症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その25

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その25
・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-9」・・・・

東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

<患者さんに悪性の可能性を伝える言葉>
 拝啓
 残暑の候、○○様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
 私は先日○○様が鍼灸治療にいらした△△鍼灸院院長の□□です。平素は娘が大変お世話になり誠に有り難うごございます。
 さて、○○様が鍼灸治療を受けましてから早くも3ヶ月以上が経ちました。治療後の経過は如何でしょうか。お仕事がお忙しいのは重々承知しておりますが、初診でお見受けしたところでは、かなりの加療が必要と判断しました。ご経過が良好であれば大変喜ばしいのですが、もしよろしくなければ私自身の診立てで気になるところもございますので、今一度のご来院をお勧めします。
 といいますのは、○○様の頸から肩の痛みはもしかしたら内臓から来ている痛みの可能性があるかもしれないということなのです。こちらまでのご来院が難しいということであるのならば、一度病院の呼吸器(外科)での精査をお勧めします。私の杞憂である可能性は当然非常に高いのですが、少しでもその可能性を感じましたのでご連絡しました。
 もちろん、その場合でも鍼灸治療は有効なのですが、週3回程度の加療と日数がかかります。もし病院での治療に不安がありましたら一度ご相談させてください。取り急ぎご用件までで失礼します。                           敬白
                            △△鍼灸院院長  □□
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 この手紙は、私の娘の上司で肺癌の可能性が非常に高いと判断した<症例44>に対して、送ったものである1)。この原稿を同時に書きながら送っているので、当然回答はまだ無い。次号に結果をお伝えできれば、と思っている。
 気になる症例としては、症例44と同様に肺癌の可能性が高い<症例47>がある2)3)。この患者さんは前号で報告した第7診よりなかなか見えなくて、この原稿を書き始める8月31日に来院された(第8診)。実は症例44と同様の文章を送ろうとしていたところであったので、タイミング的にはぴったりであった。症例47については後述するが、新たに同様の患者さんが東京衛生学園臨床教育専攻科臨床実習の患者さんとして来院した。
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<症例52> 男性43歳 寿司屋経営 171cm 76kg(増減は特にない) 喫煙歴無し ビール1本/日
初診:平成18年8月23日
 2週間前から左肩から肘にかけての痛む。思い当たる原因はなく徐々に痛くなってきた。動作時はそれほど痛くはないが、くしゃみ・咳・鼻をかむ時など力が入ると痛む。手のしびれはない。当初は烏口突起内側辺りが痛んだが、段々肘の内側部も重くなってきた。頚を左前側屈した時に烏口突起から肘内側部にかけて痛みが走る。仕事中や睡眠時にクーラーに当たることが多い。入浴すると痛みは軽減する。いわゆる夜間痛はない。
 頚ROMは左前側屈以外の前屈・後屈・側屈・回旋は全て正常。ジャクソンt(-)、スパーリングt左(+)で上腕に放散。モーレーt(++)上腕まで放散。ルースt(-)。
 肩ROMは全て正常。知覚異常、深部腱反射ともに無し。握力右49.6kg左45.5kg右利き。
 随伴症状として、頚肩凝り、易疲労、腰重、手足の怠さが現在あって、鼻汁・鼻閉、咳痰及び痰に血が混じることがある、という症状が時々ある(問診票にて)。
 食欲は普通で便通も良い。睡眠は職業柄3時間ずつ2度寝るので眠りが浅い。
 家族歴として、父親が胃癌で死亡している。
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 第一感で肺癌を考えたが、喫煙歴は無く、たった2週間前からの発症であるので可能性は低いように思われた。しかし、頚を前側屈すると痛みが肘まで放散するが他の動きでは正常というのは、椎間板ヘルニアなどの頚椎の異常とは考えにくいし、ルーステストが陰性ということでTOS(胸郭出口症候群)も考えにくい。ただ、モーレーテストが上腕まで放散するということで斜角筋症候群は考えられるが、パンコーストでも当然陽性になるし、放散する場所が上腕外側では無く内側であるのが若干不自然。
