症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その8

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その8
・・・・キーワード6「リスクファクター-1」・・・・

東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 今回は、癌のリスクファクターについて考えてみたい。リスクファクターはあくまでも危険性が増す(確率が高くなる)というだけで、診断・疑診においては「煙草を吸っていれば肺癌」と単純に考えるべき性質のものではない。症例8のように非喫煙者であっても問診上で肺癌の疑いが濃厚(実際に肺癌)な場合が幾らでもあるからである。あくまでも今までの問診の方が重要である。しかし、リスクファクターを持っていることは、当然疑いが濃くなるので疑診の診断確率を増す材料には当然なり得るし、このリスクファクターが多いほどその確率は益々大きくなる。そして、リスクファクターを知り、それを回避することで、癌の一次予防になり、患者への指導・支援に大いに役立つということにも繋がるので非常に重要な問題である。
 まずはじめに頭の体操で一つ問題を出しますのでお考え下さい。
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<問題11>日本は世界に冠たる長寿国である。その日本の中でも現在は長野県が長寿日本一である。その原因は何か。そして、今後も日本並びに長野県は世界一、日本一であり続けることができるだろうか。
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 この問題は、平成16年11月に行われた(社)全日本鍼灸学会関東甲信越支部第23回学術集会での東京都立大学大学院教授の星旦二先生が出された問題である。
 長野県は山や湖・森などの自然に囲まれた地域であるから、水や空気そして土壌も綺麗であり野菜・果物や牛などが食べる草なども汚染されてない、ということが考えられる。しかしそうだとしたら、お隣の岐阜県や山梨・新潟・山形県、そして北海道なども同じような状況と考えられるがそうではない。
 ヒントは新潟大学の安保徹先生ではないが「医療が病をつくる」である。

 図1は長野県の死亡原因を見たものである。確かに肺炎や肺癌も空気が綺麗ということもあるので少ないけれども全国平均から見て最も死亡原因が少ないのは肝臓癌である。この数値は大阪の約1/3にしかならない。それは何故だろうか。
そして、肝臓癌の死亡率を年代別に見てみると30代から60代が他と比較して圧倒的に少ないのである(図2:1990年時の調査)。だから、早世率(65歳未満で死亡する確率)も他県と比較して非常に少ないことが分かっている。そこで、星先生の仮説は
 1、注射による肝炎ウイルス感染率が少ない可能性
 2、母子感染率が少ない
の二つをあげた。すなわち、ディスポーザルの注射針が普及する前は、同じ注射針で予防接種や採血・注射・点滴などをしていたわけであるが、その時代に医療にかかる機会が少ない(=医師の数が少ない=保険医療費が少ない(1人当たりの医療費が長野県は全国で1・2位))と注射による感染が少なくなるのでB型ないしC型の肝炎の感染が少なくなり、ひいては肝臓癌が少なくなるという理屈である。肝臓癌は発症数と死亡数にあまり差がない癌で、発症=ほぼ死亡であり、この点での地域差はないので、発症後の手当てがよい(=医療が優れている)とは言えない。よって医療にかかる機会が少ない県だから長寿になったという理屈である。

 2の「母子感染が少ない」も同様で、50・60代女性の感染率が少ないことから30~40代の感染率が低いという結果になっているということである。
 それ以外にも、当然ながら「きれいな水と空気」、教育県としての「学習・社会環境の整備」、働く高齢者ほど長生きで「高齢者の高い就労率」、「最少医療費」と「住民参画の保健活動」などを挙げている。何れも医療の貢献とは正反対の自主的な健康活動と環境が長寿の重要な要因になっている。
 そして、現在では医師の注射針による感染は全国的にほとんど無くなったことから、長野県の医療過疎地域としての優位性はなくなり、今後は長寿日本一の地位から落ちる可能性が高いということである。

 日本の長寿世界一は、日本の医療水準が高いせいであるという認識が医師の世界はもちろんのこと一般的にも広まっていると思われる。果たして本当にそうなのであろうか。前述したが、結核の発症・死亡はストマイが発見・普及される遥か以前に減少しており、ストマイ以後の減少はそれほど大きくないし、胃癌は胃癌検診をしていない日本以外の国でも日本と同様に減少しているという事実がある。
 1979年に当時のジミーカーター米国大統領が中心となってまとめた「USA Healthy People 1979 健康規定要因」においては、病気になったり健康を維持・回復する要因のうち保健医療の貢献度・役割はたったの10%であるとしている。遺伝の影響は20%、環境の役割・影響も20%で、最も影響が大きいのは日常生活習慣で、その寄与率は50%であるというのである。

