・・・・キーワード10「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?」・・・・
<悪性疾患の鑑別法:まとめ>
これまで16回に渡って「鍼灸師でもできる癌の鑑別法」について検討してきた。まとめると、
A、初診での鑑別
1、問診での鑑別(最も重要)
1)発症期間:数ヶ月~1年程度の比較的最近に発症
2)発症状態:徐々に、急性発症することは極まれ
3)発症からの経過:頻度及び程度での階段状の悪化
4)体重減少:体重減少がないからといって癌を否定はできないが、体重減少が有れば疑いは濃厚
<参考>痩せの悪性腫瘍疑診基準:(社)全日本鍼灸学会東京地方会学術部
①最近の1カ月で3㎏以上の体重減少
②最近の3カ月で5㎏以上の体重減少
③何れの場合もダイエットや食欲不振がなかった場合
※ しかし、悪性疾患によっては食欲不振が前面に出る場合があり、食欲不振があるからといって癌の可能性は否定できない。
5)夜間痛(安静時、特に夜間の方が臥位の姿勢に関係なく痛みが強い場合)
夜間痛がないからといって癌を否定できないが夜間痛が有れば、内臓の炎症(この場合、多くは急性発症)か癌の疑いが濃厚
2、典型的な症状での鑑別
悪性疾患によっては典型的な症状を呈する場合があり、それだけでもその疾患を疑うことができる症状で、下記はその代表的な例。
1)morning headace(起床時の頭痛)+牽引痛:脳腫瘍
2)耳鳴りだけが続く: 聴神経腫瘍(脳腫瘍の一種)
3)頚部浮腫、頚部静脈の怒張:SVC(上大静脈洞症候群:肺癌・縦膈癌など)
4)液体は燕下可だが固形物は不可:食道癌
5)嗄声:肺癌、縦膈癌、大動脈瘤、食道癌など
6)下血:大腸癌、潰瘍性大腸炎、クローン病、大腸ポリープなど
7)細く軟らかい便:直腸癌、内痔核など
8)突然の黄疸:胆管癌、膵臓癌、肝臓癌、白血病など
3、触診での鑑別(頚部リンパ節・乳癌などの触診可能な場合)
1)石のように固いと悪性の疑い
2)境界がはっきりしている(乳癌ははっきりしていない)と悪性の疑い
3)周辺との癒着があり、可動制限があると悪性の疑い
4)表面が不規則(ゴツゴツしている)であると悪性の疑い
4、進行性悪性疾患以外の難治性疾患の鑑別
進行性の悪性疾患ではないけれども、一見悪性のような病態を示したり、鍼灸治療に反応しにくい疾患で、西洋医学との併療が望ましい場合が多い疾患の鑑別。
1)鬱病:鬱病疑診基準(東京地方会学術部)
①早期覚醒を中心とする睡眠障害 ②午前中に強く、午後に改善する倦怠感
③食欲不振 ④性欲低下 ⑤頭痛(頭重) ⑥興味喜びの喪失 ⑦意欲の減退
鑑別・紹介基準:①・②+他症状一つ以上(但し、除外基準ではない)
2)甲状腺疾患(亢進・減退)
便秘、浮腫、徐脈、脱毛、甲状腺腫、しわがれ声等+深部腱反射での戻り時間延長
3)PSS.MS
階段状の悪化、日光過敏、関節痛、微熱など
5、リスクファクターの考慮
主訴の現病歴とは直接関係はないけれども、悪性疾患の可能性が考えられた場合に、患者のプロファイルや嗜好で下記のものが有れば、その可能性が高まる。
1)遺伝的素因・年齢・性差:様々である
2)地域・人種・環境:同様に様々
3)喫煙:肺癌・喉頭癌・咽頭癌・舌癌・膀胱癌・食道癌・膵臓癌など
4)飲酒:肝臓癌・食道癌
5)塩・薫製品・漬け物:胃癌
6)脂肪・肉食:大腸癌・膵臓癌、心筋梗塞
7)電離放射線:肺癌・白血病・皮膚癌
8)B・C型肝炎:肝臓癌(昭和30年代以前の予防接種経験者を含む)
B、経過観察での鑑別
1、経過観察での除外鑑別:初診時に悪性疾患を鑑別できない場合には経過観察において鑑別していく。
① 2週間程度の期間で4~5回程度以上の治療を行い、直後効果はともかく累積効果が初診時予想された改善レベルより大きく下回った場合は悪性の可能性があると判断する
② ①で①程ではないが効果が初診時の予想より下回った場合は再度①と同様の観察を行い1カ月経た時点で①、②と同様の結果なら精査を勧告する。
③ 鍼灸師の指示通りの治療を受けない場合でも、悪化ないし初診時の予想改善レベルより大幅に下回った場合は①、②に準じて判断する
④ 他の症状が出現した場合は新たな鑑別診断を行う
2、良性疾患での難治性の鑑別:良性疾患においても下記の8つの難治症例の場合には1の経過観察の判断基準に則らないでより長い期間の経過観察で悪性かどうかを判断していく。
1)陳旧症例
2)治療歴が多彩な症例
3)過去に同症状の既往が多い症例
4)症状発現部位における手術既往例
5)高齢者
6)全身症状悪化例
7)症状部位での器質的疾患病名の診断の既往例
8)DMや甲状腺等の代謝異常がある場合
9)鬱病や神経症等の心因性要因が大きい場合
神経症の疑診:神経症の診断は容易ではないが、可能性を考慮することは鍼灸師でも可能である。そのキーワードを列挙する。
①心気的傾向がある(ヒポコンデリー基調):症状への過度なこだわり
②愁訴が多く、毎回のように変化する
③猜疑心が強く、治療的も多彩で多い
④自己中心的で愛情欲求が強い
