会頭講演4

会頭講演4

 

<GHQにより鍼灸は禁止されるところだった>

前回の会頭講演の中で、物理的刺激よりも化学的刺激の方が科学的に見える、書きましたが、機械的刺激である鍼治療と熱刺激である灸治療よりも、科学的刺激である薬(化学物質)の方が科学的でかつ治る可能性が高い、というように理解する人が多い、という意味合いであります。鍼治療や灸治療は確かに野蛮な治療という認識を持つ人は多く、実際に戦後GHQのマッカーサーは「鍼灸治療は野蛮なので禁止する」と、一時宣告したくらいです。

 

<種々の物理的刺激に対する応答も多様であることがわかってきた>

 生体に影響を与える刺激という意味では物理的刺激も化学的刺激もまったく同様です。刺激の与え方が違うだけです。しかし、化学物質は非常に多様ですし、化学式に表せるので科学的でより精緻な気がします。しかし、近年になり熱刺激や機械的刺激に対する受容器も温度や侵害度合いにより様々あることがわかり、その刺激に対する応答も色々温度や侵害度合いによりかなり多様な変化をすることがわかってきました。もちろん場所(経穴)の問題は当然ありますが、それ以外にベテランの鍼灸師は患者さんの個人差や体調の変化に合わせ経験的に刺激量を変える技術を身に着けているのですが、それが科学的な根拠があることがわかる可能性が出てきたのです。

 

<GHQは実際の治療を見て、その効果を確認して禁止令を取りやめた>

 文明が進んでいた当時の米国人から見たら、鍼灸は野蛮な治療と思うのも当然のように思えます。しかし、喘息や夜尿症などが鍼灸治療で治る現実を見てプラグマティズムの国らしく、その根拠とする科学的背景(メカニズム)がなくても、現実に治るものは良いということになり、鍼灸師は業としての一命をとりとめたのです。この考え方はまさに現代のEBMに通じる考え方です。

 

<会頭講演より続き>

2、デカルト科学の特徴

 近代科学の基礎を築いたルネ・デカルトの科学論は例外なく全てに通じる「普遍的」であること、そして理論を構築できる「合理的」であることを目標に、全ての人がその事象を共有できる「客観的」であること、そして同条件であれば実験で確認した事項を誰でも再現できる「再現性」を指標とすることを提唱した。

 その研究課程は「分析的」であり、「臓腑」から「細胞」、「分子」へ、或いは「内科」から「胃腸科」そして「胃癌専門」さらに「スキルス専門」というように分科していく特徴がある。本質を追及していく、或いは学問するという意味の「Science」を「分科学」さらには「科学」と和訳した先人はまさにデカルト科学の本質をついている。

 このように、より細かく分析していく方法が「要素還元主義」であるが、要素に分解して部分を理解しても、それを「還元」して全体を理解することはほとんどされていない。すなわち人間全体を診て部分的には理解したが全体を理解し治療するということは行われてない。食欲がなければ内科で、目の疲れは眼科、腰が重いのは整形外科と言うように分科したところで部分だけを診るのが西洋医学である。(つづく)

執筆

<会頭講演3>西洋医学のパラダイムは

<会頭講演3>西洋医学のパラダイムは

 

しばらく、会頭講演から若干逸脱しました。会頭講演に戻ります。

 西洋医学との対比の中で、本質療法の如何を論じるのであれば西洋医学のパラダイム(考え方の規範となる枠組み)を考察しなければならない。

 

<会頭講演より>・・・・

Ⅱ、西洋医学のパラダイム

 「治す」を考察するのであればそのパラダイムを考察しなければならない。西洋医学のパラダイムは「デカルト科学(要素還元主義)」「病因論」「アロパチー」である。

1、科学的とは

 西洋医学は科学的で東洋医学は非科学或いは似非科学と考える人は学者間にもいる。では「科学」とは何か、「科学的」というのはどういうことなのか。一般的に数式・数字、化学式で表わすことや、例えばトマトの効果ではなくトマトの成分であるリコピンの効果というように自然物ではなく、その成分を分析することが科学と考える人が多い。また、鍼のような機械的刺激や灸のような熱刺激は科学的でなく薬のような化学物質の方が科学的に考える人たちが多いように思える。

会頭講演はここまで・・・・

 

<フードファディズム>

一時、フードファディズムという言葉が提唱されました。トマトが良いとTVで言えば、トマトがなくなり、納豆が良いと言えば納豆が店頭から消える。そして、〇〇がだめだというと、それを食べている人は「バカ」扱いされる風潮を批判しての言葉であります。

そして、なぜトマトが良いのかを、科学的に分析していくと「リコピン」という化学物質が見つかるとトマトが良いというよりリコピンをとるのが良い、というように転換され、サプリメントが生まれるという具合であります。

 そして、それが化学式で表されるとますます科学的に見えて科学の勝利みたいな感覚になる。トマトが良いというと科学的に思えないが、その成分が化学式で表され、その効果が証明されると非常に科学的に思えるというわけであります。

 しかし、疫学的な調査からは一成分の物質よりも全体で摂った方が健康に良いことがわかっています(確固としたエビデンスがある)。すなわち、トマトで言えばリコピンをとるよりもトマトを食べたほうがより健康に良いということであります。

 そして、トマトだけでなく、緑黄色野菜全般、さらにさまざまな野菜を、さらには魚や肉、乳製品、豆類、穀類など広範に摂った方が健康に良いというきちんとしたエビデンスがあるので、一時一日30品目を摂りなさい。というように言われるようになったのであります(現在は30品目というと、28品目じゃダメというように考える人が出るので30品目はやめにして、広範にいろいろ食べると良い、というように変わってきたが考え方は同じです)。

 だから、結果論でありますが、リコピンという成分を見つけて同定してみたところで、実際の健康にはあまり役に立っていないのであります。今まで通り、トマトのままで、そしてなるべく多くの野菜を食べたほうが良いということには何ら変わりがないのです。

執筆

会頭講演<本質的治療とは>

<本質的治療とは>

 

<自然治癒力>

 生体には、普段の生活上を維持していく様々な機能があり、それがうまく機能していると何らかの症状・異常が起きないようになってます。例えば血圧もその時の活動に合わせて変動はしますが、運動しているときに必要に合わせて高く、安静時には低くなるようにコントロールされています。このように通常な状態を維持する機能を恒常性維持機能(ホメオスターシス)と呼びます。また、体に害がある細菌やウイルスが生体に侵入してきたときはそれらを排除したり殺したりする機能や免疫力を高める機能がありますし、体が傷ついた時にはそれを修復する機能(実は炎症がそうです)など様々それらの症状・異常を治す機能があります。これらを総称して「自然治癒力」といいます。

 

<東洋医学は自然治癒力に頼り切り?>

 東洋医学を批判する人たちには、「東洋医学は何もしないで自然治癒に頼り切っている」ということをいう人がいます。しかし、今までの多くの東洋医学の科学的研究では「自然治癒力に頼っているのではなく、自然治癒力を鼓舞している」というのが正しいようです。

 例えば、風邪をひいたときには発熱しますが、発熱はウイルスや細菌の種類や程度により自ら免疫力を高めるために応分の発熱をするのです。ですから相手が強いと判断すると高熱になり、そうでなければ微熱で済ませます。生体は発熱により免疫力を高め、ウイルスや細菌は高熱になると活動力・繁殖力がかなり弱くなるので生体が勝てるようになります。鍼灸治療や漢方の風邪薬は皆、免疫力を高めるために体温を上げるようになります。

 このように東洋医学は自然治癒力に頼っているのではなく、自然治癒力を鼓舞しているのです。発熱を悪いことと認識すれば東洋医学の治療を受けるとより発熱するので一見悪くなったように思われます。これを「瞑眩」といいますが、治療前によく説明しておかないと治療で悪くなったといわれかねません。

 

<西洋医学は自然治癒力に頼らないのか?>

 西洋医学は化学物質の力や手術などで自然治癒力に一切頼らず治しているイメージがあります。本当にそうなんでしょうか?1997年東京ビッグサイトで行われた(社)全日本鍼灸学会東京大会(私が事務局長とプログラム委員長を務めた)で私が司会をした「身体を見つめる伝統と科学」と題したシンポジウムで長崎国際大学の石田秀美教授が「西洋医学こそ自然治癒力に頼り切っている」を述べられ、私は全身に鳥肌が立ったことを覚えています。なんとなくそんな感じがしていたのですが、医師は全くそんなことを一言も述べないのでうやむやになっていたのがこの一言ですべて氷解した次第です。

 例えば、風邪薬が典型的ですが、体自ら発熱しているのを消炎鎮痛解熱剤で解熱させて自然免疫力を下げますが、発熱・炎症に伴う体のだるさ・痛みなどが取れて一見楽になり治ったようになります。しかし、風邪を引き起こしたウイルスはそのまま(ウイルスを殺す薬はありません)ですし、ウイルスに対抗するのは生体の自然治癒力(抗体産生力)です。まさに自然治癒力に頼り切ってますし、東洋医学と違って自然治癒力を鼓舞するのではなくむしろ下げています。つづく

