症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その12

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その12
・・・・キーワード7「触診上での悪性疾患の鑑別法-2」・・・・

東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 先月に続いて、触診上での悪性疾患の鑑別法について勉強したい。
まず先月の宿題から考える。
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<先月の宿題>
<症例22> 女性 62歳 主婦 156cm 58kg変動無し 喫煙無し 飲酒時々
 最近気が付いたのであるが、左の鼠径部に変なぐりぐりがある。いつ頃からできたのかはわからない。圧痛・自発痛・熱感はない。熱もないし風邪症状などもない。いつもの膝の痛みや肩凝り以外に足の痛みなどの特別な症状は何もない。
 触診すると、固いけれども弾力があり、ゴツゴツはしていない。動かしてみると癒着はないようで可動性がある。
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 先月号で、癌の触診では、先月号の図1にあるように1、石のように硬い 2、境界がはっきりしている 3、可動制限がある 4、表面が不規則(ゴツゴツ)の4項目が疑診基準である。とするとこの症例では、ゴツゴツしてなく、動かしてみると癒着ガ無く可動性があるということで、たとえ固くとも弾力がないこともあり、疑診基準からはみ出しているようである。ただし、比較的最近(いつからか分からないということで)に発症していること、痛み熱感などの炎症症状がないこと等で腫瘍が疑われる。これだけだと、良性のリンパ腺腫の可能性が高いということになる。しかし、「圧痛がなく、やや弾力があって硬い大きなリンパ節の塊りを触れた場合には悪性リンパ腫の診断は間違いない」1)と東京大学医学部第3内科教授(当時)の高久史麿氏は述べている。東京慈恵医科大学第3内科の倉石安庸教授は腫大リンパ節の性状について表1のように分類している1)。

表1.腫大リンパ節の特徴1)(倉石安庸)
 非対称性腫大、軟らかい、圧痛(+)、可動性(+)⇒ 急性感染症
均一な腫大、弾性硬、圧痛(-)、可動性(+)⇒ 悪性リンパ腫
凸凹不整、硬い、可動性(-)⇒ 癌の転移

<原発性のリンパ腫と転移リンパ腫は違う>
 すなわち、原発性の悪性リンパ腫の場合には大きいけれども均一であり、硬いけれども石のようではなくゴムのように弾力があり、そして可動性があるということでリンパ節への転移癌とは全くその様相が違うことを考慮しなければならない。よって、この症例は比較的最近の発症、痛みなどの炎症所見がないことも併せて、限りなく悪性の疑いがある症例である。それまで私自身、リンパ節の腫瘍は転移癌しか触ったことがなく、この症例はそれらとは全く違うので危うく見逃すところであった。
ただ、最近の発症が気になったことと、「原発性のリンパ節腫は転移癌とは違う」という記述を読んだことを覚えていたので、2・3回目の診察時ではあるが、そのことを告げることができて、なんとか見逃さないですんだ症例である。
 そうすると前回の<症例21>の79歳の女性は「硬いこと、表面がゴツゴツしていること、引っ張ると癒着があること、圧痛がないこと」で癌転移である可能性が高いが、原発はなんであるかは不明である。
<ローマの休日>
 他に、触診上の鑑別法について面白い覚え方があったので表2に紹介しますが、ちょっと無理があるかも知れません2)し、あのオードリー・ヘップバーン主演の名画「ローマの休日」を知らない世代にはもっと無理かもしれません。

 表2.ロー(Lo)マ(M)の(No)休(Q)日(S&S)で(De)す
  ○Location(部位):乳房やリンパ節などの腫瘍が出現し易い部位を知ること
  ○Mobility(皮膚固定の有無、及び胸筋固定の有無):可動性、癒着の有無
  ○Nodularity(表面の性状):整(良性)、不整(癌)
  ○Quality(硬度):Soft(良性)、弾性硬:elastic firm(良性)、stony hard(癌)
  ○Size & Shape(大きさと形):腫瘤の最大径とそれに直角方向で交わる径をcmで記載する。形は:卵形(良性)、不整形(癌)
  ○Demarcation(境界):明瞭(良性)、不明瞭(癌)
           [明石定子(国立癌センター中央病院)執筆を改編]