⑤他罰的で攻撃性がある など
3、他の基礎疾患がある場合の鑑別:上記の8)と同様にDMや内分泌障害・臓器の失調・高血圧症などの疾患がベースにある場合は主訴の症状は比較的難治なのでそのことを考慮して経過観察の判断を行う。鑑別法については割愛する。
Ⅴ、癌の可能性が高い場合の鍼灸師の対応について
このシリーズのその1において、鍼灸師の対応について簡単に触れた1)。
それを簡単にまとめてみる。
1、今までは、そして今でもほとんどの鍼灸師は癌の可能性がある場合に遭遇した時には、鍼灸の不適応疾患として全て医師に委ねている。私自身も数年前まではこれらの疾患は鍼灸治療の不適応疾患であり、その可能性を少しでも察知したら直ちに専門医に転医させるべしという認識であった。そして、そのために鑑別診断能力を高める必要があり、それは患者のためであるばかりでなく、鍼灸師自身をも守るためにも重要なリスク管理の要件であると考えていた。
2、しかし、我が国において、癌検診が急速に普及しているのに関わらず、そして癌治療に対して西洋医学が発展しているのに関わらず、癌の発症及び癌死も減らないばかりかむしろ増加の一途を辿っているという現状があるからであり、「癌に対して西洋医学は思ったほど貢献していない」、という認識を得るようになっていた。これはEBMの普及によってもたらされた認識である。
3、その上、慶応大学の近藤誠講師、新潟大学大学院の安保徹教授や都立大学大学院の星旦二教授など、多方面から西洋医学の癌治療の矛盾や限界が指摘され、患者サイドでも西洋医学一辺倒の考え方に変化が起こり、西洋医学の治療を拒否するものが増加した。これは出版物の影響のみならず、近親者の癌患者を実際にみて感じた面や、インターネットで様々な情報を得ていることの影響もあると思われる。そのために患者自身で医療を選択できる状況になってきたことは非常に大きな変化である。
4、これらのことから、鍼灸師サイドにおいても癌患者を、または癌の可能性が高い患者を、無条件に西洋医学に全面的に委ねるべきかどうかが疑問視され、この点は再検討されるべきではないかという考えが広まりせいぜい数例の報告でエビデンスの質は低くても、少しずつ「癌患者に対しての鍼灸単独治療」の症例報告が出始めてきた。
5、このように悪性疾患の可能性が高い場合に、患者と真摯に話し合って、患者自身にその治療方針を決定させる(インフォームドコンセント)ようにし、患者の希望により鍼灸単独治療を行う場合もあり得ると考えるに至ったのである。
<癌は鍼灸の不適応疾患か>
大変大きな、そして非常に重いテーマである。癌は死に直結する病態であり、それだから故に、「診断権を持ってない、そして一人で歩いてくる患者を主に診ていて、臨死体験がほとんど無い鍼灸師が癌患者を診ることは到底無理であるし、その上鍼灸治療が癌に効くとも到底思えない」というのが大半の鍼灸師の認識であると考える。
昨年の6月に千葉の幕張メッセで行われた第53回(社)全日本鍼灸学会学術大会のシンポジウムの一つに『癌と鍼灸』があり、私が司会とコーディネーターを仰せつかった。
このシンポの冒頭で指定発言者の熊本県鍼灸師会相談役の大串重吉氏の発言を司会が代弁した。大串氏は「癌は、鍼灸界では扱うことのできない条件が多すぎて、敬遠し見過ごされた状態であった」、そして「癌は厄介の代名詞であり、治療する立場においても忌み嫌われている」、「しかし、呻き苦しんでいる姿は見るに忍びず、医療人としての気を駆り立てられる想いである」と述べた。そして、次の4つの症例を示した。
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<症例32>59歳 男性 昭和36年夏
お腹の調子が悪いと訴えて来院する。診てみると癌の可能性が高い塊が手に触れる。癌と云う病名は本人には云いにくい。家人に多分胃癌で半年位の余命かもしれないと告げた。手遅れで手の施し様もなく通り一辺の治療だけした。その秋やはり癌で他界されて後に、急に私の評判が良くなった。それは、今迄誰にも告げられなかった病名を私が事前に耳打ちしたことによるだけなのに(医者でなくとも医療の心得が有れば誰でも判るようなことなのに)、皮肉な現象だ。
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この症例が、事前に医師や他の鍼灸師などの診察を受けていたかは不明である。医師が癌を見逃し、鍼灸師が見つけたと言うこともかもしれないが定かではない。しかし、いずれにしても癌の可能性を指摘し、かつ手遅れなので鍼灸治療では治せないことを家人といえどもしっかりと告げたことは鍼灸師として当然とは言え、大事なことである。このことをしっかり行いましょうということで鍼灸治療の適応・不適応の鑑別能力を高めようということが、今まで鍼灸業界で声高に言われてきたことである。
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<症例33> 73歳 胃癌・肝癌 昭和39年春
