症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その34

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その34
・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-18」・・・・
                   東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 前号で生活習慣が如何に大切か、そして、生活習慣から癌の予防・予測・予後などが推察できることを述べてきた。そして、沖縄26ショックの原因が食事の欧風化であったことも述べた。では、欧風化とは何を意味し実際にヨーロッパ各国の平均寿命は短いのであろうか?
<食事の欧風化は寿命を短くするか?>
 一般的に食事の欧風化とは、厳密に言えば、香辛料や塩分量の変化、洋風野菜・果物の普及、米から小麦(パン・パスタ)への転換、大豆蛋白の減少、乳製品の増加、日本酒からワインへなど様々あるが、主に高脂肪食と肉食を意味すると思われる。では、その欧風食を主食といている国々の国民の平均寿命は短いのであろうか。
 図1はWHOが2006年に発表した男女総合の国別平均寿命である。日本を除けば、上位8カ国全てヨーロッパの国々かその人々が移住したオセアニアの国であり、その次の8カ国もヨーロッパかその移住国で、唯一例外がシンガポールである。図には示さないが、その次の第17位79歳にはオーストリア、キプロス、フィンランド、ドイツ、ギリシャ、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、イギリスとこれまた全てヨーロッパの国々である。なお、国の後に付いている数字は順位を表す。
 平均寿命に大きく寄与する因子としては、経済状態、栄養、受診率、医療状況、上下水道などの公衆衛生、気候・風土、自然災害、戦争、感染症の流行等々様々ある。日本の男性の平均寿命が50歳を超えたのは、戦争が終わって少したった昭和22年である。この年に私は生まれたのであるが、当時0歳の予想余命は50歳ということでつい先日還暦を迎えた私は、10年得をしたということになるが、今現在の平均余命は20年程度あるのでまだまだである。その後日本の平均寿命はドンドン上昇し女性は1・2年で、男性も昭和26年には60歳を超えている。4年で10年以上の伸びを示しているのである。これは出産時・乳幼児の死亡率が激減したこと、栄養状態や公衆衛生が徐々に普及してきたことなどが上げられる。そして、70歳を超えたのが、女性が昭和35年、男性が昭和46年である。
 長寿世界一となったのは、男性が昭和52年で72.7歳、女性が昭和57年で79.7歳である。その後女性はずうっと1位を堅持しているが、2004年に比して0.07歳寿命は短くなり、男性は0.08歳短くなって、日本男性はこの32年間常に3位以内だったのがにどうやら4位に陥落したらしい。
 実は、平均寿命が前年を下回ったのはこの20年間に過去4回ある。1995年は阪神・淡路大震災とインフルエンザの流行、1998年は男性の自殺率の急上昇、1999年は肺炎の流行、2005年はインフルエンザの流行と自殺増の影響というように説明されており、災害と感染症及び不況などによる自殺者の増加で説明されている。
<平均寿命とGDP>
 図2は、一人あたりのGDP(国民総所得)の国別順位である。平均寿命1位の日本はGDPは16位(英領の諸島を除く)で1位のルクセンブルクの約半分で、同じく1位のモナコは23位(英領・蘭領の諸島を除く)でルクセンブルクの約45%のGDP、1位のもう一つの国であるサンマリノはGDPでも4位と高水準であるが、ルクセンブルクの約6割程度である。GDP1位のルクセンブルクは平均寿命では17位で、GDP2位のアメリカは26位である。香港は平均寿命の方では中国に合算されているが、中国と別にすると男性は世界一で日本男性より0.47歳も寿命が長く、女性は日本に次いで第2位(日本よりも約0.8歳短い)で実質的には日本とほとんど変わらない。そして、香港のGDPは34200米ドルで第5位と高い。
 図3は、平均寿命が短い国を示した。あの北朝鮮でさえ平均寿命は66歳であり、北朝鮮のGDPはブータンと同じ年1400米ドルで日本の21分の1、韓国の約14分の1である。しかし、平均寿命が最短である、184位の中央アフリカ以下のアフリカ諸国の平均寿命は40歳前後で、北朝鮮よりも遥かに寿命は短い。最下位のジンバブエのGDPは1900米ドルで北朝鮮よりかなり高いし、レソトは3200ドルでインドやキューバよりも高いし、アンゴラも2100ドルもあり、カンボジア、バングラデシュ、モンゴル、ラオス、ミャンマー等のアジア諸国よりも高い。しかし、ザンビア・ニジェールは900ドル、シエラレオネ・マラウイは600ドルと非常に低い。
 アフリカ諸国はアジア諸国と違い、戦争や内戦に明け暮れているところが多く、食中毒や感染症、上下水道の不備などに伴って同じ所得水準でも平均寿命が短いところが多い。しかし、欧米諸国よりも圧倒的に低いGDPでそれに相関する形で平均寿命も短いのは事実である。
<医療費支出と平均寿命>
