症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その33

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その33
・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-17」・・・・
                   東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 この数号でコレステロールと免疫力・癌の発症の問題を取り上げ、前号では中性脂肪は有る程度高い方が長生きであり、血圧は薬で下げるとむしろ生存率を下げるということを述べた。
 次の症例について考えてみる。
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<症例58> 男性40歳 ステーキハウス店長(チェーン店経営母体の副社長も兼務) 168cm 体重不明(肥満) 喫煙(本数不明) 飲酒多し
 22歳の時に一念発起し大学を中退して米国に渡り従兄弟が経営するステーキハウスに勤務した。以来時々来日するが来日の度に体重は増加し、毛髪は段々薄くなっていく。
 40歳の時にはほぼ完全な禿髪になり、体重はいわないので不明であるが明らかにBMIは30は超えているものと推察する。ステーキハウスの店長ということで、毎日のように肉食で、すき焼きを食べる時には肉は大量にそして卵も6~8個食べる。煙草はそれほど多くない。
 私はこの時点でこのままの生活状態が続けば、将来は心筋梗塞か大腸癌で早死にするから、運動と食生活の改善を是非しなさいという、ご指導をしたのであるが、米国における周りの人達は彼と全く同様の生活をしているし、肥満者も多く、自分は特別であるという認識はなく、私の言葉には全く意に返さない。
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 この症例は、今から12年前の状態である。その後この症例がどうなったか、が問題である。
<人種の差と地域の差>
 人種により癌が発症が違うのかどうかであるが、黒人に前立腺癌が多いことや白人に皮膚癌の一種である黒色腫が多いことが知られている1)。
 地域差のある癌は多く、胃癌は日本や東アジアで多く、大腸癌は欧州・北米・日本で多い。また、肺癌は欧州、北米及びオセアニアで高率で黒色種はオセアニアで高率である。
子宮頚癌はアジア・アフリカ及び中南米で高率で、子宮体癌は逆に欧州、北米、オセアニアで高率である1)。
 地域の差は人種や気候の差も考えられなくはないが、多くは生活習慣・態度などの違いによるものと考えられる。例えば、胃癌は塩分摂取量、大腸癌は脂肪食や肉食の摂取量及び喫煙率と相関していて、正に東アジア(日本・韓国・中国)では塩分摂取量が多いし、欧州や北米・オセアニアでは脂肪食・肉食の摂取が多いことが反映している。黒色腫がオセアニアに多いのは元々寒冷な欧州に住んでいた白人が亜熱帯に近い日光が強いオセアニアに住んだためと考えられる。子宮頚癌は性行為によるHPV(ひとパピロマーウイルス)の感染によるもので、避妊具が普及されて無く、若年からのフリーセックスや売春が公然と行われているような地域に多い。また、体癌は女性ホルモンのアンバランスが原因であることが多く少子化・高齢化と無縁ではない。
<外国に移住した日本人は日本に住む日本人と同様か?それとももはや外国人なのか>
 これは、癌は遺伝か環境か、という問題でもある。図1~図4は日本に住む日本人とハワイ及びサンパウロに住む日本人、そして現地の人達の胃癌・前立腺癌・乳癌・結腸癌の発症率を見たものである1)。明らかに移民者達は、日本に住む日本人より現地の人間の癌発症率に近づいている。また、図5~図7は日本在住の日本人とサンパウロの移民一世(日本で生まれたブラジルに移住した移民)、二世以降(ブラジルで生まれた日本移民の子孫)及び現地ブラジル人の癌罹患率(日本在住の日本人を100とした場合の)割合を見たものである。明らかに日本在住者から一世、二世以降と現地の人の割合に近づいている。すなわち、日本人であるという遺伝子よりも現地(ここではブラジルサンパウロ)の環境により、癌の発症率(日本では多い胃癌がブラジルやハワイに移住すると減少し、日本では少ない現地で多い前立腺癌・乳癌・結腸癌が増加する)が現地の発症率に近づくということが判る。
<癌発症率に影響を与える環境とは何か>
 癌発症率に影響を与える環境とは何だろうか。気候・水・土壌・空気(大気汚染度合い)などが考えられるし、その土壌から作られる果物や野菜の種類の違いや海や川から捕れる魚の種類などが違うことも当然考えられる。しかしながら天気予報が当たりにくいように、気候一つとっても非常に複雑な要素が絡んでいて、これらの分析は容易でない。