執筆

会頭講演4:科学的認識とは

<科学的認識とは2>

 前回のSL2は、入口と出口はわかっているが本体が分からないということで例えば鍼をするとある一定の効果が出ることが分かっているがどうしてそうなるのか(メカニズム:効果機序)が分からないという現象は「科学的」といえるのだろうか、という命題であります。

 私が講習会で参加者或いは臨床教育専攻科(免許保持者で教員養成課程)或いはPT科の学生諸君に質問するとほとんどの諸君が「科学的でない」で答えます。なぜ「科学的でない」のかと再質問すると「メカニズムが分からなければ科学とは言えない」と答える方が多い。

 そもそも「科学」とは何か?「科学的」とはどういうことなのでありましょうか?「科学」は「Science」の和訳である。Scienceは「真理を探究する」とか「何故とかどうしてなのかを突き止めること」であるが、それを「科学」と訳したのはなぜなのであろうか?これについては後述します。

 実際に「科学」「科学的」についてはわかっているようでよくわかってない人が多いように思えます。

 

<東洋医学は正しいのか?科学的か?>

 翻って、「東洋医学は科学的なのか」という命題もあります。「古典は正しいのか?」或いは「古典は科学的か?」という問題はほとんどの方は否定すると思われるが、実は全く検証されていないので正しいかどうかは全く不明というのが正解だと思われます。古典が科学的かどうかは、古典時代は現代の「科学」と全く違うパラダイムであったので現代でいう「科学」で説明できない、俎上に乗らないものと思われますが、現代では現代の科学のパラダイムで判断するので俎上に乗らないからそれはそれで宜しいのだ、とは言えません。

<経穴の世界標準化について>

 数年前、経穴の世界標準化が行われましたが、これに関しても誤解している鍼灸師が実に多いようです。あくまでも現代の科学の検証を得て世界標準化が行われたのではなく、日中韓の鍼灸学会で依拠している古典がそれぞれ違うので三国での中庸を取ったのに過ぎないので最も有効な部位に決めたというわけではありません。ただ、ツボの位置が国によってマチマチなのは問題なので統一したという意義はあるかと思いますが、それ以上ではないということです。

<個別化治療>

 また、東洋医学の特徴の一つに個別化治療があります。西洋医学は基本的に個人差を無視した標準治療を行う医学でありますが、東洋医学は個人個人に最も適した治療法を行っているので東洋医学の方が優れていると考えている鍼灸師は多いと思われます。しかし、後述しますが、東洋医学は個別化治療の優位性をもう語れないのが現実であります。

<経穴の有効性>

 また、教科書或いは諸家の教本にある主治穴や治療穴は有効なのかどうか、それらの有効性のエビデンスはあるのかどうか?でありますが、実は有効性を証明された治療穴やそのエビデンスは非常に少ないのが現実であります。教科書の記載は古典をはじめとする諸家の本を調査して最も使われている経穴を記載しているというだけに過ぎず、決して有効性を検証した経穴が記載されているわけではないのであります。

 また、諸家の教本にある経穴はあくまでもその著者が使っている経穴を記載しているのに過ぎず、その経穴の有効性を検証したものではないといいうことです。読者の方が著名な著者が書いているのだから効くに違いないと勘違いしているのに過ぎないのであります。

執筆

<会頭講演3:「治る」「治す」ということはどういうことか?>

<会頭講演3:「治る」「治す」ということはどういうことか?>

 <「科学的」であることと、「効く」ということは違う>

 ある著名な物理学者は「東洋医学は代表的な似非(エセ)科学であるが、よく効くのでよく利用している」とTVで述べられていた。似非科学というのは科学的なようで全く科学的でないものをいうが、「効く」と言えるのならば「科学的」でないかという疑問も沸く。

 

<「代替医療のトリック」の影響>

 8年ほど前に「代替医療のトリック」という本が日本語に翻訳され一時ベストセラーになった。著者は科学ものを書かせたら世界第一人者のサイモン・シンと代替医療を専門に研究してきたエクスター大学の現役教授であるエツァート・エルンスト教授でともに物理学博士でもある。この本に対しての反論は、全日本鍼灸学会誌に明治国際医療大学教授の川喜田健司教授と共同で作成し掲載され、英文化され著者に送られたが、なしのつぶてであった。この件についてはいずれ本HP上に掲載する予定である。

 この本については、多くの新聞に書評が出た。そして面白かったのは「それ見たことか、鍼灸やカイロ、マッサージ、漢方などは科学的でなく効かないのだ」というように「トリック」に書かれた論調を肯定する批評をする人々はほとんどが物理学者(科学者)で、社会科学や人文科学を専攻するような人はむしろ「トリック」に否定的であったことである。

 千葉大学教授の広井良典氏は2010年2月21日付朝日新聞の書評で、「著者らの主張には一定以上の妥当性がある」が「現代医療論として読む場合、本書の議論にはやや表層的な物足りなさが残る」と述べ、「EBMで、有効性が厳密に確証されてない療法が多いという点では通常医療にも広く当てはまることである」と述べ、「心身相関や慢性疾患の発生メカニズムの複雑性を考えた場合、著者らがいうような検証方法は限界を有するのではないか」とし、「この本を契機に議論すべきは『病気』とは、『科学』とは、『治療』とは何か、現代医療を巡る根本的な問いの掘り下げだろう」と述べている。

 

<「病気」とは「治す」「治る」とは何か、そして「科学」とは何か?>

 そもそも、「病気」とはどういう状態か、逆に「健康」は?という超哲学的な問題がある。快食・快眠・快便で非常に元気であっても、体の中では「癌」が育ってきているかもしれない。逆に、体がだるく元気がなくいかにも病的であっても内臓を含めてどこにも異常がない場合もある。こんな場合の「病気」「健康」の定義は非常に難しいことはお分かりになるかと思う。

 また、頭痛が起きて頭痛薬を飲んで頭痛が治まったら「治った」というのであろうか?消炎鎮痛剤はあくまでも「痛み止め」であって、「痛む原因」の治療をしているわけではなく、この論を進めるうちに明らかにしていくが、「治す」どころか「治さない、悪くする」治療法なのである。

 風邪に鍼治療をすると熱がむしろ上がりいかにも「悪化」したように見えるが、実は鍼治療により免疫力が高まり熱が上がったので「治る」のは時間の問題という状況で、治療者にとっては「治した」と言ってよい段階なのである。

 

<科学的認識とは>

 会頭講演に戻る前に科学的認識について少し考えてみたい。SL2を見ていただき、入り口(例えば鍼治療をする)ことと出口(例えば治療効果)を客観的に示すことができるが、なぜそうなるのかというメカニズム(治療機序・効果機序)がわからない場合に「科学」あるいは「科学的」ということができるかどうかということである。皆様はどうお考えになるのでありましょうか? つづく

SL2

執筆

会頭講演2:はじめに

会頭講演2:はじめに

 

<西洋医学と東洋医学の立場>

 東洋医学と西洋医学の立場を考察してみると、SL1の図Aのように重篤な病気は西洋医学が強くて、「未病」に代表されるように「未だ病気にはなっていないけど体調がすぐれなくていかにも病気になりそうな状態」、あるいは「自律神経失調状態」「疲労や倦怠」などの半健康・半病人状態、あるいは健康維持・増進には東洋医学の方が優れているという認識が一般的にあり、実際に本論においても明らかにするが確かにその傾向は顕著にある。

 また、両医学の適応範囲を考察してみると、SL1のB図のように西洋医学の方が適応が広いと考えるかC図のように東洋医学の方が広いと考えるかであるが、皆様はいかが思われるだろうか。この点についても本論で明らかにしていく。

SL1

 

<西洋医学は科学的で東洋医学は非科学的?>

 何でこのような質問をするのか疑問に思う方もいらっしゃるかもしれない。当然西洋医学は科学的で東洋医学は科学とは別の世界にあると考えてらっしゃる方が一般的であろうかと思う。この質問を医療スタッフである看護師課程と理学療法士(PT)課程の学生にぶつけてみると、西洋医学はもちろん科学的で、東洋医学ははっきり「科学的でない」とほとんどの学生が答えます。

 そこで、「西洋医学が科学的ならば、なぜ病気はなくならないのか?」と質問すると、「西洋医学はまだ発展途上だから」という答えが返ってきます。では「いずれ病気はなくなるのか?」と質問すると、「わからないけど寿命は延びている」という答えが返ってきた。しかしながら、産科領域や感染症対策などで西洋医学のこれまでの功績は大きいけれどもその他の分野では功績ももちろんあるが、検査過剰や副作用などの負の部分も大きく全体的には平均寿命の延伸にはほとんど貢献していない現状がある。平均寿命の延伸に最も大きく貢献しているのは栄養がよくなったことや公害の除去、運動や食養生などの生活習慣の改善が非常に大きいのである。この点も、本論で明らかにしていく。

 

<会頭講演1>

Ⅰ、はじめに

 鍼灸師は西洋医学に対して劣等感或いはその裏返しで根拠のない自信を持っていることが多いようだ。そして鍼灸師も一般国民も「西洋医学は本質的治療で、東洋医学は対症療法」という認識を持っていることが多いのではないか。また、東洋医学だけを学び・研究している鍼灸師の中には西洋医学を深く学ぶことなく批判し「東洋医学こそ本質治療である」という人が多くいる。

