症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その24

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その24
・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-8」・・・・

東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

<病気探しの旅立ちは如何に>
 癌の可能性が高いと判断した時の対応について、検討材料として最近参考になる事例があったので紹介する。
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<症例50>  男性 83歳 170cm 65kg 酒少量毎日 煙草20本/日(現在禁煙中)
 数年前より、高血圧と糖尿病を指摘され、薬を服用中。今年の近医での健診で肺の陰影を指摘され肺癌の疑いが非常に高いので大きな病院で精密検査を受けるように指示を受けた。病院で受診して一通りの検査をしたところでやはり同様の結論であったので、後日詳しく今後のことを検討するための予約をした。しかし、年齢もあり、癌で手術だといわれてもしたくないので、親戚の鍼灸師に相談した。
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 本人も家族(妻と娘)も大変心配したが、高齢での手術の不安と高血圧及び糖尿病があることから益々手術への不安が膨らんで、癌も怖いけど手術も怖いという状況での相談である。鍼灸治療で劇的に良くなったので、再度精査をして2週間で亡くなった<症例24>のように、手術以前に精密検査での患者の肉体的負担もかなり大きいのである1)。いわんや手術は・・・・という状況である。
 椎間板ヘルニアなどもそうであるが、腰痛等の症状の原因を探るために精査をする意義は、単に病気の名前が分かれば良いというものではもちろん無い。手術や服薬すれば治る病態なのか、ほっといて良いものなのか等が分からなければ意味がない。そして、どっちにしても手術や服薬する意志がないのであれば精査をすること自体に意味がない。
 胃のポリープ(癌)を指摘され医師である息子達と相談の上開腹せずに胃カメラでの切除手術に踏み切った<症例46>は無事生還して再度来院したが、術前に1週間に及ぶ検査と絶食、術後の食事制限などにより元々痩せていたのにさらに2kgも痩せて歩くのがやっとという状態になって本人曰く「偉い目にあった二度としたくない」ことで考えさせられる。おまけに管を入れる時に声帯を傷つけたらしく嗄声になっている。
 同じ頃、大腸のポリープを指摘され高名な医師に是非手術をするようにといわれ私に相談してきた75歳の男性患者がいた。大腸ポリープは以前は前癌状態ということで手術が必須であったが、最近では見直されてきて即手術という状況ではなくなってきている。この患者は、家の建て替えもあって8ヶ月くらいオーストラリアに住んで帰ってきて直ぐの話であった。非常に健康的な患者で食事と運動も気をつけている人なので問題はないと思われたが、オーストラリアでの食事は日本と同じ訳にいかないことや前癌状態という以前の常識もあり「経過を見ましょうよ」、ということくらいしか言えずに、高名な医師の指示ということもあって、ファイバースコープによる手術に踏み切ったところ、良性ということであった。患者曰く「ふざけんなよ」である。時間とお金の負担も兎も角、術前の検査が大変苦痛であったということで「もう二度と医者のいうことは信じない」ということであった。
