症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その16

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その16
・・・・キーワード9「良性疾患での難治性の鑑別-2」・・・・

東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

今回は、前回に続いて良性疾患においても治りにくい場合について検討したい。
前回は、<症例29>で糖尿病や甲状腺機能異常などの代謝障害や内臓の障害があると治りにくいこと、<症例30>で鬱病や神経症などの心因的な要因がベースにあると同様に治りにくいこと、<問題15>で陳旧例は新鮮例に比べて治りにくいことを示した。
 更に症例を呈示する。
<症例31>女性 45歳 独身 ピアニスト(休業中) H7年10/2初診
主 訴:右踵部の痛み、朝のこわばり
現病歴:9ヶ月前より両踵部あたりが痛くなり、その後両2・3指関節痛が出現し、紫斑も出る。膠原病、RAの検査は異常なし。VitBを服用するが効果なく、漢方薬を服用したら10日くらい良かったが、また戻り、のぼせが出たので服薬を中止する。関節痛の治療のために温泉に行ったが、それがいけなかったのかその後に浮腫が出現した。右手4・5指背側に鎮痛剤を塗布したところ湿疹が出たので中止した。以前より左前頭部より‥‥
 この症例は『愁訴からのアプローチ:不定愁訴』でも引用した症例である。治療経過としては、善し悪しを繰り返し、良い時は褒めちぎり、病院内に開設した鍼灸治療室で治療していたので悪い時には病院の受付や事務所や院長・理事長にまでいって文句を付けるという極端な反応を示した症例であった。そして最近になって(治療中止後10年近く経って)も「鍼治療で正中神経麻痺になったので賠償しろ」と電話で長々と訴えたのであった。直径0.12mmのセイリン社製02番鍼で内関に切皮刺入のみの治療で神経麻痺になることはあり得ないので断固拒否し、過去にその様な症例も判例もないと強い態度で応対したところその後は何とも言って来ないが、この患者の「危険性」と「治りにくさ」は初診時に判断できたのであった。残念ながらその時点では私自身が未熟で対応に慎重さを欠いたのが問題であったのである。

 この症例は、非常に訴えが多く問診も長時間になり、治療院での問診表も高得点(訴えが多い)であった。また過去の治療歴も詳しく述べ、ヒポコンデリー的(心気的)な要素も汲み取れるし、症状の変化も多く、その変化は過去の治療のせいにしている傾向(他罰的)がある。典型的な神経症と考えられる。また、治療経過で抜鍼後に起きた残鍼感に異常に固執し(心気的)、鍼灸治療で悪化した友人の言葉に同調し(被暗示性)、悪化した(疑惑心)と治療時間中に長々と訴える(自己中心的)等攻撃的な側面も見せた。そして、結局は鍼灸師を頼り、再・再々度治療に訪れる(愛情欲求)というパターンを示した。忙しいときにあまり時間をかけて話しが出来ないと、直ちに悪化したり苦情を述べたりする傾向にある(自己中心的・依存性)。
<神経症の判断>1)

 神経症の傾向のある患者は、治療及び治療家に対して懐疑的な人が多く治療が長続きしない傾向があるとともに、いろいろな所を渡り歩く傾向がある等の幾つかの特徴があり、診断は容易でないが傾向を疑診する事は鍼灸師でも可能である。以下のその特徴を示す
① 心気的傾向(ヒポコンデリー性基調):主として慢性の身体症状にとらわれ過ぎ、しかもその認識に問題があることが多いが、それは身体に対する過度の注意集中が生じ、しかも症状が固定化される状態であるともいえる。生活史を詳しく問診すると本人が幼児から弱かったり、母親が神経質で過保護に養育され、そのため身体に対する強い関心を幼児から植え付けられた人に出現しやすい→病歴を詳しく話す人や予め病歴を書いたメモを持ってくる人に多い。
② 自己中心的:普段の対人関係は全く問題ないが、一旦症状が出現するとわがままになり、周囲への気配りが全く出来ずエゴイスティックになってしまう。一般的に甘やかされた家庭に育ち、欲求不満の機会が少ない人に出現しやすい。
③ 愛情欲求:一種の退行現象で、甘えが強く、病気を誇張し注意を自分に向けさせるようにする。ヒステリー傾向の人に多く、性格も未熟である。
④ 疑惑心:病気のことにあれこれ質問し納得のいく説明を求めるタイプで、治療スタッフ間のちょっとしたニュアンスの違いがあった場合によりしつこくなる。一般に社会に比較的不適応で、生活史上に問題があるケースに多い。
⑤ 攻撃性:過度な自己愛の裏返し現象ともいえ、家族や治療スタッフに対して激しく攻撃する。一般に慢性疾患に多くみられる。
⑥ 他罰的傾向:神経症のタイプは、症状や体調の変化や生活の不都合等を全て他人(治療スタッフも含む)のせい(他罰的)にしやすい。そのために過去の治療に対して悪くいう傾向がある
⑦ 多愁訴:訴えが非常に多く問診時間も長くなるし、問診表では数多くの愁訴に「はい」が多くなっている
⑧ 多治療歴:心気的傾向、疑惑心、自己中心的等のために治療効果がさほどでないと直ぐ他の治療に走りやすく、治療歴が多彩である