 ただ明石先生の鑑別法であると、境界が明瞭なのは良性で、不明瞭なのは癌ということになっていて、前回の図1と矛盾する。一般的に癌は上皮性であるので外側が増殖するために境界がはっきりするし、非上皮性の実質が肥大するような場合には外側でなく内側が大きくなるので境界が定かでないことが多い。明石先生は乳癌の専門医であるので乳癌の場合にはその様なことがいえるのであろう。なお、明石先生は遭遇しやすい乳房腫瘤の特徴を表3のように表し、その中で境界明瞭なのは、嚢胞と線維腺腫で、不明瞭なのは乳癌と乳腺症としている。

表3.遭遇しやすい乳房腫瘤とその特徴2)(明石定子 を一部改編)
1、乳腺症
 年 齢:30~40代に多い
 痛 み:伴うことが多い
 形 状:3次元的に腫瘤として触れにくい
 境 界:不明瞭
 可動性:周囲乳腺と共に動く
 硬 さ:硬い
2、嚢 胞
 年 齢:30~50代に多い
 痛 み:月経前に伴うことがある
 形 状:円形
 境 界:明瞭
 可動性:良く動く
 硬 さ:軟らかい
3、繊維腺腫
 年 齢:15~25歳に多い
 痛 み:ない
 形 状:円形、楕円形、分葉状のこともある
 境 界:明瞭
 可動性:くりくりと良く動く
 硬 さ:消しゴム様
4、乳 癌
 年 齢:20代から40~50歳代前後が好発年齢
 痛 み:ない
 形 状:不整形
 境 界:不明瞭
 可動性:大きくなると皮膚や胸筋への固定が出てくる
 硬 さ:硬い

 いずれにしても癌の種類・部位により癌の性状が違うので、簡単に触診だけで確実な診断ができないことは論を待たない。私達鍼灸師が行うのはあくまでも疑診であることを再確認したい。
 ただ、昨今の医師は触診をあまり行わないか、行っても重視せずすぐに画像診断及び生検に委ねる傾向があり、いわゆる成書にも触診に関しては簡単な記載しかない。簡単にいえば、「いつもないぐりぐりがあったらすぐに検査しろ」というわけである。
 鍼灸師が行うことはないと思うが、前立腺の直腸診での触診上の疑診基準があったので紹介する。

<参考>前立腺の直腸診での悪性の疑い1)千葉大学泌尿器科教授 島崎淳
 栗の実以上の大きさ、左右の不対称、硬度の増加特に部分的硬結がある場合

<腹部臓器腫瘍の触診>
 さて、一般的な癌好発部位で我々が触診できる部位としては甲状腺、リンパ節、乳房などがあるが、腹部の内臓はどうであろうか。
 腹部の異常腫瘤としては有名な6F(fat 肥満 fluid 腹水 flatus 鼓腸 feces 宿便 fetus 胎児+fatal growth 腫瘤)がある3)。この内の固体である後の3つのfの鑑別であるが、便秘はせいぜい下行結腸からS字結腸移行部で第二腹結(秘結:左上前腸骨稜の前内縁中央から右方へ3㎝くらい)で触知できるので、排便の回数・頻度などを聞くことによって推察できる。胎児は下腹部になるが、妊娠可能年齢・心当たりの有無・生理の状態を聞くことによって推察できる。
 さて、問題の腫瘤であるが、肺・食道は胸骨・肋骨があり触診不可、胃癌はスキルス、浸潤型、ポリープ型など色々あるが、腹筋を介して触れるレベルはかなり進行している状態で問題外。小腸での癌発症は極く希れである。大腸での癌の発症は、約50%が直腸で、S字結腸は20%であるが何れも腹部からの触治は困難で、10%の回盲部とその他の20%の計約30%が触治可能である4)。ただ、大腸癌においては腹部からの触知が可能なレベルまで大きくなった場合には下血がほぼ必発なので、その面からの推測が可能である。参考までに東京地方会での大腸癌疑診基準を下記に紹介する4)。

