症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その5

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その5
・・・・キーワード4「夜間痛」・・・・

東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 今回の鑑別のキーワードとして、「夜間痛」について考えてみたい。まず2例の症例について検討する。

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<症例12> 男性 55歳 171㎝ 75㎏ 会社員(デスクワーク) 体重の変動特になし
 2ヶ月半前から右頸~肩~肘までが腕を動かす角度によって痛み、その部位は変動するが、最も痛いのは肩関節から上腕部。その時にゴルフをして痛めたのだと思う。しかし、最近ゴルフをしたが、ゴルフ中もその後も痛みの増悪はない。接骨や整形外科に行ったが原因や病名が分からず、治療後や服薬しても良くならない。夜間痛があり寝付けないが、腕を上げて寝ると楽なのでそのうちいつのまにか寝てしまう。しかし、昼間に時々腕を動かせないこともある。肩関節及び頸部のROMは異常はない。鍼灸の治療経過は直後効果はあまり無く、累積効果として週3回治療で3週間後にはほぼ治り、来院しなくなった。
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 この患者さんは、<症例2>と同じくらい悩まされた患者である。まず「右頸~肩~肘までが腕を動かす角度によって痛む」こと、「昼間に時々腕を動かせないこと」などから運動器疾患の可能性が高いと思われたが、「肩関節及び頸部のR OMは異常はない」こと、「ゴルフ中もその後も痛みの増悪はない」ことで、五十肩、腱板炎、長頭腱炎などの運動器疾患ではない可能性も高い。「2ヶ月半くらい前からの発症」と「夜間痛がある」こと、「ゴルフで悪化しない」ことでパンコースト腫瘍も想定したが、「腕を上げて寝ると楽」ということで、その可能性は少なく同様にTOS(胸郭出口症候群)も考えにくい。この患者の夜間痛は、寝返り痛なのか一定姿勢保持時痛なのか、本来の意味での夜間痛(後述)なのかははっきりしない。内臓の関連痛も考えたが左ならともかく右肩関節から肘までの痛みを起こす関連痛は考えにくいし、「動かす角度のよって痛む」ということから、それは否定できる。しかし、治療の直後効果があまり無いので、運動器疾患と考えずに「心因性」の可能を考えて全身調整の治療を主に治療を行った所、治ってしまった。鑑別診断の勉強なのに、最終診断名がわからない症例を出すのはいけないのかも知れないが、鑑別・診断の過程や何をどう悩んでいるのかがわかって頂きたくて紹介した症例である。

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<症例13> 男性 52歳 空調業会社役員 163㎝ 66㎏ 体重の増減は特になし
 1ヶ月半前より思い当たる原因なく急に左背部痛が出現した。呼吸器内科でXPの結果肺に影があり、肺炎の疑い濃厚ということで抗生物質を半月服用するが症状は変わらない。背部痛以外の咳・痰・発熱などの肺炎症状はほとんどない。整形外科を受診したが異常無しということであり、肺癌も想定されたが内科での再検査で肺癌も否定される。呼吸・咳・寝返りなどで背部痛は増悪するが、鎮痛剤を服用すると半日くらいは効いて痛みが治まる。朝は比較的痛みがないことが多く、昼から夕方にかけて痛み出して、夜間は痛くない。鍼灸治療後は良くなるが、また痛みはぶり返す。しかし、1ヶ月後の累積効果としては半減しており、特に1ヶ月後に行った背部の刺絡からまた痛みは半減した。不整脈があり、院長(筆者)の指示で心臓外科に行き、心電図等の諸検査の結果発作性の心房粗動等の3つの不整脈を指摘され、入院しての精査を指示されるが、院長(筆者)は今の痛みは心臓が原因でないので痛みが治まってから心臓外科の指示に従うように示唆し、患者が同意してその様にして鍼灸治療を継続した。
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 この症例も<症例2>・<症例12>と同様に悩まされた症例である。<症例2>も<症例12>もそうであるが、大学病院ないしそれらと同等の病院においても病態不明で診断がついていないし対症療法も効果がない症例である。
 鍼灸治療の累積効果が無いわけでなく、特に刺絡は有効であったので治療としてはそれなりの役目は果たした症例である。
 まず「1ヶ月半前に思い当たる原因無く」、「急に」発症したということで悪性腫瘍は考えにくい。肺炎という診断であるが、高齢者ならともかく、肺炎症状が無くて背部痛が主訴の肺炎はやはり考えにくいし、肺炎ならば半月も抗生物質を服用すれば完治はともかく少しは改善するのが普通であるので、誤診と思われるが、内科においても他に思い当たらなかったので、とりあえず抗生物質の投与で経過を診るという姿勢であったようである。わからないのは「朝は比較的痛みがないことが多く、昼から夕方にかけて痛み出して、夜間は痛くない」ことである。「昼から夕方にかけて痛みが増悪する」というのは、筋疲労(会社役員であるが、現場が好きで現場の作業をしているとのこと)によるものと考えるのが自然であるが、だったら休みの日ではその様なことは起きないはずであるが、作業の有無や作業の質によっての変化はないということと、その病態ならば鍼灸治療がかなり効くと思うが、その様な経過ではなかった。しかし、また「呼吸・咳・寝返りなどで背部痛は増悪する」ことは筋骨格系の疾患を示唆している。ただ何れにしろ、その様な病態であるならば、何らかの思い当たる原因があってしかるべきであるが、本人は全く思い当たらないということである。