近年、医学の評価はエビデンスベースであり、「効く」とか「有効である」といってもエビデンスがなければも評価されない。西洋医学においても実際きちんとしたエビデンスは少ないのであるが、東洋医学・鍼灸はもっと少ないのが現状である。そして、現在古典の記載事項がほとんど科学的に検証されてないのに関わらず、「古典は正しい」と評価しているようでは、医学的には問題外である。

西洋医学は学歴の高さ、高度な医療設備等、東洋医学にない優位な点が多々あり、そのために診断や病態把握力は東洋医学の比ではない。しかし、治療面では本質的治療はあまりなく、多くは対症療法であり、しかも副作用を伴う。西洋医学は発展してきたが、そのパラダイムは不変で、癌、糖尿病やフレイル、ロコモ、副作用等の問題など課題は多く、健康寿命を大幅に伸ばすことも未だ難しい。また西洋医学の発展には医療機器或いは新薬の研究開発等を伴うため、発展するほど費用がかかるという問題を内在している。少子高齢化が急伸する我が国では医療費の削減は非常に大きな課題であり、矛盾がある。

本稿では「治る」或いは「治す」とはどういうことか、ということを中心において論を進める。

執筆

「東洋医学と西洋医学ーどちらが本質治療に近いのか」会頭講演要旨

<自然治癒力>

 鍼灸医学は、「身体がもともと持っている自然治癒力を惹起あるいは鼓舞して治す」、ということで、鍼灸でもって直接治すのではないところに特徴があります。すなわち鍼でウイルスや細菌をつついたり、灸で焼いたりするわけではないということです。西洋医学は解熱剤で熱を下げたり、手術で病巣と取るというように自然治癒力を頼らずに治す方法と考えられがちです。しかし、果たして本当に自然治癒力に頼らないのでしょうか?

 1997年の(社)全日本鍼灸学会(現在公益社団)東京大会の「身体を見つめる伝統と科学」と題したシンポジウムにおいてシンポジストで長崎国際大学の石田秀美教授は「東洋医学は自然治癒力に頼っている医学と言われるが、西洋医学こそ自然治癒力に頼り切っている」と述べられた。そして西洋医学には東洋医学のように自然治癒力を惹起したり鼓舞したりする力はなく、ただ「頼り切っている」ということなのである。

 このシンポの司会をしていたのでありますが、全身鳥肌が立ち、この言葉ですべての疑問が氷解した思いでありました。

 解熱剤で熱を下げても風邪の原因であるウイルスを殺すわけでなく、ウイルスを殺すのは身体の免疫機能(自然治癒力の一つ)の働きで抗体を作ってウイルスを叩くのであるから、解熱剤は全く関与しないばかりでなく、むしろ免疫機能を下げてしまって治す働きはむしろ阻害されているのである。

 

<会頭講演>

 昨年6月に東京大学で行われた第66回(公社)全日本鍼灸学会学術大会で学会の元副会長で現在は顧問ではありますが、一介の開業鍼灸師である私が学術大会会頭を務めることになりあの安田講堂で会頭講演を行うことになりました。

 会頭講演のテーマは「東洋医学・西洋医学―どちらが本質治療に近いのか」であり、前記の自然治癒力の疑問に答える内容であります。いかにその要旨を示し、次回以降にその内容を順次開陳する次第であります。

 

会頭講演<要旨>

Ⅰ、はじめに

西洋医学は学歴の高さ、高度な医療設備等、東洋医学にはない優位な点多く、病態把握力は東洋医学の比ではない。しかし、治療面の多くは対症療法であり、しかも副作用を伴う。西洋医学は発展しているが、そのパラダイムは不変で、課題は多く健康寿命を大幅に伸ばすことは未だ難しい。

Ⅱ、西洋医学のパラダイム

 西洋医学が基盤としているパラダイムは、デカルト流近代合理主義・要素還元主義である。診断面では病気の原因を追究していく病因論が、治療面ではアロパチーが各々のパラダイムである。

 また、西洋医学は病気の治療が主体であり、一次予防や健康維持・増進の考えがない。健康診断は二次予防であり、ワクチンや予防接種も人の免疫力全体を亢進させるのでなく、不完全で病気を発症するリスクや副作用もある。

Ⅲ、東洋医学は非科学的なようだが本質を包含している

 東洋医学は、古典を学問的基盤にしているため発展性は乏しく、普遍性、客観性等に課題がある。が、西洋医学に比べて実は本質的な内容を内在している。それは健康増進、全人的、未病治や、風邪の際に発熱を促し、免疫力を高めること等から説明できる。そして安価で経済性と安全性に富む治療法である。21世紀こそ、東洋医学が普及することにより健康寿命が延び、医療費の削減に繋がることを科学的に証明していく必要がある。

Ⅳ、医学・医療のパラダイムシフトが予想される時代は

 遺伝子・iPS、AI等の医用工学等の急速な発展により、西洋医学は根本から変革される可能性が高い。その時には、東洋医学・鍼灸もその影響を強く受けざるを得ない。鍼灸においても古典を金科玉条とするのではなく、科学技術を最大限に利用しつつも、鍼灸治療が持つ健康維持・増進、スキンシップ、心への作用等の特徴をより発展させながら、新たなパラダイムを構築する必要があると思われる。

