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症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その10

・・・・キーワード6「リスクファクター-3」・・・・
 今回も、前々回・前回に続いて癌のリスクファクターについて考えてみたい。
 まずはじめに先週の宿題から考えたいと思います。

<野菜はにんじんに非ず、にんじんはβカロチンに非ず>
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問題13:「癌にならないための何ヵ条」には、野菜や果物の摂取を積極的に勧めている。これらの有効主成分であるところの抗酸化ビタミンやカテキンは幾つかのRCTで無効とされた。では野菜や果物を摂ることは意味がないことなのであろうか?
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 メディカル朝日の2005年2月号に、2004年11月に行われた米国心臓協会学術集会での話題が紹介されており、その中でビタミンEの有効性を1年以上検討して10例以上死亡が報告されているRCT19件、計13万5967例のメタアナリシスの結果、ビタミンEの容量依存的に(量が多ければ多いほど)死亡率の有意な増加が認められたという報告が俄然注目を浴びたとのことであった。すなわち、ビタミンEを取れば取るほど死亡率が増加するというものでとてもショックな内容であったからである。これに対しては賛否両論の意見が飛び回ってはいるが、少なくとも有効・有用であるという結論は導かれないであろうし、今までにもビタミンEが心血管疾患予後や生命予後に何ら影響を与えないというメタアナリシスは出ているので、有害かどうかはともかく無効であることは間違いなさそうである。
 しかし、この報告の中でα-リノレン酸摂取量増加は女性の不整脈による突然死をを減少させるということも報告されている。但し、この場合はα-リノレン酸を単独で摂取するのではなく、α-リノレン酸を多く含む食事を取っている量ということが違っている。(ヒント1)
 以前、大塚敬節先生が学会の特別講演で「麻黄湯は麻黄に非ず、麻黄はエフェドリンに非ず」と述べられたことがある。麻黄湯は非常に強い発熱発汗作用を有する漢方薬であるが、その君薬である麻黄の主成分のエフェドリンは発汗作用はあまり無く、西洋薬では除咳除痰薬として使われている。そしてエフェドリンは以前良くドーピングで問題になったアナボリックステロイドであり、葛根湯や市販の風邪薬にでも入っているので疑念をかけられた人が続出したのである。
 大塚先生は、あくまでも漢方薬は生薬であり、様々な単味の組み合わせによって相乗効果・相殺効果などを生み出すものであるから、その主成分だけを取り出して使ってもダメだというお話しであった(ヒント2)。

<自然界が作った薬物>
 このことはアンドルー・ワイル博士が1984年に書いた「人はなぜ治るのか(Health and healing)という古典的名著にも詳しく書かれている。西洋科学は、要素還元主義であり、要素に分けて成分分析をして主要な働きのある物質を突き止めると他は不活性成分として棄ててしまったのである。確かに純粋な物質の方が容量を決めやすいし、有効性を計るにはバラツキのある生薬よりもやりやすい。すなわち科学の方法論に乗って来やすいし、何よりも自然界にあるそのままよりも人工的に処理した方が科学的らしい。私も以前はその様に思っていた。
 ワイル博士はコカとコカインの違い、阿片とモルヒネ・ヘロインの違い、ジキタリスとジギトキシン及びジゴキシンの違い、そして、麻黄とエフェドリンの違いなどを詳しく述べている。そして、自然界のままの方が効果が現れるのは遅いが、人間に安全で副作用が遥かに少ないこと、そして純粋に抽出されるものは薬効も強いが毒性も強く人には良くないことを述べている。その中で博士は、様々な薬草などは「自然界が作ったもの」というと科学者は忌み嫌うが、自然界が作ったものかどうかはともかく、再度要素還元主義を考え直すべきと述べている。
(ヒント3)

