症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その28

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その28 ・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-12」・・・・                    東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

前々回よりコレステロールと免疫について考えてきた。今回もこのテーマを少し掘り下げてみる。  まず次の症例を考えてみる。 ・・・・・・・・ <症例55> 女性 主婦 77歳 164cm 67kg 喫煙無し 体重変動無し  以前より、肥満による膝痛と高血圧を主訴として週1回程度、軽度の腰痛持ちの夫と夫婦で健康管理を含めて来院している患者である。健診で血中総コレステロ-ルが高いこともあって、専門病院での精査を指示された。心臓専門の病院に行き、精査を受けたところ心電図の軽度異常も見つかり、服薬の他、運動の禁止、外出の制限、食事の制限などを指導された。  この患者がその後、どのような経過を辿ったかが問題である。もちろん私は、服薬はともかく、外出の制限には反対であったし、軽度の運動(例えば散歩)は推奨していたが、残念ながら私の言葉よりも医師の言葉の方を尊重された。答えは後述するとして一度考えてみていただきたい。なお、25年ほど前の症例なので当時降圧剤以外にどんな薬を服薬していたかは、はっきりしない。少なくともコレステロール低下剤は服薬はしていないはずである。 ・・・・・・・・

<血中コレステロール値と死亡率は逆Jの関係にある>  前々回にご紹介した「J­LIT」(日本脂質介入試験)の中で、コレステロール値が極端に高すぎる場合は別にして、「血中コレステロール値が低くなるほど、死亡者数が多くなる」というデータが注目を浴びたのであるが、特に、ガン死亡者数では、その傾向が顕著であったということである。  さらに、次のような結果も確認された  1)血中コレステロール値が高くても低くても、死亡のリスク(危険性)は大きくなり、むしろ低い方がそのリスクは、より大きくなる(逆Jカーブがある)。  2)総死亡率のリスクが小さいのは、血中総コレステロール値200~280mg/dlであり、この範囲であればリスクは変わらない。  3)血中コレステロール値が低いほど癌死亡者が多い(血中総コレステロール180mg/dl未満のガン死亡者は、同280mg/dl以上の人の約5倍であった)  1)の逆Jカーブというのは、拡張期血圧と死亡率の関係にJカーブがあるということが近年の研究でわかったが、第2のJカーブの発見である。拡張期血圧と死亡率の関係は拡張期血圧が70mmHg前後の人が死亡率が最低で、それより高ければ高いほど死亡率が高くなるが、70mmHg前後より低くても、低いほど死亡率が高くなるという研究結果のことである。そして、高い方が死亡率は高くなるので、縦軸を死亡率、横軸は血圧とすると丁度Jの字のようになるので名付けられた。それと同じ傾向が血中コレステロール値と死亡率の関係にあるということであるが、逆Jカーブというのは3)の血中コレステロール値が低い方が高い人よりも癌死亡者が多いということでJが左右逆の形になるということである(但し逆Jという表現は私の表現)。  これだけを見ると、コレステロールは極端でなければ高い方が良いに決まっているように思える。では何故、西洋医学の臨床の現場では血中コレステロール値を下げるように厳しく指導するのであろうか。 <西洋医学は部分の医学>  西洋医学が基盤としている科学は、デカルトが提唱した考え方を基盤としている。すなわち、要素還元主義であり2元論でもある。このデカルト科学は一言で言えば「事象を客観的に再現性をもった結論が出るまで細かく要素に分けて分析し、それらの要素を再合成して、普遍的な理論を導く」考え方である。Scienceという言葉は元々は考える、とか思索するというようなことが語源とうかがっているが、それを科学(分科学)という言葉に翻訳した意味合いは正にデカルトの要素に分析する考え方を表して妙である。すなわち一つの学問は深めていけば深めるほど、細かく細分化していくのである。