 図4は一人あたりの医療に対する平均支出で、アメリカがダントツで1位ある。そして、医療費支出の多い国は一人あたりのGDPが多い国でもあり、かなり相関している。しかし、平均寿命との関係を見るとそれなりには相関しているが、日本、オーストラリア、イタリア、ニュージーランド、スペインなど医療費が比較的少ない国が平均寿命が長く、一番多い米国は26位で、それほどの相関はない。
 よって、「所得が高い⇒医療費を使う(受療機会が多い)⇒寿命が長い」という図式はある程度言えるが、それほど言えるものでは無い。むしろGDPが高い国は、社会保障や上下水道などの公衆衛生が整っており、栄養状態も良いので医療の受療機会だけで寿命の長短をいうことはできない。
 それはともかく、「食事の欧風化=寿命を短くする=悪」という図式はとても言えそうもない。日本は寿命が一位で医療費やGDPも先進諸国ではそれほど高くはないので、日本食が欧風食よりも優れているから、日本食と欧風食を比較すると日本食の方が良い、ということも言えそうである。事実、最近の米国の平均寿命の延びの一因は日本食ブームということも言われている。ならば、香港はどうか。種々の食材が豊富に使われているというメリットはあるにしても、油濃い・炒め物が多い中華料理が健康的に優れているかどうかはやや疑問である。よって、健康・長寿の面で日本食が欧風食よりも優れている、少なくとも日本食が欧風食になったから、沖縄県の平均寿命が格段に下がったとは言えないことが判る。
<欧風化は問題なく米国化が問題>
 沖縄県に起きた食事の変化は欧風化ではなく、米国化であることに注意が必要である。米国は欧州(ヨーロッパだけでなく北アフリカ、中東、中央アジア、ラテン系の白人全体で約75%)からの移民が主体ではあるが、原住民のアメリカン・インディアン(0.8%)は元よりアフリカ系(12.1%:2005年の統計・以下同じ)、ヒスパニック系(ラテン系の白人を含むと14.5%)、アジア系(4.3%)など様々な民族が混在している国である。
 アメリカはGDPは世界2位で医療費の支出はダントツの世界一であるが、平均寿命は26位で日本より4歳程度短い。戦中・戦後はもちろんであるが、戦前も日本の平均寿命は米国に比較して格段に低く、米国は世界最高水準であった。その世界最高水準であった米国を日本が抜いたのは男性が1963年、女性は1967年である。もちろん日本は前述の理由で急激に寿命を延ばしていったが、米国は他の先進諸国に比してもその寿命の延びは鈍くドンドン下がっていったのである。
 図5は、米国の各州における健康保険加入率と平均寿命の関係を見たものであるが、明らかに健康保険加入率と寿命に相関がある。また、薬剤費や診療費の支払いが困難なことによって急性心筋梗塞の予後に及ぼす影響を調べた研究があり、支払いが困難と答えたグループは再入院が1.5倍に上昇した、という報告があり、経済状態により受診率が下がって、心筋梗塞の予後に影響がでるということである1)。ただ、この報告では、支払い困難と答えたグループには7割近く医療保険に加入者がいたのである。すなわち、幾ら保険に入っていても(逆に保険費の負担がある)、自己負担分が払えない、という状況があるということである。米国においては17~18%の人達が無保険であるので、支払い困難者における無保険率の30%強と極端に大きな差はない。それだけ、医療費がかかりすぎているという現状(医療費が高い、受診率が高いなど)がありそうである。
 米国には人種間の平均寿命の差がある。特に黒人男性は寿命が短く白人男性との差は6歳強ある。ただ、アフリカ系は全人口の12%なので、アメリカ人全体の平均寿命でいえば0.7歳/2=0.35歳ほどの影響しかなく4歳も日本より短い理由のほんの一部に過ぎない。黒人男性の寿命が短い理由としてHIV感染、殺人、心疾患が上げられている。
 何れにしても一人あたりの医療支出がダントツで高い国であるので、平均寿命が短いのは健康保険に全員が加入していないということだけでは説明が付かない。
<医療費が多いほど寿命は短い?>
 図6は、日本の一人当たりの都道府県別県民所得、図7は都道府県別一人当たりの医療費支出である。2000年に最も男性で平均寿命が長かった長野県は所得順位は20位で、医療費支出は42位である。2位の福井は所得は15位、医療費支出は19位、3位の奈良は所得が27位、医療費が22位、女性1位の沖縄は所得も医療費も最下位の47位、男女とも4位の熊本は所得が38位、医療費が13位である。このように平均寿命が長い都道府県の所得水準と医療費支払い水準は高いというよりむしろ低い傾向がある。
 また、逆に所得1位の東京は寿命は15位、2位の愛知は13位、3位の静岡は9位と決して高いわけではない。また、医療費が一番多い徳島の寿命は36位、2位の北海道は28位、3位の秋田は46位、4位の佐賀も44位、5位の香川でさえ14位と低く、ここでも医療費を使うほど寿命が短い結果がでている。
<医師数が多いほど寿命は短い?>
 図8は人口10万人あたりの都道府県別従事している医師数を示したものであるが、医師数の多い、上位5県は徳島(平均寿命は36位)、高知(45位)、京都(7位)、東京(15位)、鳥取(31位)と京都を除いて何れも寿命は短い。また、寿命の長い各県は一部を除き皆全国平均以下の医師数である。また医師数が少ない5県では埼玉(10位)、茨城(35位)、千葉(11位)、岐阜(9位)、神奈川(5位)と茨城を除いて皆寿命は長い。