 また、お仕事が寿司店経営ということで、ご本人は喫煙しなくても副流煙は嫌というほど吸っていると思われるので、煙草の影響は無視できない。2週間前からの発症であるので階段状の悪化は認められないが、問診票には時々咳・痰があり、血も混じると記載されているので以前から肺癌症状があったと考えることもできる。もちろん咳痰などは冷えから来る症状である可能性も否定できない。
明確な夜間痛はないけれども3時間ずつの睡眠ではREM睡眠になる時間も少ない様に思われるので、このような場合には起きないのではないかとも考えられた。同様に体重減少もないが常に計ってはいないということなので明確ではない。
 総合的に判断すると5割程度の確率で肺癌であると思われた。そこで、上記の手紙と同様に内臓から来ている痛みの可能性が1~2割程度あると申し上げたところ、同居していた奥様のお母様が喫煙は全然しないのに肺癌になったので、ということで全く驚かずにすごく冷静に受け止めていただいた。多分ご本人も奥様のお母様を見ていて薄々その可能性を察知していたのではないかと思われた。一言、もし悪いものであってもこの段階ならば治る可能性は非常に高いからあまり深刻にならずに検査に行ってください、と申し上げた。もちろん気休めであるが、少しは気持ちが楽になるので必要な気休めでもある。
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 <症例47>である。
第8診:8月31日
 初診時での右頚から肩にかけての痛みは無くなって調子がよい。しかし、前回の右肩甲間部の痛みが治療後2週間は良かったけれども、皮内鍼が取れてから凝り始めて、凝りが強くイライラする。また天柱・風池あたりも凝って眠れないほどである。腰は重い程度で強い痛みはない。夜間の痛みはないけれども、目覚めると肩甲間部が固い感じがする。
 初診時の圧痛部位は全く圧痛がない。
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 前回の症状は治療後に楽になってはいるけれども、又悪化して前回より強くなっている感じである。今回が潮時と考えて、治療後院長室に来ていただいて、症例52と同様に内臓から来ている痛みの可能性についてお話しした。内臓から、といったのでそれほどの反応はなかったが、内科に行けばよいのですか、というご質問に対して呼吸器ないし呼吸器外科に行ってくださいと申し上げたら、内臓=肺癌とそこで気がついて、ご自身が密かに畏れていたことを言われた、という感じでかなり落胆なされた。そこで鍼灸の可能性などをお話ししようと思ったけれども、この場は無理だと判断して、症例52と同様に必要な気休めを申し上げ、その上で専門家でないのに勝手な推測を申し上げて申し訳ないと謝ったところ、「とんでもない。言っていただいて誠に有り難うございます。早速検査に行ってきます」と仰ってくれた。
 この症例は、最初から肺癌といったら多分もっとショックを受けたと推測される。「内臓から」という言葉でワンクッション置くことが必要である。「一段軽い病気」と思うからである。
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 次の症例53は、普段より癌の可能性にびくびくしている患者で、時々来院している。
<症例53>女性 主婦 53歳 163cm 42kg 20本/日 飲酒はたまに少し
 8ヶ月ほど前に唯一の兄弟である弟を癌で亡くし、悲しみで食欲が無くなるとともに軽い鬱という診断で抗鬱剤を服用している。特筆する症状はないけれども、体重がこの8ヶ月で6kg位落ちている。
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 悲しみでの食欲不振と鬱及び抗鬱剤の影響は当然考えられるし、長女が結婚して1ヶ月ほど前に別居したことと、次女が4ヶ月前に就職して帰宅が遅く、夫も遅いので夕食を作る機会が無くなってあまり食べなくなった、というように食事量の減少もあって、体重減少の原因は幾らでも考えられる。しかし、そうはいっても喫煙をしているということと、悲しみと鬱・及び抗鬱剤の影響で免疫抵抗力も落ちていることを考えると喫煙が主たるリスクファクターである肺癌や膵臓癌の可能性はそれなりにある。しかも共に進行しないと症状が現れず、検診でも見つけにくい癌である。そこで、「体重減少の原因は幾らでもあるけれども、肺癌や膵臓癌の可能性もほんの少しありますよ。肺癌や膵臓癌は無症状のことが多いので、念のために検査だけはしてきたらどうですか」とお話しをしたところ、ご自身が最も畏れていることを言われたので覚悟はしているものの「怖いから絶対に嫌だ。少し太ってから行くことにする。そして、週1回はちゃんと治療に来るから」ということだった。、一応こちらの危惧はお話ししたので、治療を継続して受診してくれると言うこともあり、後はご自身の問題であるから私自身は気が楽になった。
