レポート

体表刺激と生体の調節機能について  2011.8

Ⅰ.はじめに

 私が鍼灸学校在学中に体性‐内臓反射について学んだときには「体性‐内臓反射とは体性感覚神経を求心路とし、自律神経を遠心路とする反射である」ということのみで、生理学の教科書に上脊髄反射の記載はなかったように思う。後に改訂され新しくなった教科書には体性‐内臓反射の項に上脊髄反射の記載が付け加えられており、今までに全日本鍼灸学会等で上脊髄反射に関する講演を聞いたことはあったが、詳細を顧みることが無かったので、これを期に自律神経の基本構造と体性‐内臓反射についてまとめることとする。


Ⅱ.自律神経(遠心路)

 自律神経は主に平滑筋と腺に分布して、その運動ないし分泌を司るものである。したがって自律神経の支配範囲は主として脈管と内臓、そのほか汗腺・脂腺・立毛筋・内眼筋などの腺や筋などで、いわゆる消化・呼吸・生殖・循環・分泌といった植物性官能を主宰するため、植物性神経系と呼ばれることもある。
 自律神経系の伝導路の起原は脳幹と脊髄で、大脳皮質とは直接の連絡をもたず、脳幹や脊髄の中で求心性伝導路と連絡して反射弓をつくっている。つまり自律神経系の興奮はすべて反射性で、これがその自律的な所以であり、平滑筋の運動や腺の分泌が、私たちの意思に随わず無意識的に起こるのはそのためである。しかし、中枢神経系から完全に独立しているものでもなく、情動が起きることによって涙が出る、顔面が紅潮する(蒼白になる)、心拍数が高まるなどの日常経験から、両者間には何らかのつながりがあり、自律神経も大脳皮質からある程度の影響を受けることが理解できる。
 さらに、自律神経は交感神経と副交感神経とに区別されている。この両系は同一終末器官に2重に分布しており、それぞれの及ぼす作用が反対であるといった生理学的差異がある。また、交感神経は脳脊髄神経とは独立の一系統をなし、ただ交通枝でこれと連絡しているだけで、その末梢枝はほとんど血管ことに動脈に沿ってその外膜の中を走っているが、副交感神経は脳神経および脊髄神経の中に混入しており、血管との関係は認められない(一部例外あり)といった形態学的差異がある。逆に、両系ともに末梢部が原則として2個のニューロンからなるといった共通する特性もある。すなわち第1ニューロンは脳幹または脊髄の中にあって節前ニューロンと呼ばれ、これから発する遠心性線維を節前線維といい、第2ニューロンは末梢の自律性神経節の中にあって節後ニューロンと呼ばれ、これから出る遠心性線維を節後線維というというものであるが、このような自律神経の伝導路がすべて2個のニューロンでできているという考えはLangleyの生理学的実験による結論で、形態学的にはまだ証明されておらず、またこの種の実験が自律性伝導路のすべてについて行われたものでもないようだ。

1.交感神経
(1)構造
 次の3部から成り立っている。
① 交感神経幹
 交感神経の本幹。脊柱の両側にあり、上は頭蓋底から下は尾骨にまで及んでいる。その中に20数個の幹神経節が介在し、全体は数珠のようである。
② 交通枝
 各脊髄神経とそれに対応する幹神経節とを結ぶ短い吻合枝。交通枝には節前線維の束からなる白交通枝(有髄神経のため白く見える)と、節後線維の束からなる灰白交通枝(無髄線維のため灰色に見える)とがある。交感神経は交通枝によって脊髄神経と、したがってこの脊髄神経を通じて脊髄と連絡している。
③ 末梢枝
 交感神経幹から起こる神経線維束。内臓・脈管をはじめすべての腺および平滑筋に分布する。末梢枝は一般に脳脊髄神経よりも細く、主として無髄線維から出来ている。多くは動脈に伴って走り、かつ動脈の壁上に網状の神経叢を作っている。

(2)伝導路
 節前ニューロンは胸髄から上位腰髄(T1~L2)の側角にある。これから発する節前線維はまず胸神経と腰神経の前根を、ついで交通枝(白交通枝)を通って交感神経幹に入る。