以前は全ての筋骨格系の病気(症状)を扱っていた整形外科医は、腰痛・膝痛などの専門家に分かれ、そして、腰痛の専門家は椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症の専門家に分かれていくと具合である。人体⇒臓腑⇒細胞⇒分子という具合でもある。  心筋梗塞や狭心症発作などの心イベントの発症率は、血中コレステロール値と相関することははっきりわかっている。すなわち血中総コレステロール値が高ければ高いほど心イベントによる死亡率が高いということである。最近では血中総コレステロールよりもLDL(悪玉:低比重リポプロテイン)の高低の方が死亡率と相関するという研究結果もあるが、何れも高い方が良くないということである。例外としてはHDL(善玉:高比重リポプロテイン)が高い方が良いというのがあるが、高ければ高い程良いかは不明。  心臓疾患の専門家にとって、健診で高脂血症や高コレステロール血症が発見された患者及び狭心症発作を起こして来院した患者を診る時に考えることは、心筋梗塞や狭心症発作などの心イベントを起こさせないようにするということを第一義に考えるのは当然である。そして、血中コレステロール値が高い方が心イベントの発症率及びそれによる死亡率が高いことがわかっているわけであるから、血中コレステロール値を下げる治療をするのも当たり前かもしれない。 <メバロチンの有効性及び対費用効果は非常に低い>  このシリーズの25において代表的なコレステロール低下剤であるメバロチンについて紹介した。この薬は前述のように「エビデンスに基づく高脂血症治療薬」として大々的に宣伝され、1998年には約3000億円近い薬剤費が支出されている。 そして、狭心症や心筋梗塞の既往のない高コレステロール血症の人を対象として、心筋梗塞の予防、死亡率の改善を検討した一次予防(病気にさせないことで、一度病気になった人の再発予防は二次予防という)に関する実験は一つだけである1)。   この研究での5年間の死亡率のRRR(相対危険率減少度)は22%だったが、ARR(絶対危険率減少度)は4.1%から3.2%へとわずか0.9%減少しただけで0.9%(正確には0.89%)であった。そして、一人の不良な転帰(死亡とか入院というような変化)を防ぐために治療されるに必要な患者の数であるNNT(治療必要人数)は112人という大きな数字であったのである。統計的に有意になったからといって、そして相対的には危険率が22%減少したからといって患者全体から見るとたったの0.89%しか減らないのでは問題ではないだろうか。そして、おまけに、研究対象者の44%が喫煙者で、15%が高血圧症を合併しており、5%が狭心症を合併していることで、かなりハイリスクな患者を対象としているのか関わらずである。そして更に大問題なのは、対象がスコットランド人であり、日本人の心筋梗塞の死亡率の5倍以上あるイギリスでの話ということである。死亡率が5倍以上も高い国でかつハイリスクな対象者で行った実験でARRが0.9%でNNTが112であれば、仮にハイリスクを考えなくても、単純に計算して日本で行えばARRは0.2%以下であり、NNTは600以上になる。そして、差がかなり小さくなることで有意差がなくなり、統計的にはネガティブな研究となってしまうであろう可能性も高いということである。このようにうどん粉などのプラセボと比べてほんの小さな効果しかない薬剤に、年間3000億円ものお金をかけることに意味があるのかは大きな問題である。専門家の試算では、一人の心イベントを防ぐためにかかる費用は10億円ということである2)。対費用効果(かかる費用に対する効果の割合)は圧倒的に低い。10億円あったら鍼灸治療でどれだけの心イベントを防ぐことができるのであろうか。エビデンスがない故に何ともいえないけれども、負けるわけがない。おまけに鍼灸治療では副作用もメバロチンに比較すれば圧倒的に少ないと思われる。 <心筋梗塞で死ななければ癌死しても良いのか?>  さて、このようにメバロチンの効果は高いものではないが、それなりのエビデンスはある。しかし、この実験でのエンドポイント(endpoint)はあくまでも心イベントである。エンドポイントとは研究デザインを考える際に、効果の観察・測定対象となる評価項目のことで、通常は死亡率や罹患率が使われるために、死亡で実験がエンド(終わり)となることから付けられた名前で、エンドポイントの妥当性や信頼性が問題となる。  それでは、心筋梗塞で死ななければ、たとえ癌で死亡しても良いということであろうか。