症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その6

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その6
・・・・キーワード5「典型的な症状-1」・・・・

東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 今回の鑑別のキーワードとして、「典型的な症状」からの鑑別について考えてみたい。
 癌の多くは胸腹部の内蔵に出来るので、当然その癌が出来た内蔵の症状を伴っていることが多いはずである。ところが、実際には癌の初期や中期に、その様な症状を伴うことは比較的少ない。そして、その様な症状が出た時にはもう既に「手遅れ」という場合が少なくないし、いわゆる癌末期の諸症状や悪液質状態になっていて、その様な症状があろうと無かろうと、一目瞭然に「死にそうな病態」ということがわかる場合も少なくない。よって、例えば「肺癌は咳・痰を伴う」ということもむしろ少ない。大体、高齢になれば老化により気管や気管支のドレナージ機能は衰え、誰でも多少の咳・痰症状を持っているし、喫煙者は尚更なのでその鑑別は難しい。実際に肺癌の検診で、喀痰検査と胸部レントゲンでの検診では、検診の成果は少ないことがわかっているくらいである。しかしそうは言っても、典型的な症状は幾つか有るのでそれらを検討する。

<先月の宿題>
 はじめに先月の宿題を検討するために再掲する。
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<症例14> 男性 57歳 168㎝ 79㎏ 会社員 体重変動特になし
 この所何となく調子が悪い。特にいつ頃というわけではないが段々と体調が崩れているような気がする。仕事も忙しくストレスも強いのでそのせいかも知れない。体調を整えるのに鍼灸治療が良いと聞いて来院した。食欲は普通にあり、睡眠も時々眠れないことはあるが特に問題はない。便通は、以前は軟便で下痢気味であったのであるが、このところは便秘気味であるが、硬くなく比較的細い。体重の変動もないし、痛みなども全くない。ただ、頸肩凝りや眼精疲労、腰重などはいつもある。会社の診療所で診てもらっても、ストレスと疲労でしょうということで、ビタミン剤と眠れない時のために導眠剤をくれたが、適当に飲んだり飲まなかったりである。食事はあまり野菜は好きではなく、肉が大好きだけれど、年も年だし健康を考えてなるべく色々食べるようにはしている。酒はほぼ毎日で1日ビール中瓶2・3本くらいで煙草は1日1箱程度吸っている。運動は月2回のゴルフだけで、練習はしていない。
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 鍼灸治療に受診する典型的な患者さんのようである。いわゆる半健康人・半病人の類で、自律神経失調症や心身症というような診断がつきそうである。もしかしたら鬱病かも知れないと思われるが、食欲はあるし、睡眠障害もそれほどではないのでその可能性は少ないと考えられる。頸肩凝りや眼精疲労・腰重などはデスクワークの仕事をしていれば誰でも当然あり得る症状で、特別なことではない。 この症例での特徴は、「このところは便秘気味であるが、硬くなく比較的細い」という一項である。便秘の場合には大腸内に糞便がいる時間が長いので、水分吸収が促進され当然硬便になるが、その場合には水分が少ないこともあり細くなるのが一般的である。また、軟便になる時は水分が多く、便は太くなるのが一般的である。しかし、この場合には「便秘で、硬くなく、細い」ということで一般的でない(むしろ矛盾している)。すなわち便秘なら硬便なのに硬くなく、軟らかいのに細い、ということである。ではどうしてそうなるのであろうか、一番合理的な説明は、肛門かその近くの直腸内に腫瘤があり、直腸ないし肛門を狭くしている状態になっているということで、痔か腫瘍が想定される。確かに下血や排便痛はないか、気がつかない程度なので、どちらかといえば痔よりも腫瘍の方が確率は高そうであるが、鍼灸師ではその鑑別は難しい1)。

 そこで、ご本人に肛門部を触って痔核を触れるかどうか、問診してみると特にその様なことはないという。そこで「便秘気味であるが、硬くなく比較的細い」ということの意味を話し、痔(内痔核)である可能性はもちろん高いが、直腸癌の可能性を否定できないので、早めに検査を受けて下さいと申し上げた。その際に、「下血もない今の状況ならば、もし悪性のものであっても助かる可能性は非常に高いと思いますよ」という一言を添えたのであるが、もちろんそう思うだけで確証はなかった。ただ患者を安心させるための方便であるが、通常は下血があってから検査を受ける場合とは当然違うという意識はあった。
 実は、私はこの患者は100%近く直腸癌であると思っていた。というのは、肉食を好むことは大腸癌のRF(リスクファクター)であるし、飲酒量も喫煙量も多く(その3で述べたように、飲酒と喫煙の自己申告は過少申告が多く実際は2倍と見た方が良い)、これもRFである。その上運動不足にストレスであるから、かなり確信があった。

