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症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その13

・・・・キーワード8「経過観察での悪性疾患の鑑別法-1」・・・・
 今回は、経過観察での悪性疾患の鑑別法について勉強したい。
 今まで悪性疾患は初診時の問診・触診などでかなり疑診することが可能であることを示してきた。しかし、そうはいっても初診時に悪性疾患を見逃すことは当然あり得るし、それは開業医師や病院においても同様である。
<病医院においても見逃しは多い>
 <症例1>を一部再掲するが、この症例1は、このシリーズの第1回目にも掲載したように、望診状悪性疾患を疑ったが、1回目の治療経過が非常に良かったこと、そして2診目以降の経過観察で更に悪性の疑いが強まったが、どの科の専門医に紹介して良いか迷ったこともあり1ヶ月4回の治療で専門医への転医を勧めること無しに、来院しなくなったのである。そして、3ヶ月ほど経った11月の半ばに、この患者を紹介してくれた友人から電話があり、「この藪医者」と一喝されたのであった。この患者は9月に某大学病院の内科に入院したが、「慢性胃炎」の診断で2ヶ月の入院加療で悪化したので、自ら順天堂大学病院に転院したところ「膵臓癌の末期」で余命2・3ヶ月という診断で、次の年の2月中旬に亡くなった、という患者である。
 この症例では、近所の開業医でも、某大学病院でも悪性疾患を見逃している1)。
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<症例1>(1)より一部再掲)
年齢:45才(男) 職業:会社員(経理部長) 170㎝ 70㎏
主  訴:背部痛(Th5~Th11の脊柱起立筋部、膀胱経第1線)
発症日時:1年位前より
発症原因:不明(徐々に痛くなってきた)
経  過:少しずつ悪化している様な気がする
治 療 歴:内科(近所の開業医)、マッサージ
診 断 名:内科では問題はなく、ストレスと過労が原因という診断
治療経過:鎮痛剤とビタミン剤が出たが服用せず。マッサージ後は少し良い持続しない
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 その他、肋骨の痛みが、転移癌によるもので原発不明であった<症例2>も癌研究会付属病院で3度目の精査でやっとわかったものであったし2)、RAで長年通っていた大学病院の整形外科で体重減少の原因を見逃された卵巣癌の<症例9>3)、<症例10>は、肺癌をずうっと見逃されたまま骨転移の腰痛で病院の整形外科に入院していた事例であるし3)、直腸癌を見逃された<症例14>4)、SVCの誤診例である<症例15>4)、下血で直腸癌を痔と誤診された<症例16>4)、肺癌による嗄声を耳鼻咽喉科で見逃された<症例18>5)など、今回のシリーズで提供した症例だけでもかなりになる。種々の検査設備を持った病院でさえも見逃すのであるから、開業医はもちろんのことである。
<鍼灸師でも病医院に負けないだけの疑診能力は付けることができる>
 癌の初期は見逃すのは当然としても、今まであげた症例は検査手段を持たない鍼灸師でさえも見つけることができたレベルであり、中期以降ないし末期に近い患者ばかりであるが、それでも病医院で見逃されてきたのである。一般的には検査手段を持たない鍼灸師は、病医院以上に見逃すのはやむを得ないことである。
 しかし、鍼灸師は総合診療科でもあることで、全身状態を診ること、問診を充分に行うこと、普段の臨床で磨き上げた触診・望診能力などで病医院に負けないだけの発見能力を付けることは決して不可能ではない、ということをこのシリーズで強調したいのである。
<経過観察での判断>
 さて、初診で見逃したからといってそれですべてが終わるわけではない。次には治療経過を子細に判断することで悪性疾患の疑診は可能である。
 まず、先月の宿題を考えてみるために症例を再掲する。
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<先月の宿題>
<症例23> 男性 46歳 173cm 75kg 会社員 体重変動無し
