(社)全日本鍼灸学会 副会長 小川卓良
明治国際医療大学 川喜田健司
17、反論封じの5では、伸縮鍼に言及している。
「伸縮鍼が開発されたことで、この問題は解消した。伸縮鍼は皮膚に刺さないために、経絡につながりようがないからだ。鍼治療師は、伸縮鍼は皮膚に圧力をかけるので治療効果が上がるのだと言うかもしれないが、もしそうなら、握手をしたり、背中を叩いたり、耳を掻いたりしても治療効果があることになってしまう。逆に、皮膚にそうした圧力が加わったせいで気の流れに劇的な影響が出て、具合が悪くなることがあるかもしれない」ということで偽鍼として浅く経穴をはずして刺鍼することが真の鍼とそう変わらないということならば伸縮鍼が開発されたことでこの問題は解決したということである。なお、この伸縮鍼は施術者も患者も共に鍼と偽鍼の区別が付かないように作られていて、いわゆる二重盲験試験ができるというものである。
問題は伸縮鍼の偽鍼は圧刺激であるので、これを使った実験で刺す鍼と圧刺激の鍼が同等の効果しかない(前述のチャーキン氏の論文でもあったし欧米の実験でもこのような結果がでている論文は多い)と問題である。川喜田氏は生理学者の立場から「皮膚に鍼を刺さなくてもポリモーダル受容器が興奮する。偽鍼という以上はその鍼の生理的無効性が
検証されるべきである」と反論しているし2)、接触鍼のことを考えると決して不思議ではないが豪鍼を使う身では納得がいかないが今後の研究を待つしかない。
<鍼の臨床研究では偽鍼を用いるべきでない、という意見>
カロリンスカ病院(スエーデン)のトーマス・リンドバーグ氏によると「鍼治療も偽鍼治療も同等の強い効果がある」し「いずれも西洋医学の標準的治療より効果的である」と述べ「鍼治療も偽鍼治療も生理学的反応を起こす」ので「生理的に全く不活性な偽鍼は作れない」から「鍼の臨床研究では偽鍼ではなく標準的治療と比較するべき」としている8)。
<伸縮鍼で全て質の高い研究が行われたように書かれている>
ただ、本書でいうように肩を叩いたり耳をかくのとピンポイントの圧刺激を同じと考えるのはいかがなものか疑問である。
本書での重大な問題点はあたかも本書で取り上げた「質の高い研究」が全て伸縮鍼で行われたかのように書かれていることである。伸縮鍼の作成は最近のことなのでそれを利用した研究は非常に少ないことと、本書が一番依拠している最新のドイツの大規模臨床研究では伸縮鍼は使われてなく、あくまでも浅い経穴外しの偽鍼であることが明記されていない。意図的に仕組んだといわれても反論できないと思われる。
18、プラセボ効果でも効果があるのならばそれでよいのではないか、という反論に対して用意された反論は「真の治療には治療効果のみならずプラセボ効果も有るのだから、治療効果の無い治療を受けたり、その研究に資金を投じるのは大変な浪費であり犯罪でもある」と大上段に言い切っている。では前述の図6をどう説明するというのであろうか。
19、真の鍼の方が偽鍼よりも有効だった研究
本書で引用されているドイツの大規模研究は膝OA、慢性腰痛、偏頭痛、緊張型頭痛、頚痛であるがいずれの場合も偽鍼と真の鍼が共に無治療より有意な効果を示した。また、標準治療に真の鍼と偽鍼をした群は標準治療のみの群よりも有意に有効であった(図8)9)。
図8で示したように、「標準治療の有効性=プラセボ効果+標準治療の効果」であるからその標準治療以上の効果は何の効果と呼ぶべきなのであろうか。
また、この中で膝OAの研究では若干であるが、真の鍼の方が偽鍼よりも有意に有効であったのである。
日本ではセイリン(株)のご尽力で、二重盲験に耐えられる円皮鍼が開発された。術者も被験者も共に鍼か否か分からない円皮鍼である。これを使った研究で偽鍼よりも真の鍼の方が有効であった研究がある。
最初の研究は筑波大学の宮本俊和氏らによって行われ筑波マラソンのランナーを対象として行われた10)。詳細は省くがマラソン完走直後或いは1~5日後の疲労感などで真の鍼の方が有意な効果が証明されたというものである。昨年度の高木賞を受賞した研究もこの鍼を使用した研究であった。東京医療専門学校の古屋英二氏らによって行われ、実験的に作られた筋疲労に対して、運動後に偽鍼と円皮鍼を添付し、その後再度運動をさせて運動回数や疲労度で判定したものである11)。この研究では疲労度では差がなかったが再運動時の運動回数に有意な差が出たということである。いずれの研究においても術者も被験者も鍼の真偽の判定にほとんど差がなかった(分からなかった)ということで二重盲験は成功し、真の鍼の方が有効であったということである。
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