 この症例は、とりあえず楽になって、来院しなくなってから1ヶ月後くらいに再発して動けなくなり、救急で入院したところ、胸椎3-4椎間板の細菌性炎症ということが判明し、抗生物質などの点滴で3ヶ月入院してやっと動けるようになり退院してその内来院するという連絡を受けたが、未だ来院していない。しかし、何故椎間板に細菌が入り感染したかは全くわからず、当院での初診での痛みの原因もそうであったのかも不明である。

<夜間痛とは>
 一般的に夜間痛というと五十肩の夜間痛のように「夜間に痛みがあること」が夜間痛の定義のように考えられている。しかし、五十肩の夜間痛は寝ていなくても同様の姿勢を取れば痛くなるので、正確には「夜間痛」というより「一定姿勢保持時痛」というべきではないだろうか。
 また、夜間ではなくても安静にしていると痛いこともあると思うが、この「安静時痛」も「安静時の方が痛い」ことを意味するのか、「安静時でも痛い」こともいうのかは明確になっていない。
 「癌の夜間痛」を考える前にこれらの問題を整理する必要がある。

<安静時痛>
 安静時痛はもちろん文字通りに安静時に痛みがあるものをいうが、実際には次の3通りの意味で使われている。
 A、安静時のみに痛みがあるか、安静時の方が動作時よりも痛みが強い場合
 B、動作時に痛みが増悪するが、安静時にも痛みがある場合
 C、安静時も動作時も痛みが変わらなくある場合
 Bは、動作により痛みが増悪することから運動器(筋骨格系)の障害が想定されるが、障害・炎症が激しい場合には安静時においても痛みがある時に用いられる「安静時痛」である。
 運動器疾患で安静時痛の原因として考えられるのは次の2点であるが、一般的に鍼灸師が遭遇するのはbの場合が多い。
 a、関節包内圧、滑液包内圧が上昇する場合
  骨折、脱臼、関節内出血、悪性腫瘍
 b、炎症が著しい時や滑膜炎が生じているとき
 しかし、何れの場合も安静時でも痛いが動作時はもっと激しく痛くなるか、痛みのために動作ができないのが通常である。ただ、aの場合には、一定姿勢保持で増悪し、動かすことによって楽になるケースも希にある。
 Cは、動作により痛みが増悪しないことから、運動器の痛みは想定しにくく、この場合には、内臓由来の痛みか、心因性の痛みが想定される。
 そして、問題はAの場合であるが、悪性腫瘍が原因で痛みが生じる場合はむしろAの場合が多い。その発痛の機序は次のように考えられる。安静時においては副交感神経が優位になるが、特に臥位においては姿勢の問題と副交感神経が更に更新することにより、内臓への血液の環流が強くなって内臓内の血管が拡張する。その時に内臓に腫瘍があると血管を圧迫し、血流循環障害を起こす。この血液循環障害部位の遠位においては血管が充血し、血管内圧が高まることにより臓器の方へ血漿成分が浸透することにより内臓内浮腫を起こし、発痛すると考えられる。そして、この場合に起立して体を動かすことにより交感神経系が優位になり、筋肉へ血液が還流して内臓への血流が少なくなる。そうすると内臓内血管の充血及び血管内圧が減少して内臓内への浸透した血漿成分は血管内に戻り、内臓内浮腫はなくなって痛みが治まると考えられる。
 ただし、安静時の方が痛みが強い場合は、悪性腫瘍による圧迫だけではなく、内臓の炎症による血管透過性亢進、炎症による内臓肥大によっての血管圧迫等でも当然起こり、その痛みが発症する機序は悪性腫瘍の場合と大きな変わりはない。

<一定姿勢保持時痛>
 ある姿勢になると痛みが出たり、その姿勢を続けると痛みが増悪してくる病態で、通常は運動器の障害が想定される。
 典型的なのは五十肩の「夜間痛」である。痛い方の肩関節を下に下側臥位でしばらく寝ると、その部分の血行障害を起こし、痛みが増悪する。又その逆に痛い方の肩関節を上にしても角度によっては牽引によって痛みが増悪することがある。うつ伏せも同様である。いずれにしても同じ姿勢を続けることによる筋肉の凝り(筋肉が動かないことによる疲労物質の蓄積が原因か)による血行障害などによって痛みが増悪すると考えられる。