<食事の王道は非ず。やっぱり1日30品目>
 表1・2・3は何れも1997年に発表されたAICR(American institute for cancer research:米国癌研究協会)による最も信頼度が高い系統的なレビュー結果である。野菜は何れの癌においても確定的に癌の抑制因子になっており、果物も胃癌と肺癌の確定的な抑制因子になっている。ここで抑制因子と危険因子における確定的及び有望・可能性有り等の表現については分かりやすいと思われるが、「関連無い」の「有望」や「可能性有り」という表現の解釈に悩む読者もいるかも知れない。これは「関連無い」という結論が導かれることに「有望」とか「可能性有り」ということであって、決して抑制因子として有望、または危険因子の可能性として有望ということではないことを注意して頂きたい。
 さて、この表をよく見ると、各野菜などの成分や一部の野菜・果物に対する評価もあり、それらの評価は「野菜」よりも評価が低いことにお気づきかと思う。そして、総体的に評価は「野菜などの全般的な形容」>「個々の野菜名」>「成分名}であることに気付かれるかも知れない。もちろん例えば胃癌におけるVit.Cというような例外もあるが。ただ、ここで対象となったものは沢山の研究の系統的なレビューであるので、全てが統一された項目で実施されているわけではないことからも、食事因子に関する疫学調査には限界がある。例えばVit.Cにおいても、Vit.Cを単体でサプリメントとして摂取する場合と例えば柑橘類や生野菜のようにVit.Cが豊富に含まれている食品を摂取している場合と両者のデータが含まれているので、この表におけるVit.Cは単体摂取に限らないということに注目しなければならない。よって、Vit.Cも決して例外ではない。
 アリウム族野菜も例外でなく、アリウム族野菜の一つであるニンニクの方が評価は低い。この場合もニンニクだけでなく、ネギやタマネギなども広く食べる方が良いということである。
 結論を言うと、「色々な野菜を満遍なく摂りなさい」ということで、単に要素である成分ではなく、未知なる要素も含めて組み合わせが大事と言うことである。一言で言えば「1日30品目」である。何がよいから、アレがよいからと言ってそれだけを一生懸命摂っても無意味であるということである。それとサプリメントの類は、多少なりとも酸化防止剤や防腐剤の類、及び溶剤なども含まれていると言うことも忘れてはいけない。

<肥満は全ての癌の発症率を高める?>
 その7での宿題が未だ3つ残っている。
問題8:肥満者は非肥満者に比べ乳癌で2倍、子宮頸癌で3倍罹患率が高い。
 表4は表1-3と同様にAICRの報告をベースに最近の知見を考慮して愛知県癌センターの田島らが改変したものである1)。ここでは、肥満は乳癌の確実な危険因子となっている。それは何故であろうか?この解釈にはエストロゲン(卵胞ホルモン)の働きを考えないと分からない。エストロゲンは乳腺組織を刺激して細胞増殖を促進する働きがある。細胞増殖は遺伝子変異を引き起こし、細胞の変異、癌化へと結びつく。エストロゲン補充療法などの外から与えられたエストロゲンはそれほどではないが、内因性のエストロゲンの血中濃度と乳癌の発症とは相関することが分かっている。エストロゲンは月経周期や妊娠により血中濃度は大幅に変化する。よって、初潮年齢が早いとか、妊娠をしないか子供が少ないこと、初産年齢が高いことなどはエストロゲンの血中濃度が高い期間が長いので、乳癌になりやすい。さて、肥満者であるが、問題となるのは閉経後の肥満者である。といっても閉経前の肥満者が閉経後に肥満でなくなるわけではないので、同じといえば同じではあるが。ただ、閉経後はエストロゲンは産生されないので矛盾するように思われる。しかし、閉経後も脂肪組織において男性ホルモンをエストロゲンに変換しているので、脂肪が多ければ多いほどエストロゲンが蓄積され乳癌の危険度が高まるのである。
 このように乳癌は女性ホルモン依存性の癌であるが、もう一つ子宮体癌も全く同じ理由でエストロゲンの影響を受けて癌が発症しやすい。そして、閉経後の肥満が危険因子であることも全く同じである。しかし、子宮頸癌はホルモン依存性ではなくウイルス依存性である。HPV(ヒトパピローマウイルス)感染が子宮頸癌発症の最大の危険因子であり、これは性行為で感染するために、性行為対象者が多い人、性行為開始年齢が早い人、夫の性行動が活発な妻などなりやすい癌である。一時子宮頸癌は減少傾向になってきたが、このところのフリーセックス時代を反映してか、若年者を中心に増加傾向に転じている。よって、この問題は乳癌では正しいけれども、子宮頸癌に関しては間違いであるので×。
 なお、2003年にニューイングランドジャーナルオブメディシンに発表された米国対癌協会の研究では、90万人を対象としてBMIと癌死の関係を調べて肥満度が高まるに連れてあらゆる癌の死亡率が高まることを報告している。この研究では米国の男性の14%、女性の20%が肥満に起因する癌によって死亡しているということである。

