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症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その47

      ・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-31」・・・・

 早速前号の宿題から進める。
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<宿題1>
 早食いは、肥満の原因の一つであることから、肥満対策として早食いせずに沢山噛むことが推奨される。ゆっくり噛めば、早食いを防止でき血糖値が上がる前に食べ過ぎるということが無くなるが、それ以外にも沢山噛むことは2つの理由で肥満対策になる。それは何か、というのが問題である。
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 「一口30回」ということわざもある。これは一度口に食物を入れたら30回以上噛みなさい、ということで良く噛むと健康になるという教えである。ただこれは、良く噛むことによって唾液が沢山出て消化吸収を促進するとともに、歯で良く噛み砕くことで胃腸に負担をかけないように出来るという理由であった。しかし、それは消化機能を高める働きがあっても減量効果がある理由にはならないし、昨今の消化が良い食べ物(現代では消化に小腸の1/3程度しか使わないで済んでいるとのことで食後の急速な高血糖の大きな理由の一つである)を食べている分には全く意味がない。しかし、咀嚼による効用は多大な減量効果があることが最近分かってきたのである。だから、噛むだけで痩せるというガムが一時流行になったが、理論的には正しく多分痩せられるはずである。
 その理由は、以下の3点である。
 1)満腹中枢の刺激:口腔内(歯根膜や咬筋)からは、三叉神経の感覚枝を介して、満  腹の信号が脳へ発信される。良く噛むとこの部分が賦活され満腹中枢を刺激して摂取  カロリーと無関係に食欲は押さえられる。
 2)神経ヒスタミンの体脂肪分解:脳へ信号が発信される時に賦活された伝達物質であ  る神経ヒスタミンが、中枢(視床下部)経由で体脂肪を特異的に分解するということ  が最近分かってきて、咀嚼の減量における治療意義が大きくクローズアップされた。 3)ゆっくり食べられる:良く噛めば早食いが阻止できる。
 よって、咀嚼を一口30回づつ行うような習慣をつければ、このように一石三鳥の効果が期待できる。
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<宿題2>
 食後高血糖値と心臓疾患や脳血管障害との相関は高く、空腹時高血糖値は相関しないということを述べたが、総死亡率との相関はどちらの方が強いのであろうか。
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 1999年にDECODE研究(Diabetes Epidemiology:Collaborative Analysis of Diagnostic Criteria in Europe)というのが発表されたが、これはそれ以前にヨーロッパで行われた13の前向きのコホート研究のメタ解析したものである。これらの研究の対象者は合計すると、30歳以上の男性18000人強と女性7300人強で25300人強になり、平均7.3年追跡したものでかなりしっかりした研究である。この研究では空腹時血糖値(Fasting Plasma Glucose:FPG)とOGTT2時間値(2hPG)での診断の比較を行っている。
 図1はFPGと2hPGが共に正常な場合を1とした時に、FPGが境界型(IFG)、糖尿病(型)の時の死亡リスクハザード比と2hPGが境界型(IGT)、糖尿病(型)の時の死亡リスクハザード比を見たものである。
 FPGの正常域は7.8mmol/l以下、境界型は7.8~11.0mmol/l、糖尿病は11.0mmol/l以上とし、2hPGの正常域は6.1mmol/l以下、境界型は6.1~6.9mmol/l、糖尿病は6.9mmol/l以上としている。
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 ※ハザード比:ある治療を行った群で事象が起こる危険性を1として、もう1方の治療  でどのくらいの危険性になるかということを数字としてみたものでリスク比とか相対  危険度ともいわれる。
 例えばFPGが境界型の場合
    FPG境界域での数年後の死亡者数/調査開始時点でのFPG境界域の総数  FPG及び2hPGが共に正常域の人の数年後の死亡者数/共に正常域の総数(調査開始時)
端的に言うと、正常者に比較して境界域の人の数年後(この研究では複数の研究があり、平均の追跡観察年数は7.3年)の死亡率が高くなる割合のこと
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 この図を見ると、確かに2時間値(2hPG)も空腹時(FPG)も正常域から境界型、糖尿病型に移行するに連れて死亡率が高まり、正常者に比べ7年程度の期間で2.5倍近くまで上がっており、単純計算で倍の14~15年では6倍近く死亡率が高まるという非常にはっきりした結果が出ている。ということは、空腹時も2時間値も共に悪い人の残りの寿命は相当短いということが推定できる。
 ところで、2時間値が正常域の人で空腹時が境界型の人は空腹時も正常な人と比較して1.15倍程度死亡率が増加し、空腹時が糖尿病型の人は1.4倍程度まで死亡率が増加していることが分かるが、空腹時が正常でも2時間値が境界型の人は1.5倍、糖尿病型の人は2倍近くになっており、空腹時血糖値の異常よりも2時間値の異常の方が強く死亡率に関係していることが分かる。また、2時間値が境界域の場合、空腹時が正常よりも、空腹時が境界型の方がむしろ死亡率が下がっているという逆転現象が起きていると共に、2時間値が糖尿病型の場合にも、空腹時が正常と境界型では死亡率の増加がほとんど無いという結果になっている1)。

