顧問執筆・講演録

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その21

・・・・キーワード10「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-5」・・・・
 4回前からは悪性疾患の可能性が高い患者を目の前にした時の鍼灸師の対応について考えていて、今回はその5である。まず前回の宿題から考えたい。
<前号での宿題>
<症例42> 女性 51歳 中肉中背 鍼灸師
 乳癌摘出手術をした後、肺に複数転移した癌があることがわかり、放射線治療と抗癌剤を開始した。しかし食欲不振、嘔気・嘔吐、体重減少等様々な副作用により体調が悪化したために、知り合いの鍼灸師に相談したところ、鍼灸治療で癌が治る可能性を示唆する研究が出ているから、抗癌剤と放射線治療を止めて鍼灸治療だけにしたらどうだと言われ、主治医には猛反対されたが、抗癌剤と放射線の治療は止めて病院では検査だけにして、鍼灸治療に全て委ねることにした。元々信仰心が厚く、くよくよしない性格であるが、喫煙を止めることはできない。開業していることもあって、週1回の鍼と灸の併療治療を受けることになった。・・・・・・問題はこの患者がどうなったかである。
<灸の免疫亢進作用>
 ここで出てきた、「鍼灸治療で癌が治る可能性を示唆する研究」は関西鍼灸大学(当時は短期大学)の木村通郎教授を中心とするグループの研究である1)-4)。この研究の概略はその11でも述べたが、透熱灸をすえた直下の真皮内に高内皮細静脈が形成され、ICAM1などの接着因子が発現し、リンパ球、NK細胞やマクロファージなどが集まり局所免疫活性が上昇する、ということである。もちろん、免疫活性は局所にかかわらず全身性に発現するということで、灸による免疫能亢進を裏付ける基礎的研究である。
 古来より、灸による健康維持・増進はいわれており、長寿日本一になって亡くなった原志免太郎先生は「灸博士」をいわれ灸の研究により医学博士を取得され、ご自身自ら生涯足三里の灸をすえられていたというお話である。
 木村教授らのグループの研究はマウスを使った動物実験であり、その対象は人間ではないし、ましてや癌患者でもない。
<癌に対する鍼灸治療の経験:癌が消失した>
 本シリーズその11で器質化肺炎を胸椎の圧迫骨折を伴った<症例21>では、頸部リンパ節の悪性リンパ腫に対して、直上の皮膚に多数の米粒大透熱灸(約100から200壮)をすえたところ、腫瘍は触診上では直径で半分以下(立体・重量で考えると8分の一以下)まで縮小したことを述べた。
 また、鍼灸師でもあり突然黄疸が発症した<症例6>5)も抗癌剤や放射線治療は一切行わず、弟子の方々と私のスタッフとでチームを組んで交代で鍼灸治療を行ったところ、当初「腫瘍が大きすぎて手術はできない」というレベルであった癌が、2ヶ月ほどの治療で「手術ができるレベルまで縮小」したのであったと本シリーズその11で報告した。
 順序が逆になったが、症例6や症例21の前に灸による治療効果を確認したのはこの症例42である。通常の鍼治療(当院では脉診による経絡の虚に対する補法と全身調整+症状への治療を行う)を行って、X­p写真を見ながらこの辺に癌があるという部位に灸治療を週1回の頻度で行ったのである。その他の治療は一切していないが、診察(検査)に行く毎に癌は縮小し、ついには全く消失してしまったのである。
 この症例については、症例6と症例21を併せて「癌との戦いに行った2症例+α」というテーマで2001年11月25日に行われた関東甲信越支部学術集会の特別研究として発表させていただいた6)。そこで、確実な証拠が欲しいのでMRIのコピー画像を主治医にお願いしたのであるが、主治医から断られてしまった。その理由は「癌が鍼灸治療で治るはずはないので、癌が肺へ転移したという診断は誤診であった。だから誤診の画像はお出しできない」ということである。完全に消失したMRI画像はいただいたが、治療前の画像がなければ何にも成らない。種々の検査をして癌転移の確定診断を下し、抗癌剤・放射線治療を行って患者を副作用で苦しめてきた大学病院の医師の言葉である。そして、抗癌剤や放射線治療を止めて鍼灸治療を行う時に激怒した医師の言葉である。ここで多分「又」鍼灸治療で癌を治した確実な証拠は葬られてしまったのである。事実を事実と受け止めることができなく、「鍼灸治療で癌が治るはずがない」という先入観・個人的見解で判断するという科学者として誠にあるまじき行為である。この医師は恥を知るべきである。