執筆

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その50

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その50
       ・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-34」・・・・
                   東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 前回のステージ0であった乳癌の手術をした症例67であるが、やはりというか医師の説得に応じて放射線治療を受けることにしたそうで、ご本人の選択であるからその決定に何も口を挟めないが、鍼灸師と医師の違いをまたまた知らされた感じである。ただ、前回述べたように癌保険に入っていたが、上皮内新生物ということで癌保険は適応されず、お父様の治療もあって経済的な理由が大きく、鍼灸治療に週1度以上の来院は無理という事情もあったようである。
 この症例の後、直ぐに次の症例68が来院した。
<症例68>女性 74歳 157cm 64kg 喫煙無 飲酒無 高血圧(服用) 不整脈有
 BMIは26程度で肥満というほどではないが、見た目はかなりの肥満である(もしかしたら体重は自己申告なので期待値かも知れない)。膝の変形と腰椎の変形が認められており、膝痛と腰臀部痛で月に2度ほど当院で治療している患者である。1ヶ月間来院が無く、見えた時に何十年ぶりかで健診を受けたら右乳癌が見つかって手術をするかどうか専門医と相談するということであった。大きさは直径3.5cmくらいということなので転移の有無はともかく大きさだけでいうとステージ2である。
・・・・・・・・・
 この方のコレステロール値は164~166mg/dlで肥満の割には低い。血圧は降圧剤を医師の処方通り服用しており、収縮期119~124mmHg 拡張期68~70mmHg とむしろ低いくらいである。しかし、今の医学基準では good というよりむしろ best に近い値で血糖値も93~102mg/dlで低い。基本的なスクリーニングの血液検査は全て基準値内である。私はコレステロール値が低いこと(コレステロール値の高低と発癌率の高低は逆相関する)と長年降圧剤を服用して現在むしろ低いくらい(臓腑に充分血液が行かない)であることも考慮して手術を勧め、ご本人も癌を放置するにはまだ若いこともあって手術をすることにするそうである。問題は温存療法でにするかどうかであるが、私は温存療法は止めた方が良いというお話しをした。それは若い人ならばともかく(というと失礼かも知れないが現実には)、温存療法は放射線治療が絶対的にセットになっているので(予後は温存+放射線=通常の摘出手術ということで温存療法だけでは予後に問題がある)、放射線治療を受けない方向で考えた方がよいというお話しをしたのところ、温存療法で行こうと考えていたが、放射線治療は受けたくないので摘出手術にすることにしたということであった。
 また、新たな患者が来院した。本年の3月に数年ぶりに来院した以前の患者で、大腸癌の手術をしたが、肝臓に大きな癌が見つかったので治療をお願いしたいということであった。しかし、その後何の音沙汰もなく7ヶ月経って見えた。
<症例69>女性 63歳 166cm 47kg 飲酒無 12年前から禁煙 7年前に乳癌の既往あり
 乳癌の組織とは全く別のS字結腸癌+肝臓に2カ所転移が見つかったが、ウオッシュレットのために排便時にあまり紙を使用しなかったこと(血便を発見できなかった)や1年半前にに亡くなった御尊父(著明な元衆院議員・大臣)の事後処理や相続問題のストレス及び新しく立ち上げたNPO法人の仕事が忙しく己を省みる暇がなかったことで、具合が悪くなって診察を受けた時には赤血球数が正常の1/3程度といわれ、普通なら死んでもおかしくない状態であったとのことであった。
 結腸癌は人工肛門にならずに手術は成功し、肝転移癌には抗癌剤を用いて、2週間に1本点滴をして合計18本している。抗癌剤の中に白金が入っているものがあり、その金属アレルギーによる副作用で両手両足の痺れなど諸症状が出て、その薬だけは今は止めているが、抗癌剤+金属アレルギーによる種々の副作用は以前として残っている。抗癌剤は効いており肝臓の転移癌は直径8cmと6cmであったがそれぞれ6cmと4cmに縮小している(この縮小は直径であるから、8→6は83→63で42%に、6→4は63→43で30%にそれぞれ縮小している。体重は3月よりも太って(本年3月の時は41kgで6kg増加)食欲もある。病院では抗癌剤の効果も含めて奇跡的という話であった。そして、その上で体力増強と副作用の改善を目的に鍼灸治療を続けたいということで来院なされたのである。
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 この症例では、抗癌剤の効果もさることながら食欲もあり太ったこと、もちろん浮腫の問題もあるが顔色は3月時よりもかなり良く診察での浮腫の所見は0ではないが3月時(この時の浮腫は著明であった)よりも改善しているので浮腫というより実質が増加していると思われること、副作用も脱毛はしたけれど、現在回復しつつあり、痺れと下肢の血行障害(紫斑がある)以外は種々あるがさほどでもないこと、癌が縮小していること、肝臓以外の転移は診られないことなど正に奇跡的なのはどうやら他に原因があるようである。医師・看護士が奇跡的ということを言うのは、他にこのような好転例はあまり診られないからの発言であろうし、実際に少ないと思われる。ただ、抗癌剤の効果はもちろん0でないにしてもそれだけではないと思われるたが、ご本人はもちろんそれを自覚していた。では、それは何だったであろうか?これを次回までの宿題にしたい。本シリーズを読んでいただければその答えは随所に書いてありますが、一つではありません。
<癌の可能性が高い場合の対応について>
 さて、「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?」が当初の思惑を超えて34回に及んでしまった。従前のように、癌の可能性を少しでも察知したら直ぐに専門医というのならば、鑑別力を高めるだけで充分なのであるが、現在の癌に対する西洋医学の現状を検討すると全面的に委ねるべきかどうかは疑問な点が多く、癌の種類にもよるが、自分がなった場合には最小限の手術以外は拒否せざるを得ない状況である。だからといって、自分はともかく患者さんに対して自信を持って鍼灸治療に委ねなさいという状況にもないが、鍼灸治療(+生活習慣の改善等)でも癌の種類やステージなどによっては充分以上に対抗できる部分もないわけではない(詳細は本シリーズ1及び17を参照1)2))。
 その様な状況であるから、鍼灸師が癌の可能性を考えた時の対応は非常に難しく、癌の可能性の確率の問題や患者の自分が癌であるかも知れないといわれた時の心理状態、また、患者の癌に対する西洋医学・医療の知識や知的レベル或いは鍼灸治療・鍼灸師に対する信頼の問題など、予後の推定なども踏まえて総合的に判断しなければならないからである。それだけでなく、癌の治療や予防或いは術後の再発防止のためには生活習慣の改善が当然必要となってくる。それらのためには患者に多くの情報を与え、または情報を得る方法をご指導して充分なインフォームドコンセントが必要となる。そして、その中には安保徹氏ではないけれど「医療が病を作る」問題、具体的にはコレステロール低下剤、降圧剤、消炎鎮痛剤、ステロイド剤、抗鬱剤、抗癌剤などの種々の薬剤の影響、郭清手術や放射線治療の問題がある。また、癌の発症は生活習慣が大きく関わるために食事の問題、特に脂肪摂取、トランス脂肪酸、コレステロール、食品添加物、肥満、糖尿病や喫煙、飲酒など検討すべき課題は山積していたからである。
 鍼灸師の対応は A、鍼灸単独治療 を行うか B、西洋医学の治療に委ねる か C、西洋医学との併療 を勧めるか の3通りに限られる(図1)。
 Bの西洋医学に全面的に委ねるのはさほど難しい問題ではない。鍼灸治療でとても手に負えないと判断できるような病態であるならば、症状や現病歴で癌の可能性が高いと判断することは容易であるからである。ただ、そのことを当の患者に知らしめるのは問題であるが、基本的には正直にその可能性を申し上げるしかない。ただし、自分で想定した可能性を遥かに下回る確率、例えば80%だなと思ったら10%くらいにして申し上げるのは無論である。
 また、下記の症例61の検討で述べたように、明らかに癌と思われた症例でも、初診時にそのことを述べないで3回程度様子を診た方がお互いの関係も若干深まるし、経過観察からも話しやすい3)。もちろん、患者に知らせないということは倫理的に問題かも知れないが、初診時に話すと「医師でもない鍼灸師ごときが」「画像診断や血液検査もしないで何が分かるのか」と思われる可能性があるので。
<症例61>男性 55歳 会社員 171cm 75kg 禁煙中
主訴:左肩背部痛