 ここからまず1つのパターンとして、幹神経節で節後ニューロンに連絡するものがある。このパターンをとる経路では、幹神経節でニューロンを交代した節後線維が、一部は再び交通枝(灰白交通枝)を通って脊髄神経の中に混入してこれとともに末梢に至り、体幹・上肢・下肢などの皮膚の汗腺・立毛筋・血管に分布する。一部は交感神経の末梢枝となって頭頚部および胸部の平滑筋性および腺性の器官に分布する。

 もう1つのパターンは、幹神経節ではニューロンを交代せず、交感神経幹をそのまま通過して、腹腔および骨盤腔に入り、そこで神経節(腹腔神経節、上および下腸間膜動脈神経節)をつくって節後ニューロンに中継する。ここから出た節後線維は、腹部および骨盤内臓に分布する。

(3)区分
 交感神経はその部位にしたがって頭頚部・胸部・腹部・骨盤部の4部に区分される。
① 頭頚部
 交感神経幹は側頚部において内頚動脈と総頚動脈の後ろ、迷走神経のすぐ内側をほぼこれと並んで走る。上は伸びて内頚動脈神経になり、下は胸部の交感神経幹に続いている。その経過中にはふつう上頚神経節(C3~4の高さ)、中頚神経節(C6の高さ)、下頚神経節(C7の高さ)の3個の神経節を持つ。中頚神経節は欠けていることが少なくない。下頚神経節は第1胸神経節と完全または部分的に融合していることがしばしばで、このような場合これを星状神経節と名づける。ここからの末梢枝には内頚動脈神経、外頚動脈神経、喉頭咽頭枝、心臓枝がある。
② 胸部
 交感神経幹は頭頚部から胸腔に入り、胸膜の壁側葉におおわれながら胸部脊中の両側を下り、横隔膜を貫いて腹腔に入る。その経過中には10~12個の胸神経節があり、これらは交通枝によって各肋間神経と連絡するとともに、末梢枝を動脈と諸臓器に送る。末梢枝には胸心臓神経、肺枝と食道枝がある。
また、中位の胸神経節(T5~9)から大内臓神経が、下位の胸神経節(T10~12)から小内臓神経が起こり、胸椎体の外側に沿って斜めに前下方に下り、横隔膜を貫いて腹腔に出て、すぐに腹腔神経叢と上腸間膜動脈神経叢に入り、節後ニューロンに連絡する。
③ 腹部
 交感神経幹は胸部のそれに続いて腰椎の両側を下り、下は骨盤部に連なる。その経過中には4~5個の腰神経節があり、これらは一方では交通枝によって各腰神経と連絡するとともに、一方では臓側枝(腰内臓神経)を腹腔神経叢、上腸間膜動脈神経叢、下腸間膜動脈神経叢、上下腹神経叢に送る。
④骨盤部
 骨盤部の神経幹は腹部のそれに続いて仙骨の前面にあり、各側4~5個の仙骨神経節を持つ。これらの神経節もまた交通枝によって仙骨神経および尾骨神経と連絡し、その臓側枝(仙骨内臓神経)は仙骨神経の臓側枝(骨盤内臓神経)とともに直腸と膀胱の外側部で強大な下下腹神経叢(骨盤神経叢)をつくり、直腸・膀胱・生殖器などの骨盤内臓に分布する。

2.副交感神経
 動眼神経・顔面神経・舌咽神経・迷走神経の4つの脳神経と、脊髄神経の仙骨神経に含まれる。
(1)動眼神経内の副交感性線維
 節前線維は中脳にある動眼神経の自律性起始核(動眼神経副核)から、節後線維はこの毛様体神経節の神経細胞から起こる。毛様体と虹彩に分布して、毛様体筋と瞳孔括約筋の運動を支配、レンズの調節と瞳孔の収縮を行う。

(2)顔面神経内の副交感性線維
 表情筋を支配する運動神経であるが、涙腺・顎下腺・舌下腺などの分泌線維を含んでいる。涙腺に行く節前線維は橋から、節後線維は翼口蓋神経節の神経細胞から起こり涙腺に分布する。顎下腺と舌下腺に行く節前線維は上唾液核(または顔面神経分泌核)から、節後線維は顎下神経節の神経細胞から起こり、両腺に分布してその分泌を調節する。