 この学術集会が行われた後日にあるパーティ会場において、大学病院において鍼灸治療の臨床と研究をしている著名な鍼灸師から「この前の関東甲信越学術集会で癌を治したと発表した奴がいたんだって」ということをいわれ、「そうだよ、それは私だよ」といったら「小川もついにオカルトになったのか」というような顔をされて厭きられてしまった。しかし、この鍼灸師の反応は鍼灸師としてごく当然の反応である。私もこの症例を経験するまでは、多分同じ反応をしたと思う。症例42は元同僚であり、転移癌ということから治癒を考えずに少しでも延命して、QOLを高めたり症状を緩和したいという想いだけで「何年持たすことができるかな」というのが治療を開始した当時の正直な気持ちであった。
それが治ったのであるから、本人はもとより我々もびっくりである。ここでクリティカルシンキング(批判的吟味)をしてみる。果たして鍼灸治療で治ったのであろうか。宿題の症例のところで書いたようにこの患者は「元々信仰心が厚く、くよくよしない性格である」と書いた。
<心の影響>
 平成16年6月に千葉で行われた第53回(社)全日本鍼灸学会での「癌と鍼灸」シンポジウムでシンポジストの浜松医科大学講師の永田勝太郎氏は「癌治療における病因追求論と健康創生論」というテーマで講演し、肺癌の74歳男性患者が手術を拒否して鍼治療と補剤としての漢方方剤で84歳まで生き抜いた症例を報告した。この間癌は消失しなかったが進行は停止した状態であった(共存関係)のである意味天寿を全うしたといっても良いということである。永田氏によればこの患者は、生きる意味を充分に認識し、独特の死生観を有していて癌の発症が分かっても精神的にとてもしっかりしていたということで、鍼灸・漢方との連携でこのような結果になったのではないかと考察している7)。また永田氏は、シンポが行われた前年の平成15年11月に行われた(社)全日本鍼灸学会関東甲信越支部学術集会で「癌の自然退縮と鍼」というテーマで講演し、83歳で余命3ヶ月と宣告された手術不可・化学療法不可の末期癌患者が、旅行に行って、自然と人間の素晴らしさを体験し(至高体験)、新しい命への気づきから、頑固ばあさんが素直でしたたかな実存的転換を果たして、癌の自然体縮及び高いQOLでこの後8年半も生き続けた症例を報告した8)。実存的転換というのは、生きていることの意味の気づき、一人ではなく家族とともに生きて生かされていることの気づき、生き甲斐の発見などを意味しているものと思われる。氏はこの講演で実存的転換を果たし得た患者群とそうでない群での比較をして、生存年数、QOL、ストレス度を測定する尿中17­KS­S(S)と尿中17­OHCS(OH)及びS/OH比を測定し、全て実存的変換をなしえた群が有意に良い結果になっていることも報告した。これらの症例は全て補剤としての漢方薬やサプリメント及び鍼灸や神経ブロックなどの治療を行っているということである8)。
 また、やはり(社)全日本鍼灸学会千葉大会において特別講演を行った筑波大学名誉教授の村上和雄氏は「笑いと免疫」をテーマにして講演し、人間は遺伝子の運び人では決して無く、人間は生き方によって遺伝子を自ら換えていくことが可能であるとのべ、明るく笑いや笑顔にあふれる生活を送ることによって遺伝子が変換し食後血糖値上昇の著しい抑制や免疫力が向上することを吉本興業との協同研究で明らかになったことを講演した。古来より「笑う門には福来たる」というが、「笑っている家は福が来た」ではなく、「明るく生きている人たちは幸福になる」ということで、正にこれを証明したということである9)。
 さて、<症例42>は「元々信仰心が厚く、くよくよしない性格」である。「信仰心が厚い」ということは「死への不安が少ない」ことであり、「くよくよしない」ということは「後ろ向きでなく前向きである」ということで、「癌になった自分を悔やんだり、死への恐怖におののいているのではなく、精一杯楽しんで生きて、もし癌で死んでも死後の世界に期待しよう」という気持ちがうかがえる。