 さて、症例50に戻る。私は即座に「もし検査して肺癌と分かったとしても西洋医学では治す方法がありませんよ」、と申し上げ「検査による肉体的負担も尋常じゃありませんから止めた方が良いと思いますよ」、そして「鍼灸治療と生活習慣を見直して自力で治しましょうよ」とお話した。「何故、夢のない病気探しの辛い旅に出なければならないのですか?」ということである。ご本人も年も年だし、癌もそれほど速く進行しないだろうということで納得していただいた。さて、今後のことで担当医と相談する日が来た。キャンセルするのはよくないということで、とりあえずお話を伺って後は丁重にお断りしよう、と腹をくくって出かけた。一通り病態や検査の必要性などの説明を受けた後で「もし肺癌だとしたら治してくれるのですか?治してもくれない病気を見つける検査なんて受けたくない」と担当医にお話ししたところ、びっくりしたことに担当医は「仰る通りです。検査は止めましょう」とあっさり仰った、ということである。「だったら検査を勧めるなよ」といいたいところだし、いわなければずるずると辛い夢のない病気探しの旅に出て、さらに抗癌剤や放射線で苦しめられる、という状況になっていたのは火を見るより明らかである。
 第53回全日本鍼灸学会千葉大会での『癌と鍼灸』シンポで指定発言をした千葉地方会の鈴木昌子先生はご両親を共に肺癌で亡くなされた2)。御尊父は抗癌剤と放射線治療を受けて癌は消失して成功したということであったが、直ぐに肺炎を発症して病気が分かってからわずか半年後に83歳で亡くなったそうである。抗癌剤と放射線治療による免疫抵抗力減退による結果である。正に関ヶ原に巨大爆弾を投下して東軍・西軍共に壊滅させたという状況である。これに対してご母堂は、病気が分かってから病院では検査と点滴だけにして、鍼灸治療に委ねたところ3年間ご存命で88歳で天寿を全うされた?ということである(図1)。
 1例ずつの対照試験であるから、これだけでは何とも言えないのは当然であるにしても充分想定できる話である。父の患者であるが、胃癌が判明して手術を拒否して鍼灸治療を続け、数年後には正に臨月状態のお腹を抱えて来院していた某官庁の元事務次官がいらしたがやはり88歳まで生きられて、天寿か癌死がどちらとも言えない状況で亡くなったのである。
 今回の症例は何れも80歳を超えた高齢者の癌患者の話であるので若い患者にも通じる話かどうかは言えないことを一言申し上げておく。
<TOSか肺癌かの症例48の続き>
 さて、前回の<症例48>のその後である。経過は順調であるが、益々肺癌の疑いは濃くなっている。
第4診:7月6日
 前回と変わらないが若干良くない。昨晩寝る前と今朝は痛く辛かった。今はそれほどではない。圧痛部位は前回と同じ。肩ROMも同じ。
第5診:7月8日
 大分良いが、鎖骨上窩より後の部分が張る。腕を下げている時の違和感は同じ。腕の挙上は普通にできるが最高位ではいたい。モーレー(±)、鎖骨下部の圧痛(-)、右腰はほぼ完治。
第6診:7月13日
 ずいぶん良くなった。痛みはなくなり、通常の肩凝りという感じである。モーレー(±)
、他の圧痛は皆(-)。
 ここで、頸肩凝りについて少し突っ込んで問診したところ「頸肩凝りは1年前くらいからひどくなってきて、その延長で今回の痛みが出た感じである。特に仕事上の変化があったり、ストレスが強くなったということはない」ということであった。「階段状の悪化」といっても良いくらいな感じである。
第7診:7月20日
 初診の症状は全て無くなった。ただ、右肩甲間部の凝りが非常に辛い。何もしていないのに又腰が痛くなった。下肢症状(-)。理学テスト(-)。
 この時点で私の中では「ほぼ100%肺癌」という診断がついてしまった。ただ、とりあえず週1回治療に来ていただいているので、「所詮手遅れならば鍼灸治療で少し良くなるかどうか見極めよう」という虫が出てきて、肺癌の可能性をお話しするのはちょっと延期することにしたが、次の予約はキャンセルの電話も無しに来られなかった。もしいらっしゃらなければ後日電話をして、全てお話しすることにした。
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<前々回の宿題>
<症例47> 女性 40歳 165cm 53kg 喫煙無し お酒程々 初診H18/5/30