(3)舌咽神経内の副交感性線維
 舌と咽頭の知覚を司る神経であるが、耳下腺の分泌線維を含む。節前線維は延髄の下唾液核(または舌咽神経分泌核)から、節後線維は耳神経節の神経細胞から起こり、耳下腺に分布してその分泌を調節する。

(4)迷走神経の副交感性線維
 大部分が副交感性の線維から成る神経である。頚胸部では咽頭・喉頭・心臓・肺・食道、腹部では骨盤内臓を除くすべての臓器(胃から大腸の上半部までの腸管・肝臓・膵臓・脾臓・腎臓など)に分布して、その運動と分泌を調節している。節前線維は延髄の迷走神経背側核から起こるが、節前線維と節後線維の中継部がどこであるかについては不明な点が多く、各器官の壁上ないし壁内にある神経節、たとえば腸管ではその壁内のマイスネル粘膜下神経叢およびアウエルバッハ筋層間神経叢などが考えられている。

(5)仙骨神経内の副交感性線維の臓側枝(骨盤内臓神経)
 古くから知られる仙髄の特殊な副交感神経系である。骨盤内臓と外陰部、つまり膀胱・大腸の下半分・生殖器に分布して、その運動と分泌を調節している。節前線維は仙髄(S2~S4)の前角と後角との中間部から起こり、仙骨神経の臓側枝(骨盤内臓神経)の主成分となる。節後線維への中継部は、各支配器官の付近にある神経叢の中で起こると考えられている。


Ⅲ.自律神経求心路(内臓求心路)

1.自律神経求心路 vs 内臓求心路
 英国のLangleyが19世紀末に自律神経系を「末梢性の遠心路」と定義して以来、自律神経系は遠心路に限定して考えられてきた。その後、自律神経系の機能が詳細に研究されるにつれて、自律神経には内臓からの求心性神経線維も存在することが明らかになってきた。例えば、腹部迷走神経は約90%が求心性線維であるし、内臓に分布する交感神経系の大内臓神経や小内臓神経の中に求心性線維が含まれていることは各種の実験的研究の結果から疑いの余地はない。よって、現在では自律神経に求心路を含める傾向にあるのだが、その正確な経路やニューロンの中継部については不詳の点が多く、さらにこれら求心性線維がどのような種類の知覚を伝えているのかも十分に分かっていない。そのため、求心性線維が交感神経の中に含まれていることは事実としても、これを交感神経の一部と見なすか、交感神経の中を走っている脳脊髄神経と見なすかについては、研究者によって意見が分かれるところであり、Langleyの定義にこだわる場合には、内臓求心路と呼ぶようだ。

2.内臓感覚とその役割
 自律神経求心路によって伝えられる内臓感覚には、大きく分けて内臓痛覚と臓器感覚がある。前者は主として病的状態において臓器に分布する感覚神経の末梢が刺激を受けて起こす痛みの感覚であり、後者は空腹感・満腹感・尿意・便意など身体内部の状況変化が内臓器官に存在する感覚終末で受容されることによって起こる感覚である。いずれも末梢の受容器より求心性神経を通り中枢に情報が送られて成立する感覚であるが、空腹感・満腹感・渇きの感覚などは、神経性のみならず体液性の情報も関与している。これらの内臓感覚は快・不快の感じを伴うことが多く、感覚の局在は体性感覚ほど明らかには感じられない。さらに内臓求心系は、この系路を上行する情報が内臓感覚の成立に役立つだけでなく、内臓‐内臓反射、内臓‐体性反射などの反射をとおして生命の維持、内部環境の恒常性の維持に役立っていると考えられる。

3.内臓感覚と自律神経求心路
 また、内臓求心性線維の走行は、交感および副交感神経とほぼ並行し、それぞれ脊髄と脳幹に投射すると考えられる。脊髄に投射する内臓求心性入力は、その臓器を支配する節前ニューロンが起始する分節とほぼ同じ分節に後根を通って入り、脳幹に投射する求心性入力は、迷走神経や舌咽神経などの脳神経を通って入ると考えられる。そして、臓器感覚に関係する情報は主として副交感神経(迷走神経・骨盤神経)を通り、内臓痛覚は主として交感神経系によって伝えられる。ただし骨盤内臓器および食道・気管では副交感神経(骨盤神経・迷走神経)もこれに関与するといわれている。