 TypeCという概念がある。このCはCancerのCで癌になりやすい性格という意味である。元々心筋梗塞になりやすい性格のことをTypeAといいAaggressiveやActiveなどのAに通じていて、活動的で向上心が強い性格の持ち主は心筋梗塞になりやすいという意味である。TypeCはそうではなく、いつも不安感を持っていたり、くよくよしたり悔やみやねたみなどを内に秘めているような比較的暗い性格の人は癌になりやすいということである。ただし、このTaypeCの研究は後ろ向きの研究で(癌になった人とそうでない人の性格を比べた研究)あったが、2003年に東北大学大学院医学系の坪野吉孝助教授らの前向きの研究(事前に性格を調べておいて幾つかの群に分け、それらの人がその後に癌になった割合を比較した研究)ではTypeCは否定され、癌になりやすい性格は特にないということである10)。すなわちTypeCは癌になったから不安になったりクヨクヨしたりするということであったのである。後ろ向きの研究は常にこのような問題を抱えているのでエビデンスの質は低いとされている。
 このように、病気に対する心の影響は大きく、「癌も心身症」という言葉も決して的はずれではない。よって、<症例42>の「信仰心が厚く、くよくよしない性格」はプラスに働いたことは間違いはないと思える。しかし、「心の影響によって癌が治ったのであって、鍼灸治療の貢献は少ない」とは如何にCritical(批判的)に考えてもいえないであろう。何故ならば、そうであるならば第一癌を発症することもないだろう、ことは容易に考えられるし、癌治療の過程で効果が現れていても不思議ではないからである。この症例が好転したのはあくまでも鍼灸治療を開始してからであるので、鍼灸治療+心の影響が良い結果をもたらしたと考えている。しかし、肺癌になっても煙草を止めないという患者も世界広しといえども少ないだろうし、逆にそのような性格だから良かったのかもしれない。
さて、心の問題であるが症例6においてもこの症例42の経験から信仰についてお話ししたところご本人が般若心経の写経をなさったわけであるが、この影響は大きいと思える。ただ、症例21は告知されてないためそのようなお話しはできなかったのであるが、ご家族からは頚のぐりぐり(悪性と診断されていて家族は知っている)が心配でしょうがないようだ、というお話は伺っていた。症例21はあくまでも鍼灸治療によって癌が縮小したのが自分でも触って分かるとともに器質化肺炎や圧迫骨折の症状が好転したことなどから、気分的に明るくなっていったのであって、心⇒身体ではなく、身体⇒心⇒身体という経過をたどったと考えられる。正に心身相関である。
 また、鍼灸治療によって症例6と症例21の癌が縮小したのに、1~2ヶ月の休止期間をおいたために治療を再開した時は効果的でなかったことを本シリーズ11で述べた。このときはその理由として「抗癌剤などと同様に多分癌細胞が灸の攻撃から守る方法を体得してしまうのではないか」と想像したのであるが、それだけではなく、二度目が効かなかったのは「せっかく小さくなったのに残念だ・悔しい」とか「病院や自分の境遇などへの不満や不信」、「また小さくなるのであろうか、という不安」等というような心理的影響もあったのではないかとも考えられる。
<鍼灸治療とPNI>
 本シリーズその15でPNI(Psycho-Neuro-Immunology:精神神経免疫学)のことを少し述べた。図1に図を再掲する。この図1の中に今述べたことが幾つか書かれている。PNIは心と自律神経と免疫系は密接に関わっているという学説であり、本稿で述べていることは全てこの学説を裏付けている。この図の中で逆制止理論とは、行動療法でいわれている理論で、心理的不安と身体的な弛緩(筋弛緩)とは拮抗すると考えられていて、弛緩状態では不安は生じないという理論である。このことを応用した心理療法に筋弛緩法(JacobsonーWolpeの筋弛緩訓練法)がある。これと同様に鍼灸治療によって筋緊張を取ることは心の不安を取ることに通じるというわけである。治療後に「体が軽くなって心も落ち着いた」という患者さんは多いのではありませんか。