 図8~図9は日本在住の日本人とサンパウロ在住の日本人の食習慣の違いを見たものである。図8ではサンパウロ在住者は日本在住に比較して果物摂取が大幅に増え、漬け物などの塩蔵品摂取量が大幅に減少している。塩蔵品は胃癌の最大のリスクであるから、この減少が胃癌発症を低下させていることは容易に考えられるし、果物摂取量(野菜は減少しているが野菜+果物接収量は増加している)の増加が胃癌発症の減少に貢献している可能性も充分考えられる。そして、世界的な冷蔵庫の普及による塩蔵品(薫製品も含む)摂取量の減少により、胃癌は世界中で減少している事実がある。
 図9では赤身肉(牛・豚・羊など)の摂取量がサンパウロ移住者は2倍に増加し、逆に魚介類は移住者は半減した。動物性脂肪(飽和脂肪酸)の摂取量が大幅に増加し、魚の脂肪(EPAやDHAに代表される不飽和脂肪酸)の摂取が大幅に減少したことの影響は心筋梗塞や肥満のみならず免疫抵抗力に影響を及ぼしている可能性は高い。
 このような明らかな食習慣の変化が、癌発症率の変化に影響を及ぼした可能性は非常に高いものと考えられるだろう。
 ここで面白いのは図4である。赤身肉の摂取量は結腸癌の発症率と相関するといわれており、事実米国における肉食量は日本に比較して大幅に多いので、ハワイ在住の日本人及びハワイ全体の結腸癌発症率は日本在住日本人の3.5倍にも達している。しかしながら、図9に見られるようにサンパウロ在住の日本人は赤身肉の摂取が2倍にもなっているにかかわらず図4のあるようにサンパウロ全体の人達の結腸癌発症率は日本在住の日本人に比較して1.4倍ほどにはなっているものの、サンパウロ在住の日本人は日本在住の日本人とあまり変わらない(4%増)。何か米国在住の日本人と違う何か特殊な事情が有って、そのために結腸癌発症率が低いと考えられるが、それは何かは未だ判らない。
<症例58のその後>
 この男性は、米国ジョージア州アトランタ、テネシー州ナッシュビル、フロリダ州タンパの各地の店の店長を20数年に渡って勤めてきた米国在住日本人である。彼は50歳の時に結腸癌がわかり、手術を行ってとりあえず手術は成功し自宅で静養していた。しかしながら、数週間後、奥様が買い物に外出している間に自宅で亡くなっていたのである。死因ははっきりせず、癌の手術後の後遺症という診断が下ったが実際には不明ということであった。私は、静養中に心筋梗塞を起こしたのか(心筋梗塞は強いストレスがかかった時にも起きやすいが、リラックスしている時にも起きやすい)とも思ったが詳細は不明である。抗癌剤の投与や放射線治療の有無なども判らない。
 しかし、正に22歳までとその後の食生活の大幅な違いにより、彼は日本人ではなく、米国人になったのであり、悲しいかな私の警告通りに結腸癌になり、そのために亡くなった。
 症例28と移民の方々の食習慣及び癌の発症の違いを見ると、癌は正に生活習慣病であることを痛感させられる。遺伝よりも生活習慣の違いの方が遥かに大きいということである。巷間いわれているように、肉食を極力減らして、魚と野菜中心の食生活にして、塩蔵品は極力避け、塩・醤油・ソースなどの調味料は少な目(塩分を減らす)にして薄味になれるということである。これらは癌の予防に当然繋がるし、診断の際の助けにもなることはもちろんのことである。
 図10は、米国がアポロ計画の後に癌を撲滅する目的で膨大な予算を付けて研究を行い、その際に当時のジミーカーター大統領が代表となってまとめたものである。この結果、健康を維持する、または健康を回復する(治す)ことに医療や保健活動(健康診断・ドックなども含む)、遺伝、環境(水や大気、緑、気候等)そして生活習慣がどれくらい関わっているかということをまとめたのであるが、予想に反して?医療や保健活動の貢献はたった10%であり、生活習慣が半数を占めるという結果になったのである。
 この内、環境は政治の仕事でもあるが、自身の生活の場を自分で選択することは可能で、空気や水がきれいで、魚の美味しい所に住むことはできるが実際には職業の問題などでなかなか難しい。しかし、できないことはない。遺伝の方も変えられない遺伝子も沢山があるけれど、笑いにより遺伝子が変わり、免疫力がアップすることも判っているし、生活習慣の改善で遺伝子が変わることも判っているので、この部分も全て自分の力が及ばない部分ではない。医療保健活動も含めて、自分の力で80%程は病気にならない、病気を治すようにすることは可能なのである。
<前号の宿題>
 前号での宿題を考えてみる。
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 沖縄26ショックというのがある。以前都道府県別平均寿命で日本一であったのは東京都であった。当時世界中から疫学などの専門家が来日して何故東京都が日本一、当然当時は世界一長寿な理由を探ったのであったが、その結論は「通勤地獄」であった。適度のストレス・運動ということらしい。その後沖縄県が東京都を抜いて長寿日本一に君臨したことがある。豚がよいとか、ゴウヤが健康によいとか色々いわれた時期であった。しかし、長寿1位から3位程度にあった沖縄県が突然26位に下がったのである。このことを沖縄26ショックという。この理由をご賢察していただきたい。