Ⅳ.体性-内臓反射

 生体に加えられた刺激は感覚として意識される他、情動や行動を起こしたり、免疫系や内分泌系に影響を及ぼしたり、様々な反射を引き起こしたりする。このとき、皮膚・粘膜・筋・腱・関節に刺激が加えられて生じる感覚を体性感覚といい、それによって自律神経遠心路の活動が変化し、その結果効果器の機能が反射性に調節されるものを体性-自律神経反射という。体温調節反射、射乳反射、射精反射などは皮膚の体性感覚刺激によって起こる体性-内臓反射といえる。また、特殊感覚刺激も広義には体性感覚に含める場合があり、瞳孔の対光反射や唾液分泌反射なども、体性-自律神経反射に含めることができる。
 そのほか、体性-自律神経反射には近年新しい考え方が提示されている。体性-自律神経反射には、脊髄を中枢とする脊髄反射と、脊髄より上位を中枢とする上脊髄反射の2つがあるというものである。これに関して、A.Sato・Y.Sato・R.F.Schmidt著、山口眞二郎監訳「体性-自律神経反射の生理学」などから次のように理解した。
 体表に刺激を受け体性求心性線維の情報が脊髄に入力すると、一方では上行し脊髄より上位の中枢に伝えられ、感覚として意識される他、情動や行動を起こしたりする傍らで、その状況に応じた広汎な全身性の自律神経反射が引き起こされる。これを上脊髄反射と呼ぶ。もう一方では入力した脊髄分節に自律神経の節前ニューロンが存在する場合、脊髄分節内で節前ニューロンにシナプス結合し、その自律神経遠心性線維が支配する器官を反射性に調節する脊髄反射を引き起こす。ヒトの交感神経節前ニューロンはT1~L2、副交感神経節前ニューロンはS2~S4に存在するので、体幹部への刺激ではいずれの反射も起こるが、四肢からの体性求心性線維が入力する頚膨大部・腰膨大部には自律神経節前ニューロンが存在しないため、四肢への刺激では上脊髄反射のみが起こる。
 さらに脊髄反射は常に上位からの抑制を受けており、その抑制の強さは臓器・器官によって違いが見られる。また、体表への刺激が侵害性であるか非侵害性であるか刺激の質によって、言い換えれば刺激を伝えた体性求心性線維の種類によって異なった反応を示すのである。ただし、筋紡錘や腱器官からの情報も体性求心性線維で伝えられるものではあるが、自律神経機能にはほとんど影響を及ぼさないと考えられる。


Ⅴ.考察

1.自律神経について
 どの生理学書を見ても、割と同じような交感神経と副交感神経の遠心路の図があり、それぞれの臓器・器官に対する機能が表にまとめられているものが多いので、自律神経の形態や機能に関しては確定されたものであるように思っていた。今回のレポートでは、それに倣い最も一般的と思われるまとめ方をしたが、調べてみると脊髄内の交感神経節前ニューロンがどの分節レベルまで存在するか、その記載にはバラつきがあり、また交感神経の節前ニューロンは脊髄だけでなく中脳や延髄にもある。そして中脳と延髄とから起こる交感神経線維は動眼神経・顔面神経・舌咽神経・迷走神経の中を走るとする記載があった。その一方で、動眼・顔面・舌咽・迷走神経の自律神経性の線維はすべて副交感神経であるとする記載もあり、両者相容れない考えである。副交感神経においても、副交感神経の線維は脊髄のすべての部分から発する(KuréのSpinalparasympathicus)とする、通常の概念とはかなり異なる記載もあった。さらに内臓からの求心性線維においては取り扱いが非常に少なく、その少ない中ですら異なる点が多く見られた。これらは極一部の例であるが、自律神経系に関しては今もって不明の点が少なくなく、研究者の間での見解の相違がはなはだしい不確定の分野であることが分かった。特にLangleyが定義したことで、遠心路に比べ求心路の研究は遅れている。この点に関しては今後の研究と検討を待つところが多いものである。
 ところで、生理学書や解剖学書によく見かけることであるが、その本によって呼び方の記載に違いがあり、それらが同じものだとわかるのにかなりの労力を強いられることがある。読者としてはただただ腹立たしいばかりであったが、自律神経求心路vs内臓求心路のように、呼び方ひとつにその研究者の考えやこだわりが見えてくるのかと思うと、難しい書物に人間味が感じられて、楽しく思えそうだという感想を持った。

