・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-14」・・・・
前回、なぜコレステロールが高くなるのか、ということを検討する前に、なぜ血圧が高くなるのか、かを検討した。今回はこの問題を深めていきたい。
<前回の宿題>
その前に、前回の宿題を考えてみる。
<症例57> 女性 72歳 身長・体重不明
2年前より腰痛で近隣の整形外科を受診したところ、骨粗鬆症と診断され活性型Vit.DとCa剤を処方され、以後継続して服用している。また、12年前より気管支喘息のためにテオフィリン(気管支拡張剤)を服用している。1ヶ月前より吐き気が強くなって、整形外科では対応できないので内科を受診した。
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<骨折も無くて骨粗鬆症だけで腰痛を起こすか?>
骨粗鬆症が原因で腰痛を起こすのかどうか、は議論のあるところである。骨粗鬆症が原因の腰椎の圧迫骨折を起こして腰痛になるのは当然にしても、骨粗鬆症だけで腰痛を起こしえるのかどうか、ということである。
以下は厚生省シルバーサイエンスプロジェクト老人性骨粗鬆症の予防及び治療法に関する総合的研究班による骨粗鬆症の診断基準である。
- 骨粗鬆症の診断基準 -
1、骨量の減少 3点 4、腰痛あり 1点
2、骨折あり 脊椎 1個 1点 5、血清Ca、P、Al-P
≧2個 2点 正常 1点
大腿骨頚部 3点 1項目の異常 0点
橈骨 1点 2項目以上の異常 -1点
3、年齢 女性 55歳未満 -1点
男性 75歳未満 -1点
※確実:合計5点以上 ほぼ確実:合計4点 疑いあり:合計3点
否定的:2点以下
除外疾患:原発性及び続発性副甲状腺機能亢進症、RA、悪性腫瘍の骨転移、多発性骨髄腫
外傷、続発生骨粗鬆症、骨軟化症
※厚生省シルバーサイエンスプロジェクト老人性骨粗鬆症の予防及び治療法に関する総合的研究班より
ここでは、腰痛が診断基準の一つになっている。しかし、骨折も診断基準になっているので、骨折が無くて腰痛を起こすという意味とはいえない。
当院の患者さんで骨粗鬆症、或いは骨量不足といわれている患者さんは非常にたくさんいるけど、骨折が無くて、腰痛を起こしている患者さんは皆無である。もちろん、その様な方で通常の急性腰痛(ぎっくり腰)を起こす方はいらっしゃるけど、骨粗鬆症の患者さんでは無い患者さんと同様の治り方をしているので、骨量不足が問題とはいえない。
ただ、骨は筋力低下により骨量が減少するので、骨粗鬆症があるということは筋力も落ちていることを示唆するので、理論的には腰痛を起こしやすいことは充分考えられる。
腰痛の原因が骨粗鬆症かどうかはともかく「骨量不足ないし、上記の診断基準に合致したので活性型Vit.D及びCaを投薬した」ということには問題ない(?)。ただ骨量測定で手で測る場合と足で測る場合でかなり差があるので要注意である。
骨粗鬆症と診断された当院の患者さんがいたが、その患者さんは数年前より毎日1時間歩いて下半身の筋力が十分あるので(筋力と骨量はかなり相関する)、診断に疑問を持ったところ測定部位が手であった。足で測ってくれる病院を探し(あまり無かった)測定し直したら年齢以上に骨量は多いという結果になった。悪い部分があるのだから治療すべし、という立場では、骨量が低いほうの基準を採る方が正しいと思うが、その場合、治療による有害な副作用がないという前提である。活性型Vit.Dは、食事により経口摂取したVit.D3を肝臓で変換し最終的に腎臓で活性型にしているように身体の中で作っているステロイド型のホルモンである。それを直接、活性型で摂取するということは、身体で作る働きが衰えることになり種々の副作用が出るのは副腎皮質ホルモンのステロイドとなんら変わりがない。
<二次性骨粗鬆症の存在>
さて本題に戻る。喘息治療薬テオフィリンの主な副作用は、悪心・嘔吐などの胃腸症状や、興奮・食欲不振・下痢・不眠及び血中濃度が高いと、頻脈や不整脈と痙攣があるので、そのチェックは必要である。ただ、12年前から服用しているのに、今更副作用が出るのか、ということで可能性はそれほど大きくない。この症例では、テオフィリンの血中濃度を測定し、問題がないことが判明した。では何故嘔気が出たのであろうか。
