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症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その41

       ・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-25」・・・・

<鍼治療でリンパ球は増えるか>
 昨年6月に岡山で行われた(社)全日本鍼灸学会第56回学術大会における「がんと鍼灸2」のセミナーで埼玉医科大学東洋医学科の山口智氏は、東洋医学科を受診した平均年齢55歳の男性21人、女性15人合計36人の鍼灸治療前後における白血球分画の変動について分析した結果を報告した1)。山口氏の研究によると1ヶ月間の鍼治療によりリンパ球は有意に上昇し、好中球は有意に減少した(p<0.05)(図1)ということで、その中の癌患者14例の白血球分画変動では、リンパ球は鍼治療前異常低値であったものが、鍼治療期間中は正常範囲になったが鍼治療終了後には再び異常低値となり、好中球も鍼治療前異常高値であったものが、鍼治療期間中は正常範囲になったが鍼治療終了後には再び異常高値となったということであった(図2)。

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 このことから、鍼治療をするとリンパ球は増加し、好中球は減少し、癌やウイルスなどの感染症に対する免疫力は向上するというするという新潟大学医学部大学院の安保徹教授の説を裏付ける結果となっている。しかしながら、鍼治療を継続しないと直ぐにそれは元通りにリンパ球は減少し、好中球は増加して癌やウイルス感染症に対する免疫力は低下するということである。この効果の持続時間には個人差があり、2・3日は持続するものの1週間すると元通りにあるということで、頻回の治療が望ましいということであった。
 一方、同じく同セミナーでパネリストとして報告した素問八王子クリニック院長の真柄俊一氏は鍼治療によってリンパ球は増えないと断言した。真柄氏は前述の新潟大学医学部大学院教授である安保徹氏の理論による自律神経免疫療法でがん専門のクリニックを開業している。安保理論では、副交感神経を優位にすることによりリンパ球が増え、1800~2000/μl以上になって、がんが治っていくと説明されている。
 また、真柄氏は日本伝統医療科学大学院大学学長の西條一止氏の理論を採用している。西條氏は鍼治療により交感神経を抑制し副交感神経を優位にすると主張されており、その西条氏の学説と安保教授の理論を併せて、鍼治療により副交感神経が優位になりリンパ球が増えてがんが治る、という考えで鍼治療を実践してきて、その総数は学術大会時でほぼ1500人に達しているということである。その中から6ヵ月以上通院したがん患者から無作為抽出した201人の調査では、初診時から半年間の各月のリンパ球数平均値は、最小値1582、最大値1613とほとんど一定の数値を示しており、治療によるリンパ球数の増加傾向は全く認められていないということである。更に、リンパ球数が2000以上あっても癌が急速に進行していく症例が存在することもあって、安保理論に若干の批判を行った。
 山口氏はリンパ球が有意に増加すると主張し、真柄氏は増加しないということで大きな矛盾を生じた。これはどういうことであろうか?その答えは治療頻度にある。山口氏はがん患者には頻回の治療が必要として週数回の治療を行なっており、その治療期間中に白血球分画を測定するとリンパ球が増加し、好中球が減少しているが治療が終了してしまうと元に戻るかより悪化(リンパ球が減少ないし好中球が増加、あるいは白血球総数の減少)しているということである。真柄氏の治療頻度は週1回かそれ以下(患者が多いために予約が取り難い状況)で、真柄氏は元々週1回の治療で十分であると主張している。そして、真柄氏の白血球分画測定は月に一度で鍼治療前の採血であるから、前回の治療後1週間かそれ以上経過しているわけでそういう測定条件であるとリンパ球は増えないということであり、山口氏の結果と矛盾はしない。
また、真柄氏は前述のようにリンパ球数が2000を超えていても急速に悪化する症例があることから、安保教授の考え(正規医療のがん三大療法である、手術・抗癌剤・放射線治療をしてはならない)に反するが、最小限の手術(転移が確認されていないのに廓清手術を行なうことはしないで癌だけを摘出する)をして、とりあえず癌そのものを摘出して、再発防止或いは微小な転移癌を叩くという戦略に転換したということであった。
