・・・・キーワード3「体重減少」・・・・
今回の鑑別のキーワードとして、「体重減少」について考えてみたい。
以前、臨床教育専攻科の授業において、<症例1>を提示して鑑別から診断・治療までを考えることを行って、最後にこの症例は膵臓癌でした、といったところ、学生の方から「<症例1>は『体重減少』もなく『夜間痛』もないのだから癌であるわけない」という意見が出され、何人かが賛同し、あたかもこの症例は私が作り上げた幻の症例でないかというようなことを言われたことがある。正に画一的な知識と教育の弊害である。
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<症例10> 女性 71歳 155㎝ 62㎏ 体重変動有り(58㎏⇒62㎏) 主婦
肺癌からの腰椎転移による腰痛で動けない。当初は腰痛で3ヶ月ほど整形外科に入院していたが、肺癌による骨転移とわかり外科に転医してきた。鎮痛剤が無効なので鍼灸治療を希望して往診を依頼された。
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悪性疾患の鑑別の主旨からは外れるが、鍼灸治療による緩和ケアを依頼された症例である。当然診断は付いており、西洋医学的治療は緩和ケアについては行われているが、癌そのものに対しては「手遅れ」ということで何もされていない。
この症例は、2ヶ月ほど治療を行ったが、その間体重は減少するどころか増え続けた症例である。肺癌のために燕下困難となり、点滴と若干の流動食が主体の食事であるのにかかわらずである。主治医とも話し合ったが、多分浮腫の影響ではないかということであった。緩和ケア・QOLの改善という鍼灸治療の目的は達したが、残念ながら2ヶ月ちょっとで亡くなった。
しかし、整形外科では燕下障害がでるまで肺癌を見逃していたのである。尤ももっと早く見つけていても「手遅れ」であることは変わりはないが。
<先月の宿題>
先月の宿題を検討するために再掲する。
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<症例9> 女性 68歳 152㎝ 45㎏ 体重変動有り(52㎏⇒45㎏) 主婦
数年前より3週間に1度程度の治療を、健康管理的に行っていた慢性関節リウマチの患者が、この数ヶ月で思い当たる原因が無くて7㎏くらい体重が減少した。主治医に相談させると「特に問題はない、1年くらい前に薬を変えたためではないか」という説明であった。ステロイドとNSAID(非ステロイド消炎鎮痛剤)は常用していた。食欲・便通・睡眠には変化はなく、特に問題もない。その他リウマチ症状以外に症状はなく、腹部などの触診所見にも異常はない。
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11月の初めに治療してから、しばらく来院しないので、どうしたのかなと思っていたところ、翌年の1月末にお嬢さんからお電話があり、「今大学病院に入院しているので往診をお願いしたい。詳細はその時に」ということであった。とりあえず飛んでいくと、一目で癌末期状態、お腹はかなりの尖腹で卵巣癌末期ということであった。私は愕然として、ただただ反省するのみでありました。「もうちょっと下腹部も触診していればよかったのに」とか、「脉診もしっかりしていればわかったかも知れないのに」、「リウマチの担当医の言葉を信じなければ良かった」等々であります。しかし、たった2ヶ月半ちょっとくらいでこんなに変わってしまうものなのかという驚きもあった。
9月か10月頃に、この体重減少について「この体重減少が、癌が原因であるのなら説明が付くのに、癌でなければ何なのだろう。本当に薬が変わっただけで体重がこんなに減るものなのでしょうかね」という会話を当の患者さんとしていたくらいなのである。悔やみは、担当の主治医がリウマチの専門医であったということに後から気が付いたのであった。西洋医学は「部分の医学」であり、自分の専門分野で極力理解しようとし、そこでそれなりに説明が付くと他の視点を考えないという大きな欠点があるからである。この症例は今から12年ほど前の症例で、以後は西洋医学は部分の医学であるので、医師の「異常はない」はその専門分野で「異常がない」というに過ぎないというと認識するようになった。私は「思い当たる原因がなく体重減少した」ので、当然医師ならば癌の可能性を考えて検査・診断した、と勝手に思いこんでいたのである。