 このように、一つの国の中では上下水道や栄養状態・環境などがそれほど差がないと仮定すると、少数の例外はあるものの、医療費が少ない、医師数が少ない方が寿命が長い傾向にあることが判る。このシリーズのその8において長野県が長寿日本一であることの分析で、医師の数が少なかったために予防接種の機会が少なく、注射針によるC型肝炎などの感染が少なかったために肝臓癌による死亡数が非常に少ないことが長寿の一番大きな要因であることを述べた。日本が長寿世界一なのは医療の貢献は当然あるとしても、そのためであるということは決して言えないのである。
 よって、米国において医療費の支出が世界一で、一人あたりの経済力も第2位であるにもかかわらず平均寿命が高くないことは決して不思議でないことが判る。新潟大学の安保徹先生ではないけれども「医療が病を作る」こともあり得るのである。
<沖縄26ショックの原因は食事の欧風化ではない>
 では、何故米国は経済力もあり、医療費も充分支出され、医療施設も整い、栄養状態はもちろん、上下水道などの公衆衛生も整っていて、かつ戦争をしているわけではないのに関わらず何故寿命はそれほど高くないのであろうか。それは、当然沖縄26ショックの分析に繋がるわけである。沖縄26ショックの原因は食事の欧風化ではないことは今までの検討で明らかである。では何が原因なのか。前号で述べたように車社会で、暑い日が多いために運動不足になっている面もあろうし、実際に肥満者の割合が多い事実がある。
<次号の宿題>
 沖縄26ショックは食事の欧風化が原因ではないことは明らかであるが、食事以外の原因にその全てを求めることは困難である。事実上電車のない車社会は日本の田舎に行けばどこにでもあることであるのでそれが原因とは言い難い。この原因を探求していただくことを次号の宿題としたい。
次に前号の宿題を検討する。
<前号の宿題>
<症例59>男性 会社員168cm 64kg 体重の変化はない 煙草は2年前に止めた ビール毎日2本
 1年くらい前より右肩甲上角(肩外兪付近)辺りが痛くなってきた。食欲は良好、睡眠も良い。便通は軟便気味で昔から痔がある。健診では特に何もいわれていないが、以前胃と大腸のポリープを内視鏡下で手術をしたことがある。水泳(クロール)は以前より行っており、水泳時には痛まない。頚と肩関節のROMは正常で日常生活においても特に差し障りがないが、痛くなるととても辛く、どんなにしても痛みは変わらない。眩暈、浮腫、嘔気、冷え、上気などは全くない。全身調整と局所の置鍼等のごく普通の治療を行う。
第二診:第一診の1週間後に来院するが、治療後に特に変わりが無く、状態は同じであった。
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 この患者さんは、比較的最近(1年前より)発症し、この文章では明確に痛みの経過(階段状の悪化か否か)は不明であるが、痛みが不変か悪化したので来院したことは容易に推察できる(ので明確に訊いていない)。水泳時に痛まないこと、肩関節と頸椎のROMが正常であることで、筋骨格系でない可能性が高い。内臓性か代謝性か神経因性などの可能性が考えられる。その中でも最も可能性の高いのは肺癌である。ただ、何かの原因で局所的な筋肉の痙攣で起きることも充分考えられるので、初診では何も話さずに治療を終えたのである。
 第二診で前回の治療経過が不変であったために、その可能性と、早めに精査するようにお話しした。ところが、その6日後に来院した第三診では、二診直後よりすっかり痛みはなくなったということであった。ただ、また痛みではないが凝りがでてきたとのことで来院。良くなったので奥様もご紹介していただくほどであった。
 第四診はその8日後で前回後2日間は良かったが、段々凝ってきた(以前よりは良い)ということで、その1週間後に第五診で四診とほぼ同じ状態であるが、やはり同部位が辛いという。
 第三診で、治療後すっかり良くなったというお話しで、治療効果もさることながら、心に隠されていたわだかまり(癌ではないか)が、私がお話したことで、顕在化してそれなりの落ち着きを取り戻して楽になった(わだかまりがこもっていると悪化する)、ということも想定されたので、もしかしたら心因性の病態とも思われた。
 しかしながら、第四診、第五診と続けていく内に病状は悪化しないもののすっきりと良くなったわけではないので、精査をしたのかどうかを伺ったところ、まだということなので、癌の心配・ストレスから来る痛みの可能性もあるので、一度精査をしてください、というお話しをした。その後奥様も経過が良く、まだお二人とも来院されてない。
 悪性疾患でも、また癌末期でも、1回の鍼治療で種々の症状が劇的に良くなることは今までの症例の中でも幾つかご報告している。第三診ですっかり良くなったといわれても、そのことを何度も経験しているので私の中では癌の可能性を否定したわけではなかった。そのために、できれば週2回、最低でも週1回の治療の継続をお願いしていたのであった。
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<参考文献>
1)坪野吉孝「ワールドレビュー53個人的要因による健康格差」メディカル朝日36巻5号2007

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