 真柄氏は現在治療を継続している約600例では、細かい統計は取っていないけど、週1回程度の治療で癌再発をほとんど防止しているということである。
 白血球分画が癌発症、癌の進行及び衰退に関係するのならば、山口氏が主張するように頻回の治療をすれば再発防止ではなく癌消失も期待できるのではないかと思われるが、山口氏の研究ではその様な例はない。ただし、山口氏の東洋医学科では鍼灸単独治療はなく抗癌剤或いは放射線治療等の西洋医療を併用しているケースがほとんどであるのに対し、真柄氏の報告には抗癌剤或いは放射線治療を少なくとも現在は受療してないので、そこに大きな違いがある。
 癌の鍼灸治療効果を検討するならば、西洋医療を受けない形で行っている真柄氏に頻回の治療を行ってきちんとした統計処理していただければ、RCTを行わなくとも同じ条件下の患者群に対する西洋医療の効果を比較すれば大きなエビデンスになり、臨床研究施設でRCTを促進させる可能性が高くなる。セミナーでこういうお話しをしたが、週1回以上の治療は現実的に難しいとのことで残念ながら受け入れられなかった。
 また、逆に山口氏に西洋医療を併療しない形で鍼灸治療単独での症例集積をお願いしたが、医科大学病院内で行う臨床において現在迄のエビデンスではまだまだ難しいが、将来は鍼灸単独治療での症例集積をしたいというお話しであった。
<鍼灸治療を継続することで免疫力は増進しないのであろうか?>
<前号での宿題1>
 ここで前号での宿題を検討してみる。
宿題1:新潟大学医学部大学院教授の安保徹氏は鍼治療により(安保氏は刺絡療法をいっている)リンパ球数も増加し、GL比(リンパ球と顆粒球の比率)も下がると種々の著書や講演の中で話されているが、これは事実か。
 今まで述べたように、真柄・山口両氏の研究成果からは治療直後数日はリンパ球が増加し、好中球を主とする顆粒球は減少しGL比は下がるが、1週間も経過すると元に戻ってしまうということで短期では事実であるが長期では事実ではないということになりそうである。また、累積効果もなく週1回程度の治療と続けていると、徐々にリンパ球が増加するということでも無さそうである。
 では、鍼灸治療を継続することによって免疫力が増進するということはないであろうか。我々鍼灸の臨床家のほとんどは週1回程度の鍼灸治療を継続していると免疫力が高まり、患者さんが風邪を引きにくくなったり、感染症や胃腸疾患、ひいては癌にも成りにくくなるという実感を持っている。感染症や癌はともかく風邪については患者さんからよく言われるのでかなりの確信を持っているのではないだろうか。
  そして、風邪を含めてこれらの病気は免疫学的にリンパ球数及びリンパ球比率が高いほど罹患しにくいということで臨床家の気持ちとしては安保氏を応援したくなる。
<リンパ球数がいくら増えても機能が駄目なら意味がない>
 以前より癌の第4の医療として免疫療法が行われている。これは、患者のリンパ球を取り出して培養し数を増やしてから患者の身体の戻すという方法である。まるで血液ドーピングであるが、いかにも良さそうな治療法である。しかし、残念ながらこの免疫療法患者にあまり指示されなく普及しそうでほとんど普及していない。その理由として、リンパ球の数は確かに増加するのであるが、培養して増やしたリンパ球の機能は多くは衰えていて戦力にならないからだといわれている。
 また、この欠点を克服したとする新免疫療法なるものが日経メディカルの付録にあり、これを読んだ私の尊敬するT氏はご自分の癌治療に西洋医学はもちろん、漢方・鍼灸その他あらゆる療法とともにご自分で研究しこの新免疫療法一本で治療を行ったがほとんど効無く(家族のお話ではむしろ治療の度に悪化した)、保険適応でないので数百万円を使ったということでしたが途中で打ちきり、既に手遅れとなり残念ながら亡くなってしまった。日経メディカルそのものもスポンサーの影響を受けていると思える記事を散見するが、付録はスポンサーの費用で作るものであるからほぼ宣伝であって、スポンサーの意志そのものであるから、その中でのデータはあまり信用できないと思われる。
<鍼治療を継続するとリンパ球などの働きが良くなる?>
 真柄氏はこの岡山大会でのセミナーにおいて、リンパ球数やリンパ球比率は変わらないものの、鍼治療でリンパ球の機能が活性化され免疫力は増進していると報告している。
