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症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その43

       ・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-27」・・・・

<前号での宿題>
 まずはじめに前回の宿題から論を進める。
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問題1.鍼灸治療を行うと血行が良くなるので癌患者や癌の疑いのある人に鍼灸治療を行うのは転移を促進してしまうから鍼灸治療を行うべきでない、という論の反論を考えてください。
 この答えは幾つもあると思われる。前回マウスの血行性転移実験のところで述べたように癌が転移するということは容易ではない。一端血管内に浸潤した癌細胞は血行性に移動するが、その過程においても10%強は血液循環内の免疫系に叩かれるし、肝間質内に浸入することが出来た癌細胞も日を経るとともに叩かれ、最終的に転移巣を形成したのは0.02%であったということで、血液循環を促進させて免疫系をより効率的に働かせる方が生体にとってより有利ということがいえる。
 第一、もし血行をよくすることで癌の転移を促進するならば、運動も出来ないし、風呂にも入れない。敵のことだけを考えて自分の能力の増強(免疫系の賦活、自然治癒力の増進)を考えないのは西洋医学的発想(病気の原因と思われる害毒を叩くか、切除するというアロパチー思想)に近い。
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問題2.図1(再掲)の様に4枚のカードがあります。このカードは1面がアルファベットで、もう一方の面が数字になってます。このカードには一つのルールがあります。それは、「アルファベットの母音(A,E,I,O,U)の裏の数字は偶数である」というルールです。この4枚のカードが、このルールに合っているかどうか、確認するにはどのカードをめくれば確認できるでしょうか?という問題です。もちろん全部めくれば確認できますがそれでは問題にならない。最少のめくり数で確認するということです。
 癌の話の中に何故このような問題が提起されたのか不思議と思われる方が多いと思われる。これは心理学(認知心理学)の問題ですから。この問題は信州大学文学部助教授(当時)の菊地聡先生のご講演及び著書より引用改編させていただいた。菊地先生のお話だと、この問題の最も多い答えは「A」のカードをめくればOKという答えだそうです。菊地先生自身もそうだったし、多くの専門家もそのように答えるとのお話しがあり、私自身の答えも実はそうだった。正しく答える人は1%いるかいないかということである。何故「A」のカードだけでOKかというと、ルールの「アルファベットの母音(A,E,I,O,U)の裏の数字は偶数である」を確認することは必要なのでAの裏が偶数になっているかどうかの確認は必要と考えるということで極く普通である。そして「G」のカードをめくるは必要ないのかというと、母音の裏の規定はあるけれども、子音の裏の規定はないので偶数でも奇数でも良いわけだから、これはめくる必要は全くない。「2」のカードも同様で子音の規定はないから、「2」のカードの裏が母音でも子音でもルール違反でないからめくる必要は「G」と同様にない。最後の「7」の数字はどうか。実はこの裏が母音であったら、ルール違反になるわけだから、めくる必要があるわけだが、ほとんどの人がこのことに気が付かないということである1)。
 すなわち、自分の思っていることは確認しようとするけれども、その反証については無意識に「あり得ない」という思いがあって、確認しようとしないということである。「母音の裏は偶数」というルールの反対は、「奇数の裏は子音(母音でない)である」けれどもこの検証を怠るということである。例えば、癌検診を行う方が長生きであり正しいことであると思う人は、癌検診は正しいのであるから正しくないという検証(否定する検証)をしないということであり、検診しない群を作ること自体が倫理的に問題であると考えるからである。これは鍼灸治療においても全く同様である。自分の信念と経験から正しい治療法が正しいかどうかの検証をすることはあっても、その信念と経験をより強固にするためには正しくないという検証(否定するために)をすべきであるがそれをしないということである。
 この、自分の理論・信念・経験を肯定するような検証はするけれども、反対に否定するような検証はしないというのを心理学では「確証バイアス」と呼ぶ。これは頭脳の優れた人も、そして特に専門家が陥りやすいバイアスであるということである。
 同様に「oddman theory」というのがある。oddman は「はみ出し者」のことで専門家でない人という意味である。専門家だけが集まって議論していると「当然のことと思いこんでいる部分」の間違いや反証するべきことに気がつかないので、問題が解決しないことが度々あり、専門家集団に素人を一人入れて検討させると専門家にとってはとんでもない異常な発想が出てきて、「思いこみ」を「気づく」ことができるというわけで、確証バイアスを防ぐことが出来るのである。
 もう一つ我々が考えなくてはいけないバイアスに「認知バイアス」がある。これは、いわゆる「血液型と性格」問題や「夢枕に立った」等ということや自分が神様になるという時に陥るバイアスである。例えば、ある親しい方が亡くなった前夜に、夢の中に出てきたという話である。鍼灸師でいうと、最近来なくなったり古い患者さんが頭に浮かんだり、スタッフ間で話題になると何と来院なさるという現象を経験されている方は非常に多いと思われるが如何でしょうか。私はその様なことが頻繁に起きるので、恥ずかしいことだが「私は神の子に違いない」と思ったことがしばしばある。表1を見ていただきたい。Aの事象、例えばある患者さんのことが頭に浮かんだことがあるで、Bの事象はその患者さんが実際に来院すること、とするとある患者さんが頭に浮かぶと(Aの事象が有る)、その患者さんが来る、ということで表1ではaということになる。これは知り合いが亡くなった(Aの事象が有る)時に前夜夢枕に立った(Bの事象が有る)でやはりaで同じことである。このような事例は誰でも経験することで決して摩訶不思議なことではない。そして、aが続くと「私には超能力がある」というように思いこむことになり、一人の「神」が誕生する。では、有る患者さんが頭に浮かんだりや知り合いが亡くなった時に、その患者さんが来院しなかったり夢枕に立たなかったcの状態のことを覚えてますか?また、古い患者さんが久しぶりに来院した時や知人が夢枕に立った時に頭に浮かばなかったり、無くなってなかった時のことbのことを覚えてますか?ましてやdの頭にも浮かばなく、来院もしないことの数なんかは知りようがない。要するに「神」は頭に浮かんだ時に必ず来院して、来院しないcは全くない状態のことであり、超能力者はcはあってもaの方があるかに多い人をいうのであるが果たしてそうなっているか。冷静に統計を取ると、圧倒的にcが多く残念ながら神はもちろん超能力者でないことを思い知らされるのであるが、人間は確証バイアスと併せて自分の都合の良いこと自分に心地良いことのみを記憶し都合の悪いことは忘れ去る性癖を持っている。実はこのことは生きる知恵であり、明るく生きるために必要なことなのかも知れない。実際に冷静に自分をみつめる人は鬱になると菊地先生は述べている。ただ、特に思いこみの激しい人は自分で名人になり、やはり思いこみの激しい人はそれらを見て自分の師匠は神に等しい人だと信じて新しい学派や宗教が誕生する。もちろん誤解の無いようにしていただきたいが、中には超能力者や本当の名人がいるかも知れないし、そのことを否定するつもりは更々無いが、そういう傾向が多いということだけは事実である。血液型も全く同様である。
 この認知バイアスや確証バイアスは先端的な医学研究でも幾らでも見つけられるということが問題なのである。

