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症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その7

・・・・キーワード5「典型的な症状-2」・・・・
前回の鑑別のキーワード、「典型的な症状」からの鑑別について続けて考えてみたい。

<先月の宿題>
 はじめに先月の宿題を検討するために再掲する。
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<症例18> 男性 69歳 会社役員 身長160㎝くらい 痩せ形 体重やや減少気味
 1年くらい前よりの原因不明で徐々に声がかすれてきた。耳鼻咽喉科で検査してもよくわからず、声帯に軽い炎症があるということで、うがい薬が出たが、うがいしても変わらないので今はあまりしていない。比較的大声で話すせいかもしれない。元々胃腸が弱い方でガスが貯まりやすく、軟便で特に飲酒の後は下痢をし易いし声の調子も悪くなる。痰も少し絡んで話しにくいこともある。足が時々攣り、その回数が増えてきたようにも思う。また最近右頸から肩にかけて突っ張ったような感じがあり、頸部のROMも最大角度での右頸部の痛みが前後屈・左側屈である。また右肩の挙上もできるが痛みがある。お酒は週に1・2回でそれほど量は飲めない。煙草は以前はヘビースモーカーであったが数年前に止めた。定期検診では胃にビランがあること、動脈硬化があることと、血糖値が高いことが指摘されているが、服薬はしていない。
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 この症例は、色々な症状があり病態把握に手こずる。主訴の嗄声(声がかすれる)はひとまずおいておいて、まず「足が時々攣り、その回数が増えてきた‥‥」を考えてみる。
 足が一過性に攣れる(こむら返り)のは、利尿剤・血管収縮剤などの医原病を除くと糖尿病(DM)、足の冷え、k+不足、筋肉の酷使、の4つが一般的に考えられる(中枢性の痙攣及び子供の熱性痙攣は除く)。何れも両側に症状が起きるはずであるが、片側に起きることの方が多い(交互に起きることも多い)。そして何れも老化によって、起きやすくなるし、緩徐な進行性でもある。DMでは、足の攣れは、病気の、または悪化の初期サインとして非常に重要な所見である。DMの3大徴候である末梢神経障害、眼症状、腎障害は起きた時点ではかなり病気が進行しているが、足の攣れはその手前で起きる症状で、この時点で病態を把握し、適度な運動と食事の制限などしっかり管理していけばUターン(インスリン抵抗性・耐糖能を改善すること⇒治癒)は可能なレベルなので、非常に重要なサインである。3大徴候が起きてしまえば、現状維持はともかく、Uターンはかなり難しくなる。この患者では、詳しい数値は分からないが、高血糖が指摘されているので、DMが悪化したサインであると見ることができる。
 以前ヘビースモーカーであったということから、老化+DM+喫煙の影響で動脈硬化が進んでいることは想像に難くなく、冷えを起こしやすい環境でもあるので、この点も見逃せない。

 k+不足は、発汗と下痢及び生野菜・果物の摂取不良が主たる原因である。この患者では運動による発汗はないが、下痢しやすいタイプなので、この点も考慮する必要がある。筋肉の酷使も、老化による筋力低下と運動不足から、普通では酷使に当たらないことでも、酷使になる場合があるので、全く関係ないということではないだろう。そうすると、足の攣れの全ての原因が複合的に関わっている可能性がある。
また、右頸部の突っ張り感とROM障害及び右肩の挙上痛が最近起きたというのも、単に筋骨格系の症状として片づけてしまうことが多いと思うが果たしてそれでよいのかどうか。嗄声との関連はないのか、ということも考慮する必要がある。