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 これらのことから、空腹時血糖値で判断するよりも食後2時間値で糖尿病を判断した方がより今後のリスクを判断するに適切な方法であることが窺える。
 前号で、三大合併症である細小血管障害はHbA1cや空腹時血糖値と相関するが、心筋梗塞や脳血管障害などの大血管障害とそれらと相関せず、食後高血糖と相関すると述べた。
 図2は、山形県の舟形町という農村で行われた糖尿病の疫学調査で都会だけでなく農村に置いても10.4%が糖尿病で15.3%がIGT(耐糖能異常)であったと報告されている。
 この研究の特徴は糖尿病の大血管障害である心筋梗塞や脳血管障害による死亡と総死亡を、空腹時血糖値による診断基準によって分類した場合と2時間値による診断基準によって分類した場合を比較した研究である。図の左側にあるように空腹時血糖値で糖尿病の診断をすると死亡率は空腹時での正常者と空腹時でのIFG(空腹時血糖値異常)では死亡率や心血管疾患死亡率では差が無いという結果になり診断基準としては不適当であるということである。それに反して、図の右側にあるように2時間値で判断した場合は正常域<境界型<糖尿病型というように有意に死亡率は増加し(生存率が減少)ているという結果になり、診断基準として適当であるといえる2)。
 図3は欧米人とアジア人の糖尿病の診断基準による人種差を見たものである。これはDECODE研究と同時期に行われたDECODA(Diabetes Epidemiology : Collaborative analysis of Diagnostic criteria in Asia)との比較した研究である1)。
 DECODE研究の方では、空腹時血糖値だけの診断で糖尿病(空腹時血糖値と2時間値の両方ないしどちらかで診断された)の68.8%を診断でき、見逃しは31.2%だけであったが、DECODA研究の方では空腹時血糖値だけの診断では糖尿病の55.1%だけしかわからず、44.9%は見逃しているという結果になった。ヨーロッパ系の白人とアジア人の人種の差、或いは生活習慣の差によって違うということのようだ。米国糖尿病学会(American Diabetes Association:ADA)ではコストの問題(OGTTはコストも高く時間もかかる)及びOGTTによる高血糖の問題もあって、糖尿病の診断を空腹時血糖値或いはHbA1cだけに絞り、2時間値はしなくても良いということであったが、確かにDECODE研究をみる限り、2時間値では40.4%を見逃してしまうのでどちらか一つということであったら、空腹時血糖値を採用するのはわかる。
 しかし、アジア人種である日本では空腹時血糖値だけでは糖尿病は45%見逃されるし船形研究で示されたように的確な糖尿病診断方法とはいえない。前回示した症例65も空腹時血糖値は正常であったが、明らかなと糖尿病でそのために脳出血を起こしたと考えられる。
 次の症例も同様である。
<症例66>男性 63歳 会社役員 176cm 76kg 飲酒多量 喫煙30~40本/日
主訴:両腰臀部痛 診断名:脊柱管狭窄症(MRIで確認)
現病歴:1ヶ月前よりきっかけ無く痛み、鎮痛剤・牽引・湿布剤・TENS等をしたが全然効かなかった。それどころか徐々に悪化している。ゴルフに行く機会が多いが、ゴルフが出来ないので出来るようにして欲しい。以前より腰痛があるが、その度に鍼治療や牽引などで治していたが今回は治らない。歩き始めや起床時・車を降りる時などが特に痛く、しばらく歩くと楽になる。おもしろ半分で脳ドックを受けたところ梗塞痕が見つかった。高血圧で降圧剤は15年前より、バイアスピリンは4年前より服用している。
臨床所見:SLR(-) 双SLR(±:腰部)※(±は挙上は出来るが痛みがあるという意味で腰部に痛みがある)
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 脊柱管狭窄症は簡欠性跛行が特徴であるが、本症例はその逆に歩き初めが痛く、歩いている内に痛みが無くなっている。また、通常の脊柱管狭窄症(単根型)は片側が痛むのである、本症例は両側である。脊柱管狭窄症の馬尾型は両側に症状があるが、痛みよりむしろ腰臀部や会陰部の異常感覚が主な訴えになるので、例えMRIで確認されているとはいえ(実際問題、画像診断で診断を受けても無症状な人は多くOPLL(講中靱帯硬化症)や石灰沈着性腱板炎などは8割が無症状)果たして、画像上の病態が本症状の原因であるかどうかは疑わしいことが多く、本症例もにわかに信じがたい。念のため血糖値の異常について確認したが正常で医師からは糖尿病は問題ありませんとの指摘を受けているとのことであった。
 しかし、発症にきっかけがないこと、鎮痛剤等の治療を1ヶ月行っても無効であったこと、梗塞痕があったこと、喫煙量及び飲酒量が多いこと等から糖尿病の影響が強いと判断した。すなわち、脊柱管の狭窄があっても単独で腰下肢症状を起こすほどではなく、むしろ糖尿病による全身性の浮腫により脊柱管の狭窄が強くなったことと、糖尿病による神経障害も多少重なって起きた症状と判断したのである。糖尿病は「血管神経ボロボロ病」であるので、心臓や脳血管障害を起こしやすく(本症例では脳梗塞)、喫煙もインスリン感受性を低下させて糖尿病の発症率を高くすることが分かっている(図4・図5)ので、本症例は糖尿病阿非常に疑わしいということである。