Ca剤を服用していることから、高カルシウム血症が疑われる。高Ca血症の主な症状は、吐き気、嘔吐、便秘、浮腫、体力低下や精神の混乱などがあり、事実血中Ca濃度は上昇していた。その原因として副甲状腺機能亢進症があり、血液所見はそれを示していた。要するに骨粗鬆症の原因として副甲状腺機能亢進症があった(二次性骨粗鬆症)ということであり、元々高Ca血症のところにCa剤を投与したものだから益々高Ca血症になったということであった。副甲状腺機能亢進症は以前希な病気と考えられていたが、人口の高齢化と欧米に多いことから、食事の欧米化に伴って増加してきており、50歳以上の女性に限ると1000人に1人くらいの頻度と推定されていて決して希な病気ではなくなったのである。
鍼灸院には、骨粗鬆症による圧迫骨折から起きる腰痛や背部痛の治療に訪れる患者は決して少なくないが、その中に一次性ではなくこの症例のように二次性の骨粗鬆症(そして+誤診による医原病)も含まれているので要チェックということである。そしてその原因として、原発性副甲状腺癌による副甲状腺機能亢進症も含まれるのである。また、副甲状腺機能亢進症の場合には尿路結石も起きやすくなり、そのための腰痛も決して少なくないので鍼灸師はますます要注意である(この症例は、日経メディカル2006年12月号に掲載されていたので、解説を加えてご紹介した次第であります)。
<コレステロール低下剤の重篤な副作用>
次の宿題です。
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<症例58> 男性 41才 体重・身長不明
5年半前より高脂血症治療薬服用開始。投薬時には総コレステロール257中性脂肪651。服用と同時に毎晩5kmのウォーキングを行い、1年後には総コレステロール212中性脂肪273、2年後には総コレステロール183中性脂肪129となった。しかし、服用3ヶ月目より、全身脱力、筋肉痛、口渇、血尿が現れ、1年後より胃痛、脱毛、蕁麻疹の発現、排尿困難となり、約2年に渡る薬剤の常用を中止するに至る。現在も症状は好転せず、杖を使用しての歩行、固形物の嚥下も不可能なため流動食にせざるを得ないなど、全身におけるミオパチーを訴える。
(所見)前頭部脱毛、全身筋萎縮、皮下の動静脈がうっすらと浮き出ていて、41才の実年齢とはほど遠く70才ぐらいに見える。右手で杖をつくため、右肩が落ち込み亜脱臼気味。頚部筋の血行不良と腎機能の低下からか顔面は腫れぼったくむくんでいる。しかし、声には力が有り多弁である。脈証;数、肝腎虚。他覚的に足部冷感、臍下不仁。
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これは、正に薬の副作用による「横紋筋融解症」の症例である。メバロチンなどのスタチン剤の代表的な副作用であるが、ステロイドや抗菌剤などでも起きることがある。鍼灸学会などでもしばしばご講演を戴いている心療内科のN先生はステロイドの長期服用(上司の処方で断れなかったとのこと)でこの病気になったが、500日にも及ぶ毎日の鍼灸治療+α(漢方薬など)で杖は使うものの自力歩行が可能にまで回復した。
スタチン剤の有効性及び対費用効果は非常に低いということを前回述べたが、発癌性や免疫抵抗力の低下のみならず、このような重大な副作用があるということで、ますます安易な服用は厳禁である。
私は、女性の場合には喫煙者でかつ肥満者の場合を除き、ほぼ全員の人にコレステロール低下剤の服用を止めた方が良いのではないかといって、論文を示しながらお話ししている。男性の方が女性よりも心筋梗塞のリスクが高いので、喫煙者または肥満者を除いてお話ししている2)。
実際には、男性においても喫煙の有無、肥満度、血圧や糖尿病などとの関連で総合的に考えて患者別に適切なコレステロール値を推測して患者さんにお話して、その上で患者さん自身が低下剤の服用や食養生、運動の開始などを判断されている。
<何故血圧が上がったのか>
コレステロール値が上がった原因を追及せずに、下げることだけを考えて良いのか、というのと同様に高血圧症も血圧が高いから下げればよい、という単純な発想で良いのか。何故高くなったのか?ということを追求しない限りは本質的な治療にならないのではないか。ということを前回述べた。そして、このことについて読者諸兄のご賢察をお願いした。
血圧がなぜ高くなるのか?という命題には、必ず動脈硬化の問題、レニン・アンジオテンシン系などの様々な病理学・病態生理学的な回答が寄せられる。二次性高血圧症はともかく、一次性高血圧症の場合に、機序論的(メカニズム)な説明だけでは良く分からない。なぜ生体が血圧を上げるようにしたのか、がわからないからである。