 さて、主訴の嗄声であるが、嗄声は、急・慢性喉頭炎、声帯の炎症・ポリープ等、喉頭の悪性腫瘍、そして反回神経麻痺によって起きる。耳鼻咽喉科の検査で異常がないということは、喉頭炎から喉頭癌までは否定されたと考えて良いであろう。老化でも起きるがこれは非常に緩徐に進行するので本人が異常と思うことはほとんどない。あとは反回神経麻痺がある。反回神経麻痺は風邪などのウイルス感染や、悪性腫瘍による侵襲と外科手術での損傷が原因であることが多い。この患者の場合には、風邪は除外できるし、外科手術も行ってないので除外すると、悪性腫瘍の侵襲がクローズアップされるのである。もちろん、煙草や声の使いすぎによる声帯の軽い炎症ということも当然考えられるが、悪性腫瘍を念頭に置いた鑑別が重要であることは論を待たない。そして、反回神経は迷走神経が頸部から胸部に向かう途中で分岐し、再び頸部を上行して喉頭に達するのであるが、右側は鎖骨下動脈を巡るのである。もしこの部分で悪性腫瘍の侵襲及び圧迫があるとすると「右頸部の突っ張り感とROM障害及び右肩の挙上痛が最近起きた」ことが説明できる。もちろん、頸部の障害や肩関節の障害が嗄声と全く関係なく起きたという可能性も高いけれども、この可能性を考える必要がある。そして、1年前という比較的最近の発症と徐々に悪化しているということから(+最近の体重減少と元ヘビースモーカー)その疑いは確信に近いものとなってくるのである。ただし、進行したDMにおいてもこのようなことが起きないわけではないので(DMによる神経障害)、多少はDMも考慮しないといけないのかも知れないが、その場合には他の症状が沢山出ていると思われるので除外して良いであろう。

 もうおわかりと思うが、この患者は肺癌であった。初めからおかしいなと思いつつ、耳鼻咽喉科の「声帯に軽い炎症がある」という診断を尊重してかなり引っ張った経緯がある。数ヶ月経って、全然良くならないので(但し悪化はしてない)、患者に正直に肺癌の可能性を申し上げて専門病院に行って頂いたのである。そして、おかしいと思いつつ鍼灸治療で数ヶ月も引っ張ったことで手遅れになったのではないかと思い、心底穏やかでなかった。手術は成功し、かの患者は術後数ヶ月経って来院して頂き、体力はかなり落ちたものの、以後10数年健康管理的に来院なさった。ただ、82歳を超えて体力がかなり落ちてこの数ヶ月は来院されてないのが気がかりである。術後はめっきり体力が落ちた。
  「徐々に悪化する嗄声⇒肺癌、縦膈癌、食道癌、大動脈瘤」
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<症例19> 36歳 男性 中肉中背 体重は少し減少している
 以前から何となくおかしかったけれど2~3ヶ月前に急に食事が胃に行かなくなった。飲み込むことはできるのであるが、入っていかないで横になると吐いてしまう。固形物だけでなく、流動物も同様である。少し飲み込んでから、ジャンプしたり色々動いてやっと入っていくという感じである。胸焼けもする。食欲もあるが、なかなか食べられないので体重は少し減ってきた。ただ、何ともなく食べられる時も少しはある。特に悪化しているわけではない。病院に行って服薬するも一向に良くならない。
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 飲食物の燕下障害である。燕下は、口から食道に飲み込むまでは、準備相(準備期)、第1相(口腔期)、第2相(咽頭期)という各々複雑な神経筋肉の協同運動・反射によるが、食道に入ってからは単純な蠕動運動(Ⅹ脳神経:迷走神経)である1)。よって、食道から胃に入っていかないという場合に中枢性の疾患としては迷走神経の障害があるが、神経症状もなく脳の障害は考えにくい。迷走神経走行途中での神経圧迫によって燕下障害が起きる可能性はあるが、両側支配であるので片側が圧迫されても問題が起きることはあまり無くこれも否定できる。