<エストロゲンは発癌物質?ならば経口避妊薬は癌抑制物質?>
問題6:我が国では子宮癌は胃癌と同様に減少しているが、それは少子化と関係がある。
 この問題は問題8と同様の問題である。子宮頸癌は近年は上昇に転じているとはいえ、長期的には確かに減少傾向にあるのだが、子宮体癌はむしろ増加傾向にある。それはエストロゲンの影響を受ける期間が長くなることが原因であり、妊娠中はポロゲストロン(黄体ホルモン)が優位であるが、少子化により妊娠をしなくなるか少なくなったためにエストロゲン優位の期間が増加したためと考えられる。よって、少子化と関係があるのであるが、癌の減少とは反対であるのでこの問題は×になる。
 エストロゲンの優位な期間が長いと発癌率が高まるのならば、経口避妊薬を使用すればエストロゲンの優位な期間を減少することができて発癌率を減少できるのではないか、という疑問が沸く。しかし、子宮頸癌は経口避妊薬により発癌率は2倍になること、子宮体癌においても経口避妊薬はリスクファクターの可能性が高いこと、そして乳癌においても若年時の長期使用によりハイリスクになることが分かっている。要するに自然の状態をいじくってはダメということではないでしょうか。

<性交渉が多いと発癌する?>
問題5:性習慣と前立腺癌の関係がいわれているが、特に発症が多いのは青年期には性経験が少なく、中・熟年期に性経験が多い人である。
 最後の問題である。元々前立腺に関しては泌尿器科の関係者の中では「性交渉が過多だと前立腺癌で、性交渉が少ないと前立腺肥大」というようなことが囁かれている。すなわち男性ホルモンの活性度と発癌及び肥大が関係するというわけである。前立腺肥大は男の宿命であり、40歳代では軽度なものを含めて男性の80%は肥大傾向となっており、80代ではほぼ100%肥大があることが分かっている。また、前立腺癌では、剖検例で45才以上に潜在的に癌化しつつある前立腺保持者は18%という報告がある2)。そうすると、男性機能が自然に衰えてくる年齢において無理して性交渉をしていると前立腺癌になりやすいのではないか、ということが考えられる。しかし、多くの研究はむしろ若年期・青年期に性交頻度が高く、老年期にはいると極端に減少する人に発癌率が高いとしている。よって、この問題は×であるが、前立腺癌の10%は遺伝が原因であり、父親が前立腺癌の場合には発症率が2倍、兄弟の場合には3倍という報告がある。そして何よりも前立腺癌は食生活、特に欧米型の動物性脂肪食と食物繊維が少ない食事との関連が性生活と同等以上に関わっているとされている。また、前立腺肥大と前立腺癌は相対するものではなく、前立腺肥大がある者が無い者よりも数倍(5~13倍)発症率が高いという報告もある3)。よって、前述の「性交渉が過多だと前立腺癌で、性交渉が少ないと前立腺肥大」は間違いということになる。

問題5(×) 問題6(×) 問題8(×)

