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症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その9

・・・・キーワード6「リスクファクター-2」・・・・
 今回も、先週に続いて癌のリスクファクターについて考えてみたい。
 まずはじめに頭の体操で一つ問題を出しますのでお考え下さい。
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<問題12>抗酸化物質であるビタミンAの前駆体であるβカロチンは癌の予防には無効である。むしろリスクファクターである可能性がある。これは正しいか?
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 にんじん、ほうれん草、かぼちゃ、ブロッコリー、春菊などの緑黄色野菜にはβカロチンが豊富に存在し健康に欠かせない物質であり、その他緑黄色野菜に多く含まれる植物成分のポリフェノールともども抗酸化作用を有し活性酸素を排除する働きがあるために、癌の発症を予防する効果があるとされている。事実多くの「癌予防のための何ヵ条」にも緑黄色野菜の摂取が頻回に出てくる(資料参照)。
 しかし、その理論的根拠のほとんどはin vitoroの研究(試験管や実験室での研究)や動物実験での成果であり、近年までは人間に対して行われていなかったことが大きな問題である。世の中には発癌性を持つ物質は数多く存在している。しかし、それらのほとんどはin vitoro の研究の結果であり、実際にヒトの発癌に寄与している物質はこの内のごく一部に過ぎない1)。そして、WHOの国際癌研究機関(IARC;International Agency for Research on Cancer)ではヒトに対する発癌性があるという評価では疫学データが必須であるとしているが、制癌制においても同様である。
 βカロチンと癌に関する大規模なRCTは1993年から1999年の間に5つ行われている2)。最初の研究である中国河南省林県の住民約3万人を対象として5年間追求した研究では、βカロチンとビタミンE及びセレン(セレニウム;ビタミンEとほぼ同様の効果がある原子番号34の希少金属類)の組み合わせの投与群の死亡率が、全癌13%、胃癌で21%、脳血管疾患で10%低下したと報告された。この研究成果からは、βカロチンは有効であるように思える。
 1994年フィンランドの男性喫煙者約3万人を対象に行われたATBCスタデイでは5~8年間の追跡調査でβカロチン毎日投与群(+ビタミンE)の肺癌罹患率が18%上昇、虚血精神疾患の死亡率が11%、脳血管疾患死亡率が20%上昇した。1996年約1万8千人の米国での喫煙者・アスベスト暴露者を対象に行われたCARET研究では平均4年間の追跡調査でβカロチン投与群(+レチノール;ビタミンA)の肺癌罹患率が28%上昇したので実験を中止した。
 この2つの研究では、βカロチン単独投与ではないが両方の研究で共に投与されているのでβカロチンないしビタミンAに関連した結果と考えられる。そして、対象者は喫煙者及びアスベスト暴露者という肺癌高リスク者というところが特徴である。
 1996年に行われた米国の約2万2千人の男性医師を対象とした研究ではβカロチンは1日おきに投与され12年間の追跡調査の結果βカロチンには効果も有害性もないという結果になった。また、1999年に行われた約4万人の米国保険職の女性を対象とした研究ではβカロチン、ビタミンE及びアスピリンを1日おきに投与し、医師を対象とした研究とCARETの結果を受けてβカロチンの投与を2年間で中止し、その後2年間の追跡調査をしたけれどもβカロチンの予防効果も害もないことが分かった。

 この二つの研究は、医療職ではあるがハイリスク者もそうでない者も含めた普通の人達を対象としている。そうすると、普通の一般人にはβカロチンは無効・無害で、ハイリスク者には無効・有害という結論になりそうである。しかしだとすると中国河南省の研究は矛盾することになる。一つ考えられることは、欧米諸国の被験者は充分な栄養(その多くは多すぎる栄養)を取っていると考えられ、中国の被験者はむしろ不足気味の栄養であった可能性である。βカロチンはビタミンAが不足している場合にはビタミンAとなり、充足されている時はそのまま排出されるという特徴がある。ビタミンAは脂溶性であるので、過剰に取ると身体に蓄積され、種々の有害作用がある。ウナギやレバーをはじめとして動物性食品の脂肪の中には沢山のビタミンAが含まれているので、βカロチンの摂取で例え多すぎると排出されるといっても、不足時はβカロチンで補い、動物性のビタミンA(レチノール)は蓄積されるために結果的に過剰摂取になっているのではないかと推測するわけである。