 その他、ALS(筋萎縮性側索硬化症)や進行性筋ジストロフィー、PSSなどの膠原病も燕下障害を起こし得るが病歴や他の症状からこれらも否定できる。
 後は、食道下部から噴門部の範囲での通過障害が考えられ、一番恐いのは食道癌である。食道癌によって燕下困難が起きる場合には、癌によって食道が狭くなり通過障害を起こすので、癌が小さい時には燕下困難は起こらず、癌が大きくなるにつれ、大きな固形物、小さな固形物、そして流動物という順番で燕下困難が起きる1)。これは食道癌だけでなく、噴門部に出来た胃癌、食道を圧迫するくらいに大きくなった肺癌・縦膈癌でも同様の症状が起きる。この症例は、固形物も流動物も同様に燕下困難を起こすので、このような食道の狭窄によって起きる病態ではないと考えられる。もう一つ胸焼けがあるということで、これは胃酸・胃液が逆流した状態ということが考えられ、噴門部の開閉機構がうまく行っていないということがわかる。これは、燕下の第3相(食道期)の障害であるが、食物が飲み込まれていくので食道の蠕動運動には障害が無く、下部食道括約部(横隔膜裂孔部にある肥厚した輪送収縮筋)の筋の緊張(蓋をする:通れないようにする⇒胃酸が逆流しないようにする⇒逆流すると胸焼けが起きる)と弛緩(蓋を開ける:飲食物が通れるようにする)がうまく行っていないことが原因である。この調節は液性調節と神経性調節があるが、液性調節は胃に入ってからの調節なので、この症例では神経性調節がうまく機能してないことになるが、この病態で最も多いのはアカラシア(achalasia:特発性食道拡張症、食道無弛緩症)である。比較的に希な病気であるが鍼灸院に来院するケースはその割りに多い。それは、自律神経系の異常で、良性疾患であるのに関わらず、保存的治療ではほとんど効き目が無く、手術せざるを得ない場合が多いので、鍼灸治療に訪れるというわけである。

 なお、この病態では横になった時に食道性の嘔吐を起こす。食道性の嘔吐は噴門を通過できなかった飲食物を嘔吐することで、胃酸などの胃液が混じらなく(酸っぱ臭さがない)、食物が消化されず原形をとどめていることで分かる。立位や座位では重力の影響で嘔吐しない。
「液体は燕下可能だが、固形物は燕下できない⇒食道癌+(肺癌・縦膈癌)」
 「液体も固形物も燕下できない⇒アカラシア」
 その他、今まで出た症例において<症例6>の突然黄疸が発症した胆管癌の症例も典型的な症状である。
 「突然の黄疸発症⇒胆管癌、膵臓癌、肝臓癌等」
 前回の痔と誤診した症例15の下血も大腸癌及びクローン、潰瘍性大腸炎が疑われる典型的な症状である。クローン病も潰瘍性大腸炎も悪性疾患ではないが、指定難病でもあり、とても良性とはいえない病気である。もちろん下血を起こす病気は痔や消化器疾患でも起こすので、問診を慎重に行う必要があるのはいうまでもない。

 「下血⇒大腸癌+クローン、潰瘍性大腸炎」
 それから実際には違ったけれど、症状から患者が不安になり、その不安が症状を誘発させた(心身症)と思われる<症例5>の起床時の頭痛も典型的な症状である。
 「起床時の頭痛+牽引痛⇒脳腫瘍」
 前回のミーちゃんであるが、この原稿を書いている時点で数回来院したが未だ結果を聞きにいってないということで、催促するわけに行かないため残念ながら結果をお知らせできない。ただ、MRIを行ったために耳鳴りがまた悪化してしまい、せっかくのミーちゃんが振り出しに戻ってしまったことが残念であり、当の患者も後悔しきりである。

<次号までの宿題>
 今月は今までと違い読者諸兄の頭の体操用に幾つか問題を出しますので、よろしくご賢察のほどお願いします。○×です。
1、(  )膀胱癌の最大のRF(リスクファクター)は喫煙である。
2、(  )40・50代の喫煙者を10年間追跡調査したところ、癌や心臓疾患などで死亡率は非喫煙者に比べたった1.6倍であった。
3、(  )我が国で胃癌による死亡率は減少しているが、これは胃癌検診の成果である。
4、(  )飲酒は、肝臓癌や膵臓癌のRFであるが心筋梗塞のRFでもある。
5、(  )性習慣と前立腺癌の関係がいわれているが、特に発症が多いのは青年期には性経験が少なく、中・熟年期に性経験が多い人である。
6、(  )我が国では子宮癌は胃癌と同様に減少しているが、それは少子化と関係がある。
7、(  )日本における発癌因子の内、X線・CT検査被爆による発癌の比率は先進国でトップである。
8、(  )肥満者は非肥満者に比べ乳癌で2倍、子宮頸癌で3倍罹患率が高い。
9、(  )癌の発症原因に大きく関わるとされる遺伝と生活環境では、遺伝の影響の方が大きい。
10、(  )癌は生活習慣病であるが、生活習慣の中で最も癌死の原因と考えられているのは喫煙である。

<引用文献>
1)『愁訴からのアプローチ:燕下困難』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌巻号

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