 真柄氏は2年ほど前より日本免疫治療学会宇野克明会長により2000年に開発され、「ANNALS OF CANCER RESEARCH AND THERAPY」2000年VOL.8に掲載されている「がん免疫ドック(イムノドック)」を導入してから、この事実を突き止めたということである。
<イムノドックと私の妻>
 イムノドックはインターロイキン12(IL12)、インターフェロンγ(IFNγ)、腫瘍壊死性因子(TNFα)の3つの善玉サイトカイン(免疫能を亢進させる働きがある)、NK細胞(癌細胞やウイルス感染細胞を直接殺す働きのあるナチョナルキラー細胞)、活性リンパ球のTh1及びTh1/Th2値、そしてCEAやαFPなどの21種類にも及ぶ腫瘍マーカーを測定するものである。しかし何れも健康保険の対象でないので自費での検査でフル検査だと1回の検査で12万6千円かかる。
 乳癌になった私の妻(症例53)にも手術前にこのイムノドックを受けさせた。たまたま知っているクリニックでフル検査ではなく部分的に患者の希望通りに検査をしてくれるところがあり、分析の時間があまり無いこともあって、サイトカインの検査はできなかったが通常の血液検査の他にイムノドックとしてNK細胞活性、Th1及びTh1/Th2値、そしてTリンパ球のCD4、CD8及びCD4/8比を測定していただいた(表1)。
 採血の時期は、癌の診断が確定し鍼灸治療を開始してまだ1週間ほどしか経ってない時である。尤もそれまで妻の実弟が亡くなった時より1年間は健康管理的に月3~4回の鍼灸治療はしていたのであるが、癌が確定してからはほぼ毎日の治療である。
 この表を見ると、総コレステロールは基準値より高いけど女性の場合には高い方が長生きであり(特に非喫煙の女性はよほどの肥満でなければ総コレステロール値は高ければ高いほど長生き)、発癌性は280mg/dl以上の方が低いのでむしろ低いくらいであるが不満はない。実際に善玉(HDLコレステロール)も多いので心疾患の心配はない。多壮灸を1週間続けたせいか、白血球数は7300個/μlで基準値内であるが多くなっている。ただ、白血球分画を見ると好中球比率が基準値内ではあるが非常に多く、リンパ球比率がやはり基準値内ではあるが低くなっている。リンパ球数は7300*24/100で1752と1800以下であり、やはり少ない。安保理論からいうと癌ができなくもない数値であり、癌を叩くには一寸物足りないし、以前はもっと低かったのだが1週間くらいの治療では回復していないのかも知れないが。またCD4とCD8のバランスは良い方であるけれども、細胞外の細菌などの対する免疫を司るCD4は充分多いのであるが、細胞内のウイルスや癌に対する免疫を司るCD8は基準値内であっても少ない。。しかし、CD8が少なくともその中でのTリンパ球の比率が91%と基準値を超えて高いのでぎりぎりセーフというのが担当医の見解である。
 ただ、癌細胞を直接殺すNK細胞の活性は34%とかなり高い方でとても良い状態である。しかし、ヘルパーT細胞の内、Th1細胞はウイルスと癌細胞に侵されている時に増えるが、この値は基準値内であっても低い。また、Th1とTh2(細菌やアレルギーの時に増える)の比率は高い方が良いのであるが、9.8と基準値より高いけれども癌との戦いを考えると少し物足りない。
 癌の診断を受けてから手術予定日まで1ヶ月しかない状況で検査も結果が出るまでに時間がかかることで、本来は1週間の治療成績ではなく、1ヶ月くらいの治療成績を見たかったがかなわないまま、NK細胞活性は高いもののリンパ球数は少ないし、CD8の値が低いこととTh1の値が低いこと、及び再度の検査をする時間もないことから私自身手術を中止して鍼灸治療に委ねるようにはいえなかったのが本音である。本来は鍼灸治療を行う前に検査を行い、一定期間治療してから再検査してその結果を見て手術の是非を考えるべきであろうが、全くその時間はなかった。イムノドックのクリニックを探したり交渉したりするのに時間がかかったからである。
<鍼治療の継続でリンパ球がどう活性化するのか?>