 結果は、予測通りであり、比較的早期の直腸癌で開腹手術はせずに済み、人工肛門もつけないですんだのである。
 同様の症状を持つ20代後半の女性患者の場合には、検査の結果内痔核であった。この患者の場合には、「便秘気味であるが、硬くなく比較的細い」という症状は全く同様であったが、RFである肉食、飲酒、喫煙が全くなかったのでそれほど心配はしてなかった。念のためより少し強めに検査を勧めた次第である。
 「便秘で、硬くなく、細い⇒直腸癌・肛門癌」

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<症例15> 男性 48歳 中肉中背 会社員 体重変化無し
 1年9ヶ月前に頸部の帯状疱疹になり、近所の皮膚科において治療する。その時にステロイド剤の服薬と患部に外用剤(ステロイド?か抗ヒスタミン剤?)を塗布する。3ヶ月くらい治療を行い症状が軽減するが、痒みが残るので薬の塗布はその後数ヶ月継続する。しかし、半年くらい前より頸が腫れてきてYシャツのボタンが時々閉まらなくなることがあった。薬のアレルギーのせいだと思って、近所の内科で色々治療するけれども治らなかった2)。
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<症例16> 男性 22歳 中肉中背 学生 体重変動無し
 最近下血があり、治まらないので来院した。しかし、大きな外痔核があり担当医は痔の手術をして治療を終了した。しかし、それでも下血は治まらず、1ヶ月後に再来院した。
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 この二つの症例は、愁訴からのアプローチを一緒に勉強してきた、東京足立区柳原病院の内科部長(当時)の川人明先生との勉強会で出てきた先生の病院の症例である。よって、喫煙や飲酒など詳細はわからない。川人先生は『正直な誤診のはなし』(勁草書房1986年初版)の著者で、過去に起きた誤診を正直に報告し、更なる誤診を起こさないように努力されており、我々の勉強会にも色々お話しをされ、この2例もその中で出てきた話である。

 <症例15>は帯状疱疹を起こし、その薬剤の副作用という認識(患者)を何も疑問に思わず近所の内科医が誤診し、漫然と無駄な治療を続けた症例である。プレドニンなどのステロイド剤の経口服用による副作用としての障害は全身性であり、浮腫は中心性肥満型であって、頸部のみの浮腫を起こすことはほぼ無い。外用剤塗布による副作用としては皮膚萎縮、萎縮性皮膚線条、乾皮症ないし魚鱗癬様変化、創傷修復遅延、ステロイドざ瘡、多毛、感染症の誘発および増悪、色素異常など非常に多岐に亘りるが、ネクタイが締まらないほどの局所の浮腫を起こすことはない。この病態を川人先生が誤診したわけではない。これは一目でわからなければならない病態である。頸部の浮腫・頸部の静脈怒張は腹水・メズーサの頭、と全く同じ病態でSVC(上大静脈洞症候群)である。SVCは肺癌・食道癌・縦膈癌等によって、上大静脈が圧迫されて頸部・頭部からの血液還流が阻害されて頸部の浮腫及び静脈怒張を起こす病態である。だから実際問題として、近所の内科医が誤診しようとしまいと手遅れであったことは同じなので、病理学的には誤診でも臨床的にはそういえないかも知れない。
「頸部の浮腫・頸部の静脈怒張⇒肺癌・食道癌・縦膈癌等」

 <症例16>は臨床的にも誤診である可能性も高い病態である。紅い下血は大腸癌や大腸ポリープ・クローン病・潰瘍性大腸炎と痔のサインである。この中で最も恐いのは大腸癌であり、出血部が肛門部に近いほど鮮血度は高く鮮やかな紅色となり、近位(口に近い)であるほどに黒っぽくなったり紫色っぽくなる。大腸癌は「血便を伴う便秘・下痢、軟便の便秘で比較的細い便」を特徴としているが、発症は40歳以降に多く、若年者の発症は極く希である。よって、この症例の担当医も大腸癌の可能性を考えなかったわけではないのであるが、22歳という若さと立派な痔があった、ということでよく診ないで痔の処理だけして帰してしまったのが失敗だったのである。1ヶ月後に来院した時は既に手遅れ状態で、その1ヶ月後には早くも亡くなったそうである。臨床的誤診の可能性があるということは、その時に大腸癌を発見していたら助かったかも知れない、ということで、ものすごく悔やまれる症例であったということである。確かに痔で下血の説明ができてしまうので‥‥やむを得ない誤診ということかもしれない。

