症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その15

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その15
・・・・キーワード9「良性疾患での難治性の鑑別-1」・・・・

東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 前回は経過観察での悪性疾患の鑑別法について検討した。そこでは、初診時に想定した範囲を超えて経過が良くない(治りにくい)場合に悪性疾患の可能性を考えるということであった。しかし、良性疾患においても治りにくい場合がかなり存在する。しかし、それらについては初診時の問診で難治かどうかを判断する情報がかなり得られるので、それによってある程度予後(経過)が推測できる。今回はその点を検討したい。
 まずはじめに前回の宿題から検討する。
<前回の宿題-1>
・・・・・・・・・・
<症例27> 男性 56歳 会社員(デスクワーク) 167cm 72kg 体重は若干減り気味
 半年前より、徐々に左肩が痛くなった。近所の整形外科では五十肩ということで特にレントゲン検査などはせず、鎮痛剤と湿布をもらったが一向に良くならないばかりか悪化している。このところは夜痛みで目が醒めるようになったので、藁をも掴む気持ちで来院した患者がいた。肩関節ROMの著明な制限、肩甲連動もあり、結節間溝などにも著明な圧痛がある。結髪は大丈夫であるが、更衣時が辛い、等から明らかな五十肩と判断して鍼灸治療と体操法を指示して治療を開始した。週2回の治療を行ったが、4週間たっても「治療した夜は良いけれども、すぐ戻ってしまう」ということで、効果が累積されない。体操は、「痛いのでやってはいるけれども充分ではない」とのこと。10年前より糖尿病で服薬している。空腹時血糖値は140くらいで以前より良くなっている、とのこと。体重も10年前よりは10kg位減っているが、この半年では1kgくらい減ったくらい。煙草は以前はヘビースモーカーであったが、最近は軽い煙草にして1日20本以内にしている。アルコールはほぼ毎日で仕事柄止められないが、以前より減らしている。健診では、高脂血症、肥満、DM、肝機能障害などの指摘を受けている。
・・・・・・・・・・
 患者の病態を主訴の部分(この場合は肩関節)だけしか診ない整形外科では当然病名は五十肩であり、その治療しか考えないのは現代西洋医学では一般的である。
 同じような症例についてまず検討したい。
・・・・・・・・・・
<症例29> 男性 70歳 会社役員 172cm 68kg 酒は飲まない 1日20本程度喫煙
 以前より月に一度程度来院していた大阪在住の患者で、普段の主訴は腰痛や頸肩凝りでむしろ健康管理的来院であった。しかし、特定の病態を示唆する症状がないものの、最近の状態(望診・脉診・経過)が良くないので、週一度の来院を指示したが、どうしても来ることができず、3ヶ月後に連絡があった時には、某大学病院整形外科で「五十肩をこじらしたもの」という診断で入院したとのことであった。
・・・・・・・・・・
 この患者さんは、何か最近おかしいな・生気が減少しているな、ということを察知はしていたのであるが、特別な愁訴もなくその原因を特定できなくて悩んでいた。私にはいえない精神的なストレスでも当然起きえるし、数社の社長を兼ねる他、政財界関連の仕事もこなしていたので、年齢から仕事がハードになってきたのかもしれない、等と良く解釈すれば、このように色々想定できる。しかし、まず癌かもしれないとも思ったのであるが、どの癌であるか、示唆する症状が取り立ててなく経過を診たいと思って週一度の来院をお願いしたのである。もし、癌の可能性のある臓器が特定できれば、専門医の診察を受けるようにご指導できるのであるが、何科に行けばよいのか言えなかったのである。そうこうしているうちに3ヶ月が経過した時に、家族から上記の連絡が入り、その時初めて肺癌であったことがわかったのである。もちろん家族も肺癌であるとは伝えられてなく、肺癌の診断は私の推測である。しかし、確信があったので家族にそう伝え、3ヶ月前の状態から推測して「多分半年は持たないでしょう」と伝えた。実際に4ヶ月後に肺癌で他界したのであるが、病院で肺癌であるとわかったのは、私が申し上げてから1ヶ月ほどたってからであったとのことである。膵臓癌であった症例1もやはり全く同様で、どの科の受診を指示して良いかわからなくてタイミングが遅れたのであるが、特に肺癌は進行して初めて症状が出てくるので、助かるタイミングでの発見は難しいのである。何れにしても、西洋医学における分科・専門化は大きな問題点である。
 さて、宿題の症例27に戻るが、この患者の場合にも当然肺癌を想定する必要がある。喫煙をしていること、半年前より徐々に悪化していること、等は肺癌を想定する材料になる。しかし、拘縮を伴った肩関節の著明な可動域制限は五十肩を明確に示唆しており、鎖骨上窩のしこりや圧痛もないことからまず五十肩で間違いないと判断したわけである。確かに拘縮のある五十肩は目に見えて治っていくわけではなく、治療に時間がかかるのは事実であるが、夜間痛などは数回の治療で無くなるのが一般的である。この患者は夜間痛が4週間計8回の治療をしても取れないのが問題である。経過観察の基準からいって、やっぱり癌なのかという疑問が出てきてもおかしくない。
<代謝障害・内臓障害があると治りにくい>
 しかし、この患者は10年前より糖尿病を指摘されていて空腹時血糖値も服薬しているのに関わらずまだかなり高い。その他、高脂血症、肥満、肝機能障害と喫煙習慣がある。だからといってこの病態を糖尿病性の神経障害というつもりはない。糖尿病性の神経障害が初発で肩関節限局性の痛みで出ることは皆無でないにしても極くまれであるし、神経障害では可動域制限は顕著でないので神経障害は否定できる。
 要するに、糖尿病や甲状腺機能低下症などの「代謝障害があると治りにくい」のである。糖尿病は私が付けた別名「神経血管ボロボロ病」であり、末梢神経のみならず自律神経系も障害され、血流も悪くなるので自然治癒力は当然衰えるのである。喫煙習慣も動脈硬化を促進するし、高脂血症・肥満も同様である。肝機能障害によっても治癒機構は当然衰える。代謝障害や内臓の機能障害などがベースにある場合には治りにくいということである。
 甲状腺機能低下症は、以下の基準で判定するが、健診でも見逃されているケースが多く、鍼灸治療の現場で見つけることはしばしばあり、臨床家としては常に頭に入れておく必要がある。