<免疫力の低下と発癌>
 癌は異型細胞や前々癌状態から前癌状態に移行し、その上で癌化すると考えられている。異型細胞や前々癌状態はしょっちゅうなっていると考えられている。しかし、生体の免疫抵抗力によって前癌状態及び癌化する前にほとんどは叩いていると考えられている。ところがストレス、薬の副作用、食欲低下による栄養不良、寝不足や慢性の疲労などによって免疫抵抗力が衰えると突然癌化し、かつ肥大化してくるのである。今までここで示した症例の中にはその可能性を示唆する材料は沢山あった。
 さて、ここで前回の宿題を考えてみる。
<前号の宿題>
<症例51> 男性 68歳 会社役員 飲酒毎日 喫煙20本/日 175cm 70kg 体重変動無
 以前より時々来院している患者が、この1~2ヶ月間「怠くて元気が出ない」、「風邪を引きやすくなった」ということで約2年ぶりに来院した。食欲はあるけれども「まあまあ」の状態で、睡眠は朝方1度小便に起きるがすぐ眠れるので問題なく、便通も異常ないとのこと。元々コレステロールが400位あって非常に高く、医師から勧められてコレステロールを下げる薬を服用しているとのこと。血圧及び血糖値は高くなく肝機能なども正常。特別なストレスは特にないとのことで、臨床所見としても浮腫もなく、顔の色つやが若干悪い程度。頸肩は普通にこっているくらい。
 週2度の治療を行うが、直後効果はあっても次の来院時には同じ症状を訴え累積効果はみられない。
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 コレステロールは、高ければ高いほど心筋梗塞のリスクが高まることとアテローム変性を来して動脈硬化を進めるので脳血管障害のリスクも高くなるので低い方が良い、というのが医学界の常識?である。この症例のようにコレステロール値が400mg/dlもあってなおかつ心筋梗塞の最大のリスクファクターである喫煙及び男女では男性がリスクが高いと、当然医者であればコレステロールを下げる薬を出すのが当然であろう。
 4・5回の治療後に治療効果が見られないし、あまりにも元気がなく頻繁に風邪症状を呈するので、スタチン剤(コレステロール低下薬)の服用を止めたいと医師に相談したらどうかとお話しした。実際にスタチン剤を服用してからコレステロール値は300mg/dl位まで下がったとのことであるが、ご本人も鍼灸治療効果がないこともあって医師に相談して服用を止めたところ、上記の症状は全て無くなりすっかり元気になった。後日談であるが、スタチン剤を止めたらコレステロール値は又元に戻り、心筋梗塞対策として煙草を1日3本に減らして頑張っているとのことであった。
 この患者の症状は、コレステロールを下げる薬を飲んだために起きた症状であるということで、薬の副作用が答え。
 さて、ここでコレステロール値を下げる薬を飲んだら、何故元気がなくなったり、風邪を引きやすくなったのであろう。コレステロール値のいわゆる正常域の上限は施設によって違うが220~240mg/dlになっている。スタチン剤で低くなったといっても正常域より遥かに高いレベルであるにも関わらずである。
 また、何故医師がこれほどまでに高いコレステロール値なのにかかわらず薬の服用停止に同意したのであろうか。欧米での実験では、コレステロール値が高いほど心筋梗塞・狭心症の発症及び心臓死が多くなることがわかっており、スタチン剤の代表的な薬であるメバロチンは欧米並びに日本でEBMによって効果が確かめられた薬として大々的に宣伝され、日本ではスタチン剤だけで年間約3千億円の売り上げがあるということである。鍼灸師全体の売り上げの推定値は800億円から1500億円程度なので1種類の薬だけで鍼灸師の全体の2倍から4倍という売れている(処方されている)薬である。
<次号までの宿題>
 このコレステロール値を下げる薬を飲んだら、何故元気がなくなったり、風邪を引きやすくなったのであろうか?ということと、何故医師がコレステロ-ル値が依然として高いのみ関わらず、服用中止に同意したのであろうかということを次号までの宿題としますので、読者諸兄のご賢察をお願いします。               つづく

1)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その22」 医道の日本誌65巻8号 2006
2)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その23」 医道の日本誌65巻9号 2006
3)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その24」 医道の日本誌65巻10号 2006

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