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症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その40

       ・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-24」・・・・

 はじめに、前々号と前号の宿題の回答から論を進める。
<ニコチンが進行癌患者の体重抑制に効果がある?!>
<前々号の宿題>
 ニコチン療法とは何か?というのが問題でありますが、今進行癌の患者さんや知人の方には、ニコチンパッドによるニコチン療法をお勧めしている。これは平成19年の6月に岡山で行われた(社)全日本鍼灸学会第56回学術大会の特別講演で国立福山医療センターの岩垣博巳氏が「ニコチンが進行癌患者の体重減少を抑える」という講演を拝聴したからである1)。これは、現在最も引用度数の高い医学研究雑誌といわれている「Nature Medicine」に「Can nicotine treat sepsis?:ニコチンは敗血症を助けるのか?」と題した論文2)が掲載され、その中にニコチンが癌悪液質を助けるという内容が報告されているということであった。岩垣氏によると、癌悪液質状態においては慢性炎症に起因する交感神経過緊張状態が惹起され、その結果持続的免疫抑制のみならず副腎皮質ホルモン放出による基礎代謝率の亢進や糖新生などの様々な代謝異常を引き起こし、そして生成された糖は交感神経亢進による血管収縮によって骨格筋には行かず、交感神経の影響を受けない癌に増殖のためのエネルギーとして消費され(講演の中では癌末期においては食べた食事のカロリーは全て癌の増殖に費消されると述べられた)、癌は益々増殖し、基礎代謝率の亢進と相俟って体重減少が引き起こされるということである。この場合に、AN(摂食異常:神経性食思不振症)と違って、単なる栄養補給では改善されないどころか返って癌増殖を助けているということである。だから、非常にショッキングではあるが、癌末期の体重減少状態に一生懸命食べさせたり、点滴による栄養補給は返って死期を早めているという何ともやるせない悲しい話である。むしろ食べない方が痩せるのは同じ(代謝亢進)でも、癌の増殖の助けにはならないということである。よって必要な処置は、交感神経の過緊張状態を解除することと、その基になっている炎症反応を改善するということで岩垣氏は交感神経抑制のβブロッカー(代謝異常を抑制するため)とNsaids(非ストロイド消炎鎮痛剤)療法を勧めており、そこにニコチンを投与することによって骨格筋の血流を促進させて痩せを是正するということである。実際に追試して臨床実験してみると未だ途中経過ではあるが、癌末期患者の体重減少が抑えられ、むしろ少し回復し延命になるということである。詳しい機序は原論文2)を見て頂くとして、臨床家としては臨床実験で有効性があるという一言で飛びついてしまったわけである。元々鍼灸治療は交感神経の抑制と消炎作用があるのでニコチンだけを使っても良いという論理であるが、これだけでは多少無理があることは否めない。
 ただ、癌にニコチンが有効?!誰でもが癌発症の最大原因である煙草の主成分であるニコチンが癌に有効なんて話は信じないので、数人の方にお勧めはしているが私を信頼してくれている義父でさえ半信半疑で肺癌の疑いがあるという時点で禁煙をし、その時にニコチンパッドを医師から頂いて持っているに関わらす試してもらえなかった。ニコチンパッドは医師の処方箋が必要で、私に勧められた患者さんが医師の相談しても信じてもらえずに処方されなかったというケースも何人かあったのも事実で、まだまだ医学会においても最新或いは疑問な治療法かも知れない。また、薬局ではニコチンガムを買うことができるが、非常に不味いものなので交感神経過緊張状態で食欲不振になっている進行癌の患者さんにはとても無理かも知れない。
 ということで、明確な医学的事実(確定したエビデンス)では未だ無いけれども、ほっておいたらドンドン痩せていくので、駄目元でも試してみる価値はありそうな療法である。読者も患者さんと相談の上で試してみてはどうでしょうか。
<前号の宿題>
 2ヶ月ほど前(3ヶ月の間違い)にHSP療法を兼ねて古来より肺炎の治療に用いている「芥子の湿布」を義父に試みた。熱湯に溶いた和辛子を胸の大きさに切り取った半紙に塗って、その上から蒸しタオルで温める方法で前胸部と背部に行う方法である。私も以前子供の時に何度も父親にしてもらったが、何しろ熱いし痒い。義父も大分熱がり、全胸部も背部も真っ赤になった。この「芥子の湿布」治療の結果を次号までの宿題としたい。なお、義父は入院時に肺癌の診断は受けているが、生検をしたわけではない。