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 <症例17> 女性 57歳 153㎝ 56㎏ 体重変動無し
 1年半前にスキューバダイビングで右耳滲出性中耳炎になり、それは治癒したがそれ以来左耳鳴りに悩んでいる。音はザーという音だが気圧の変化でピーという高音になる。聴力検査では異常がないので医師は取り合ってくれない。以前MRIを取った時、血流は正常だが軽い蓄膿症があると指摘される。2/Wスポーツクラブでストレッチやフラダンスをしている。耳鳴りの前は絵を描いていたが集中できなくなり現在はやっていない。夜は耳鳴りのために導眠剤を使わないと眠れないが、旅行などに行く時は飲まなくても眠れる。お酒はほとんど飲まないし、煙草は吸わない。
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 最近来院の患者である。愁訴からのアプローチの勉強では、「耳鳴りは基本的には難聴の補充現象であり、耳鳴りの75%以上に難聴を併い、難聴の50%以上に耳鳴りを併う」こと、そして「耳鳴りだけが先行するタイプには脳腫瘍の一つである聴神経腫瘍が多く含まれる」ことを学んだ3)。
 この症例は、蝸牛症状(耳鳴り・難聴・耳閉塞感)の内、耳鳴りだけがある症状で誘因として滲出性中耳炎と思われているが、中耳炎は反対側であり、その関係は不明である。蓄膿症があると、周囲の圧迫から動脈系や神経に作用して何らかの刺激を伝えることがあるが、動脈の場合には拍動性になるし、顔面の神経と聴神経とは直接の関わりはない。また、蓄膿症があると滲出性中耳炎になりやすいことは知られているが、この場合は反対側である。そこで初診時に、上記の説明を行い聴神経腫瘍の可能性が0でないこと、聴神経腫瘍は悪性腫瘍ではないが、できている場所からほっとけない病気であること、そして今後悪化するようだとその可能性が高くなるので、その時はきちんと専門医で調べてもらうこと、そして、耳鳴りは鍼灸治療によって、早く治るのが1/3、少しずつ治っていくのが1/3、全然良くならないのが1/3で、そのどれかは治療前にはわからない、という説明を行い、患者の納得の上で治療を開始した。

 以後、1/W程度の治療で2度目の治療から導眠剤を飲まなくても寝られるようになり、経過はほぼ順調であるが、耳鳴り状態はあまり変化は無かった。全然治らない耳鳴りは、大脳への刷り込み(Imprinting)が原因なことが多く、以前聴神経切除術を試みた症例では術後むしろ悪化したということが報告されていた「からだの読本2」(暮らしの手帖社)ことから、患者には「気にするな」、聞こえない時には「決して探すな」ということをお話ししていた。最近、浜松医科大学の永田勝太郎氏が昨年の(社)全日本鍼灸学会関東甲信越支部学術集会や今年の(社)全日本鍼灸学会第53回大会シンポジウム『癌と鍼灸』で「健康創成論:salutogenesis」に基づいた治療の講演をお聞きし、その考え方に基づき、病因を除去することだけを考えずに、今ある状態を認め、今ある健康資源を活用し、その中から新たな健康状態を創成していくということで(東洋医学の虚実補瀉の概念に近い)、「耳鳴りを嫌だ嫌だと思わないで、耳鳴りと仲良くすることを考えたら」と申し上げた上で、「耳鳴りに名前を付けたら」という提案をした。そしたらかの患者は耳鳴りに「ミーちゃん」という名前を付け、会話をするようになったら、益々気にならなくなったということである。例え痛みがあろうと、耳鳴りがあろうとご本人が苦痛でなかったら、それはそれで良いのではないでしょうか。

 本題をいささか外れたので戻すと、この症例は治療を開始して5ヶ月が経過しているが聴神経腫瘍でないということは未だ確認されていない。病理学的には良性腫瘍なので進行が遅く、未だ悪化していないのかも知れない。実はミーちゃんの前にMRIの予約を入れてあり、この原稿を書く2・3日前にMRIを行ったのだが、残念ながらその結果は未だわからず次号に。

<次号までの宿題>
 今までと同様に読者諸兄の頭の体操用に症例を呈示しますので、よろしくご賢察のほどお願いします。

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<症例18> 男性 69歳 会社役員 身長160㎝くらい 痩せ形 体重やや減少気味
 1年くらい前よりの原因不明で徐々に声がかすれてきた。耳鼻咽喉科で検査してもよくわからず、声帯に軽い炎症があるということで、うがい薬が出たが、うがいしても変わらないので今はあまりしていない。比較的大声で話すせいかもしれない。元々胃腸が弱い方でガスが貯まりやすく、軟便で特に飲酒の後は下痢をし易いし声の調子も悪くなる。痰も少し絡んで話しにくいこともある。足が時々攣り、その回数が増えてきたようにも思う。また最近右頸から肩にかけて突っ張ったような感じがあり、頸部のROMも最大角度での右頸部の痛みが前後屈・左側屈である。また右肩の挙上もできるが痛みがある。お酒は週に1・2回でそれほど量は飲めない。煙草は以前はヘビースモーカーであったが数年前に止めた。定期検診では胃にビランがあること、動脈硬化があることと、血糖値が高いことが指摘されているが、服薬はしていない。

1)『愁訴からのアプローチ:便秘』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌巻号
2)『愁訴からのアプローチ:燕下困難』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌巻号
3)『愁訴からのアプローチ:耳鳴りと難聴』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌巻号

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