血中コレステロール値が高ければ高いほど心筋梗塞死などになりやすいけれども、逆に癌死亡率は下がるのである。別の言い方をすれば、血中コレステロール値が低ければ低いほど心筋梗塞死などは減少するけれども癌死は増える、ということなので心筋梗塞で死ななくても癌で死ぬ確率が増えるのである。 <心筋梗塞には成らなかったが寝たきりで老衰死は良いのか?>  さて、<症例55>に戻る。この患者は心臓専門の病院において、服薬と上記の運動及び食事の制限を指導された。非常に真面目な性格な方でコンプライアンスが良すぎて、ほとんど外出しないで鍼灸治療にも以後見えなくなり来院はご主人のみとなってしまったのである。当然のことながら運動不足と元々の肥満があり、膝痛は悪化して、ますます運動不足⇒筋力低下⇒筋萎縮となって瞬く間に(1年ほど)歩けなくなって寝たきり状態となったのである。この時になって初めて誤りに気がついたが、既に来院できる状況でなく一度往診に伺ったが、上半身は肥満で足はかなり細くなってしまい手の施しようがなかった。そして、リハビリなどにいく元気も勇気(医師の指導に反して)もなくそのまま寝たきりになって2・3年後には亡くなってしまった。ご主人が時々見えたので、経過を知ることができたのであるが、何とも情けなく、医療の無責任さ、医療が専門分化していることの弊害を強く感じた症例であった。心臓の専門医から見れば、テリトリーである疾患で亡くならない限り、その患者が癌で死亡しようが、寝たきりで老衰や肺炎でなくなろうが己の責任であるとはつゆとも考えなかったと思われる。確かに80歳を超えて亡くなっているのであるから平均寿命に近いし、心筋梗塞などの心イベントでなくなっているわけでないので、心臓の専門医から見れば治療が成功した、という認識であろう。そのままほっといたら直ぐにでも心筋梗塞を発症したかもしれないからである。しかし、私はやりきれない思いが残った。  死は心筋梗塞でも癌死でも寝たきり死でも同等であるし、治療の影響で(副作用などで)本来の対象である疾患にならなくても他の疾患で亡くなったりしたのではいけないということで、近年のEBMでは、エンドポイントを総死亡率にするケースが増えてきた。  それだけでなく、むしろ心筋梗塞で死んだ方が、長期間苦しまないで良いので私ならその方を選択する。すなわちコレステロールを高くする方を選択する。 <血中コレステロール値と死亡率及び年齢別癌死亡率>  図1は日本における「主要死因別にみた死亡率の年次推移」である、高齢者の増加により癌や肺炎が増加している。統計処理及び死亡疾患名の分類変更などにより、減少していた脳血管障害が90年代半ばで増加に転じたり、心臓疾患が減少にて転じたが、総体的に脳血管障害は減少傾向にあり、心臓疾患は増加傾向にある。日本人の総コレステロール量の平均値は1980年には189.0mg/dlであり、1990年には203.6mg/dlとなり、7.7%増加した。その結果心臓疾患が増加したのは頷ける。しかし、癌死は増加している。但し、年齢調整をすると(高齢者が増加しているので年齢別に分析して年齢分布が同等であるとしていくと)癌死は減少していないけれども増加もしていないのである。  年齢と血中コレステロール量を見ると、若年時では低く、思春期までは100~150 mg/dlでほぼ一定で、その後加齢と供に増加し30歳代では190mg/dl程度、40歳代では200mg/dlくらい、50歳代では約210mg/dl、60歳代225mg/dlと最も高くなり、70歳代では215mg/dlと減少に転じる。但し、男性では40歳代が最も高値でその後漸減する傾向にあるが、女性では閉経後急速に増加し、60歳代で最も高くなり、その後漸減する。  男性は若年時の癌死は比較的少なく50歳代を超える頃から徐々に増加し、60歳代から急速に増加して80歳を超えてもなお死亡率の1位である。しかし、女性は若年時は男性のほぼ2倍強の癌死があるが、閉経後の癌死の増加は男性に比べて穏やかであり、70歳代頃からは、死亡率は3位くらいになるほど相対的には低くなる傾向にある。これは加齢による癌死亡率の増加を考慮しての年代別の血中コレステロール量とほぼ一致する。すなわち女性は高齢になっても血中コレステロール値が高いので癌死が比較的少なく、男性は40歳代をピークに50歳代から血中コレステロール値が加齢と共に減少していくので癌死は急増するということである(図2)。