 これは腰痛でも同様で、楽な姿勢で寝ていても長時間になるとどんな姿勢を取っても痛みが取れない(久臥)。普段腰痛が無い人でも長時間の睡眠で痛みが出てくることもある。会議や車の運転などで長時間座っていたり(久座)、葬儀などで立ち放しになっていたり(久立)しても起きるし、パターやショートアプローチの練習などで前屈み状態を続けていても起きる。車の運転は単に久座だけでなく姿勢の問題や振動の問題もある。筋肉を動かすことによって血行が促進されて疲労物質の代謝が行われるし、同じ姿勢を続けていても抗重力筋は働いているのである。一言でいえば人間は動物であるので動いている方が楽なのである。

 しかし、以下のように内臓性の痛みでも牽引痛・圧迫痛等で起こり得る。但し安静時痛、夜間痛とは違う機序の痛みである。
 a、急性虫垂炎:左側臥位で痛みが増悪し、右側臥位で緩解する(牽引痛)
  虫垂炎を起こした人は、右側臥位でかつ足を屈曲していわゆる「海老の姿勢」または「胎児の姿勢」を取ることが多い。これは、虫垂炎を起こすと虫垂を取り巻く虫垂間膜や腸間膜の牽引により痛みが起きるので、牽引が極力起きない姿勢を取ることで説明できる。実際に虫垂炎のベッドサイドでのテスト法に股関節屈曲位での股関節内旋テストや左側臥位で股関節を伸展させるテストがあるが、何れも虫垂間膜や腸間膜を伸展させて痛みの増強の有無を診るテスト法である。
 b、慢性胃炎:伏臥位をとると比較的楽になる(圧刺激による痛みの緩解)
 好んでうつ伏せで寝る人は、胃の悪い人が多い。
 c、肝機能障害:bと同様であるが、好んで右側臥位で寝る人は肝機能が悪い人が多い。酒飲みはこういう寝方をする人が多いである。

<夜間痛>
 安静時痛のaに通じる機序で発症することでは同じであるが、睡眠中特にREM(逆説)睡眠中は内臓への血液環流が著しく、血管のそばに出来た腫瘍は比較的早期に血流を妨げ、それによって内臓充血→臓器内浮腫を起こし痛みを誘発する。よって、痛みはREM睡眠になる入眠後1時間半後くらいや、明け方に発症することが多い。
 但し、前述のように内臓の炎症によっても起こり得るので、問診により症状の発現からの経過や随伴症状で判断しなければならないが、内臓の炎症の場合には発症してから急激に増悪していく(数時間から2・3日)が、悪性腫瘍の場合には階段状の悪化でありその様なことはないので、問診で比較的簡単に鑑別できる。
ただし、「夜間痛」も実質臓器で癌が比較的大きな血管の際にできた場合には、夜間痛が出やすいと思われるが、管腔臓器でポリープ状だったり、バイパスが沢山あるような臓器であったりすると充血及び浮腫は起こりにくいので、全ての癌で夜間痛が起きるわけではない。「体重減少」と同じく必要条件ではなく十分条件である。すなわち「夜間痛」がないからといって癌を否定できないが、「夜間痛」があれば癌の可能性は高いということである。そして、ここでの「夜間痛」は、単に夜間の痛みということではなく、ここで示した意味での「夜間痛」であることはいうまでもない。