3・4年前から徐々に腰痛が発症するようになり、その度に近所でマッサージと簡単な鍼治療で治っていたが、今回は毎日1週間治療したいけれども全然良くならないし、10日程後に転勤で引っ越しをしなければならないこともあり、ちゃんとした鍼治療できちんと治そうと思って来院した。4回ほど治療したが痛みはほとんど変わらない状態で転居したので、学会の名簿から転居先近くの鍼灸院を紹介した。
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 この症例は、もう20年ほど前になるが、私の見事な失敗例で忘れられない症例である。この時はそれまでかかっていた鍼灸院は下手だったから治らなかったのだろうと高慢ちきに決めつけてしまい、SLRなどの理学検査においても特別な徴候はなかったことで、簡単な腰痛と勝手に思い込み漫然と治療を繰り返した症例で、10日ほどで転勤したので記憶から無くなりかけてきたときに、紹介状の鍼灸院から返信が届いたのであった6)。
「前略、先日ご紹介戴きましたY・S様についてご報告申し上げます。腰痛症ということでご紹介を受けましたが、4度治療した結果症状が改善せず、懇意の整形外科で診て戴いたところ、馬尾神経腫瘍が発見されました。早速Opを行い、現在は順調に回復しており、1~2週に1度くらい体調の調整に鍼灸治療を行っております。念のためご報告申し上げます。今後ともご指導のほど宜しくお願い申し上げます。」
 この返信を戴いた時には、正に痛恨の極みで己の浅薄さを恥じたものである。しかし、それまででも当初治りが悪くとも結果としては治癒した症例は数多くあり、その判断は簡単でないと思われた。このことが後述する『治療経過での判断基準』作成の動機にもなったのである。
<良性腫瘍は治りにくい>
 馬尾神経腫瘍は良性腫瘍である。皮膚表面にある良性腫瘍のいぼ(疣贅)や魚の目(鶏眼)は灸で焼き切ることができるが、馬尾神経腫瘍はそうはいかない。良性腫瘍の「良性」の意味は、「進行が遅い」と「転移しない」であるが、その他に「身体が敵と認識しない」という意味もあるのではないだろうか。悪性腫瘍の場合には身体が腫瘍を敵と認識し戦いが起こり、その結果として炎症症状・免疫抵抗力の増進・発熱(微熱)など様々な症状が起こる。しかし、良性腫瘍の場合には、そのようなことが起きることはあまり無いように思われる。もちろん大きくなって、他の組織を圧迫すれば、圧迫による痛みなどの症状は発現するがだからといって、腫瘍そのものを叩くという行為はなされてないように思われる。 椎間板ヘルニアにおいても、大きく脱出した椎間板は栄養が行き渡らなくなり、そのために新陳代謝が行われなくなって、組織が変成をする。そうするとその突出した変成椎間板を異物と認識して貪食細胞などによって駆逐される、というのが有力な治癒機転であるが、大きく脱出しない椎間板に対してはその治癒機転が働かないので炎症反応も起きず(MRでも見つけにくくなる)、いつまで経っても治らないのである。
 悪性腫瘍ならば、身体の自然治癒システムが働き、それを支援するということで鍼灸治療で治すことも可能である(可能性があるという意味であり必ず治せるという意味ではない)が、自然治癒システムがほとんど働かない良性腫瘍では、鍼灸治療はほぼ無効であると考える。
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<症例24> 女性 53歳 168cm 56kg 主婦 体重は若干減少気味(25年前の症例)
 病院において子宮体癌と診断され、骨転移によると思われる重症の腰痛で2人に抱えられて来院した。初診の鍼治療で痛みはほぼ消失し、帰りはお辞儀をして一人で歩いて帰宅するほど改善した。その後2回治療し、腰痛はほぼ完治した。痛みの緩和とQOLの維持などを目的とした鍼灸治療の継続を勧めたが、夫と父親が医師で、鍼治療で著効するならば、癌は誤診ではないかと考え、再び検査入院した。
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<癌はないという診断はなく、癌であるという診断の誤診は少ない>