<良性疾患での難治症例>
 (社)全日本鍼灸学会東京地方会学術部(部長は筆者)では『愁訴からのアプローチ』というテーマで様々な愁訴の鑑別から治療までを検討し本誌上で発表してきたが、それ以外にも運動器疾患(筋骨格系の疾患)を対象に8大関節(頸・肩・腰・股・膝・肘・手・足)の痛みに対する鑑別から治療まで、及びしびれを対象に検討してきた。その中で鍼灸治療の部分では過去の鍼灸関連の学会誌・雑誌・単行本・古典などの記載を参考にし、最も頻用されている経穴を中心に学術部で検討して標準的な治療法を提示してきた。
 この文献調査の過程で、様々な文献の中に難治な症例についての記載が多く見られ、それらをまとめてみた。
1、陳旧症例
 問題15でも示したが、新鮮例よりも陳旧例の方が治りにくいのは当然であることに異論はないであろう。
2、治療歴が多彩な症例
 前記の神経症という問題が大きいが、色々治療することで本来の治癒機転が損なわれたり病態が変化したりすることも考えられる。
3、過去に同症状の既往が多い症例
 何回も症状を起こしているということで、当然のことながら治りが悪い。「一度起こした腰痛は次の腰痛の始まり」ということわざがあるように、①一度起こした損傷は完全には治らない(元に戻らない)、②何度も起こすということは元々その部位に弱点がある、③何度も起こす環境・状況にある、等が主たる理由である。
4、症状発現部位における手術既往例
 手術は、当然のことながらその部位の皮膚・筋肉を傷つけるし、微細な血管や神経も傷つけることは当然想定できる。
5、高齢者
 高齢者が治りにくいのも、自然治癒力が衰えていること、筋力や内蔵機能なども衰えていることで当然のことと思われる。
6、全身症状悪化例
 癌末期患者を例に出すまでもなく、内臓や代謝障害・炎症などによって全身症状が悪化していれば、たとえ肩こりのたぐいでも治りにくい。
7、症状部位での器質的疾患病名の診断の既往例
 過去に器質的な診断、例えば腰痛の際に椎間板ヘルニアなどの診断が過去に付けられていた場合には治りにくい。そしてその診断がCTやMRを持たない開業医の診断であっても、器質的な診断名を確定診断でないにしても疑われたような場合には、それなりの病状であったことということで治りにくい、ということである。
8、DMや甲状腺等の代謝異常がある場合
9、鬱病や神経症等の心因性要因が大きい場合
 これらの難治度については、例えば椎間板ヘルニアに対して手術を行った場合と保存療法のみで経過を診た場合の比較(この場合、2・3年は手術を行った方がよいけれど、年数を経るに連れ保存療法の方が経過が良いという結果)というような限られたエビデンスはあるけれども、決してRCTを行ったというエビデンスがあるわけではない。しかし、多くの文献において書かれている難治例であるし、読者諸兄においても納得のいくものであるのではないだろうか。
 また、6・8と9に関連することであるが、主訴以外に他に疾患を有している場合にもやはり治りにくい。その上に薬剤の影響は無視できないので薬剤の種類によっては治療効果に影響を与える場合があるのでこの点も考慮する必要がある。
<経過観察における鑑別:まとめ>
1、初診時に悪性疾患を鑑別できない場合には経過観察において鑑別していく。
2、経過観察の判断基準は以下の判断基準を用いる(本誌本年 月号の14より再掲)。
 ① 2週間程度の期間で4~5回程度以上の治療を行い、直後効果はともかく累積効果が初診時予想された改善レベルより大きく下回った場合は悪性の可能性があると判断  する
② ①で①程ではないが効果が初診時の予想より下回った場合は再度①と同様の観察を行い1カ月経た時点で①、②と同様の結果なら精査を勧告する。
③ 鍼灸師の指示通りの治療を受けない場合でも、悪化ないし初診時の予想改善レベルより大幅に下回った場合は①、②に準じて判断する
 ④ 他の症状が出現した場合は新たな鑑別診断を行う
3、良性疾患においても上記の8つの難治症例の場合には2の経過観察の判断基準に則らないでより長い期間の経過観察で悪性かどうかを判断していく。
 この場合、当然エビデンスはないわけであるから、ここの症例においてどの程度の期間経過観察して良いのかどうかははっきりとはわからない。<症例23>の馬尾神経腫瘍の場合や<症例25>のように当初は全然改善しなかった症状が、数週間後に突然良くなるという症例もあるのでその判断は確かに難しい。
 ただ、<症例25>のような症例は例外的なことであり、あくまでも以前からの信頼関係があったからこそ長期間にわたり経過を診られたのに過ぎないのであり、一般的にはもっと以前に精査や転医をご指導するべきだったと思われる。
 しかしながら、治療開始当初はともかくその後に改善した例においては、主訴もしくは主訴以外の何らかの症状ないしQOLが若干でも改善している場合が多いので、治療開始後2週間の経過観察期間で何らかの改善徴候があれば、たとえ主訴が改善していなくても続けてみても良いのではないかと考えている。             続く

<引用文献>
1)愁訴からのアプローチ:不定愁訴』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌 巻 号

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