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 義父はこの頃、夜間の咳と痰で眠れない日が続いていた。そこで、素人でもできる「芥子の湿布」を試みて、義母に週2~3回やるように指示したのである。そしたら見事にその夜は咳も痰もなく、ぐっすりと朝まで眠れたのである。ところが起床して2~3時間してから胸痛と呼吸困難になって救急で病院に行ったところ胸水が相当貯まっていて、そのためであると診断された。ところが、そのつい半月前の胸部X線では、少量の胸水は確認されていたが、たった半月でこれほどまでに胸水が貯まるのは異常であるということで、しばらく入院させられた。胸水をドレナージして退院してからは亡くなるまで胸水が貯まることはなかった。この胸水は漏出性で血性でもなく、浸出液でもなかったので全て肺癌による胸水とは言えなく、病院でも原因不明とされた。
 思い当たる原因は「芥子の湿布」である。芥子の湿布の結果、大量の汗をかいたが、癌による炎症反応を促進させた(炎症反応は治癒機転と考えれば、治癒を早めるということになるので通常は悪いことではない)結果ということも推測できる。事実、咳や痰は非常に楽になったので効果はあったと考えるが、胸水による胸痛と呼吸困難があり義父は「死ぬかと思った」といっていたくらいなので、大量の芥子を持っていったのであるが、以後使われることはなかった。義父も家族も口には出さないけれど、暗黙に胸水が貯まった原因は「芥子の湿布」と断じていたのである。私自身そんな副作用があるとは夢にも思わなかったので、失敗したが、非常に効果的であったことは否めない。事実、それから3ヶ月後になくなるまで痰の排出で苦しんだのはたった3回で、最後は家族も気が付かないほど眠るように苦しまないで亡くなったのであり、癌の診断と体重減少がなければ「老衰死」と診断されてもおかしくない状況であった。
 心の中では、芥子の湿布を継続していれば「治った」かも知れない、と思っているほど劇的であったのである。
 芥子はその成分が皮膚から浸透して効果を発するということも考えられるが、芥子自身が唐辛子と同様に皮膚や粘膜への刺激物質なので、その刺激により局所の血行改善や血管拡張が起こり局所の発熱(温湿布効果)は当然考えられる。その上に熱湯に浸した蒸しタオルを当てるのであるから当然強力な温湿布になるし、皮下に浸透した芥子成分により皮下組織においても同様の効果があることも当然考えられる。HSP+α(芥子の成分の効果)効果があると考えられ、読者に是非試していただきたい療法である。ただ、乾物屋が減少し和辛子を粉で売っていることが少なくなったのが難点である。洋辛子じゃきつすぎる。チューブ入りの芥子を試したことはないけれども、相当割高になる。
<癌と鍼灸の文献調査>
 昨年(2007年)の6月に行われた(社)全日本鍼灸学会第56回岡山大会での「癌と鍼灸」シンポジウム(司会とコーディネーターは筆者と金井正博千葉地方会長)が行われた3)。これは第53回千葉大会に続いて二回目のシンポである。一回目のシンポジストの内、明治鍼灸大学(現明治国際医療大学)の福田文彦氏、埼玉医科大学の山口智氏、素問八王子クリニックの真柄俊一氏の三氏は引き続きシンポジストをお願いした。福田氏は文献調査を担当し、日本における癌患者の鍼灸治療の利用率は低く、CAM(補完代替医療で鍼灸治療を含む)の利用率は45%程度で、その内の3.7%(全体では1.7%)が灸治療を、3.6%(全体では1.6%)が鍼治療を利用していると厚生労働省の研究班が報告したということである。米国では癌患者のCAMの利用率は1990年代には既に正規医療(西洋医学)を上回っており、60%を超えている4)。日本の45%のほとんどは西洋医学との併療であるが、米国の数字は主たる治療を問うたもので、日本とは比較にならない程利用率が高い。
 もちろん、米国では映画「SICKO」ではないが、米国での医療費の高さも考慮しなければならない。正規医療にかかりたいけれども経済的理由で受診できない人達の存在も忘れてはいけないのであるが。
<米国では政府調査機関が癌に対するCAMの研究を進めることを勧告>
 しかし、米国政府調査機関であるOTA(Office of Technology Assessment:技術評価局)は1990年に「抗癌剤の抗腫瘍効果は必ずしも患者のためになるものではない」とか、「通常療法といわれる癌療法(手術・抗癌剤・放射線治療)には過去数十年来、ほとんど見るべき進歩がなかった」、また「通常療法では治らないとされた末期癌患者が、非通常療法でたくさん治っている。議会はこれらの療法を詳しく調べ、国民に知らせる義務がある」と勧告している。更にOTAレポートでは、「政府及び米国立癌研究所は非通常療法の研究助成を行うべきである。更に非通常療法の成果を、正当に評価する作業を進めるべきである」と勧告し、ご存じのように米国では毎年2億ドルを超える研究費がCAMに費やされている。それ以前は300万ドルであったので実に70倍近く増額されている4)。