現病歴:1W前から寝違えか肩が凝ったのでマッサージをして返って悪化。以後3回マッサージを受け、直後は良いが翌日には戻る。仕事中いやらしい何ともいえない痛みがある。頚・肩を動かすのは問題無いし、上肢症状は無い。ほとんど1日コンピューターを使った仕事で、ストレスが貯まると頚・肩痛になり、マッサージをしていた。今日は特にひどい。夜間、痛みで目が覚めることがある。18日前から禁煙。以前は50本/日。飲酒は毎日大量。体重は禁煙後3kg↑。ROM(-)、頚肩の凝り著明、左斜角に圧痛。
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 この症例は総合判断で「肺癌」の可能性は非常に高かったが、禁煙のこともあり少し様子を見たが3回目の3日後に来院した時にも直後のみの効果で直ぐ戻り不変だったので、この時点で「初診時に癌の可能性が高いと思われましたが、そうでないことも多々あり、余計なご心配をかけたくなかったので、そうでない場合には鍼灸治療で少しずつでも良くなるので様子を見ましたが、良くなっていないのでお話しする次第です」という切り口でお話しをしたところ、覚悟があってか「私もそういう恐れを持ってましたが、直接精査を受けるのは怖かったのでこちらに来ました」ということで、2回治療して経過を診たこともあり素直に聞いて頂いた。
<患者が癌を非常に恐れている場合>
 また、患者が癌を非常に恐れている場合には、正直に申し上げるわけには行かないが、下記の症例20が参考になる4)。
<症例20> 女性 45歳 会社員 独身 167cm 59kg変動無し 喫煙無し 飲酒3~4回/W
 頸・肩背部の凝りと不眠を訴えて来院した患者である。事務職であり、目の疲れもあり、頸肩背部は触ると非常に凝っていることがわかる。これだけだと普通の患者さんであるが、不眠の原因について問診していくと「実は」ということで「左乳房のしこり」があり、不安で不安でしょうがない、ということであった。「そんなに心配ならば、専門医に診てもらったらどうですか」と申し上げると、恐くてとてもいけないということであった。「先生診てください」ということで、触診すると左乳房の左上部にかなり大きなしこりを触れ、表面は滑らかであるが硬く、皮膚を引っ張ると癒着があり、境界もはっきりしているようである。
 この患者に対して、正直に「貴女は乳癌の可能性が高いです」とは申し上げることはとてもできないが、かといって「癌じゃありませんよ。安心してください」という嘘もいうにくい。また、悩んだり困った表情を患者に見せるわけも行かないので、「私は乳癌の専門家ではないのでわかりません。そんなに心配で眠れないようだと癌じゃなくても身体をこわしてしまいますよ。早く診察してもらって安心してください」といって、多少は安心させることが大切で、そうしたら専門医に行く決心が付く可能性が高い。
<来院歴のある患者の場合>
 一方、癌の可能性が非常に高いと初診で思われた場合、全くの初診と違って下記の症例8のように鍼灸治療や鍼灸師をそれなりに評価していると思われる来院歴のある患者は、こちらの言葉をきちんと聞いてくれるので正直に申し上げた方が良いように思える5)6)。しかし、古くからの患者さんだからこそ、現在ではとりあえず精査して手遅れを確認して頂いた上で、西洋医学では手遅れだからこそ、鍼灸の単独治療を強力に勧めたい気持ちである。
<症例8> 男性 66歳 177㎝ 68㎏ 体重は1~2㎏減少 会社員(嘱託) 喫煙無
 6ヶ月前より、右肺部から肩関節にかけて臥位になるとズキズキして夜は眠れない。その後、痛みは上肢後側から手背の方に拡がってきている。今までは立位や座位では痛みがなかったが、1週間前より立位や座位でも少し痛みがでてきた。下肢の症状はない。頸部の運動障害(ROM)は後屈最大位で右肩後面に放散痛、右側屈と右回旋最大位で右上腕後側に放散痛がある。上肢の腱反射は全て異常なし。初期の頃に整体に一度行ったが不変で、その後特に治療は何も受けていない。(中略)食欲は若干落ちているが、特に偏食はなく、飲酒は毎日で痛みを抑えるために2~3合程度飲んでいる。二便に異常無し。
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 一目でパンコーストと思われたが、古くからの患者さんでもあったので、正直に疑診名を告げて、「肺癌の可能性が高いと思われる患者さんに鍼灸治療を続けることはできません。肺癌ではないということがはっきりした段階で鍼灸治療をしますので、病院で検査を受けて下さい」と申し上げた。患者さんは、「私は今まで一本も煙草を吸ったことがないので肺癌であるとは思えない」と仰ったが、煙草を吸わない方でも肺癌の方は沢山いますよ。第一、会社には煙草数人が沢山いるんでしょう。副流煙の問題もありますよ」と申し上げたら、素直に「わかった検査に行く」と仰った。しかし、残念ながら結果は疑診通り手遅れの肺癌で数ヶ月後に亡くなった。
<西洋医学に委ねながらの併療>
 Cの西洋医学との併療と同じようであるが、あくまでも西洋医学がメインであり、緩和ケア或いは手術に堪えられるようにする、副作用を軽減したり、QOLの改善などを患者の希望により行う場合で、具体的には病院への往診がそれに当たり、今一般的に考えられている統合医療の鍼灸師の立場である。
 この場合は鍼灸師の立場は非常に楽である。患者の予後についての責任は90%以上医師にあるからである。ただ、病院の主治医や婦長などとの対応が問題となる。一般的には癌治療においては、西洋医学も当然絶対的でないばかりか無力に近いので、患者の希望で行う治療を拒否することは少ない。しかし、抵抗力が落ちているケースが多いので消毒に関しては非常にウルサイが、ディスポ針を使う分には文句は言われない。問題は灸治療である。灸治療は全身及び当該局所の免疫力改善に良いことはほぼ立証されているし6)、下記の症例6のように鍼灸治療をしている時は癌は縮小していったが、病院で灸治療を拒否され鍼治療だけで2ヶ月経過したらまた大きくなってしまった
<症例6> 男性 68歳 鍼灸師 中肉中背 体重増減特になし
 学術大会に参加してそのまま旅行に行ったら突然黄疸が発症した。黄疸は全然引かず悪化する一方である。
 この症例では灸治療を主治医は許可して頂いたのであるが、総婦長が喘息などの呼吸器が悪い患者が同室していることで拒否されたので、個室に移動したら酸素に引火する可能性があるという理由でまたまた拒否したのである。
<癌は鍼灸の不適応疾患か>
 本シリーズでもこのテーマに対して考察を行ってきたが、実際に鍼灸治療は癌のあらゆる場に置いて行なわれている。癌にならないようにする一次予防から始まって、癌の治療、今<西洋医学に委ねながらの併療>で述べたような西洋医学の補完的治療、或いは術後の再発予防、末期患者の緩和ケアなどで鍼灸治療は行われている。そして、癌の予防・補完的治療・再発予防・緩和ケアに関しては特に生命に直結する部分は少ないし、西洋医学がメインの場が多いので特に問題にはなっていないと思われるが、問題は癌の治療である。併療治療は、西洋医学でも戦い、それだけでは不安なので東洋医学・鍼灸治療の助けも足りて戦いに行くということであるのでこれも問題はない。問題は鍼灸の単独治療である。既に行われているからといって、癌の治療は何でもOKというわけには行かないのは衆知の通りであるが、全く鍼灸治療はしてはいけないというのもおかしい。あくまでもそれぞれの治療におけるリスク・効果・副作用・予後・QOL、そして平均余命まで比較検討した上で初めて言えることである。しかし、ほとんどの医師にとっては西洋医学が唯一無二の治療法であるし、他の治療を行うことは商業主義或いはオカルト療法にダマされた結果という認識であろう。しかし、それ他の治療によって奏功した事実を知らないということでもあり典型的な認知バイアスである。また、西洋医学治療によって、或いは癌検診によってQOLを落としたり、寿命を縮めたりする事実を確認しないということは典型的な確証バイアスである。癌の縮小のみをクライテリアとして、免疫力の増減には一顧だにしないというのも同様である。
<併療治療>
 これは西洋医学に委ねながらの併療治療と違い、あくまでも独立して癌と戦いに行く治療である。ただ、治療方針として並行して受けている西洋医学治療の副作用・後遺症の軽減やQOLの改善なども治療方針の中に入れざるを得ない場合が多くなるのは必然であるが治療目的はあくまでも癌の征圧・治癒であるので西洋医学に委ねながらの併療とは違う。癌に対する鍼灸治療の効果及び副作用軽減などの補完的効果を良く患者に説明すれば、患者の状況が許せば限りなく併療は可能である。患者の状況とは通院出来るかどうか、経済的な余裕があるか、病院への往診ならば主治医などの許可があるかなどである。
 しかし、この併療の問題は、手術の程度、抗癌剤・放射線治療の副作用・後遺症特に免疫力が激減する問題があり、鍼灸でがんと戦いに行く立場では併療治療はしたくないのが本音である。
<次号までの宿題>
 前述のように、症例69で肝転移癌が奇跡的に好転したのは抗癌剤の効果だけでなく、他にも色々あったと思われるがそれは何であったでしょう、という問題です。