 ※ 甲状腺機能低下症の一般的な疑診基準
 症状:便秘、固い感じの浮腫、徐脈、脱毛、固い甲状腺腫、しわがれ声等
  この他、活動力が低下するために老化やボケと間違えられることがしばしばである。
  客観的な一つの指標:腱反射特に上腕二頭筋腱反射DTRの反射後の筋弛緩(戻り)時            間の延長がある

次の宿題を検討する。
・・・・・・・・・・
<症例28> 男性 48歳 高校教師 173cm 60kg 体重は少し減り気味
 以前より胃が悪く、胃潰瘍、慢性胃炎等の診断を受け3・4年に一度くらい治療を受けて治っていた。ところが数ヶ月くらい前から同じような症状がでていつものように服薬するけれども、今回は一向に良くならないどころかやや悪化しているような気がしている。食欲もなく、生きるために食べてはいるけれども、美味しくないし沢山食べられない。そのためか首・肩や背中も張っている。また、以前はやや軟便だったのが最近は便秘気味で、夜も何とか寝付くけれども、朝早く目が覚める。仕事もやる気がでない。煙草は吸わないし、お酒はつきあい程度。
 この患者に対して、慢性胃炎+自律神経失調症と判断して脾胃の機能回復と全身調整を目的にして鍼灸治療を行ったが、1ヶ月で8回ほど治療してもほとんど良くならない。
・・・・・・・・・・
 この患者さんもやはり経過観察の基準からいえば、「悪性」を疑うべきである。しかし、やはり大事なのはこの患者さんの正確な病態把握である。医師の診断は胃潰瘍ないし慢性胃炎ということであるが、何度もこのシリーズで申し上げているように医師は専門分化していることから、ご自分の領域でとりあえず処理する傾向があることを注意する必要がある。「患者さんが行った診療科の判断で正しいのだろうか」「他の方面から考える必要があるのではないか」ということを我々は常に考える必要がある。それが総合科医としての鍼灸師の面目である。
 この患者さんの訴えは、食欲不振、食事がおいしくない、早期覚醒、やる気が出ない、便秘、ということであり、これはまさに鬱症状である。胃症状が鬱症状の一つなのか、胃に何らかの器質的な障害があるが、ベースに鬱病があるのかのどちらかは不明であるが、何れにしても鬱があることはほぼ確実である。
 鬱病や神経症などの心因的な要因がベースにあると治療に反応しにくくなり、本体の心因的要因が治らないとなかなか治りにくいことが多い。
 PNI(Psycho-Neuro-Immunology:精神神経免疫学)という学問がある(図1)。これは、心と自律神経系(内分泌系)と免疫系は密接に関わっていて、どれかの変調により他の系にもその影響がある、という学説である。心身相関、心身症、笑いにより免疫力が増加することなどこの学説を支持する学説や研究は非常に多い。新潟大学の安保徹先生の学説も正にこの学説がベースにある。PNIによれば心の歪みや異常があると自律神経系(ひいては内分泌系)や免疫系に影響を及ぼし治癒力を減退させるということになるし、自律神経系に異常があれば免疫系や心にも影響を及ぼすということで、心の問題があると治療が効き難くなるというわけである。糖尿病のような代謝障害と同じく、鬱などの心理的要因があるかどうかの判断をすることも非常に重要である。これらを考えた上で経過観察での悪性疾患の鑑別基準を適用させる必要がある、ということである。

