、週に2~3回婦人科機能を高める目的の鍼灸治療を行ったのである。選穴としては婦人科機能を高める経穴として、三陰交、関元、腎兪、次髎を用い、その他は経絡調整を中心とした全身調整である。そしたら、何と2ヶ月後には懐妊を確認したのである。2ヶ月後の確認ということは、1ヶ月後ほどで実質的に懐妊したということであるから、二人ともびっくりであった。当初は1年くらいかかると踏んでいたのである。早速、当の医者の所へいって「さあ、太陽を西から出してみろ」と啖呵切ってこいといったのであるが、さすがに大人げないし、顔も見たくないということでそのままになっているが、本来は医師にも鍼灸治療の効果を知って頂きたいのでいうべきだったと思う。皮肉なことに、この喜ぶべき妊娠によって優秀なスタッフを子育てに取られてしまって、何か複雑な思いをしたのであった。
 何れにしても、不妊治療を始め多くの治療で毎日行ってはいけないような病態は少なく、資金的な問題やアクセスや時間的余裕の問題などが無ければ毎日治療を行った方が効果的であるという証左でもあった。
 今回は横道に逸れたままであったが、次回は修正する予定。恒例により次回までの宿題を出しますので読者諸兄に頭の体操をして頂きたい。
<宿題1>
 早食いは、肥満の原因の一つであることから、肥満対策として早食いせずに沢山噛むことが推奨される。ゆっくり噛めば、早食いを防止でき血糖値が上がる前に食べ過ぎるということが無くなるが、それ以外にも沢山噛むことは2つの理由で肥満対策になる。それは何か、というのが問題である。
<宿題2>
 食後高血糖値と心臓疾患や脳血管障害との相関は高く、空腹時高血糖値は相関しないということを述べたが、総死亡率との相関はどちらの方が強いのであろうか。
<宿題3>
 昭和30年代後半から近年まで日本人の摂取カロリーはほとんど変わっていない。しかし、糖尿病は30倍に増加している。その理由について考えて頂きたい。
<宿題4>
 糖尿病と癌及び鬱病と癌の関係について考えて頂きたい。

<引用・参考文献>
1)谷山 松雄「耐糖能異常(IGT)と心血管病」 medicina vol.40  no.3 2003
2)『愁訴からのアプローチ:肥満』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌 巻 号
3)門脇 孝 他編著「脂肪細胞と脂肪組織」糖尿病カレントライブラリー7 文光堂 2007

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