顧問執筆・講演録

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その19

・・・・キーワード10「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-3」・・・・
 前々回からは悪性疾患の可能性が高い患者を目の前にした時の鍼灸師の対応について考えていて、今回はその3である。
<前号での宿題>
<症例37>女性 67歳(齋藤晴香氏の症例) 156cm 62kg
 10ヶ月前より下腿痛を主訴として来院。鍼灸治療を月に1~2回のペースで半年間行っていた。後でわかったことだが、この頃既に10日に1度くらいでやっと排便できるといったひどい便秘に悩み、腹が張ることが多く本人が異常を感じていたようで、鍼灸治療後は便通が良くなると話していたそうである。その後、家族の都合でしばらく来院できず、4ヶ月後に予約があり、その朝吐瀉し、当院の治療はキャンセル。近くの内科を受診し腸イレウスと診断され、別の医療機関を紹介、緊急手術。そこで直腸癌が確認されたが、大き過ぎるため切除できず、3週間後に再度開腹手術をするも、やはり癌を取ることなく縫合。その後40度近い高熱が続き、MRSA に感染したことを病院側から知らされる。1ヶ月ほど高熱が引かないまま、食事も入らず、体力が落ち、歩くこともままならない状態で、当方に往診を依頼された。
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 切除出来ないほどの癌があり、患者ご本人も知っている状況である。2度にわたり開腹手術で切除を試みて失敗したという症例で正に末期癌と考えてよいであろう。また、術後の高熱および抗癌剤などによると思われる免疫力低下のためかMRSAにまで感染するというほど免疫力が低下している患者である。
<緩和ケアの鍼灸>
 治療目的としては緩和ケアであるが痛みが強いわけではない。体力・免疫力を高めてQOLを高めることを目的とする以外にない。緩和ケアにおける鍼灸治療の有効性・有用性については数多く出されているが、そのほとんどは症例報告である。私自身も20例ほどの緩和ケアを目的とした治療をした経験を持っている(最近では治癒を目的とした治療や術後の免疫力増進を目的とした治療を主に行っているので緩和ケアの症例は少ない)が、あくまでも症例報告止まりである。
 (社)全日本鍼灸学会第53回千葉大会での「癌と鍼灸」シンポジウムでは、明治鍼灸大学の福田文彦講師が「緩和ケアにおける鍼灸治療の有効性」をテーマとしたよりエビデンスの質が高い発表をされた1)。
 この中で福田氏は緩和ケアにおける鍼灸治療を総括して「当大学附属病院内科及び他の報告から、緩和ケアにおける鍼灸治療は、身体症状に対しては、疼痛(主に不快感を伴う鈍痛)、だるさ、こり、不快感、不定愁訴、食欲不振、呼吸困難感、軽度浮腫などの軽減、精神症状に対しては、気分が良くなる、イライラや不安、不眠の軽減に効果を示した(図1)。鍼灸治療による身体的、精神的苦痛の軽減が全人的苦痛を軽減させ、ADLや行動の改善に繋がり、QOLを高める結果にも繋がると考える。しかし、この効果は一般鍼灸臨床で考えられるものよりも小さく、持続時間も短く、かつターミナルの初期及び中期での効果である。それでも残された時間をいかに有意義に過ごすことが出来るか、という患者の視点では、この効果は貴重である。なお、モルヒネが必要な強い疼痛や強度の腹水、進行の早い癌では、鍼灸治療の併用は不適であると考えている」とされた。
 また、この中で緩和ケアに携わる鍼灸師に必要な事項として、
 1)終末期の患者の苦痛は、身体的、精神的、社会的、霊的苦痛が相互に関係する全人的苦痛(Total Pain)であることを理解すること。
 2)患者の身体状態・精神状態を理解すること。そのためには、医師や看護師との連携、現代医学的な病態や治療内容を理解する必要がある。特に精神状態では、傾聴的態度、感情に焦点をあてた共感的対応が必要であること。
 3)同じ癌、症状でも患者によって効果を示す治療方法や刺激量が異なるため、一般成人の刺激量と比べて少ない刺激量から始めることが安全で効果的であること。
の3点をあげている1)。
<症例37の経過>