<前号での宿題>  前号での宿題は、「景気が落ち込んだ年や、低所得者が多く住む地域・国では殺人・強盗などの凶悪犯罪が多く起こり、逆に好景気の年や高額所得者が多く生活する地域・国では知的犯罪が多発します。何故でしょう?」というものであった。 米国カリフォルニア州の75歳以上の白人男性を対象とした研究で、血中コレステロール値が低いと鬱状態になりやすく、血漿コレステロール値が高いと鬱状態に成り難いという結果が出て、コレステロールと心に関係があることがわかってきた。また、血中コレステロール値が低いと、精神的に不安定で暴力行為を起こしやすいということもフィンランドのビルクネン博士の研究で明らかになった。コレステロールが少ないと、セロトニンが少なくなるが、元々セロトニンは心の不安をなくし明るく元気にさせる脳内物質でもあるので、コレステロールが少ないと不安になったり不安定になるということが考えられる。ビルクネン氏は、犯罪者とコレステロール値の関係について研究し、その結果コレステロール値が低い人には、殺人、暴行などの暴力的犯罪者が多く、逆にコレステロール値が高い人には、詐欺、偽造など知能犯が多い、ということであった。 また氏は同様に注意欠陥多動性障害(ADHD)の子どもを調べたところ、すべてコレステロール値が低いことが分かり、“切れる子”の一部は、コレステロールが足りないためにそうなったのかもしれない、ということである。(http://lin.lin.go.jp/alic/month/dome/1993/nov/kantou.htm及び http://www.chunichi­tokai.co.jp/food/food170.shtml より浜松医科大学教授 高田明和氏から引用)  このように、コレステロールを脳を含めた全身にくまなく運ぶことは非常に重要なことであると考えると、悪玉といわれるLDL(コレステロールを全身に運ぶ役目をする物質)は悪玉どころか非常に大切な物質でもあることがわかる。

<次号までの宿題>  米国では、近年嫌煙運動や菜食主義の普及、そして野菜と魚中心の日本食ブーム、及び肥満・喫煙者は有名大学や一流企業に入れないなどの健康に留意した活動が盛んになった。これらの活動は癌の一次予防(癌にならないようにする)に繋がり、癌の発症や死亡は当然減少すると考えられる。が、しかし1975年と2002年を比較すると65歳未満での癌の死亡は全ての死亡に占める比率が27年間に22%から26%に増加し、65歳以上でも18%から22%に増加した。嫌煙運動や肥満対策・菜食主義などは癌の予防に繋がらないのであろうか。これを皆さんどう考えますか?これが次号まで宿題です。賢明なる読者のご賢察をお願いします。     続く

<引用文献> 1)浜 六郎 [プラバスタチン(メバロチン)は本当にEvidence­Basedか?」   正しい治療と薬の情報 医薬品・治療研究会 vol.14 No.6 1999 2)別府宏圀 「医者が薬を疑う時」亜紀書房 2002

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