 3年前に引っ越しをしたが、台所の高さが低いのが原因か徐々に腰痛になってきた。2年半前より立ち仕事の仕事を始めたこともあって段々と腰痛を起こす回数と程度も強くなってきて、パップ剤を張って治っていたのが治らなくなり、接骨院にも通院するが一時的に良いだけ。1ヶ月間仕事を休んで良くなったが、仕事に復帰したら又痛くなった。1ヶ月前からは激痛になり、脂汗が出て息苦しくなるほどである。この1ヶ月は痛みの頻度及び程度共に悪化してきている。生理痛は段々辛くなってきている。動作によって痛みが増悪することはないが痛みのために寝付けないことがある。しかし、寝付いたら朝まで寝られる。下肢へのしびれはない。整形外科に受診するも湿布をもらうだけであるが湿布を貼ると少し楽になるので湿布がないと不安になるが、最近尿の出が悪いように思え、湿布のせいかとも思う。接骨院では神経を圧迫しているといわれた。腰痛とストレスのために食欲が低下し、昨年の1年間で8kg体重が減った。出産は3人。子宮筋腫がある。6年前に右足jを捻挫した。帝王切開の手術の他特に既往無し。食欲・睡眠は不良で、便秘。SLR(-)、双SLR(-)、k-ボンネ(-)、股関節内外旋テスト(-)
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 体重が1年間で8kgも減少したということで、悪性疾患の可能性がある。しかし、体重減少は6ヶ月以上前の話であり、この半年は増減がない(明言はしてないがもしこの半年も痩せてきているならば昨年の1年間でというような話し方はしない。むしろ今年になってからは肥った可能性すら有る)。もし悪性ならばどんどん痩せてきているはずである。寝付きは悪いが、夜間痛が起きる朝方などに目覚めることは無いということで夜間痛は否定できる。子宮筋腫が原因で腰痛が起きている可能性は理学テストが全て陰性なことからも考えられる。しかし、一般的に子宮筋腫により腰痛を起こすような場合にはかなり大きくなっていないとならないし、そのような状況にあると不正出血が頻繁に起きているはずであり、貧血状態になっているのが普通であるが、そのような訴えはなく視診・触診上にも否定できる。ただ、生理痛が段々ひどくなってきているということと、尿の出が悪いという表現もあって完全には捨てきれない。
 腰痛を起こす代表的な内臓疾患としては腎臓疾患がある。急性糸球体腎炎はその代表的な疾患であるが、病歴・症状から否定できる。慢性腎炎は、多くは急性糸球体腎炎等の腎臓疾患を発症して慢性化するので本人に病識(自分がその病気であるという認識)があるのが普通であるが、約1/4には腎臓疾患の既往がないということで可能性は否定できないが、症状や10万人に4人程度発症する希な病気ということで可能性は非常に薄い。
 また、尿の出が悪いということは膀胱直腸障害の症状とも受け取れる。腰髄症などの筋骨格系の病態の可能性を考えてみると、立ち仕事や台所の高さが低い(前屈みになる)が原因という本人談から当然想定できるが、動作によって痛みが増悪しないこと、理学テストに反応しないことからほとんど否定できる。接骨院での診断は基本的には信用できないし(多分患者さんを納得さすための方便であろう)、神経を圧迫しているような徴候は全くない。
 推論すると、「動作により痛みが増悪しない⇒筋骨格系ではない(内臓性か心因性)⇒内臓性の痛みの可能性は薄い⇒心因性」ということになり、「仕事を休むと楽になり復帰すると痛い」こと、仕事を休んでも家事はしているので台所仕事は悪化要因ではないことから、仕事上の何らかのストレス(人間関係?)が原因の心因性腰痛と判断したが、その可能性は非常に高いのではないだろうか。
 この患者さんは、最初に上記のようなお話しをして「心因性の可能性が高い」と申し上げたためか、次から来院せず手紙を差し上げて経過をお聞きしても何にもお答えが無いという状況で臨床上の失敗例であり、より詳細はわからない。「心因性」と聞くと「精神病といわれた」と勘違いする(侮辱されたと思う)患者さんは非常に多いからである。
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<前回の宿題>
<症例49> 72歳 女性 155cm 46kg 元レコード歌手で現在カラオケ教室の講師 体重変動なし 喫煙なし(職業柄嫌煙家) 飲酒なし 血圧150前後/90前後
初診)平成16年1月27日
主訴)腰下肢痛(足のしびれ)、肩こり
既往歴)平成15年7月、腰椎圧迫骨折
年に数回、ひどい眩暈で救急車を呼び入院する。眩暈がひどく最近まで入院していた。腰痛・肩こり、不眠等で整形外科、内科、耳鼻科など病院へはずっと通っている。今回鍼灸院は初めてで、カラオケ教室の教え子に、腰と肩がつらそうで姿勢も悪いと指摘された後、当院を紹介され来院した。脳のMR、CTは数回して異常なし。