癌の告知を受け末期で家庭療養中の患者さん。往診を依頼されたが、四六時中呻き通している。可愛想で見るに忍びない。往診で器具不足で、家人の金のネックレスを借用、胃と肝臓に癌があり、外関と臨泣に接触した途端アーッと声を出し、痛みが止まったという。本人も家族も吃驚してキョトンとしている(私もびっくり)。
翌日から毎日通院されたが十日くらい来院された時に、私が夏期大で留守をしたために、又寝たきりとなり他界した。痛まず苦しまず、家族の人にも喜ばれた。悲喜相乱とは此れの事。
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今まで、癌の鍼灸治療の症例報告はこのような症例がほとんどであった。この症例はまさに故間中喜雄先生が提唱していたイオンパンピングを応用した奇経治療による癌末期患者の疼痛緩和治療である。苦しみあえいで亡くなっていくのではなく、少しでも安らかに死を迎えさせることが鍼灸治療でできるのならば、それはそれで非常に有用な治療法であることは論を待たない。私自身沢山の癌末期患者の治療をしてきて、ほとんどはこの症例のように家人に喜ばれたが、私自身には虚しさと無力感だけが残った。「所詮治せないじゃないか」ということである。患者さんは覚悟(中には薄々)はしているとはいっても、治りたいのであるし、全く苦痛が無くなるわけではないのである。救いを求める目を直視することはできない。ましては告知されてない患者に「私は癌じゃないですよね?これで死にませんよね?」と聞かれて、役者じゃない私はつい目をそらして空虚な嘘をつかなければならない。例えば肝癌末期で乳房が大きくなった男性患者に「大丈夫ですよ。治りますよ。治ったら一緒のゴルフに行きましょう。だから頑張ってね」というように。私は関係していた病院のターミナルケア研究会の勉強会で鍼灸の緩和ケア治療について報告した後に研究会を辞した。私はどうせ研究するのならば治すことを研究したい、という気持ちで。
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<症例34> 68歳 女性 平成2年秋
頚肩部の違和感を訴えて来院する。診ると頚部に半米粒大の塊を触知する。信用のおける病院に行くように勧めた。一週間後の来院時に尋ねたら未だ病院に行っていないという。前回の治療で大分気持ちが良かったので、と言い訳をいう。手遅れになるといけないので、言葉荒らく云ったら、びっくりして翌日病院に行った。初期なので手術せず放射線で治癒。
十年過ぎても元気そのもの。月2回来院する。
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この症例は、私の<症例21>と同様である2)。症例21は告知されてないものの、家族には知らされていたが、高齢であるということと器質化肺炎及び胸椎の圧迫骨折を合併していたので手術などの処置はしない(できない)で様子を見ましょうという症例で、鍼灸治療で戦いにいって当初は癌が縮小し好結果であったが1ヶ月の無治療期間中に悪化し、鍼灸治療で再挑戦したが、癌は縮小せずに病院での治療を勧め、結果的に鍼灸治療及び自然経過により肺炎症状の改善と圧迫骨折による痛みが無くなって手術に踏み切って治癒したのであった。
とはいえ平成2年の時点で癌を治そうなどという野心的な鍼灸師及び患者はそうはいなかったと思う。大串氏のような対応が鍼灸師として立派な対応であり賞賛されるものと考える。鍼灸師は触診が重要であるから、このように頚部リンパ腫等の触知可能な癌を発見することは皆無ではないし、乳癌の疑いを本人が持った場合に鍼灸師に判断を委ねることもしばしばあるかと思う。癌の触診については本シリーズの11と12に詳細が有るのでそれらを参照していただきたい2)3)。
問題はその後の鍼灸師の対応である。癌の可能性がたかければ当然大串氏のようにすぐに医師に委ねるというのが第1の選択肢である。しかし、それは唯一無二ではない、というのがこれからの論の主旨である。
<次号までの宿題>
読者諸兄の頭の体操のために次号までに問題を出しますので、ご検討下さい。この症例は大串氏の症例であります。この症例の鑑別と鍼灸師としての対応についてお考え下さい。
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<症例35> 28歳 男性 昭和55年
某内科より腰痛治療をとの紹介で来院。父親も兄も癌で死亡したとのこと。甲状腺の手術の既往があり、腰痛の他に全身が何となくおかしいという。外見は筋肉質でスポーツマンらしい良い体をしている。しかし診察してみると内臓等全体的に健康とは云えない感じがする。これは私の直感的な感じであり具体的に説明することはできない。月に1回ほど来院した。しかし翌年の5月から排便時の出血が止まない。精査を薦めるが本人は癌を懸念し、行かない。やっと8月末に検査に行った。・・・・・・・
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