例えば、発熱の場合にインターロイキン1やプロスタグランディンなどの発熱物質やその機序の説明を受けても、それはあくまでも生体が発熱をさせる方法の説明であって、発熱目的の説明ではない。二次性のように自身の自然治癒力ならびにホメオスターシス以外の力でなる場合はともかく、自然治癒には目的・目標が自ずからあるはずである。
発熱も生体が自ら己を守るために行う行為であり、その意義・目的は ①体温上昇により免疫機構を活性化させる、②高温になると細菌やウイルスの活性が低下する、の2つであるが、私は③身体の活動性を低くすることによって外敵に対する抵抗力を高める、ということもあると考えている。すなわち、ウイルスなどと戦うのに、自分が有利な土俵に移すということが発熱の意義・目的である。
血圧の場合はどうか、血圧をあげることで生体にとってメリットはあるのか。図1は脳卒中の病態別の死亡率の変遷である。降圧剤が普及しだしたのは1950年代であり、この頃から脳出血は減少し始めたが、脳梗塞による死亡は増加の一途を辿っている。日本人の脂肪摂取が昭和30年代から増加した影響もあって脳卒中全体が増加したが、降圧剤の影響で80年代から90年代には脳出血死は1/10程度まで減少している。しかし、脳梗塞死は10数倍にまで増加している。この数字はあくまでも死亡率であって、発症率ではない。脳出血と脳梗塞ではその死亡率は圧倒的に脳出血の方が高い。ということは、病気の発症を考えると、脳梗塞の増加は10数倍にとどまらないで数10倍にもなっているのが実態である。これを高齢化と高脂肪食化で説明するのは無理である。なぜならば、高齢化と高脂肪食化ならば増加するはずの脳出血が減少しているからである。
<何故生体は血圧を高くするのか>
では、この脳出血の減少と脳梗塞の増加はどう説明するのであろうか?脳出血が減少し始めたのは降圧剤の普及に合わせてである。それと同時に脳梗塞が増加しているのであるから、これも降圧剤の影響と考えられないか。さて、ここで何故血圧が高くなるのか、または何故生体は血圧を高くするのか、ということを考えてみると、動脈硬化の有無に関わらず、全身に血液を送るために血圧を上げる、ということではないだろうか。例えば、血圧が正常ないし低い人間でも、運動時は全身にすばやく血液を送るために血圧は上昇するし、怒ったときはやはり戦闘に備えて全身に血液を送るために動いて無くても血圧は激しく高くなる。すなわち血圧は必要に応じて自分で高くしているのである。
よって、全身に血液を送るために高くなっている血圧を降圧剤で下げてしまうと、全身に血液が回らなくなって、血流不全を起こし血栓が出来て脳梗塞になったり、脳血流量不全により痴呆が進んだり、内臓機能不全に陥ったりすることは容易に想像できる。
図2は高血圧症患者で降圧剤を服用した人と、服用しない人の自立度を見たものである。この図では拡張期血圧を正常域まで下げた方が自立度が低くなっており、明らかに服用しない人の自立度の方が高い3)。自立度が低いということは寝たきりが多いということであり、脳に充分血液が廻らず脳細胞が酸欠でどんどん死んだり、血流不全による血栓で小さな梗塞が多発している証左でもある。その他、全身に充分血液が廻らないために身体が怠くなり、散歩や外出を控えることで「運動不足⇒筋力低下⇒ますます運動不足⇒寝たきり」という構図も考えられる。当然のことながら、内臓への血流不足は免疫抵抗力の減退を招くのは必至である。
高血圧の人は、正常な人に比して死亡率が高いのは事実である。だから血圧を下げる必要がある。ここまでは良いのだが、降圧剤で下げた場合の死亡率の低下はプラセボに比して有意な結果は出ているが驚くほど低い。それよりも自立度の方が問題である。「降圧剤を飲んだ方がちょっとだけ長生きできますが、寝たきりになる確率が大分高くなりますけどどうしますか?」と正直に医師が患者に言った場合、降圧剤を服用する方を選択する人はほとんどいないのではないだろうか。どうして高血圧になったのか、すなわち食生活の乱れや運動不足、喫煙などの生活習慣が悪かったから高血圧になったのではないですか。それをそのままにして血圧だけ下げても何の意味もない。あたかもアルコール性肝炎患者に「酒は今まで通り飲み続けて良いですよ。AST(GOT)・ALT(GPT)などを下げるお薬を上げますから」といってアルコール性肝炎を治せると思いますか?