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 表1・2は都道府県別の平均寿命トップ5の年次推移を表したものである。
 昭和50年(1975年)頃までは東京がトップだったが、その理由として通勤地獄ではないと私は思う。それを経験している身でいえば「適度なストレスとはとんでもない、正に地獄だ」といいたい。
 何故東京がトップだったのだろう、と考えると私は当時は他の道府県より東京の方が裕福で栄養状態が良かったからではないかと推測するが、現在にように飽食の時代となってはむしろそれは逆効果かもしれない。東京は2000年には男性が15位、女性は36位に落ち込んでいる。
 さて、沖縄は日本に返還されて統計を取り始めた途端、女性は第1位に躍り出た、男性は昭和50年(1975年)の時点では第10位の平均72.15歳で1位の東京よりも1歳以上短いが、その5年後には女性と同様にトップに躍り出て、その後1位、5位、4位と上位に君臨していたのであるが、2000年に突然26位に陥落し、全国平均よりも下回ったわけである。ただ、女性に関しては1位を継続している。
 この1995年(平成7年)から2000年(平成12年)までの5年間の各都道府県の男性の平均寿命の延びを見てみると(図11)全国平均が1.01歳で兵庫県の2.03歳がダントツであるが、これは平成7年に起きた阪神淡路大震災の影響があって、その年兵庫県はその影響で46位で震災の影響を排除した場合に比べて男性で0.56歳、女性(最下位)で0.85歳も平均寿命が減少していた。その影響があって全国平均の2倍以上の延びを示したのであるが、実は震災の影響を排除しても1.47歳の寿命延長で2位の鳥取県の1.31歳を大きく上回ってやはり1位であることに変わりがない。
 さて、沖縄県であるが、図のように男性ではダントツの最下位である。図は上位5位まで(兵庫、鳥取、奈良、千葉、三重)と11位の東京及び下位5県(43位~47位が示されている。最下位の沖縄は、その直ぐ上の4県よりも一段と伸びが低い。沖縄26ショックになるのも当然と頷ける。実は女性の延びも46位で全国平均を大幅に下回っているが、それまでダントツの1位だったのでまだ1位を維持できたということである。
 どうしてこういうことが起きたのであろうか。実はこのことは既に予想されていたのである。1995年は戦争が終わって50年、2000年は55年が経過した年である。沖縄は日本で唯一地上戦の戦場となったために、終戦時には食べ物が無く、米国から食糧が供給された、という事情がある。すなわち、全国に先駆けて沖縄県において食事の洋風化が行われたのである。戦後生まれの人達は、そのような食料環境の中で育ち、50歳を超えるようになって生活習慣病で亡くなり始めたために急激に平均寿命が下がった、ということである。その他、沖縄には電車が無く、車社会であるために歩くことが少なく運動不足になりやすいし、第一暑い日が多いので運動はあまりしないことも予想される。
 図12は、沖縄男性と全国の年代別肥満者の割合を示したものである。沖縄男性は全国平均の倍以上肥満者の割合が各年代とも高くなっている。高脂肪食、運動不足であることが容易に頷けるし、死亡原因をみると脳血管障害、心筋梗塞、糖尿病での死亡が全国的に高いことも事実である。この沖縄問題はいろいろと示唆してくれるのでもう少し次号で検討してみたい。
<次号までの宿題>
 恒例により、読者諸兄の頭の体操のために宿題を出します。
 下記の症例について、病態の把握と治療経過について宜しくご賢察のほどお願い申し上げます。
<症例59>男性 会社員168cm 64kg 体重の変化はない 煙草は2年前に止めた ビール毎日2本
 1年くらい前より右肩甲上角(肩外兪付近)辺りが痛くなってきた。食欲は良好、睡眠も良い。便通は軟便気味で昔から痔がある。健診では特に何もいわれていないが、以前胃と大腸のポリープを内視鏡下で手術をしたことがある。水泳(クロール)は以前より行っており、水泳時には痛まない。頚と肩関節のROMは正常で日常生活においても特に差し障りがないが、痛くなるととても辛く、どんなにしても痛みは変わらない。眩暈、浮腫、嘔気、冷え、上気などは全くない。全身調整と局所の置鍼等のごく普通の治療を行う。
第二診:第一診の1週間後に来院するが、治療後に特に変わりが無く、状態は同じであった。
<引用文献>
1)田島和雄監修「がん予防の最前線-上」昭和堂 2004 
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