なお、この症例はもう一つヒントがあった。それはステロイドとNsaidsの常用である。そのどちらも免疫抵抗力を減弱させるので、癌や感染症の発症の可能性が高まっているという認識を持たなければならないということだったのである。
<体重減少>
癌による体重減少の機序は幾つも考えられるが、一般的には以下の機序が考えられる1)。
1、消化器癌による食物の通過障害
舌癌、咽頭癌、食道癌、胃噴門部癌、胃幽門部癌等
2、代謝亢進によるエネルギー消費+免疫力亢進→微熱
癌細胞とNK細胞やマクロファージ等の免疫系との戦いによるエネルギー消費と、免疫力を高めるために体温をセットアップすることによる発熱(微熱)のためのエネルギー消費
3、TNF(腫瘍壊死性因子:物質)による悪心嘔吐→食欲不振
癌細胞と免疫系との戦いの末に産出されるTNFが、CTZ(chemical trigger zone:化学的引き金帯)を刺激して悪心嘔吐を起こし、食欲不振を引き起こす
4、抗癌剤や放射線療法の副作用による食欲不振
5、癌ではないかという不安や恐怖心からの食欲不振等
1の通過障害は主に口腔部と消化器系の癌によることが多いが、肺癌や肝臓癌などが大きくなっても、食道や胃の圧迫により同様なことが起きるがこの場合はかなり大きくなった末期なので見逃すことはない。しかし、消化器系の癌の場合には小さくても起きえるので要注意である。この場合に患者は症状の発現及び階段状の悪化により、体重減少に気が付く以前に病気の疑いや不安を持つ場合が多いので体重減少そのものが診断基準にならないことがある。私の父も咽頭癌になり、燕下障害が起こり徐々に悪化して最後には食物が完全に咽を通過しなくなって初めて医師の診察を受けるという状態であった(西洋医学治療を拒否していたが、最後は手術により生還した。しかし手術及び抗癌剤や放射線治療の後遺症に悩んだ晩年でもあった)。
通過障害に関連して、燕下障害(困難)も当然起得る。肺癌の圧迫によって起きることもあるが、最も可能性の高い悪性疾患は食道癌である。ただ、燕下困難を起こす疾患としては食道癌より噴門痙攣(アカラシア:平滑筋のアウエルバッハ神経叢の異常により、食道と胃の接合部に平滑筋の弛緩障害が生じ、噴門の開放困難症が起きた病態)の方が遥かに多い。この鑑別は重要で以下の如くである2)。
食道癌:食事の時に常につかえ感があり、進行性である。はじめに固い固形物が嚥下困難になり、だんだんと軟らかい食物も困難となり、最後には流動物 も飲み下せなくなり食事時間が長引くというのが特徴である。→当然、頻度も状態も階段状に悪化する。
噴門痙攣:一過性で、食物の固さに無関係であることが特徴で、はじめから流動物も嚥下出来ない。→初発症状としては①よりも圧倒的に重症に見えるが、 実際はかなり軽症である。進行性の嚥下困難に嘔気を伴う。嘔吐物は胃液の混入しない食物残渣である
2の戦いのためのエネルギー消費と発熱させ抵抗力を増加させるためのエネルギー消費が原因で痩せてくるのであるが、微熱以外の症状がないためにこの場合は<症例9>のように気が付きにくい。
癌の予防或いは治療にあたって、積極的に体温を高くすることは重要である。発熱は、感染などで外敵の毒素などによって起きるのではなく、それらを感知した生体が自発的に体温をセットアップして外敵に対抗しようとする生理的防御機能であるから最低限冷やさないようにすることは重要であるし、体を温める働きのある食物(ネギ、生姜、大蒜、唐辛子など)や暖かい食べ物を積極的に摂ることや、低体温になる空腹状態をなるべく作らないように規則的に食事をすることを心がけるべきである3)。<症例9>のNSAID(非ステロイド消炎鎮痛剤)は解熱剤でもあり、この点からも免疫力の阻害因子でもある。