1)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その1』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
2)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その17』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
3)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その44』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
4)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その11』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
5)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その3』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
6)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その18』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
7)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その21』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
8)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その2』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
9)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その11』小川卓良 医道の日本誌 巻 号

執筆

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その49

・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-33」・・・・
                   東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

  前号の宿題から論を進める。
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【 問題 】日経新聞の記事の中で、国際医療福祉大学の池田俊也教授は「禁煙で余命が伸びれば、喫煙関連以外の病気の医療費が増えるので禁煙による医療費削減効果は疑問である」と述べている。また、禁煙すると多くの人は食欲が亢進し肥満・高脂血症になり糖尿病の発症と糖尿病からの癌発症増加などのケースも考えられるし、禁煙のストレスも相当なもので、ストレスによる発癌促進の可能性も否定できない。煙草の害があまりにも明らかなので禁煙をすることが正しいことと思われているが、禁煙の行為そのものによる害はないのであろうか。エビデンスでは禁煙成功後の人が対象となっているが、禁煙中の有病率や死亡率などの増加はないのであろうか。以前、某ラジオ局の番組で喫煙していた出演者とスタッフが禁煙効果を確かめるために全員禁煙をしてみる実験をした。その結果がどうであったのか、併せてご賢察して頂きたい。
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現在、もし癌が征圧され、癌で亡くなる人がいなくなると日本の平均寿命は4歳ほど延びると前述したが、今から20年以上前は癌を征圧しても平均寿命の延びはたったの1.6歳であった。それは、現在と比べて当時は今よりも少子高齢化が進んでいなかったという事情が大きい(高齢者ほど癌になり易く癌死しやすいから)し、20年以上経った現在になっても決してがん治療やがんの検診効果が出ていない証左でもあるし、むしろ逆効果であった可能性も否定できない。
 そのことはともかく、その20年以上前に私はがんを制圧することは当然正しいことだと思うけど、がんを征圧した後、寿命の延びに対応できる年金や老化や増えるであろう脳血管障害などの後遺症の人に対する介護費用・施設・要員などを解決することを全くしないでがんを征圧することが本当に国民のためになるかどうか、資金が限られている現状で何を優先すべきかどうかを真摯に議論すべきだ、という趣旨の文章をどこに書いたは失念したが書いた覚えがある。ただ、この時は全く相手にされないばかりかむしろ顰蹙を買った。国際医療福祉大学の池田教授の弁はこの論に似ているが、ここでの議論は医療費のみで介護費・生活費、そして税金のあり方などまでは論が進んでいない。日本ならびに世界各国では高齢化に伴い、医療費の高騰、年金の削減、年金受給年齢の高齢化などの政策が取られている。日本は世界で突出した高齢化のスピードと少子化が進んでおり、医療費と年金の問題は非常に深刻である。
 医療費を削減するには、選択肢は大きく分けると3つしかない。一つは、医療にお金をかけない、あるいはお金のかからない医療を優先する、という方法で先進諸国では真剣に検討され、その中で鍼灸を含む代替医療の研究或いは実践が行われつつある。日本ではまだまだそこまでいっていない。残りの二つのうちの一つは、医療費の受益者負担を増やすことで国の負担を軽くすることである。健康保険の受益者負担率が3割になったのはこの方向で将来必ず5割負担になると予想されている。しかし、少子高齢化で年金の受給額がどんどん減らされて、かつ働いている世代では負担率がどんどん上がっている状況で、3割負担でも大きいのにそれ以上にすること事態でそのときの政権党は必ず下野すると思われるのでなかなかその様な施策を採ることはとてもできないであろう。増税してその分を医療費や年金に回す方法もほぼ同様である。
 残りの一つが、医療費がかかる高齢者を減らすか、少子化に歯止めをかけて労働人口を増やして税収或いは保険額を増やすことである。高齢者を減らすといっても、実際面では例えばアルコール性肝炎や肥満による糖尿病や膝関節痛などの自業自得で病気になったような高齢者(高齢者に限らないが)は公費で医療費を負担しないというような施策である。ヨーロッパ先進国ではドイツなどで一部にこのような施策が採られている国が実際すでにある。実は癌も大半は生活習慣病であり自業自得病でもあるが、そうでない気の毒な方も沢山おられ、その線引きは非常に難しいので大きな声で生活習慣病とは言えない現状がある。
 国際医療大学の池田教授の弁は、癌などの喫煙関連の病気で早く死なないとなかなか死なない他の病気になり、むしろ医療費がかさむ可能性が高いので喫煙で早死にさせて医療費を削減しよう、という弁に聞こえてしょうがないのは私だけであろうか。この論だと、喫煙関連の病気に関して公費を出しませんよ、という施策を採るとむしろ多くの人が煙草を止めて長生きして医療費がかえってかさむし、介護費用や年金もかさむので駄目だということになる。
  本年9月17日付けで時事通信が配信したニュースに、「たばこが1箱1000円に値上がりした場合、今後9年で計9兆円の税収増が見込めるとの新たな試算を17日、厚生労働省研究班(主任研究者・高橋裕子奈良女子大教授)が公表した」とあり、500円にしても10年間で3兆9000億円の税収増になるとあった。しかし、京都大大学院の依田高典教授の試算では、禁煙の意思を示す人全員が成功するとして、最大1.9兆円の減収が見込まれるということを発表したが、それに対して高橋教授は「1年後には多くの人が禁煙から脱落する。減収はあり得ない」と反論している、ということである。
 いずれにしても双方の言い分は仮定の話、例えば「禁煙の意思を示す人全員が成功するとして」とか、「1年後には多くが禁煙から脱落する」ということが前提なのでこれ以上の議論はできないであろうし、介護費用、医療費、年金、或いは健康になった高齢者の労働力などまでシミュレーションした研究ではないのでこの議論は少しむなしい。
 私は冗談で将来は還暦になると赤いちゃんちゃんこではなく、茶色いちゃんちゃんこを着せられることになるかもしれないと、話していた。茶の色はガソリンを染みこませた色という意味である。これはあり得ないとしても医療費・生活費を自己負担できない80歳以上の高齢者は安楽死させるなんてことになる可能性をどうしても否定できない。すなわち、高齢者と若年者、或いは金持ちと貧乏人との戦争が始まる可能性があるということである。
 次に、ラジオ番組での話は、今から20年程前の話である。TBSラジオの番組で確かキャスターは土居まさる氏であったと記憶している。喫煙者である土井氏自身と番組スタッフ全員が禁煙を試みたのである。ところが、禁煙して半年も経たないうちに全員が太って、今で言うメタボになり、高脂血症、肥満、血糖値・血圧上昇ということで禁煙をした多くの人が禁煙を止めてしまったのである。この番組では仕事として禁煙をしたので、多くの人が数ヶ月の禁煙に成功したが、私と同じような結果となり、禁煙の効果よりも害の方が大きいと判断したのである。確かに血液像の悪化もさることながら、ストレスも大きいので発癌の可能性の増加も否定できず、禁煙の行為自体は決して体に良いことではない。
  そのことを証明したエビデンスがある。英国キングス大学公衆衛生学のDeborah Jarvis 博士らが禁煙による体重増加により肺機能に悪影響を及ぼすと2005年にLancet誌に発表した1)。
 Jarvis 博士他の研究はヨーロッパの「EU(欧州連合)による呼吸器健康調査」に参加する27カ国の被験者6654名に対するアンケート調査を分析したものである。この研究の被験者は1991-1993年に20歳~44歳で、その時点での喫煙の有無、体重、及び肺機能(FEVI:forced expiratory volume in 1 second:1秒間努力呼気容量)を測定し、1998-2002年(7~9年後)に同じく喫煙の有無(喫煙無し、禁煙者(元喫煙者)、喫煙継続者の3群)と体重、肺機能を測定してその変化を分析したのである。測定時に喫煙者は非喫煙者或いは元喫煙者に比較して肺機能は大きく低下している(高齢者ほど著しい)が、禁煙した元喫煙者が体重1kg増加することに肺機能は男性で11.5ml低下し、女性は3.7ml低下したということで、全体で見れば「禁煙による有益性が男性で38%、女性で17%低下する」と報告された。
 一方、「禁煙による禁断症状が鬱を悪化させる、或いは抑鬱が心疾患患者の禁煙にの妨げになる」とハーバード大学医学部のA.N.Thordike 内科講師らが報告している2)。後段の部分はともかく、禁煙による害の報告である。心疾患(CVD:Cardiovascular disease)
で入院した患者のほとんどは入院中は禁煙(喫煙はCVDの最大の死亡リスク)をするが、退院後多くの患者はニコチン補充療法の助けもあり禁煙を持続させるが、元々鬱傾向のある患者は禁煙による禁断症状により、ニコチン補充療法を行っても鬱傾向のない患者に比較して3倍も禁煙に失敗するばかりでなく、より鬱傾向がひどくなる、ということある。そのためには、鬱傾向をしっかり診断してその対処を入院中から行うべきであるという内容である。この研究はCVDで入院した患者が対象であるが、CVDがあるなしに関わらず鬱傾向がある人は禁煙でより鬱を悪化させるし、禁煙も失敗しやすいということもいえる可能性が高い。
 鬱の悪化の報告はともかく、前段の禁煙による肥満で肺機能が悪化するというエビデンスはあたかも禁煙の行為そのものが悪であるかのようであるし、現実的である。しかし、禁煙による有益性が男性で38%、女性で17%低下する、ということであって有益性が丸ごと無くなるわけではない。この研究を報告したJarvis博士も「体重が増加すれば禁煙による有益性が低下するが、0になるわけではなく禁煙を止めるべきではないと述べているし、この結果を受けて米国科学・健康協議会(ACSH:American Council on Science and Health)内科部長のG.L.Ross博士も「禁煙しても体重が増えない人もいるし、禁煙によるわずかな悪影響よりも禁煙によって得られる様々な有益性の方が明らかに大きい」と結論している。まあ当然の結論であろうが、禁煙の禁断症状は一時的にせよ良くないのは事実で、例えば80歳を超えてまだ元気な喫煙者に禁煙を勧めるべきかどうかは議論の余地が大きく、私は勧めないことにしている。
 何れにしても本シリーズで述べてきたように喫煙と癌、糖尿病と癌、鬱と癌、糖尿病と喫煙、喫煙と動脈硬化などの悪循環は明らかで喫煙と高脂肪食及び早食いを止めて明るく生きることが健康で長生きの秘訣であると言えるだろう。
 次のような症例があり、質問を受けたがあなたならどうしますか?
<症例67> 46歳 女性 会社員(事務職) 161cm 91kg 飲酒・喫煙共に無し
 20年前より他院で鍼灸治療を行っており、2年前からは当院で月に2~3回鍼治療を行っている。C型肝炎の既往があり子宮筋腫(7cm)と花粉症、日光過敏による皮膚炎などがある。GOT(AST)・GPT(ALT)、γ-GPT等は現在標準値内で経過観察中で筋腫の方も不正出血・月経量も特に異常が無くこちらも経過観察中。肝機能を高める目的で柴胡剤を服用中である。父は陰茎癌の既往があり、療養中。母も乳癌の既往があり、本年2月肺癌で亡くなった。両親共に癌の既往がある。BMIは35以上で超肥満であるが、DMの指摘は受けていない。4ヶ月ほど前にマンモグラフィーで乳癌の疑いを示唆され、生検をしたらclass3(aかbは不明)とのことであった。触診をしてみると確かに小さなしこりを触れ、固いことは固いが表面は滑らかで癒着もあるかどうかが不鮮明だったのでどちらかというと悪性ではないのではないかという印象を持ったが、確信して言えるレベルではなかった。再度生検したところAtypically papillary lesion(異型無し、頭状病変)ということでとりあえず様子を診るということになった。しかし、本人は不安でセカンドオピニオンを求めたところ、非浸潤癌(上皮内新生物)という診断をいわれ、再々検査したところ確実に癌という診断になって手術することになった。センチネルリンパ節の生検をしたところ転移はないとのことで内視鏡による温存療法をすることになった。しかし、何度も生検を行い、その生検痕が痛かったり腕が怠くなったりストレスのためか背中が張って苦しいなど検査の後遺症に悩む。8月後半に手術を行ったが、その前日に病院を抜け出して鍼灸治療を行った。術後1ヶ月後に電話があり、術後16日経って退院したが、貧血が悪化し、鉄剤を服用するがその副作用で胃痛・食欲不振等に悩み、その上におできが術後2回、そして口内炎も度々出来る等免疫力が相当落ちたようで体調不良となり抜糸が出来ない状態で、鍼灸治療にも来れないとのことである。ところで切除した癌はステージ0であった。しかし、放射線治療を行うということであるが体調不良を理由に延ばしている。
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 本人無症状(乳癌の)まま癌検診により疑いを持たれ、精密検査を繰り返して、良性・悪性の間を行き来して結局癌と診断され手術をしたところステージ0(腫瘍が乳管または乳腺に限局し、周囲の乳腺組織への浸潤がないもの)であったということで正に早期発見・早期治療の典型例であるが、ステージ0は上皮内新生物でありこの段階は癌でないという考えもあって、がん保険では給付されないか、給付されても相当減額される対象である。手術が必要であったかどうか、という問題があるが、鍼灸治療で治すといっても場所が場所だけに多壮灸による治療もご本人にとってはあまり歓迎できないとも思われ、全て遠隔治療で行って成算があるかどうか私には不明(局所の多壮灸を併用するならば成功例が幾つもあるので相応の自信はある)で、ご本人もこの段階では気持ち悪いので最小限の手術ですむならば取る、という決断をされたのであるが、これには私もやむを得ず同意した。
 問題は放射線治療である。詳細は省くが、乳癌の温存療法手術における「標準治療」は、癌の大きさ+2cm周囲を切除し、センチネルリンパ節に転移がなければそのリンパ節のみの切除、転移があれば腋窩リンパ節の全摘で、術後放射線治療を一定量行い癌細胞が女性ホルモン過多により発症したと思われる場合にはホルモン療法、そうでなければ抗癌剤を投与するというものである。医師は例えステージ0であろうとも標準治療を行うことを勧めるし、当然のように行うべきであると患者を説得する。しかし、(社)全日本鍼灸学会学術大会で「癌と鍼灸」で2度シンポジストとして論を張った真柄俊一医師の研究では、放射線治療が最もリンパ球を減らす(免疫力を下げる)療法であるということである。
 よって、放射線治療で癌の卵或いは周辺の極少転移巣をある程度叩いたとしても、免疫力も叩かれるので、最終的なプラスマイナスはどうかという問題がある。事実、短期はともかく長期的なエンドポイント(例えば総死亡率)で調べたエビデンスはまだ無いので46歳という年齢を考えると止めた方が良いといいたいところである。ご本人も色々調べて私の意見を聞いてくださっているが、放射線治療による免疫力低下と後遺症の問題、及び後でもし癌が再発した時に後悔するのが嫌だ、という思いもあり、悩んでいるのである。
 最終的にはご本人の決断次第であるが、100%の自信を持って鍼灸治療に委ねなさい、といえないところが問題である。何しろ鍼灸治療でのエビデンスが全くない状況であるので迂闊なこといえないし、80%くらいの自信で無責任にいうものではない、と思うからである。真柄医師の千数百例の術後再発防止の臨床例(鍼治療:刺絡療法のみで抗癌剤・放射線治療などはしていない+生活習慣の改善の指導はもちろんである)では、脱落例の分析はしてないので確実なことはいえないが、治療継続例では術後の再発(転移を含む)例はほぼ0である、ということで相当の自信を持っていらっしゃる。
 この患者さんも基本的にはベースにDMがあると思わざるを得ない。口内炎やおできもそうであるが、浮腫が原因と思われる関節痛は多発的に起きていたためにそう思われるのである。また、半年前にお母様を癌で亡くした(もちろん亡くなるまでの介護の問題もある)こともストレスになっててそれも原因の一つであった可能性も高い。DMの問題がなければ、80%の自信が90%くらいになるのであるが。
 読者諸兄ならばどういうお話しをされるのであろうか、諸兄の臨床例があれば教えて頂きたい。なお次号は、鍼灸師の対応についてまとめてみたい。
<引用文献>
1)Deborah Jarvis et al.「Smoking cessation, weight gain, and lung function」The Lancet , Vol.365 , 2005
2)Anne N. Thorndike et al.「Depressive Symptoms and Smoking Cessation After Hospitalization for Cardiovascular Disease」Archives Internal Med. 2008;168(2)