 往診で診察すると、かなりのるいそうで下腿は力なくパンパンにむくみ、排尿もほとんど無いため、下腿浮腫の軽減と補腎、精神調整、解熱を目的とした治療を開始。翌日熱が下がり、1週間おきくらいに更に2度往診。浮腫が激減し食欲も少しずつ出てきて自力歩行が可能になった。解熱したことで病院側から転院を打診され、1ヶ月後くらいに市民病院へ転院。再検査により直腸癌の他に肝臓癌も見付かり(大きさから以前からあったものであり、前の病院で見落としたとのこと)、転院1ヶ月後に直腸、胆嚢、子宮を切除し肝臓は一部切除するにとどまった。その1ヶ月後に退院。体重15kg減少。通院にて放射線、抗癌剤治療開始。術後もCEA値が9.1~9.2で高く、食欲不振、脱毛の副作用が見られた。退院後に週1回の治療を再開し、ほとんど抗ガン剤の副作用のである食欲不振・吐き気・脱毛などの症状は消失し、体重も徐々に増加してきた。治療開始3ヶ月後にはCEA値は2.1まで減少しCT検査で肝臓腫瘍の縮小が認められた。その3ヶ月後には体重が以前と同じぐらいまで戻った。なお、この頃には2泊3日の旅行を楽しみ、8日間のイタリア旅行ができるくらいに回復した1)。(齋藤氏の発表より)
<経過の検討>
 直腸、胆嚢、子宮の全摘と肝臓の一部摘出手術後に抗癌剤及び放射線治療と並行して鍼灸治療を週1度継続する中で、腫瘍マーカーであるCEAが正常値まで回復し、画像診断においても腫瘍の縮小が認められたということは抗癌剤か放射線治療、或いは鍼灸治療のいずれか、もしくは併療が有効であったという証左である。
 この症例は、正に図2に示すように現在考えられている、西洋医療と鍼灸治療の癌患者に対する統合医療の実践というように思われる。ただ、鍼灸治療が単に抗癌剤などの副作用などの軽減やQOLの改善のみに働いたということではなく、癌の縮小に寄与した部分もあるのではないかとも考えられるし、それを否定はできない。
 この症例には後日談がある。齋藤氏よりの報告を掲載する。
<症例37のその後:齋藤晴香氏の報告>
 イタリア旅行に行った後も月2回のペースで鍼灸治療を続行。日常生活も問題なく、自由に外出、小旅行を楽しんでおり、本人と周囲も癌の心配をしなくなっていたが、旅行の4ヶ月後に同じ抗癌剤を1年も使用しているということと、取りきれなかった大腸の腫瘍が無くなったわけではないということから、主治医が抗癌剤の変更を打診。私(齋藤氏)は「あまり癌を驚かせないで欲しい」と患者に伝えていたが、患者自身が断れずに薬の変更を受け入れたところ、腫瘍マーカーが上昇。その5ヶ月後、更に別の抗癌剤に変更したがマーカーの上昇は止まらず腫瘍も拡大していった。ただし鍼灸治療によってQOLは高いままであった。さらにその7ヶ月後(昨年7月)に新しい抗癌剤が認証されたからということで抗癌剤を変更。腫瘍マーカー値は減少したが、本人の体力も激減。白血球数が減少し過ぎて入院と退院を繰り返す。あまりの消耗ぶりに危機を感じた家族が10月に抗癌剤を止めさせた。その後自宅療養をしていたが、12月の鍼灸治療を最後に本年1月に急逝された。
<抗癌剤への対応>
 ここで問題は抗癌剤への対応及び医師の指示に対する対応である。せっかく順調に推移していた(医師の判断はわからないがこの文面からはそう窺える)のに、何故抗癌剤を変更しなければ行けなかったのか、は大いに疑問である。私ならば現状維持か、むしろ抗癌剤の減量を考えたいくらいである。抗癌剤を変更して経過が悪いのに5ヶ月も継続し、更に二度も変更し(元の抗癌剤ではない)、回復するどころか悪化していったというのは、このままの文面からは「医師に殺された」としかいいようがない。推測するにこの患者は新しい抗癌剤の治験者、すなわちモルモットにされたのではないかと思われる。ただし、あくまでも患者側から得られた情報だけなので一方的ではあるが、腫瘍マーカーや白血球数は客観的なのでそう考えざるを得ないのである。一般的には抗癌剤は固形癌には効かないか、効く対象の範囲は狭くかつその効く確率は非常に低い。そして、患者の臓腑の細胞や免疫機能を破壊することは確実に行う。
 抗癌剤は一言で言えば、霞ヶ関の戦いに場に強烈な爆弾を落とすようなものである。西軍は壊滅状態になるかもしれないが、東軍も同様に壊滅状態になるのである。だから相手も幾ら叩いても自分の方の軍隊(免疫機能やその後方部隊である臓腑の働き)も叩かれてしまうので、爆弾投下の価値はない。しかし、一般的には敵方の損害(癌の縮小)のみを評価し、味方の損害(白血球数の減少など)については言及されることが少ない。