<次号までの宿題>
 読者諸兄の頭の体操のために次号までに問題を出しますので、ご検討下さい。
 問題14:甲状腺癌の疑いがある患者群に対して、甲状腺癌の専門医である教授と素人が触診によって診断の正診率を競う実験を行った。素人は固さ・癒着・ゴツゴツ感などの幾つかの項目について例えば固さについては、非常に硬いと非常に柔らかいを両端にした直線上にこの程度の固さという具合に印を付けていくだけである。そして、幾つかの項目を総合してファジーコンピューターにより癌か非癌かを判定する方法をとり、教授は専門家としての触診術で診断していく実験である。この実験はどちらに軍配が上がったであろうか。

表1.胃癌の食事因子

1、抑制因子
 確定的(convinsing):野菜、果物、食物の冷蔵*1
有 望(probable) :Vit.C
可能性有り(possible):カロテノイド*2、アリウム化合物*3、未精製穀物*4 、緑茶
 知見があるが不十分(insufficient):食物繊維、セレン*5、ニンニク
2、危険因子
有望:食塩、塩蔵食品(薫製なども含む)
可能性有り:糖質、グリルした肉・魚
知見はあるが不十分:加工肉*7、N-ニトロソアミン(魚などのコゲ)
3、無関係と思われる要因
 有望(関係が無いことに有望):アルコール、コーヒー、紅茶、硝酸塩*6
 可能性有り(関係が無い可能性がある):砂糖、Vit.E、Vit.A
・紅茶 ・(薫製等も含む)

AICRが1997年に行った疫学研究のレビュー結果(表2・3も同じ)を引用改変
*1:食物を冷蔵することで塩分を減量できること、新鮮さを保つこと、カビを生やさないことなどを意味している。また、胃癌の減少は冷蔵庫の普及と相関している。
*2:カルテノイドにはにんじんに多く含まれるβ-カロチンや、トマトや西瓜に多いリコペン、ほうれん草に多く含まれるルテイン等があり、Vit.A(レチノール)の前駆体の総称
*3:タマネギやニンニク、ネギなど特有の刺激臭を持つユリ科ネギ族に含まれる硫化アリルでこれらの野菜をアリウム族野菜ともいう
*4:白米などではなく玄米などのこと
*5:セレニウムのことでVit.Eとほぼ同様の働きがある希少金属
*6:硝酸塩は飲料水、野菜、加工肉に含まれていて、口腔内・胃内のバクテリアの働きで亜硝酸塩となり、更に食品中の蛋白質などと反応して発癌物質であるN-ニトソアミン(魚や肉のコゲに含まれている)を生成する。しかし、硝酸塩の摂取源の一つである野菜は最も確実な抑制因子なのでこのことだけで発癌性があるとはいえない。むしろ野菜に含まれるVit.CがN-ニトソアミンの生成を抑制する働きがある可能性もある。
*7:加工肉には硝酸塩の問題の他に塩分の問題もある。

表2.大腸癌の食事因子

1、抑制因子
 確定的:運動、野菜
可能性有り:食物繊維、でんぷん、カロテノイド
 知見があるが不十分:難消化性でんぷん、Vit.C・D・E、葉酸、穀物、コーヒー
2、危険因子
有望:赤身肉(牛・豚など)
可能性有り:高BMI(肥満)、成人時の高身長*1、食事が高頻度、砂糖・加工肉・卵、総脂質、飽和脂肪酸、動物性脂肪、高度に火を通した肉
知見はあるが不十分:鉄分
3、無関係と思われる要因
 可能性有り:カルシウム、セレン、魚介類

*1:成年になっても身長が高いと言うことは、腸が長いことを意味している。

表3.肺癌の食事因子

1、抑制因子
 確定的:野菜、果物
 有望 :カロテノイド
可能性有り:運動、Vit.C、E、セレン
2、危険因子
可能性有り:、総脂質、飽和脂肪酸、動物性脂肪、コレステロール、アルコール
3、無関係と思われる要因
 可能性有り:Vit.A

表4.乳癌の予防的要因と危険因子

1、予防的要因
 ほぼ確実:野菜、果物、運動
可能性有り:大豆イソフラボン、食物繊維、カルテノイド
2、危険因子
 確 実:肥満
 ほぼ確実:飲酒
可能性有り:総脂質、飽和脂肪酸、動物性脂肪、肉

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