<ビタミンC・Eに有効性無し>
 ビタミンCも抗酸化作用があるので制癌作用があると信じられている。しかし、残念なことにβカロチンのような大規模な研究は未だ行われてない。ただ、百数十例であるが、研究の質としてはかなり高い、癌患者を対象にしたビタミンCのRCTが2つあり、共にビタミンCの有効性は否定されている3)。
 それでは同様に抗酸化作用を持つビタミンEはどうか。これもビタミンCと同様に大規模実験は行われてないが、一つだけ前立腺癌のRCTがあり、この実験ではビタミンEの投与でむしろ前癌状態から癌に移行する可能性が示唆されている3)。
<緑茶も有効性無し>
 では、これらビタミン類と同じく抗酸化作用があり、制癌性を持つといわれる緑茶(茶カテキン類)はどうだろうか。培養細胞や動物実験ではその可能性は示唆されてきた。そして、1985年から90年代にかけて8件の胃癌に対する症例対照研究が行われ、5件で有意差があるリスク低下が報告され、2件で有意差がないもののリスク低下を認められたという結果であった2)。しかし、症例対照研究は後ろ向きの研究である。癌になった人とそうで無い人を比べた場合、「緑茶を多く飲まなかったから胃癌になったのか」、「胃癌になったから緑茶を多く飲めなくなった」のか判別できないのである。
 そこで前向きのコホート研究(対照群と試験群を同時にスタートさせて経過観察するが途中で介入をしない研究、何か治療するなどの介入があるとRCTになる)が最近相次いで報告されている。一つはハワイの日系人を対象としたもので、その他は日本での研究である。そして、何れも緑茶の有効性は否定されており、ハワイでの研究では有意差はないもののリスクの上昇傾向があったという結果であった2)。

<タイプCは否定された>
 症例対照研究は過去を振り返って調べるので色々なバイアスがある。最近分かった研究ではタイプCが訂正された。タイプCのCはCancer(癌)であり、「不安傾向が強く神経症的な人は癌になりやすい」ということで、長年そう信じられてきた。しかし、このことを提唱した英国の心理学者アイゼンクと同様の調査票に基づいた前向きのコホート研究が日本(東北大学)で行われた結果、「不安・神経症傾向が強いから癌になる」のではなく、「癌になったから不安・神経症傾向が強くなる」ことが分かったのである。よって、「癌になりやすい性格」はないということである4)。

<抗酸化ビタミンやカテキンは本当に無効か?>
 では、本当にこれらのビタミン類やポリフェノール・カテキン類などは制癌効果はないのであろうか。「癌を予防する何ヵ条」にはこれらの重要性が謳われている。それは嘘なのであろうか。これは次号まで読者諸兄の宿題としたい。
<平成16年11月号での宿題>
 さて、平成16年11月号での宿題を検討したい。