 真柄氏は『癌と鍼灸2』セミナーにおいて、イムノドックを導入してリンパ球の活性化を確認したと報告した。そして、以前より癌を発症した症例では、善玉サイトカイン及びTh1、Th1/Th2の内の多くが基準値以下の低い数値を示すことが証明されているといういことで、治療によって、善玉サイトカイン(IL12,IFNγ,TNFα)産生能力が高まると同時に、Th1、Th1/Th2値が上昇して、リンパ球の機能が活性化すると、癌の進行が停止したり、縮小したりする傾向があることも新たに分かってきた、ということである。セミナーではステージ4などの進行癌でもリンパ球機能が改善されて進行癌が止まり癌が縮小したり、腫瘍マーカーが正常に戻った症例を幾つか報告された。残念ながら多数症例の統計処理をされた報告ではなかったが、充分衝撃的な報告であった。
 そして、免疫力が高まり癌の進行が止まったり縮小させる力があるということは、術後に微小転移が仮に存在しても、その発育を停止ないし消失させることは比較的容易と考えられるということで、手術も最少にすべきという根拠でもある。そして、癌ができるということは免疫力の減退を意味しているので再発・新たな癌の発症などが起きえる状態でもあるので、その防止をする目的で鍼治療を行えば、再発防止が比較的容易にできるという理屈にもなり、実際に臨床的にそれらを確認することができた、と報告された。ただ、真柄氏の治療は単に鍼治療だけでなく自律神経免疫療法ということで、安保理論に基づき食事の指導や生活全般の指導を含んだ上の治療で生活習慣の改善が重要であるということである。よって、生活習慣の改善を伴わないで単に鍼治療だけでの結果ではないということをしっかり頭に入れなければならない。このシリーズの33で言及したがアメリカが癌征圧に莫大な資金を投じ、その過程で当時のジミーカーター大統領がまとめたヘルシーピュープル1979における健康規程要因で病気になったり治すために影響は生活習慣が50%で、医療保健活動の貢献はたったの10%であるということを再掲する(図3)2)。
<次の前号での宿題>
 前号ではもう一つ宿題があった。
宿題2:癌検診における発見率が増加(小さな癌でも見つけられるようになった)し、そのために5年間生存率も上昇したということである。早期発見、早期治療の成果ということであるが、そうであるならば平均寿命は延びていくはずであるが、近年は減速している。どうしてだろうか?
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  日本の平均寿命(0歳児の平均余命)は年々増加傾向が止まり、2003年は前年に比して男性で0.11年、女性で0.2年の増加、2004年は前年に比べて男性0.28年の増加、女性は0.26年の増加であったが2005年は男性で0.11年の減少、女性も0.1年の減少となっているように、決して寿命が順調に延びているという状況ではない。しかし、癌検診を見ると検診機器の性能や診断技術の性能などが向上し、小さな癌でも見つけられるようになって、早期発見・早期治療が進み、5年間生存率が大幅にアップしたという。
 リードタイムバイアスというのがある。図4に示したように非検診群では症状が現れてからでないと癌と診断されないのに対して、検診群では症状が現れる前に癌と診断されるために、5年間の生存率は癌と診断された時から5年間のことなので、癌と診断されて、もし治療をしなかったとしても5年間の生存率は当然高まる。だから5年間の生存率だけでは検診の有効性や早期治療の有効性をいうことはできない。あくまでも検診群と非検診群の全死亡率もしくは平均寿命の差を分析しないと分からないのである。そして、検診技術の発達により、より早く癌を見つけだすことができれば益々5年間の生存率は高まるために、これを指標としていては新しい検診の有効性さえもいうことはできない。しかし、あいも変わらず5年間の生存率で評価することが多い。そして、平均寿命の延びは頓挫し始めて、減少傾向が一段と鮮明になってきた。
<次号までの宿題>
 恒例により、読者諸兄の頭の体操用に宿題を差し上げますので宜しくご賢察の程お願い申し上げます。
 もう既にご存じの方も多いと思われますが、慶応大学医学部講師の近藤誠先生が以前より主張している「検診無用論」及び「がんもどき理論」とこのリードタイムバイアスは大いに関係あります。どのように関連があるのかお考えいただきたい。

<引用文献>
1)真柄俊一、山口智、小川卓良他「癌と鍼灸2」全日本鍼灸学会雑誌第57巻5号 2007
2)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その33」医道の日本誌 巻 号

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