 米国民はこのような政府調査機関の情報を知ったために、1990年代以降CAM受療者が急増した事実があり、その上1997年の米国NIH(National Institute of Health:国立衛生研究所)が抗癌剤の副作用である嘔気に鍼治療は確実なエビデンスがあるという報告したことによって癌の鍼治療も増加したのはご存じの通りである。
 更に、米国のNCI(National Cancer Institute:国立癌研究所)のデヴュタ所長が1985年に米国議会で「抗癌剤は無力である。抗癌剤を投与しても、癌はたちまち自らの遺伝子を変化させて抗癌剤に対する耐性を身につける」と証言し、ADG(Anti Drug Gene:反抗癌剤遺伝子)の存在が明らかにされた。そして更に1988年にNCIは『癌の病因学』という報告書を発表し、その中で「抗癌剤は強い発癌性があり、癌患者に投与すると、他臓器に別の癌を発生させる」と書かれているのである4)。
 米国民がこれらの情報を冷静に判断すれば、正規医療よりもCAMに流れるのは至極当然のことである。
<日本での癌に対する鍼灸治療の研究>
 福田氏によると日本での癌に対する鍼灸治療の研究は、学術・専門雑誌では副作用軽減と痛みなどの症状緩和が中心でその他はこのシリーズのように商業雑誌での解説文がほとんどということである3)。学術・専門誌に掲載された論文といっても症例報告がほとんどで、症例集積は7件で何れも1980~90年代の古いものばかりということである。そして、癌を消失させることを目的とした研究論文は皆無ということであった。
 ただ、全日本鍼灸学会学術大会の発表数や和論文数はこの10年増加傾向で、「癌と鍼灸治療」の関心は高まっているとのことである。
 福田氏は、癌の鍼灸治療の研究を行いたくても、癌に対しての有効性が全く未知な治療法を選択肢としての研究は大学の倫理委員会の同意を得ることは不可能であるし、医師も認めないので事実上大学では無理ということである。そのためには、例え1例でも良いから症例を集積して倫理委員会の同意を得る努力が必要であるということである。
 このために、同シンポの共同司会者である金井氏は(社)全日本鍼灸学会の広報部長の立場から学会のHP上に症例報告を誰でもが掲載できるような仕組みを現在検討中である。もちろん、その場が自己宣伝の場になってはいけないので、そうならないようにするのはもちろんである。
<海外の研究は>
 海外の研究(英文論文)でも、最近は増加傾向にあるということで、やはり副作用軽減と症状緩和を目的とした研究が半数以上を占めているということで、治癒を目的とした論文は皆無であるということである。ただ、論文のエビデンスの質は和論文より数段高く、図1に示したようにシステマティックレビューやRCTも行われていて嘔気・火照り・癌性疼痛・口腔内乾燥や疲労に対してはかなりエビデンスの質が高い研究が行われているということである3)。

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<日本の癌診療の現場での調査>
 このシンポで、指定発言者である筑波技術大学の津嘉山洋氏が日本のがん診療の現場における鍼灸治療について医師・鍼灸師にアンケート調査を行い、津嘉山氏は医師側に鍼灸の情報不足が見られると同時に鍼灸師側においても医療情報の不足が見られ、コミュニケーションが取りにくいことや、医師と鍼灸師との間にがんの鍼灸治療のニーズや評価に大きな差があると発言された3)。当然のことながら鍼灸師サイドでは鍼灸治療の可能性や有効性に対して高い評価をしており、反面医師サイドでは一部鍼灸治療の有用性は認めるもの総じて懐疑的であり、評価が低いというよりは評価もされていないというような現状があるということである。
<次号までの宿題>
 恒例により、読者諸兄の頭の体操用に宿題を差し上げますので宜しくご賢察の程お願い申し上げます。
宿題1:新潟大学医学部大学院教授の安保徹氏は鍼治療により(安保氏は刺絡療法をいっている)リンパ球数も増加し、GL比(リンパ球と顆粒球の比率)も下がると種々の著書や講演の中で話されているが、これは事実か。
宿題2:癌検診における発見率が増加(小さな癌でも見つけられるようになった)し、そのために5年間生存率も上昇したということである。早期発見、早期治療の成果ということであるが、そうであるならば平均寿命は延びていくはずであるが、近年は減速している。どうしてだろうか?
<参考文献>
1)岩垣 博巳「癌と神経・免疫」全日本鍼灸学会雑誌 第57巻5号 2007
2)Matthay MA,Ware LB.「Can nicotine treat sepsis?」Nat Med. 2004 10
3)福田文彦、津嘉山洋、小川卓良他「癌と鍼灸2」全日本鍼灸学会雑誌第57巻5号 2007
4)船瀬俊介「癌で死んだら110番 愛する人は”殺された”」五月書房 2006

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