3・4・5は何れも食欲不振を起こし、その結果としての体重減少である。よって、食欲不振という明確な原因があるので体重減少の真の原因が『癌』であるとは思わないケースも否定できない。尤も、その何れも食欲不振の原因は明確ではない。3の場合はもちろんわからないし、4の抗癌剤も告知されてないケースでは薬の説明もごまかされている可能性が高く、放射線治療もそれによって食欲不振が起きることは思わないので患者にとっては原因不明のケースが多い。5も不安感や恐怖心が前面に出ていれば本人も自覚するが、心身症と同様に心の問題を患者自身が自覚していないとやはり原因不明となる。
(社)全日本鍼灸学会東京地方会学術部では「痩せの悪性腫瘍疑診基準」を下記のように作成した1)。
1、最近の1カ月で3㎏以上の体重減少
2、最近の3カ月で5㎏以上の体重減少
3、何れの場合もダイエットや食欲不振がなかった場合
体重は、浮腫と食物・水分摂取、二便などの関係で1日に1㎏前後変動する。1日の体重変動で1.5㎏以上あると異常と判断するくらいである。この基準ではそれが考慮されている。だから平常でもアトランダムに測定すると毎回かなりの変動がある。しかしながら、「夜、食後にトイレに行った後でお風呂にはいる時」というように測定の条件を一定にすると、毎日の変動はそれほど大きくなくなる。
また、浮腫は身体に水分がかなり貯まらないと浮腫んでいると自覚しない。文献によって多少異なるが、体重の10%以上ないし、体内水分量の10%以上貯留しないと下腿前面部の圧痕などの徴候が出ないので2㎏程度の貯留では自分が浮腫んでいるという自覚がない4)。
そこで、条件を一定にした時は以下のようにする。
1、最近の1カ月で1.5㎏以上の体重減少
2、最近の3カ月で3㎏以上の体重減少
また、食欲不振があって体重減少する場合も多く、その食欲不振の原因が不明な場合もあるので
3、何れの場合もダイエットや原因が明らかな食欲不振がなかった場合
というように改訂する。
ただし、重要なのはこの基準はあくまでも当てはまった場合に悪性疾患の疑いがあるという「疑診基準」であって、「この基準に当てはまらないから悪性疾患ではない」というものではないということである。
<次号までの宿題>
今までと同様に読者諸兄の頭の体操用に症例を呈示しますので、よろしくご賢察のほどお願いします。
<症例11> 女性 28歳 162㎝ 48㎏ 主婦
腹痛を訴えたので、診察すると虫垂炎の可能性が高かった。そこで知合いの近所の外科で診断だけ依頼したら、虫垂炎ではなく十二指腸潰瘍と診断された。生まれて半年の子供と骨折した夫と、アメリカより来日した弟の世話を見なければならないので、非常にストレスが溜っていた時期であった。緊急性はないと判断し、鍼灸治療は週1回程度簡単に行った。医師の診断より1カ月位経ったときより夜間痛が生じるようになり、鍼灸治療すると軽減し日中は何事もなく過ごせるようになったが、夜間になると激しい痛みを生じる状態が4日間続いた。4日目の早朝には腹部に熱感を生じ、右下腹部に腫瘤を察知できるようになった。しかし、夜間早朝に治療をして、それから起床してしばらくすると痛みは嘘のように消えてしまい、家事には支障がなくなっている。
1)『愁訴からのアプローチ:痩せ』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌55巻12号
2)『愁訴からのアプローチ:燕下困難』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌53巻10号
3)『愁訴からのアプローチ:発熱』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌 巻 号
4)『愁訴からのアプローチ:浮腫』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌52巻12号
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