<赤ワインは酒の中でも最も健康に良くない?>
問題4「飲酒は、肝臓癌や膵臓癌のRFであるが心筋梗塞のRFでもある」という問題である。フレンチパラドックスということが言われている。それは、「フランス人は大量に赤ワインを飲むのに心臓死が少ない」というもので、赤ワインブームの火付け役になった事例である。赤ワインには強力な抗酸化物質であるポリフェノールが沢山含まれていて、そのために心筋梗塞にならないということが分かったからである。しかし、赤ワインは肝臓への負担はアルコール飲料の中では最大(肝臓の負担は発酵酒>蒸留酒、色つき>無色などの理由で)であるし、血管拡張作用が強いために、フランス人は肝硬変・肝癌及び片頭痛持ちが非常に多いのも事実である。このことを忘れてはならない。だからこの段階でも酒の種類の中で赤ワインが最も健康によいか(病気になりにくいか)どうかは疑問なのである。
 更に、英国のニューイングランドジャーナルオブメディシン(NIJM)の2003年1月9日号に掲載された男性保健専門職3万8千人を対照として12年間追跡した研究では、週1回未満しかアルコールを摂取しない群と週3回以上摂取する群を比較すると3回以上摂取群の方が心筋梗塞の発症が6割程度に低下したという結果であった。そして、アルコールの種類別の心筋梗塞の発症率をみてみると、非アルコール飲料者を1.0として、ビールで0.57、ウイスキーなどの蒸留酒で0.67、赤ワインは0.64、白ワインは0.74という結果になり、ビールが最も優れているという結果になったが何れも有意差はなく、アルコールの種類は特に関係ないということが分かったのである。先の肝臓病と偏頭痛のことを考慮するとむしろ赤ワインの方が良くないという結果になり、赤ワイン神話は崩れたのである5)。(問題4は×)
 飲酒と癌との関係では、世界癌研究基金(WCRF)による1997年の報告書では、飲酒により発癌リスクが下がる癌はないと結論づけており、口腔・食道・肝臓癌は「確実:convincing」、喉頭・大腸・乳癌では「おそらく確実:probable」に癌リスクを上昇させているとしている。そして最近話題になっているように、乳癌と飲酒の関係は例えワイン1杯程度でも癌リスクを高め、飲酒量に比例して癌リスクが高まるというメタアナリシスが報告され、乳癌では「おそらく確実」から「確実」に移行したものと思われる。
 なお膵臓癌と飲酒の関係は、グレーゾーンであるが、煙草と膵臓癌の関係は明らかな黒なのでアルコールは交絡因子と考えられている。すなわちアルコールを飲むと喫煙量が増えるために、あたかもアルコールと膵臓癌の発症が関係有るように見えるが、実際には喫煙量だけであって、アルコールは無関係、ということである。これは肺癌でも当てはまる。
 なお、最近の遺伝子の研究により、アルコールがアルコール脱水酵素によりアルデヒドに代謝された後、アルデヒド脱水酵素により酢酸(酢)に代謝されるが、この酵素に関係する遺伝子の型にGlu型とSys型があり、両親からGlu型をもらうGlu/Glu型は通常量の飲酒ができるが、片方の親からSys型をもらうGlu/sys型はいわゆる酒が弱くなり、両方からSys型をもらうSys/Sys型はほとんど飲酒することができない状態になます。そして、食道癌では非飲酒者に比べ発症リスクはGLU/GLU型で8倍であったもるのがGlu/Sys型では何と50倍にもなる。Sys/Sys型の人はお酒が飲めないので、癌リスクが発生しませんが、弱いのに無理に飲んでいるとアルコールで癌リスクが高まる癌の発症は非常に高くなるのでこのような人は決して無理をしない方が良いし、決して無理に飲ませないようにする必要がある。弱い人はお酒を勧められた時にこの事実を告げて断りましょう。

<煙草が一番悪い?>
 問題10「癌は生活習慣病であるが、生活習慣の中で最も癌死の原因と考えられているのは喫煙である」
 煙草と癌の関係は、アメリカのハーバード大学のチームが1996年に癌の疫学研究の結果を報告しており、がんの発症原因は煙草が30%、食事が30%、運動不足が5%、遺伝的要因が5%と報告した。
 また、2002年国際癌研究機関(IARC)は、煙草を吸うことで全ての癌が増えることを発表した。これは煙草の発癌機序として、約60種類の発癌物質が主流煙に含まれるが(以前は3000種類といわれていたがそれはあくまでもin vitoro での話しであり疫学的に確認されたのが60種類)、特に強力なベンツピレン、膀胱癌でもいわれた芳香族アミン、ソシテニトロソ化合物などが煙と共に体内に入り、肝臓で代謝されて、細胞内のDNAと化学反応を起こしてDNAダメージを起こすために直接煙が通らない臓器においても発癌要因となるわけである。国立がんセンターの研究では、「もし日本に煙草がなかったら、毎年9万人の癌発症を防げる」としている。
 なお、副流煙も大きな問題となっているが、夫が一日20本以上喫煙する場合には煙草を吸わない妻の発癌率は2倍になることがわかっている6)。そして、更に重要なことは喫煙は心筋梗塞の最大のリスクファクターであり、動脈硬化を促進し、脳血管障害の重要なRFでもあるということである。
 日本の国立がんセンターで日本人26万人を対象とした調査においても、煙草が最大の発癌要因であると報告した。これらの報告から当然の如く、喫煙が発癌の最大の悪玉のようである。しかしながら高脂肪食のよる影響、野菜を食べないことによる影響などの食生活の影響もハーバード大学の研究報告にもあるように煙草と匹敵する。また、後述するが肥満の影響は無視できない、というよりかなり大きい。肥満と食事の関係を考えると食事の方が煙草よりも大きいということも考えられる。そして忘れてはならないのがストレスとウイルス、そして運動である。だから、煙草さえ止めれば癌にならないとは言えないが、今の段階では煙草が一番の悪玉といえそうである。事実、禁煙運動が盛んなアメリカでは癌の発症と癌死は共に減少している。日本では、二次予防(癌検診)を一生懸命行って入るが、癌の発症も癌死も一向に減らない。大事なのは一次予防(癌にならない)ことであって二次予防(癌検診で早期発見)ではない。(問題10は○ないし△)

<次号までの宿題>
 「癌にならないための何ヵ条」には、野菜や果物の摂取を積極的に勧めている。これらの有効主成分であるところの抗酸化ビタミンやカテキンは幾つかのRCTで無効とされた。では野菜や果物を摂ることは意味がないことなのであろうか?