所見)左斜角筋のこりが著明。両肩が岩のようにゴリゴリ硬い。腰部・股間節周囲の圧痛(+)
治療)週1回の治療を3ヶ月行い、腰下肢痛が改善。足のしびれも軽減し、血圧も115/70と落ち着いてきたので、治療頻度を隔週にし7月末まで3ヶ月続けたところ、眩暈もましになり、肩こりの自覚症状も少なくなった。ラジオの番組を持つことになったという都合もあり1ヶ月後の8月末に1回治療。その後1ヶ月後に予約をしていたが、予約当日、本人より「事情で行けなくなった」との電話があり治療をキャンセル。後日、カラオケ教室の教え子からどうなったかを聞いた。
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 この症例を頂いた時に「脳のMR、CTは数回して異常なし」という一行がなかったので、眩暈が激しいことなどから脳腫瘍が浮かんで、そのように申し上げたら、MR・CTの件を追加されてきたということがあった。ならば、両肩が岩のように固いこと、左斜角筋の凝りが著明なことから、もし悪性疾患の可能性があるとすれば、たとえ嫌煙家でも肺癌の可能性が一番高い。ただ、これだけでは通常の肩凝りや斜角筋症候群の方の可能性の方が高く、肺癌の可能性はそれほど高いわけではないので通常は患者さんには何も告げずに経過観察するべき病態と思われる。ただ、後頚部の諸筋を圧迫して後頚部後部交感神経過緊張症(バレー・リュー症候群)を起こすと眩暈が発症することもあるので、肺癌と眩暈の関係も充分あり得るのである。
以下は齋藤氏の記述である。
「先生、気にしないで下さいね。そしてここだけの話だということで」9月中旬頃、風邪を引いているのに無理に歌って、その後、咳と痰がひどいということで、近くの内科へ行ったところ、肺癌であることが判明。大きさは3cmぐらいのものだったとのこと。
<齋藤氏のコメント>
 外科手術できれいに癌を取り、現在は元気であると聞いていますが、初診時の切診で「肩の嫌な感じ」があったけど、本人は病院もずっと行ってるし、喫茶店はタバコの臭いがするから嫌と、喫煙経験の無い超嫌煙家であり、歌手ということからもご自身で喉の手入れはしているということだったので、「肺癌」ということは当時全く頭にありませんでした。また、癌は、小さかったのが大きくなったのか、大きかったのが小さくなったのか、はたまた、いつから出てきたのかも分かりません。
 よく、「癌は年齢が若いと進行が早い」と言われますが、元々癌の芽を持っていた人や、癌の素質のあった人が、鍼灸をして組織が若返って(?)、その後、鍼灸治療の間隔が空いたり、治療をストップした人が、しばらくしてから、癌が勃発!ということが、時々あるような気がします。何れにせよ、鍼灸を継続していれば損はないと思うのですが。
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<次号までの宿題>
 読者諸兄の頭の体操のために次号までに問題を出しますので、どのような病態でどういう対応をすればよいかご検討下さい。
<症例51> 男性 68歳 会社役員 飲酒毎日 喫煙20本/日 175cm 70kg 体重変動無
 以前より時々来院している患者が、この1~2ヶ月間「怠くて元気が出ない」、「風邪を引きやすくなった」ということで約2年ぶりに来院した。食欲はあるけれども「まあまあ」の状態で、睡眠は朝方1度小便に起きるがすぐ眠れるので問題なく、便通も異常ないとのこと。元々コレステロールが400位あって非常に高く、医師から勧められてコレステロールを下げる薬を服用しているとのこと。血圧及び血糖値は高くなく肝機能なども正常。特別なストレスは特にないとのことで、臨床所見としても浮腫もなく、顔の色つやが若干悪い程度。頸肩は普通にこっているくらい。
 週2度の治療を行うが、直後効果はあっても次の来院時には同じ症状を訴え累積効果はみられない。
1)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その13」 医道の日本誌64巻8号 2005
2)鈴木昌子、小川卓良他 シンポジウムⅡ「癌と鍼灸」(社)全日本鍼灸学会学会誌第54巻5号2004

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