 

執筆

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その48

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その48
       ・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-32」・・・・
                   東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

<糖尿病は癌を発症させるのであろうか>
 前号で、糖尿病と癌の関連について話をし、その様なエビデンスが幾つかあると述べた。
1990年代より厚労省の多目的コホート研究というのがあり、例えば、大阪府吹田市などの大都市近郊、茨城県水戸市という地方中核都市、岩手県二戸市や沖縄県宮古島などの南北海辺の町や、長野県佐久市等の山間の町などにある全国の10の保健所在住で1990年或いは1993年に40~69歳の男女約10万人を対象とした研究がある。研究開始時点(ベースライン)で過去に(現在も含めて)既に糖尿病と診断されていた人は、男性で46548人中3907人(約8.4%)、女性は51223人中2555人(約5.0%)いた(人数は研究会氏時点から最終まで追跡できた人)1)。
 図1は前号で述べた久山町での研究で耐糖能異常でみた研究開始から11年間の癌による年間人口千人あたりの死亡率を見たものである。これによると男性ではIGT(耐糖能異常)では正常レベルと癌による死亡率は変わらないが、糖尿病レベルになると3倍近く癌氏が増える。女性の場合には耐糖能異常レベルで既に死亡率が2倍程度になり、糖尿病になると正常に比して4倍程度まで死亡率が上昇する。尤もそれでも女性の死亡率は男性に比して4割程度の死亡率であるが、ベースライン時での糖尿病者が男性の6割程度であったことを考えるとそれほどでもないが、正常者における癌死の割合が三分の一程度であったことを考えると耐糖能異常の影響は男性よりも大きいともいえそうである。