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問題3.何故日本では癌検診のRCTが行われないのでしょうか。
 若干前述したが、「癌検診は良いに決まっているから検診を作らない群を作ること自体倫理的に問題である」というのが癌検診のRCTが行われない最大の理由である。ただ、実際問題として、国民の多くも検診は早期発見早期治療に繋がるので有用であると思っているから、このRCTの被験者になろうと思っても5割の確率で検診を受けない者になるというのを聞いた途端に被験者になることを拒否することも想定される。実際問題日本で治験(新薬のRCT)を行う際にも同様のことが起き(新薬の方が効くと考えてしまうので従前の薬ないし偽薬や無治療の方に当たるのを嫌う)なかなか症例が集まりにくい現状がある。ただ、元々企画されないのであるから被験者側の問題ではなくあくまでも医療サイドの問題である。諸外国ではRCTをしてみないと検診の有効性そのものが分からないということで実施されている。
 いうなれば、確証バイアスと認知バイアスそのものである。早期発見・早期治療の成功例は相当数あるのは事実である。ところが遅期発見・遅期治療の成功例(例えば癌もどき)は多数あっても意識されないが、遅期発見・遅期治療の失敗例は相当意識される。しかし、早期発見・早期治療の失敗例はあまり意識されない。また成功例もあくまでも5年間生存率であって成功例でも平均寿命などはまだ分かっていない。また本シリーズの24で紹介した千葉地方会の鈴木昌子先生のともに肺癌にかかられたご両親の例のように、御尊父は抗癌剤と放射線治療を受けて癌は消失して成功したということであったが、直ぐに肺炎を発症して病気が分かってからわずか半年後に83歳で亡くなったが、ご母堂は、病気が分かってから病院では検査と点滴だけにして、鍼灸治療に委ねたところ3年間ご存命で88歳迄生きられたが、父君は西洋医学で癌を治した症例となり、母君は西洋医学を拒否して癌でなくなった症例というように統計上は処理されるのである。
 鍼灸師も全く同様で、腰痛に鍼灸治療は有効に決まっているから、鍼灸治療をして腰痛が悪化することなどはあり得ない、と考えるので悪化したという訴えがあると、もしかして意図的なクレームかとも考えたりする。実際問題、当院での悪化例のほとんどは、治療が楽になったので貯まっていた仕事をやりすぎて(動きすぎて)返って痛くなった、というものである。しかし、治療中の悪化例もある。
<症例60> 男性 64歳 162cm 55kg
 2年前に喉頭癌を発症し、放射線と抗癌剤で治療した。1年後再発しレーザーで治療、その半年後に再々発し、半年前に喉頭の全摘手術を行う。しかし、1ヶ月半ほど前に再発転移し3週間前入院して放射線治療を受ける。現在左耳の後が痛くて首が回らない。転移は肺と左鎖骨下のリンパ節及び胸骨に転移しているとのことであるが、本人は左浮肋骨及び股関節部位に痛みがあり痛くて歩けないとのこと。食欲・睡眠・便通は良好であるが、唾液がでないので食べにくいが食べられてはいる。今後入院して抗癌剤治療を受ける。鍼灸治療で免疫力を高めることと体力維持を期待して来院した。もちろん、左耳の後の痛みと左腰から股関節部位の痛みも取って欲しい。
 3回ほど治療したが大きな変化はなく、その後1週間入院して抗癌剤治療を行う(月に1度1週間抗癌剤治療を行う予定)。退院して4回目の鍼灸治療を受診した。左頚は徐々に曲がるようになってきている。しかし左腰から股関節部位の痛みは変わらない。