 一昨年横浜で行われた全日本鍼灸学会関東甲信越支部学術集会で、東海大学医学部免疫学の垣生(はぶ)教授に「癌と免疫」をテーマで講演をしていただいた。講演後にフロアから「癌の手術前に抗癌剤や放射線を使って癌を縮小さすことは大事なことだと思うがどう考えますか?」という主旨の質問があった。教授は即座に「そんなことはしないで下さい、一旦落ちた免疫機能を回復するには時間がかなりかかり、その間に癌はどんどん大きくなりますから」というような回答をされた。質問者が医師でもあったので、西洋医学の世界でもこのように意見不一致があるのかと正直びっくりした。垣生先生は日本免疫学会の元会長でもあり、免疫学の世界では権威者であるからである。ちなみに新潟大学の安保教授は垣生先生の薫陶を受けたことがあるということである。
 抗癌剤についての詳細は後述するとして、この症例のような時に鍼灸師はどう対応したら良いのか非常に悩む。あくまでも主治医は担当の医師であるし、抗癌剤、特に新しい抗癌剤については鍼灸師はほとんど無知であるから(尤も、この状況は治験をしている段階だろうから、多分医師も無知であることに変わらないとは思うが)患者さんに責任を持って意見をいうことはできないし、主治医が行っていることを、主治医でない人間が口を挟むこと問題なしとは言えないからである。
 しかし、何よりも鍼灸師としてむなしいのは、抗癌剤のことを勉強し、患者の病態と併せて検討して、抗癌剤服用の有害性と無効性などを患者さんに色々申し上げても、その通りにしていただけることが少ないということである。医師と鍼灸師の信頼性の違い、というものを痛感する。
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<症例38> 男性 75才くらい(推定) やせ形
 原発巣は手術で摘出したが、脳にも転移しており、抗癌剤の投与を休薬期間を設けながら繰り返しているが、副作用が激しくQOLも落ちているので、鍼灸治療で少しでも楽になりたいということで来院した。
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 この症例は、症例36と同時期に臨床教育専攻科の実習において並行して診療していた患者であるが、死亡したためにカルテを処理したらしく細かいことはわからないことをお許し頂きたい。鍼灸治療を開始して食欲が出たり、歩行が楽になったりで経過は順調であった。しかし、脳に転移した癌が消失しないのでまた抗癌剤を入院して投与するという。
 私は、固形癌に対しての抗癌剤の限界や抗癌剤による人体への損傷について色々お話しもし、ご本人やご家族もその副作用については充分体験もしており重々ご承知であったが、医師の新しい抗癌剤の話を聞いて入院加療に踏み切ったのである。一通りの治療が終わって退院なさり、すぐ鍼灸治療にお見えになったが、傍目にも衰弱ぶりがわかった。ご家族のお話だと抗癌剤のおかげで大分小さくなったということであるが消失したわけではないということであった。しかし、鍼灸治療再開しても効果が出ないばかりか、1・2週間で急逝されてしまった。
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<症例39> 男性 48才 鍼灸師 薬局経営 肥満体型
 急性白血病で入院したということでお見舞いがてら、予後を診て欲しいと依頼された。あいにく時間が無く、数日後に伺った時は既に意識はなく顔色・脈状からもう既に死を待つのみという状態であった。調子が悪いということで近所の内科で診察していただいたところ、白血病の疑いがあるからと聖マリアンナ大学付属病院を紹介され、検査入院してまだ10日ほどしか経ってないということであったが、入院してから見る見る状態は悪化していったそうである。
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 この症例は私の友人であるが遠方でもあり近年は交際はなかった。彼は鍼灸院と薬局を経営しており、奥様の話ではしょっちゅう薬(消炎鎮痛剤や抗生物質)を飲んでいたということであった。抗生物質は骨髄細胞も犯すので、沢山服用すれば白血病になってもおかしくない。事実3週間の継続服用で白血病になり、訴訟になって医師が負けた例がある。ただし、白血病の原因が特定できたわけではないが。
<次号までの問題>
 抗癌剤は固形癌には無効である確率が高いが、白血病のような液性の癌には有効性は高い。そこで症例39のご家族に「主治医に抗癌剤の投与を相談してみたら」とお話ししたのである。家族の求めで医師は抗癌剤の投与を決断し、早速点滴を行うことになった。この結果がどうなったかが問題である。
<引用文献>
1)福田文彦、齋藤晴香他シンポジウムⅡ「癌と鍼灸」(社)全日本鍼灸学会学会誌第54巻5号2004

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