<先月の宿題>
 先月の宿題を検討するために再掲する。
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<症例11> 女性 28歳 162㎝ 48㎏ 主婦
 腹痛を訴えたので、診察すると虫垂炎の可能性が高かった。そこで知合いの近所の外科で診断だけ依頼したら、虫垂炎ではなく十二指腸潰瘍と診断された。生まれて半年の子供と骨折した夫と、アメリカより来日した弟の世話を見なければならないので、非常にストレスが溜っていた時期であった。緊急性はないと判断し、鍼灸治療は週1回程度簡単に行った。医師の診断より1カ月位経ったときより夜間痛が生じるようになり、鍼灸治療すると軽減し日中は何事もなく過ごせるようになったが、夜間になると激しい痛みを生じる状態が4日間続いた。4日目の早朝には腹部に熱感を生じ、右下腹部に腫瘤を察知できるようになった。しかし、夜間早朝に治療をして、それから起床してしばらくすると痛みは嘘のように消えてしまい、家事には支障がなくなっている。
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 この症例は私の妻である。家族の診察は他人に任せるべきであることを痛感したが、自分の診断も信じろということ、医師の診断は当てにならないこと、鍼灸治療はステロイドと同様に症状をマスクして診断を誤らせることなど、様々勉強になった事例である1)。
 まず腹部の触診などで虫垂炎を疑ったわけであるが、医者に見せるまでもなく診断にはかなり自信を持っていた。しかし、念のために診て頂いたところ、虫垂炎ではないという。虫垂炎は今まで自分自身も含めて鍼灸治療単独で治療しかつ治してきたので、この段階ではかなり治癒の自信を持っていたが、十二指腸潰瘍では、急性疾患ではないのでそれほど慌てて治療することもなく、ゆっくり治していけばよいと考えてしまったのである。灸点を降ろし、素人ではあるが灸の仕方を教えていたので、自分で施灸することを指示したのみで鍼治療はほとんど行わなかったと記憶している。骨折もこの後1週間程度で治り、治療に復帰するとともに夜の活動も開始して毎晩飲んで帰った記憶がある。とりあえず妻の症状は灸の効果か落ち着いていたが、楽になると灸をしなくなり、その内に再発したわけである。家に遅く帰った時は妻は既に寝ているので、その時は問題ないのであるが、医師の診断より1カ月位経ったときより夜間痛(早朝)が生じるようになり、鍼灸治療すると軽減して日中は何事もなく過ごせるようになったが、夜間早朝になると激しい痛みを生じるようになることが4日間続いた。「十二指腸潰瘍なのに何でこんなことになるんだ。大体女房は大げさ何だ」と眠たいこともあって、真剣に考えなかったのが問題であった。4日目の早朝には腹部に熱感を生じ、右下腹部に腫瘤を察知できるようになった。慌てた私は、以前かかった外科医に朝一番で連れて行ったところ、白血球数2万3千ということで直ちに国立病院を紹介してもらったがベッドがあいてなく、某大学病院に紹介された。外科の外来で私は「虫垂炎で腹膜炎を併発しているので直ちに手術して下さい」取り乱していったら、担当の外科医が「それを判断するのは君じゃない私の仕事だ」といわれた。尤もである。そして「第一そんな病態だったら、奥さんのようにニコニコして立ってられないよ」とのことだった。私は「これは鍼灸治療をして症状をマスクしてしまっているのです」といったのであるが、鍼灸治療を知らない医師にわかってもらえるはずはなかった。病院では朝から夜まで検査し、注腸検査も2度もやっても診断できず、わからないので開腹しますといって手術した時は、夜の8時くらいになっていた。そして、執刀医が慌てて跳んで来て「こんな症例はみたこともない。膿はお腹全体に充満していて、虫垂も握り拳の半分位に肥大している。何でこんな病態なのに立っていられるのだ」といってきた。そして「もしかしたら亡くなるかも知れない」といっていたが、手術はうまく行き、術後も順調であった。しかし、その後大学では頭をかなり悩まして診断は確定できず、取り合えず『急性虫垂炎』と診断したが、「クローン病の可能性が高く、検査を継続したいので続けて来院して下さい」とのことであったが、私にはクローン病の可能性は無く、ストレスが原因であるとかなり自信を持っていたので、治療の継続を拒否した。しかし、その後20数年経つが全く問題は生じていない。妻の切り取られた虫垂は、その大学の標本室に特異な例として残されているとのことである。

<次号までの宿題>
 今までと同様に読者諸兄の頭の体操用に症例を呈示しますので、よろしくご賢察のほどお願いします。
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<症例14> 男性 57歳 168㎝ 79㎏ 会社員 体重変動特になし
 この所何となく調子が悪い。特にいつ頃というわけではないが段々と体調が崩れているような気がする。仕事も忙しくストレスも強いのでそのせいかも知れない。体調を整えるのに鍼灸治療が良いと聞いて来院した。食欲は普通にあり、睡眠も時々眠れないことはあるが特に問題はない。便通は、以前は軟便で下痢気味であったのであるが、この所は便秘気味であるが、硬くなく比較的細い。体重の変動もないし、痛みなども全くない。ただ、頸肩凝りや眼精疲労、腰重などはいつもある。会社の診療所で診てもらっても、ストレスと疲労でしょうということで、ビタミン剤と眠れない時のために導眠剤をくれたが、適当に飲んだり飲まなかったりである。食事はあまり野菜は好きではなく、肉が大好きだけれど、年も年だし健康を考えてなるべく色々食べるようにはしている。酒はほぼ毎日で1日ビール中瓶2・3本くらいで煙草は1日1箱程度吸っている。運動は月2回のゴルフだけで、練習はしていない。

1)『愁訴からのアプローチ:悪心嘔吐』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌巻号

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