cancer-fig48

 図2はHbA1cのレベルで見たもので、正常と思われる6.5%未満の癌死を1とした場合の相対危険度で示している。HbA1cが7.5%未満までは斬増で1.5倍程度であるが、7.5%を超えると急激に危険度が増し、4倍ほどになり、8.5%を超えると6倍以上になる。
 癌との関係を見る限り、IGT(耐糖能異常:OGTT2時間値の異常)とIFG(空腹時血糖値の異常:HbA1cの値と一定の相関がある)ともに癌発症のリスクになっているようであるが、図1と図2を比較すると特に図2に示されているようにIFGの方が影響が大きいように見える。
 そうすると、心臓疾患や脳血管障害などの大血管障害及び総死亡率はIFGよりもIGTの方がリスクが高く、癌発症はIFGの方がリスクが高いということになり、IFGとIGTは若干病態が違うということも考えられるが共に低い方が良いことに変わりがない。
 何れにしても、これらの結果を見る限り糖尿病によって癌の発症或いは癌死が増加することは明らかである。ただ、癌死のほとんどは医学的にも糖尿病によって癌が発症して亡くなったという認識はなく、糖尿病と無関係に癌が発症したと考えられているのであくまでも死亡原因は糖尿病ではなく癌とされるために、「糖尿病⇒癌の発症」という機序はあまり考えられていなかったのだと思われる。
<喫煙の死亡リスクは非喫煙よりもたったの1.6倍でそれほど大きいものではない?!>
 次に前回の前回の宿題を考える
【 問題 】厚生労働省の研究班が2002年に喫煙と死亡率の関係について研究結果を発表した。それは、日本人の40代・50代の男女4万人以上を10年間追跡調査したものであった。その結果、男性の喫煙者は非喫煙者の1.6倍、女性は1.9倍死亡率が高いというものであった1)。それを聞いて、「何だ、たったの1.6倍か」と多くの人は思い、当院でもそういう患者さんは多かった。しかし、喫煙のリスクは1.6倍程度のものなのであろうか。
 この研究結果は、ある意味で衝撃的であった。それは「たった1.6倍」という数字である。あれほど喫煙に関しては「緩やかな自殺」或いは「緩やかな殺人」とまでエキセントリックにその害についていわれ続けたのに、そのリスクがたったの1.6倍という報告だったからである。この報告は多くの新聞で一面を飾る程のニュースだったので多くの国民が知ることになったが、この報告で煙草を止めた人は次年度の喫煙率がその年と大差がないことからほとんど居なかったと考えられる。その程度のリスク増加ならば、元々自分で推測してあきらめていたリスクよりも低い、と多くの愛煙家は思ったのではないだろうか。むしろ逆効果だったかも知れない。
 ただ、これには統計学的な大きな落とし穴がある。統計学を知るものにとっては当たり前のことで、敢えてアナウンスしなくても当然理解されるだろうと思われることが、一般の国民には全く理解されていない、ということが沢山あるということである。
 この1.6倍という数字は10年間におけるものである。40代・50代の人が50代・60代になった時までの10年間での死亡率が喫煙者の方が1.6倍多かったということである1)。すなわち、喫煙者と非喫煙者が生涯に渡って生きた時の死亡率の差ではないということである。単純計算をすると10年で1.6倍は20年(60代・70代)ではその二乗で 2.56倍、30年(70代・80代)では三乗で4.1倍にもなる(図3)。
 ただ、この数字は喫煙年数或いは累積喫煙数が増えても有病率・死亡率は一定であるという前提に立っている。喫煙と癌罹患率ないし死亡率は喫煙年数が増えれば増えるほど、或いはブリンクマン指数(一日の平均喫煙数×喫煙年数)が増えれば増えるほど幾何級数的に高くなってくる(図4)ので10年で1.6倍は20年で2.56倍、30年で4.1倍ではなく、もっと大きな数字になるはずである2)。
 元国立がんセンター疫学部長の平山雄博士が世界で最初に受動喫煙の害を明らかにし、夫が喫煙者の場合、夫が非喫煙者に比べて煙草を吸わない主婦の肺癌罹患率は、夫の一日の喫煙数が1~19本以下の場合には1.5倍、20本以上の場合には1.9倍肺癌罹患率が増えるというものであった2)。同様に喫煙者がいる職場では喫煙者がいない職場に比べ、非喫煙者が15年以内の勤務で肺癌罹患率は1.3倍、16~30年で1.4倍、30年以上で1.86倍になるという結果も示された(あくまでも肺癌の罹患率での相対リスクの増加であり、他の癌や心筋梗塞などの死亡も併せると総死亡リスクはもっと増える)。この研究は一般に平山研究とも言われ、1966年から81年までの15年間にわたって26万人以上の日本の一般家庭を対象に行ったもので当時は画期的で影響の大きい研究であった。ただ、一部にはこの研究については有意水準を通常の5%以下ではなく、10%以下にしているなどの統計学的な問題など様々な批判があることも事実であるが、受動喫煙の害やこの研究での結果については煙草会社から研究費をもらった研究以外は世界中でほぼ認められている。
 この平山研究において、ブリンクマン指数別にみた喫煙開始年齢と肺癌死亡率との関係も報告されている(図4)。この図を見ると、確かにブリンクマン指数が高い方が肺癌による死亡リスクは高くなっている(グラフの上下関係)とともに、喫煙を開始した年齢が若いほど(右の方が若い)そのリスクも高くなっていることが分かる。この研究では示されてないが、他の幾つかの研究ではもっと若い15歳未満からの喫煙は遥かに高い死亡率を示していて、若い細胞ほど遺伝子が傷つき易いという説明がなされている。喫煙により遺伝子が傷つき、将来の(若い人ほど老化までの時間も長い)癌化へのタイマーがセットされたということで、老化という癌化の促進因子により癌になりやすいということで、ヘビースモーカーでなくとも癌になりやすいのは図4を見ても明らかである。
 この図でブリンクマン指数が800以上の群ではむしろ喫煙開始年齢が高い25歳から29歳の群の方が20歳から24歳までよりも死亡率が高く、20歳から24歳までも19歳以下よりも高くなっていて、その理由として統計的な問題(若年者では癌の死亡率が非常に低いために例数が少ないために)が大きいものの、若年からのヘビースモーカーは肺癌死もさることながら、心筋梗塞死などが多いこともその一因ではないかと推測されている。 
<煙草を大変な苦労して止めても余命は2・3年しか延びない?>
 つい先日の8月26日付けの日経新聞の健康欄において、今禁煙すると生涯の医療費と余命に与える影響について試算した記事がでていた。試算したのは、厚生労働省の禁煙治療に関する研究班(主任研究者・中村正和大阪府立健康科学センター部長)の五十嵐中東京大学大学院薬学研究科医薬経済学助教で20歳から毎日一箱20本喫煙している人が、ある年齢から禁煙した場合、がんや脳卒中、心筋梗塞など煙草で発症リスクが高くなる病気の生涯治療費と余命がどう変わるかを試算したものである3)(表1)。
 20歳で喫煙して30歳で止めた場合(ブリンクマン指数:200)は、余命が平均で2.3年延び、生涯の医療費は154万円減少する。そして、年齢がいってから止めた場合はブリンクマン指数も上昇するし、平均余命の延びも医療費の削減効果も減少している。
 ただ、一般的には禁煙後の年数が長いほど発癌リスクは減少する。この件に関しては様々な研究結果があるが禁煙後数年から20年で非喫煙者とほぼ同等になるといわれている。そうなると、30歳で止めても寿命が2.3年も縮まるというのはかなり癌発症リスクが高いということになるが、肺癌などの癌発症は特に男性の場合30代や40代での発症確率は非常に低く、禁煙後20年を過ぎると非喫煙者とほぼ同等になるので、それほど大きな差にならないのではないかと思われるが、この研究は様々な疫学的研究を元に差算したものであって、実際に30年も40年も追跡した研究ではないので本当のところは分からないと思われる。
 図6は、欧米での研究ではあるが、喫煙者、元喫煙者と現在喫煙環境にあるかどうか(過程或いは職場で)で総頸動脈の中膜肥厚の伸展度合いを測ったデータである。これをみると明らかに喫煙環境にいる(受動喫煙)の影響と喫煙歴(禁煙実行者)ともに影響が大きいことが分かるし、受動喫煙よりも喫煙歴がある方が若干ではあるが影響が大きいようにも見える。ただ、この元喫煙者が平均でどのくらい前に禁煙していたがが明確でないので禁煙後の年数による影響の違いは明確でない。この動脈硬化の伸展の影響と、禁煙による余命の延命効果の試算から煙草は仮に数年でも吸ってはいけない、多分遺伝子が傷つくから、ということになりそうであるが、だからといって吸い始めたら、止めても寿命の延びも大したことがないからと言って止めないのはやはり大きな損失であるのではないだろうか。
 新聞記事の中で五十嵐助教は、喫煙で発症リスクが高まる病気はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)や前号で示したようにDM(糖尿病)などこの研究対象となっていない病気がまだかなりあるので、この数字よりももっと大きいのではないか、と述べている。
 しかしながら、禁煙をするというのは大変な苦労である。強力な意志が無ければ達成できない。私は18歳から喫煙し、25歳で頑張って禁煙したが、5年後に悪魔の囁きによりまた喫煙してしまった。それは、禁煙後の一服が非常に美味しかったことと(こんな美味いものを何故止める?)、一度禁煙に成功しているからまたその気になれば大丈夫という自負心から悪魔の囁きに乗った訳である。それから2年後くらいに指先容積脈波を測定したら、32歳ではなく30代後半くらいに動脈硬化が進んでいるといわれたことがあるが、なかなか止められず、というより禁煙前よりもむしろ喫煙数が増えて20本だったのが30本以上になっていたのであった。10年後の40歳になってやっとの事で禁煙に成功した。しかし、1ヶ月で7kgも体重が増加し生涯最重量になったが、これも何とか3ヶ月くらいで5~6kg減量してそのまま現在にいたり、無罪放免の禁煙後20年を既に迎えたのであった。実際に一度禁煙したのにまた喫煙した場合は以前よりも禁煙が難しいとも言われている。これは先ほどの禁煙後の一服の美味さ及び自負心の問題と禁煙のストレスの大きさを知っていることによるものらしい。ただ、現在は禁煙治療というものもあるし、ニコチンガムなどもあって血中ニコチン濃度を下げないで済むし、最近ニコチンパッドも市販されるようになって、まずいガムを噛まなくても良くなったし、そして周りの冷たい目や喫煙環境の圧縮などで益々禁煙をしやすい環境にあると思えるが。
 さて、このように大変な苦労をして禁煙をしてもそれから得られる利益としての寿命の延び・医療費削減効果は、この試算を見る限りそれほど大きいとは思えないのではないだろうか。通常喫煙者は40歳を過ぎた頃から禁煙するので、寿命の延びは1~2年程度である。
 日経新聞の同じ記事の中に、国立がんセンターなどの研究によると、20歳から喫煙している人が40~60歳迄(40~50代)に肺癌になるリスクは、非喫煙者の3.9倍、60~80歳(60~70代)では7.4になり、煙草を止めると徐々にリスクは軽減し20年経つと非喫煙者と同等になるという記事がある(図7)。厚生労働省の研究班による10年間の研究では40~50代の10年間の癌発症リスクは1.6倍であったので40~50代が60~70代になる20年間では計算上は2.56倍になると前に申し上げた。これをこの数字の3.9倍をベースに計算すると3.9倍×2.56≒10倍となり、7.4倍よりも遥かに高くなり実際値と違ってくる。これは、年齢が高くなるに連れ、癌発症リスクよりも心筋梗塞死が増えて、喫煙者の多くが癌発症以前に心筋梗塞や脳血管障害などで死亡してしまうためではないかと説明されている。
 しかしながら、寿命の延びが2~3年程度の延びは、これだけみたら大したことがない成果の様に思われる。男女の平均寿命の差が7歳弱違うわけであるから、この差に比較したら問題にならない。ただ実際には喫煙者でも長寿の人が沢山居るし、平均寿命とさほど変わらない年齢でなくなる人も非常に多いのも事実である。要するに、幾ら喫煙しても大丈夫な人は長生きできる(もし喫煙しなかったらもっと長生きしたかも知れないが、それはタラレバの話)が、そうでない人は早死にすると言うことである。また、非喫煙者が喫煙以外に全て健康的な生き方をしているはずがないし、喫煙者は喫煙が悪いことは重々分かっているので、その他に率先して健康に良いことを実践している人が多い可能性も高い。
 何れにしても、以前この稿で述べたように現代日本でもし癌が征圧されても平均寿命の延びは約4年程度であるから、2~3年は非常に大きい数字である。癌発症リスクは国立がんセンターなどの幾つかの研究でも長年の喫煙で癌発症リスクは数倍になるのであるから平均寿命の差だけで「たった」と判断するのは危険である。
<次号までの宿題>
 恒例により次回までの宿題を出しますので読者諸兄に頭の体操をして頂きたい。
【 問題 】日経新聞の記事の中で、国際医療福祉大学の池田俊也教授は「禁煙で余命が伸びれば、喫煙関連以外の病気の医療費が増えるので禁煙による医療費削減効果は疑問である」と述べている。また、禁煙すると多くの人は食欲が亢進し肥満・高脂血症になり糖尿病の発症と糖尿病からの癌発症増加などのケースも考えられるし、禁煙のストレスも相当なもので、ストレスによる発癌促進の可能性も否定できない。煙草の害があまりにも明らかなので禁煙をすることが正しいことと思われているが、禁煙の行為そのものによる害はないのであろうか。エビデンスでは禁煙成功後の人が対象となっているが、禁煙中の有病率や死亡率などの増加はないのであろうか。以前、某ラジオ局の番組で喫煙していた出演者とスタッフが禁煙効果を確かめるために全員禁煙をしてみる実験をした。その結果がどうであったのか、併せてご賢察して頂きたい。
<引用文献>
1)Hara M et al. Japanese Journal of Cancer Research vol.93 2002
2)Hirayama I Nonsmoking Wives of heavy smokers have a higher risk of lung cancer:study from Japan. BMJ 282 1981
3)日経新聞8月26日号(夕刊)「あなたが今、禁煙したら?」  2008

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