 そこで、このような話をこの患者さんに行い、心から納得して頂いたとは思えないが、今までの治療で無効であったことから私の説得にとりあえず応じて頂き、毎日1時間の大股歩行、食事の制限、週2回の鍼治療を行ったところ1週間程度で何とかテーピングをしてゴルフが出来るくらいに回復し、3週間で痛みは取れた。OGTT2時間値を測定したわけではないので、糖尿病であるとは断定できないが、糖尿病の治療法で良くなっているので、その可能性は高いといえるだろう。もちろん、OGTTを測定する必要は患者さんが信じなければあると思うが、ご本人が治療結果からも納得されていて、これからの長い糖尿病の闘病生活を確信を持って始められたわけである。
<宿題3>
 昭和30年代後半から近年まで日本人の摂取カロリーはほとんど変わっていない。しかし、糖尿病は30倍に増加している。その理由について考えて頂きたい。
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 図6は、福岡県の福岡市に隣接している久山町での長年の九州大学医学部第二内科で行われている追跡調査結果の一部である。久山町は町の96%が市街化調整区域に指定されているために人口の流入が少ないのでほとんどの人が同じ環境で育ち、同じ生活習慣をしていると想定されるので変化をみるのに都合がよいということである。明らかに糖尿病を含む耐糖能異常(IGT)者が増えている3)。
 もちろん、交通機関の発達やモータリゼーションなどの文明の発展と一次・二次産業から三次・四次産業への職業構造の変化などにより全国の日本人が運動不足になっている事実はあると思われる。その上で、生活が裕福になったこと(赤身からトロへ、そして霜降り肉など)と食事の欧風化により摂取カロリーが同じでも脂肪摂取量が4倍になっている事実がある。それと遺伝的に元々欧州人種よりもインスリン分泌量が約半分ということもあって糖尿病が激増したと説明されている。脂肪摂取と糖尿病の関係については煩雑になるので割愛させて頂くが、糖尿病の食事は基本的には日本食で脂っこいものを極力避けることが摂取カロリーを下げることよりも重要ということである。
<宿題4>
 糖尿病と癌及び鬱病と癌の関係について考えて頂きたい。
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 鬱病と癌の発症については、きちんとしたエビデンスは見つからない。しかし、鬱になることにより食欲不振などもあるし、薬の副作用の問題もあり免疫力の低下は避けられない。本シリーズ45の症例62や前号の症例63のように、鬱によって癌の発症が起きやすいと考えられる(図7)。
 糖尿病も「血管神経ボロボロ病」であるし、神経には当然自律神経も含まれ全身の代謝異常を起こすことから免疫力の低下は避けられないので癌の発症は増加すると考えられる。本シリーズの症例にも多くに糖尿病の既往ないし併発例がある。
 糖尿病と癌の関係は幾つかのエビデンスがあるが、詳細は次号で。

<次号までの宿題>
 恒例により次回までの宿題を出しますので読者諸兄に頭の体操をして頂きたい。
【 問題 】厚生労働省の研究班が2002年に喫煙と死亡率の関係について研究結果を発表 した。それは、日本人の40代・50代の男女4万人以上を10年間追跡調査したもので あった。その結果、男性の喫煙者は非喫煙者の1.6倍、女性は1.9倍死亡率が高かいと いうものであった。それを聞いて、「何だ、たったの1.6倍か」と多くの人は思い、当 院でもそういう患者さんは多かった。しかし、喫煙のリスクは1.6倍程度のものなので あろうか。

<引用・参考文献>
1)Glucose tolerance and mortality: comparison of WHO and American Diabetes Association diagnostic criteria. The DECODE study group. European Diabetes Epidemiology Group. Diabetes Epidemiology: Collaborative analysis Of Diagnostic criteria in Europe.Lancet. 1999 21;354.
2)Impaired glucose tolerance is a risk factor for cardiovascular disease, but not impaired fasting glucose. The Funagata Diabetes Study. Diabetes Care. 1999; 22
3)清原 裕「久山町スタディからみた糖尿病管理の重要性」生活習慣病News&Viewsライフサイエンス出版 no.1 2002.5

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