 下記は東京地方会学術部での鬱病の疑心基準である1)。
  ① 早朝覚醒を主とする睡眠障害
② 倦怠感:特に午前中に強く午後に改善するタイプ
 ③ 食欲低下  ④ 性欲低下  ⑤ 頭痛(頭重)
 ⑥ 興味・喜びの喪失  ⑦ 意欲の減退
 ※ 鑑別・紹介基準=(①・②)+他の症状一つ以上
  ※ この疑診基準は欝病の可能性を診断するのであって、この基準に当てはまらなけれ    ば欝病ではないと診断できる基準ではない

 さて、もう一つ宿題があったのでそれを検討する。
・・・・・・・・・・・
<問題15>
 顔面麻痺の鍼灸治療の症例が多数集まったので症例検討を行った。そこで以前よりいわれている「3週間以内に治療を始めないと治りが悪い」ということが事実かどうか検討した。鍼灸治療方法は基本的には両群とも同じ。
 麻痺スコア及びVASを指標として検討して、変わらないかスコアとVASがともに半減してない若干の改善を「無効」、スコアとVASのどちらかが半減以上している場合を「有効」、ほとんど改善した場合を「著効」とした。そして症状発症後3週間以内に治療開始した群とそれ以後に開始した群で「無効」と「有効」+「著効」を調べたところ表2のようになり統計的にも有意となった(表1)。
 やはり、3週間以前に治療を開始した群の方が明らかに良かったので学会に発表しようと母校の先生にお見せしたところ、「この研究ではそんなことは一つもいえないよ」とい
われてしまった。何故だろうか。

表1.顔面麻痺における治療開始までの発症期間の違いによる有効性の違い
3週間以内に治療開始   無効 6  有効+著効 15
3週間以上後に治療開始  無効 11 有効+著効  5
・・・・・・・・・・・・
3週間という期間が問題となるのは、自然治癒により症状が寛解する期間が凡そ3週間以内だからである。よって症状発症から3週間以内に治癒した場合は、その時に行った治療によるものなのか、自然治癒力によるものなのかは一般的には判定することは難しい。
 逆に自然治癒力が働いている3週間以内に治療を開始することは、自然治癒力を高めることが可能なので治療効果を促進できるということもいえる。だから3週間以上経過してから治療を開始すると治りが悪いということにもなるのでなるべく早めに治療を開始するようにという理屈である。
 さて、この問題は何が問題なのであろうか?3週間以内に治療を開始した群のほうがそれ以後に開始した群よりも治療成績が良かったので、3週間以内に治療を開始することの優位性・重要性を立証したということにならないのであろうか。
 これはならないのである。3週間以内に治る場合には確かに自然治癒も含まれてはいるので治療効果ではないのではないかという指摘もあるだろうが、そのことは大きな問題ではない。あらゆる治療は自然治癒力に頼っているし、それを比較するには偽治療群との比較をしなければわからないからである。今回はその比較をしていないし、あくまでも比較対照は治療開始期間の長短であるからである。
 問題なのは3週間以後に治療を開始したということは、3週間以内に治らなかった患者群ということで、その時に他の治療を行っていようと無かろうと治らなかった群ということになるし、既に3週間以内に治った群はここには含まれないということを考えなければならないからである(図2)。簡単に言えば新鮮症例群と陳旧症例群との比較をしているに過ぎないということである。
 すなわち図2のⅠ.3週間以内に治療を開始した群は、A.例え治療しなくても3週間以内に自然治癒する群とB.自然治癒力+治療効果によって治療を開始すると治癒する群、そしてC.治療をしても治らないか治るのに時間がかかる群の3群が含まれている。もちろんその比率は不明であるが、実験結果からA+B群の比率が治癒率として明らかになる。
 Ⅱの3週間以後に治療を開始した群には、当然Aの3週間以内に自然治癒する群は含まれない。そしてBの3週間以内に治療したら治る群も、治療して治った群は既に治っているので、ここには含まれない。治療すれば治ったけれども治療していないので治らなかった群(B‘)が含まれる。B’には3週間以内に治療を開始しなければ治らない群と3週間以後に治療を開始しても治る群の2種類が含まれる。そして治療しても治らないか治りにくいC群も含まれており、実験結果での治癒率はB‘の中の3週間以後に治療を開始しても治る群の比率として表れる。
 結局、研究目的の「3週間以内に治療を始めないと治りが悪い」を検討するためには、B群の3週間以内に治療を開始しなければ治らない群と3週間以後に治療を開始しても治る群の2群の比較をする実験デザインを作らないと検討することは出来ないのである。
しかしながらこの研究では、新鮮例と陳旧症例(または急性と慢性)の治癒率の違いを証明した。当然といえば当然であるが、実際の予後や治癒の可能性・治癒までの期間を予測する時に、鍼灸治療の現場ではこの点を軽視する傾向があるが決して忘れてはならない。すなわち、経過観察の判定基準において、この点を考慮する必要があるということで、陳旧症例ならば2週間ないし1ヶ月での判定ではなく、もっと長いスパンで判定する必要があるということである。この点は、症例27の代謝障害がベースにある場合や症例28の鬱病などの心因的要因を持っている場合も同様である。             つづく

1)『愁訴からのアプローチ:不眠と鬱』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌 巻 号

コメントを残す