 一般的に「癌はない」という診断を医師が下すことはない。「癌は見つからなかった」とか「今回の検査では異常なし」というような表現であると思われる。それは、検診で「異常なし」ということであっても癌の発症、ないし進行癌が見つかることも皆無でないからである。しかし、「癌である」という診断は生検した結果での診断であるから、診断間違いや近藤誠氏がその著書「患者よがんと闘うな」で述べているような日本の生検の判断は「欧米では癌でないものを日本では癌としている」という問題はあるにしても7)、一般的には誤りは少ないと考えるべきであろう。そして、多くの識者や新聞報道された英国医師会での「日本の癌発症の3.2%は、X腺の被爆によるもの」という発表などで指摘されているように検診そのものが被検者に肉体的・精神的負担をかけることは論を待たないであろう。問題はその程度に対する認識の差だけである。担当の医師は、検査結果が出ることが重要と考えるだろうから、被検者の負担はやむを得ないと考えるだろうし、当然竿の負担を過小評価するであろう。癌であろうとなかろうと、とりあえず症状を改善することを重視する立場では、検査結果が出ることよりも被検者の負担の方をより重要と考えるであろう。
 本症例は、再び再検査のために入院した結果みるみる悪化し、ほぼ2週間で死亡した。正に「病院で殺された」である。1人で通院できる状態までに回復したのであるから、「治せる」とはいわないけれども、延命になったと確信できるし、少なくとも2週間で亡くなるような状態ではなかった。誠に残念であり、私の言うことは全く聞いてもらえず、「鍼灸師は無力」であることを思い知らされた。

<次号までの宿題>
 読者諸兄の頭の体操のために次号までに問題を出しますので、ご検討下さい。
<症例25> 男性 72歳 167cm 68kg 会社社長 体重変動無し
 若い時より毎年のようにしばしば腰痛を繰り返し、その度に当院で鍼灸治療を行って治していた患者が、社員2人に抱えられて数ヶ月ぶりに来院した。会議終了後立ち上がる時にぎっくり腰を起こしたという。SLR右∠45°右腰に激痛、左∠60°右腰が痛む 両下肢伸展挙上テスト(双SLR)陽性、ADLは全てが(+:動作はできるが痛みのために不十分)か(++:痛みのために動作がほとんどできない)などという急性腰痛であればよく見られる所見であり、触診上も特別なことはなく、発症機転からもいつも通りの腰痛と判断して治療にあたった。しかし、毎日のように這って来院するような状態で一向に改善の気配がなかった。その状態が2週間以上続き、3週間目に入った日に急変し‥‥
<症例26> 男性 65歳 165cm 65kg 会社員 体重変動無し
 咽にできものができて、手術をした結果悪性でなく良性であったが、何となく咽が不快で痛みがあり、その治療と体調を回復するという目的で来院した患者がいた。しかし、咽を見ると放射線治療の痕跡があり、患者に問うと「念のために放射線治療を行い、術後の調子を整えるためという説明があった薬を服薬している」ということであった。良性腫瘍に放射線治療や抗癌剤と考えられる無印の薬を服用するはずがなく、これは告知されていない癌患者であり、それも取り切れてないか再発・転移の虞(おそれ)が大きい症例であると判断した。患者の目的はともあれ、取り切れてないか再発・転移の虞が大きい患者では、鍼灸治療を継続しても何れ悪化する可能性が高いので、その場合に鍼灸治療は無効と患者が考えると困るので、その場合には告知されているはずの家族の応援が必要、と判断して奥様に電話した。そして、実際の病状・医師から言われている予後状態・鍼灸治療の真の目的などを訪ねねたところ、家族は誰も癌とは知らなくて、「申し訳ございません、こちらの間違いでした」と丁重に誤って電話を切ったところ‥‥ つづく

<引用文献>
1)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その1」 医道の日本誌 巻6号 2004
2)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その2」 医道の日本誌 巻7号 2004
3)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その4」 医道の日本誌 巻9号 2004
4)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その6」 医道の日本誌 巻11号 2004
5)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その7」 医道の日本誌 巻12号 2004
6)小川卓良編・著「鍼灸師のためのハンドブック」『紹介状の書き方』p172 医道の日本社 2004
7)近藤 誠「患者よ、がんと闘うな」文藝春秋 1996

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