 よって、問9の「癌の発症原因に大きく関わるとされる遺伝と生活環境では、遺伝の影響の方が大きい」は間違いということになる。
 前号の問題で問3の「我が国で胃癌による死亡率は減少しているが、これは胃癌検診の成果である」は、我が国だけの統計を見ると正にそういうことが言える。他の検診に比較して 検診をしていない時代の 胃癌による死亡率/胃癌の発症率を分母にして、分子に 胃癌検診を施行している現在の 胃癌による死亡率/胃癌の発症率 の比率(オッズ比)は0.2となり、明らかに胃癌検診の成果であるという見方ができる。しかし、これは同時代においてヨーイドンで比較した結果ではない。前述したように胃癌検診をしていない世界各国で胃癌は年々減少しているのである。星先生をはじめ多くの識者は、これは冷蔵庫の普及により塩分摂取量が減少した結果であるという認識をしている。胃癌のリスクファクターは巷間いわれるヘリコバクターピロリ菌の影響など多くあるが、最も大きいファクターは塩分なのである。

 それでは、胃癌検診の一つであるX線診断(透視・バリウムなど)が関係している問7の「日本における発癌因子の内、X線・CT検査被爆による発癌の比率は先進国でトップである」はどうであろう。これは新聞でも報道されたので、ご存じの方は多いと思われるが、英国で検診量・被爆量・癌の発生率などから推定された研究である。その結果、欧米を中心とした先進国ではX線・CT検査被爆による発癌の比率は多いところでも0.6%程度と推定されるのに対して、日本では3.2%と5倍以上になるという驚くべき結果であったのである。医療が貢献しているどころの騒ぎではなく、正に「医療が病をつくる」である。
 確かに、通常の健康診断に未だに胸のレントゲン検査が行われている。以前結核を患い(病識がない場合も多い)治癒した痕跡が毎年映り、そして毎年要再検査などということが未だにある。そして、レントゲン検査では肺癌の早期発見はできないのであるので、全く無意味な検査であるばかりでなく、肺癌などのリスクを高めているだけである。

 また、腰痛の際にレントゲンを撮ることが多いが、X線検査ではヘルニアは分からないし、圧迫骨折などはわざわざレントゲンを撮らなくても分かるし、もちろん筋肉の状態や血流状態なども分からないので、「何故腰痛患者に対してレントゲン検査をするのか」以前から疑問であった。最近、WHOが腰痛にX線検査をしないように勧告したことで、この理由が分かった。というのは、「患者の満足度を高めるためにレントゲン検査を行っていた」ということで(レントゲン検査をして頂いて、その結果を知ることで安心する)、腰痛患者でレントゲン検査をした群としない群に無作為で分けて数年追跡し、患者の満足度を調べたら全く差がなかったし(むしろしない方が満足度は高かった)、もちろん他の隠れた病気の発見なども共になかったので、その結果被爆の問題だけが残るためにそのような勧告になったわけである。ところが日本ではWHOの勧告があっても現在腰痛に必ずといって良いほどレントゲン検査をしている。点数稼ぎといわれてもしょうがないだろうし、被爆の問題をどう釈明するのであろうか。このような実態であるから英国の研究結果は正しいのではないかと思っているわけである。

 さて、カーター報告で最大の病因とされた生活習慣であるが、生活習慣の中には、食事習慣、運動習慣、酒や煙草などの嗜好、睡眠、職場環境など様々な要因がある。その中で喫煙は、当然かなりの影響があると思われる。問1の「膀胱癌の最大のRF(リスクファクター)は喫煙である」は、肺癌や喉頭癌と喫煙の関係と違い、煙草の煙が膀胱に行かないので一見関係なさそうであるが、体内に入った芳香族アミンなどの発癌物質により膀胱癌が発生すると考えられている。膀胱癌に対する喫煙の相対危険度(非喫煙者の膀胱癌罹患率に対して喫煙者の膀胱癌罹患率の割合)は男女ともに約2~4倍になっていて、現在分かっている範囲で最も大きなリスクファクターである。そして、予防的観点からは当然喫煙の中止はもちろんであるが(喫煙中止してから10年たつと相対危険度は非喫煙者と変わらなくなる)、緑黄色野菜と果物の摂取で相対危険度が減少することが分かっているので、逆に緑黄色野菜や果物の摂取が足らないこともリスクファクタ-になる。

 では、問2の「40・50代の喫煙者を10年間追跡調査したところ、癌や心臓疾患などで死亡率は非喫煙者に比べたった1.6倍であった」はどうであろうか。これは正しいのであるが、「たった」という表現が適切であったかどうかは問題である。このことが新聞で報道された(平成14年2月7日)時の患者さんの反応は「たったそれだけならわざわざ止めることはないな」という反応の人が大多数であった。しかし、この調査は10年間だけの調査である。単純計算すると20年間では1.6倍の自乗の2.6倍になり、30年間では4.1倍、40年間で6.6倍にも達するのである。40・50代の人が50・60代で人生を終わるわけではない。平均寿命が80歳前後あるという時代で40・50代の人は30~40年間生きる(喫煙を続ける)とすれば、喫煙者は非喫煙者に比較して4~6倍死亡率が高いという結果になるのである。だから決して「たった」ではないのである。 つづく

<前号の問題の答え>
1、(○) 2、(○) 3、(×) 7、(○) 9、(×)

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