<資料>
1、神戸アドベンチスト病院でのプロテスタントの一派であるセブンスデーアドバンチストの教えにより、「禁煙・菜食・運動」の生活を推奨7)。
2、愛知県癌センター病院における病院疫学研究(1988~2002年度)の癌予防5ヵ条の標語8)
 1)禁煙・節煙は鬼に金棒
 2)節塩料理は健康日本21愛知
 3)緑黄赤の野菜、果物は健康信号
 4)多種類少量を取るバランス感覚
 5)ニコニコ運動30分週2回
3、米国癌研究所の「癌リスクを減らす7ヵ条」7)
 1)植物性のバラエティーに富んだ食事をする
 2)野菜と果物を沢山摂る
 3)健康的体重を維持し、体を動かす
 4)アルコールを控えめにする
 5)脂肪・塩分を控える
 6)安全な食事の準備と保存に気をつける
 7)たばこは吸わない
4がんを防ぐための12ヵ条:国立がんセンター
http://www)ncc)go)jp/jp/ncc-cis/pub/about/010101)html より
 1)バランスのとれた栄養をとる-いろどり豊かな食卓にして-
 2)毎日、変化のある食生活を-ワンパターンではありませんか?-
 3)食べすぎをさけ、脂肪はひかえめに-おいしい物も適量に-
 4)お酒はほどほどに-健康的に楽しみましょう-
 5)たばこは吸わないように-特に、新しく吸いはじめない-
 6)食べものから適量のビタミンと繊維質のものを多くとる-緑黄色野菜をたっぷりと-
 7)塩辛いものは少なめに、あまり熱いものはさましてから-胃や食道をいたわって-
 8)焦げた部分はさける-突然変異を引きおこします-
 9)かびの生えたものに注意-食べる前にチェックして-
 10)日光に当たりすぎない-太陽はいたずら者です-
 11)適度にスポーツをする-いい汗、流しましょう-
 12)体を清潔に-さわやかな気分で-
5、米国癌研究財団・世界癌研究基金の14ヵ条に、禁煙を加えた【がん予防15ヵ条】
 1)食事全般:植物性の食物を優先して摂ること
 2)体重:BMI(体重kg÷身長m÷身長m)の数値を18)5~25の間に維持し、大人になってからの体重を5kg以上は増やさないこと
 3)運動:1日1時間の活発な歩行か、それと同じ程度の運動を毎日行い、毎週少なくとも1時間の激しい運動をすること
 4)野菜と果物:1日当たり400~800gの野菜と果物を摂ること
 5)その他の植物性食品:穀物・豆類・根菜類などを、1日につき600~800g摂ること
 6)アルコール:アルコールは控え目に。男性は1日2杯、女性は1杯で止めること(1杯とは、ビール250 ml(小グラス1杯)・ワイン100ml(グラス1杯)・ウイスキー25 ml)
 7)肉:1日80g以下に。魚・鳥や家畜化されていない動物の肉を選ぶこと
 8)脂肪と油:動物性脂肪を控え、植物性脂肪を適度に摂ること
 9)食塩:成人で1日 6g以下にすること
 10)食品の貯蔵:カビ発生の恐れのある、長期間貯蔵の食品を食べないこと
 11)保存:腐りやすい食品は、冷凍か冷却すること
 12)添加物と残留物:安全基準を強化・確立し、それに則った使用を行うこと
 13)調理:黒焦げした食品を食べないこと
 14)栄養補助食品:上記の予防を守っていれば、摂る必要はない
 15)タバコ:吸わないこと
 
<引用・参考文献>
1)中村好一「予防と疫学研究」EBMジャーナルvol)4 NO.1 2003
2)坪野吉孝「がん予防のためのサプリメントと代替医療に関するエビデンス」EBMジャーナルvol)4 NO.1 2003
3)ウエンディー・ウエイガー著 坪野吉孝訳「がんの代替医療」法研 2004
4)坪野吉孝「ワールドレビュー7」メディカル朝日 第32巻7号 2003
5)坪野吉孝「ワールドレビュー4」メディカル朝日 第32巻4号 2003
6)生田 哲「遺伝子と病気のしくみ」日本実業出版社 2004
7)水間美宏「がん予防の食事:肉や魚を避け卵乳菜食」日経メディカル2003年 12月号
8)田島和雄監修「がん予防の最前線-上」昭和堂 2004

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