 この患者さんは、3回目の治療中に腰の痛みが増悪してその部位の治療を中止したら数分後に痛みが止まり、4回目にも同様のことが起きた。骨転移もあり、筋萎縮もあることから姿勢性の痛みないし同じ姿勢(腹臥位)を取ることによるものと考え姿勢を変えながら治療するが同じ結果になった。もしかして、血流が亢進することにより悪化するのではないかと考え、入浴により痛みが出ないかと問うたところ、正に入浴により痛みが悪化するということであった。これは血流が亢進し骨髄液の流れも良くなったが転移癌により流れが阻害され骨髄圧が上昇して痛みが増悪したのではないかと考えた。もちろん、骨転移が原因ではなく抗癌剤や放射線の影響により血管内腔が狭くなっていて、血流改善のために起きている可能性も否定できないが。
 実は以前にもこのようなケースを経験しているからこのような考えに至ったのである。それは五十肩の患者であった。既にfrozen状態であり病歴からも陳旧性で拘縮がかなり強いと判断できた。通常通り肩の結節間溝辺りの圧痛点に斜刺で置鍼していたところ、痛みが強くなり患者さんはうなっている。かなり辛そうなのだが治るのなら我慢するということでそのままにしていたがついに限界に来て抜鍼したところ数分で痛みが治まった。以後、frozenの五十肩であるから簡単には治らないので治療回数を重ねたが、置鍼中に痛みのためにうめくのは毎回であった。癌や内臓の炎症におけるREM睡眠中の痛みの増悪と同様に血流亢進により何かの圧迫で血流が阻害されて痛むと考えたが、それならばそれで効果的ともいえる。もしかしてということで何の気無しに背臥位で伸展していた腕をお腹の上に乗せるように屈曲させたところ、瞬く間に痛みは改善した。血流改善が上腕骨の骨髄液の流れも亢進し出口の静脈の流れを長頭腱や腱板が拘縮によって防いだ可能性があると考えられた。それ以後全ての五十肩患者ではないが拘縮が強いと思われる患者では同様なことが起きることがあるのでこのようなことが有ればfrozenと診断する一つの基準とすることにした。
 しかし、癌の治療であるから免疫抵抗力及び体力改善には血行を促進させることは効果的な方法である。鍼灸治療は初めてということもあり不信に思いかけたが、入浴時も痛むことから私の説明に十分納得され、むしろ血行促進状態を確認できたということで喜んで治療を継続するということであった。3回の鍼灸治療の効果のためかどうかは不明であるが、1週間の以前の15~20倍量での抗癌剤治療にも苦痛や副作用が少なく、鍼灸治療のおかげかも知れないと内心思っておられ、置鍼中の痛み以外は満足していられたことも幸いした。
<次号までの宿題>
 恒例により次号までに読者諸兄に頭の体操をしていただきたい。次の2つの症例の病態時計かを考えていただきたい。
<症例61>男性 55歳 171cm 75kg 禁煙中
主訴:左肩背部痛
現病歴:1W前から寝違えか肩が凝ったのでマッサージをして返って悪化。以後3回マッサージを受け、直後は良いが翌日には戻る。仕事中いやらしい何ともいえない痛みがある。頚・肩を動かすのは問題無いし、上肢症状は無い。ほとんど1日コンピューターを使った仕事で、ストレスが貯まると頚・肩痛になり、マッサージをしていた。今日は特にひどい。夜間、痛みで目が覚めることがある。18日前から禁煙。以前は50本/日。飲酒は毎日大量。体重は禁煙後3kg↑。ROM(-)、頚肩の凝り著明、左斜角に圧痛
<症例62>女性
現病歴:2・3年前に鬱病で精神科に数週間入院してから通院して服薬していたが、薬を変えてから嘔気が始まり治らなくなったので、転医(内科)したら鬱ではなく機能性胃腸障害といわれた。薬で治るものでなく、自分で頑張るように言われ薬は大分減らしたが、症状は悪化している。また、不眠だったが睡眠薬を止めたら改善。以前は食べたら嘔気は治っていたが、食欲↓し、食べても治らなくなったし、吐くこともある。

<引用文献>
1)菊地 聡「超常現象をなぜ信じるのか」ブルーバックス 講談社 1998
2)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その24」 医道の日本誌 巻 号 2006

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