これは全く二次性高血圧症の治療と同じなのである。すなわち、二次性高血圧症の治療は原因となっている疾患を治さなければ治らないわけであるが、一次性高血圧症(本態性高血圧症)も同様に原因となっている生活習慣を直さなければ本質的に治らないのである。
<次号までの宿題>
恒例により、読者諸兄の頭の体操のために宿題を出します。宜しくご賢察の程お願いします。今回はEBMの話になりますが、いろいろなエビデンスがあるということです。
日本初の高脂血症治療の無作為化対照比較一次予防試験であるMEGA Study が行われ、昨年発表された。この研究は代表的なコレステロール低下剤であるプロバスタチン(メバロチン)の有効性を示した研究として評価されている。
外来通院している患者の中から、年齢が男40~70歳、女性は閉経後から70歳、平均年齢58歳で女性68%・男性32%、血清TC(総コレステロール)値が220~270mg/dl(平均243mg/dl)、体重40kg以上の8214例を抽出し、無作為に食事療法単独群(D群)と食事療法+プロバスタチン併用群(D+M)に割付け、家族性高コレステロール血症患者、動脈硬化性疾患(冠動脈疾患、脳卒中、TIA、閉塞性動脈硬化症)の既往のある人、癌・重篤な肝障害・腎障害の既往のある人、二次性高血圧症患者を除外して、PROBE法(prospective前向き、randomized無作為、openlabelledオープン:患者と医師は共にどちらに振り分けられたかを知っている、blinded endpointsエンドポイントは盲験化する)で平均5.3年間追跡した研究である。半年ごとに空腹時採血を行って追跡したものである。高血圧症の合併は42%、DMの合併が21%であり、総コレステロールTCの平均値は243mg/dl、LDLコレステロールLDL-Cの平均値157mg/dl、HDLコレステロールHDL-Cの平均値57.5mg/dl、中性脂肪TGの中央値が127mg/dlという患者背景である。この結果、TCがD群で-2.1%、D+M群で-11.5%、LDL-CがD群で-3.2%、D+M群で-18.0%、HDL-CはD群で+3.2%、D+M群で+5.8%、TGがD群で-2.5%、D+M群で-8.1%となり、冠動脈疾患、全心血管系疾患、総死亡がD群に比較してD+M群は有意に減少したということであった。そして、重篤な有害事象、臨床検査値異常、癌の発生はいずれも両群で差が無かったという結果を得たわけである。
この論文はかの有名なLancet誌に掲載されたので日本人に対するプロバスタチン剤の有効性は世界的に評価されたということで、守勢一方であったスタチン剤投与派は勢いを得たのである4)。しかしこの論文には大きな落とし穴がある。よって、無条件でスタチン剤が良いとはいえない。この落とし穴を考えていただきたい。
<引用・参考文献>
1)生方英一「副甲状腺機能亢進症-骨粗鬆症の原因検索を怠るな」日経メディカル2006/12
2)田中裕幸「女性にスタチン剤は無用」日経メディカル2005/1
3)浜六郎「ガイドライン薬害は個々の薬害よりはるかに大規模」 NPO JIP機関誌25号2007 /1
4)中谷矩章「知っておくべき代謝疾患に関するエビデンス:高脂血症」内科 99巻1号 2007/1
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