 さて、鍼治療により自律神経系の調節ができるという報告は筑波技術短期大学(当時)の西条一止教授らの研究をはじめ数多くある11)12)。特に鍼治療により交感神経の緊張を和らげることができる、ということで全身の筋緊張を取ることも可能であり、精神的ないらいら感なども緩和できる、ということである。
 灸治療は、本稿で述べているように直接免疫機能を亢進するし、西条氏らの研究では副交感神経の過緊張を抑制する働きもあるということである13)14)。
 また、鍼灸師としてはカウンセリングマインドで患者を受容し、悩みなどの話をよく聞いて(傾聴)、患者の行動を支持し、保証することにより患者の気持ちを和らげることはカウンセリングや心理療法を学ばなくてもできないことではないし、生活習慣の改善やEBMで分かってきている医学情報などをうまくお話しすることにより、患者自身の治癒行動への動機付けをすることは決して難しくない。
 このように鍼灸師自身は患者の心に、鍼灸治療は自律神経に、灸治療は免疫機能に直接好影響を与えることが可能であり、間接的には全て免疫機能を亢進することが理論的には可能である(図2)。
<次号までの宿題>
 読者諸兄の頭の体操のために次号までに問題を出しますので、ご検討下さい。
<症例43> 48歳(初診時)男性 会社員(技術系) 171cm 65kg
 初診は平成5年3月で、左顔面麻痺(1ヶ月前)で症状は閉眼不全、食物がもれる、唇が吹けないなどで、顔面麻痺は順調に経過し、その他腰重、頸肩凝り、肘痛、肩関節痛などや時々胃もたれや空腹になるとしくしくしたりして胃の動きが悪いような気がする(消化性胃潰瘍の診断で潰瘍の薬と漢方の健胃剤、脳循環改善剤、VitB12を服用)等の症状があり、健康管理的に週1回に治療を継続する。10年後に胃の状態が良くないので禁酒をしたところ、胃症状が改善した。以後何度か胃の具合は悪くなるが禁酒で改善するという状態を何度か繰り返す。その10ヶ月後(平成16年3月)にスキーにいってから冷えたのか、胃が空腹になると張ってきてしくしくするという状態になる。便の状態や食欲は問題ない。鍼灸治療後は良好で2週間後からは胃症状は改善した。5月に毎年行っている成人病検診を受けたところ・・・・・・・・
                                   続く
1)「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その11」医道の日本誌 号 2005
2)「施灸の生体に及ぼす影響」木村通郎他 (社)全日本鍼灸学会雑誌47巻1号1997
3)「施灸刺激特異的にみられる皮膚免疫反応」(1)­(3) 木村通郎他 (社)全日本鍼灸学会雑誌48巻1号1998
4)「灸すれば通じる-灸の科学化-」木村通郎 日本伝統鍼灸学会雑誌 26巻2号 1999
5)「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その2」医道の日本誌 号 2004
6)「癌との戦いに行った2症例+α」小川卓良(社)全日本鍼灸学会関東甲信越支部鍼灸かわら版 Vol.4­2 2001
7)永田勝太郎、金井正博、小川卓良他 シンポジウムⅡ「癌と鍼灸」(社)全日本鍼灸学会学会誌第54巻5号2004
8)「癌の自然退縮と鍼」永田勝太郎 (社)全日本鍼灸学会関東甲信越支部鍼灸かわら版 vol.7­1 2004
9)「陽性ストレスはよい遺伝子を活性化する」村上和雄 (社)全日本鍼灸学会学会誌第54巻3号2004
10)「Personality and the risk of cancer」坪野吉孝他 J Natl Cancer Inst. 2003 ;95
11)「鍼による心拍数減少反応と体性自律神経反射 研究の背景とその後の発展」小林聰 ,西條一止他 全日本鍼灸学会雑誌50巻4号 2000
12)「鍼灸」研究30年とゆるぎ石との出会い」西條一止 全日本鍼灸学会誌 52巻 4号 2002
13)「人体における体性-心臓反射」西條一止他 理療の科学7巻1号 1979
14)「熱痛刺激による全身皮膚温分布の変化」久下浩史, 西條一止他 Biomedical Thermology24巻3号 2005

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