 表4.(社)全日本鍼灸学会東京地方会学術部大腸癌疑診基準
○ 比較的最近に始まり、次第に増悪する便秘
○ 血便を伴う便秘、軟便の便秘で比較的細い便
○ 貧血・体重減少を伴う便秘
○ 腹部に異常な腫瘤を触れる便秘

 また、肝臓は一部しか触知できないし(肝肥大の触診はできても腫瘤の触診は難しい)、子宮や卵巣なども深いところにあるために進行してかなり大きくならないと触知はできないし、当然不正出血などの諸症状がその前に起きているために触診する以前にその面から推察できる。膵臓は腎臓は後腹部なので触知は難しい(腎は痩せた人ならば少しは可能)。胆嚢や胆管の癌は1%の発症があり決して希ではないがそれぞれ膵臓と同じレベルの深さにあるし、総胆管は十二指腸の裏側を通るので、触知は簡単ではない。胆管癌の初発症状の多くは<症例6>のように黄疸であり、それまではほとんど無症状で気がつかない。膀胱もかなり深くにあり、中極あたりに50mm鍼を直刺しても膀胱壁にあたるかどうかということなので、膀胱癌の触知はかなり難しい。
 このように実際問題として、臓器の触診は腹筋や腹膜などを通しての触診なので、患者が自身で疑いを持つような症状がないレベルでの癌の触知は難しいといわざるを得ない。触知できる場合にはかなり進行している場合が多く、通常は「手遅れ」である。その場合には、それ故に鍼灸治療の適応と考えるが、その様な患者を西洋医学に委ねないで鍼灸治療単独で行うのはかなり難しい。とりあえず診断をしていただくというのが筋であろうし、そうでないと患者も納得しないであろう。しかし、その場合には抗癌剤・放射線などの治療を拒否することができる人はほんの一握りである。
<次号までの宿題>
 読者諸兄の頭の体操のために次号までに問題を出しますので、ご検討下さい。
<症例23> 男性 46歳 173cm 75kg 会社員 体重変動無し
3・4年前から徐々に腰痛が発症するようになり、その度に近所でマッサージと簡単な鍼治療で治っていたが、今回は毎日1週間治療したいけれども全然良くならないし、10日程後に転勤で引っ越しをしなければならないこともあり、ちゃんとした鍼治療できちんと治そうと思って来院した。4回ほど治療したが痛みはほとんど変わらない状態で転居したので、学会の名簿から転居先近くの鍼灸院を紹介した。
<症例24> 女性 53歳 168cm 56kg 主婦 体重は若干減少気味(25年前の症例)
 病院において子宮体癌と診断され、骨転移によると思われる重症の腰痛で2人に抱えられて来院した。初診の鍼治療で痛みはほぼ消失し、帰りはお辞儀をして一人で歩いて帰宅するほど改善した。その後2回治療し、腰痛はほぼ完治した。痛みの緩和とQOLの維持などを目的とした鍼灸治療の継続を勧めたが、夫と父親が医師で、鍼治療で著効するならば、癌は誤診ではないかと考え、再び検査入院した。

1)高久史麿監修「癌のプライマリ・ケア」日本医師会雑誌臨時増刊Vol.100 No.10 1988
2)倉本秋編「身体診察と基本手技」メディカルビュー社 2005
3)『愁訴からのアプローチ:腹痛』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌 巻 号
4)『愁訴からのアプローチ:便秘』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌 巻 号

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