2.体性-自律神経反射について
(1)反射中枢
 当初、脊髄反射の中枢は脊髄であるが、上脊髄反射の中枢はどこなのかという疑問をもって臨んでいた。ところが上脊髄反射の反射中枢ははっきりと示されていない。橋・脳幹・脳・延髄など、その記載は色々であった。中枢神経をどの高さで切断・破壊するかといった実験方法からは推察できる部位は限られるので、今はまだ詳細な部位を示すことができないのだろう。だからこそ「上脊髄(脊髄より上位)」と曖昧な表現に留めているのだと思われる。
 ただ、血管運動中枢・消化管運動中枢・呼吸中枢・唾液分泌中枢・摂食中枢・嘔吐中枢などでは、ある程度細かい部位として中枢が推察されており、それは核と呼ばれる部位のこともある。それら中枢の機能はいずれも自律神経機能の1つだと言え、その中枢や核は特別な細胞膜に包まれ堅く守られているようなものではなく、同じような機能を見せる神経細胞が多く見られる部位、細胞群であるというだけで、それぞれの神経細胞群はお互いに関連し合って機能しているものだ。それを踏まえると脳幹部全体が上脊髄反射の中枢であると考えられ、局所的な部位を求めること自体が間違っているのかもしれない。

(2)麻酔の意義
 悲しいと涙が出る、怒りで顔面が紅潮する、緊張で心拍数が高まるというように、情動によって自律神経に変化が起きる。つまり、自律神経は大脳皮質からの影響を受けるということである。
 常々、動物が暴れると実験がやりにくいので麻酔をかけるのだろうが、麻酔をかけて行った実験では、正常時の反応と違ってしまい、意味がないのではなかろうかと疑問に思っていた。だが、「体性-自律神経反射の生理学」の中に、麻酔をかけて大脳皮質の働きを抑制するとの記載があり、自律神経が関与する実験では、情動の影響を取り除くため、大脳皮質の働きを抑制することが麻酔の意義であることがわかった。
 ただ、疑問に思ったように、実験の結果に麻酔の影響が現れることは当然のことであるし、麻酔の深度や麻酔薬の種類によって、現れる反応に違いが出てくることも事実らしい。だが、これをすぐさま正常時の反応ではないから意味がないと考えるのは間違いであった。そこで見られた反応が、たとえ麻酔によって表に現れ見えるようになったのだとしても、それを起こすメカニズムは生体が元から備えていたものだと考えられるからだ。このとき麻酔によって抑制されて見られなくなる反応もあれば、麻酔によって脱抑制され現れる反応もあるだろう。麻酔がどのように関与しているか詳細なメカニズムはわからなくとも、どのような条件下で得られた結果であるのかを認識していれば、その反応を再現でき利用できるだろう。だから、決して意味のないものではないとの考えに至った。

(3)脊髄反射に対する上位抑制の強度の違い
 心臓は主に全身に血液を送ることが役割であろうし、胃は食べた物を一時貯めておくこと、小腸は消化吸収、大腸は水分回収、腎臓は廃品回収&リサイクル、膀胱はゴミの収集処理などという具合に、臓器・器官はそれぞれ異なる役割をもって働いており、さらにそこに骨格筋の活動が加わり、生物の活動が営まれている。それらが稼働するにはエネルギーが必要で、エネルギーは血液によって酸素やブドウ糖が運ばれて作られるものだ。ただ、ヒトの血液の量はほぼ一定に保たれていて、必要に応じて臨機応変に増やせるものではないし、臓器・器官・骨格筋がすべて一斉にフル稼働するに足る量ではない。それは人類を含めた動物の生活環境が、この数十年の日本の飽食が特殊なだけで、常に飢餓の中にあって、普段使わないような予備血液を保持する余裕がなかったからだろうと思う。その代り、食料があるときに必要以上に食べて余剰エネルギーを溜め込む能力や、食料のないときに貯蓄したエネルギーを少しずつ切り崩して使っていく能力を備えていて、しかもそのエネルギーを使うときには節約して効率よく使えるように、エネルギーの運び手である血液を各所が上手く連携して譲り合って使う機能や、その瞬間生命を維持するために最も機能すべきところに血液を集中させる機能を獲得して、生き延びてきたのだと思う。その血液分配の調整を担うのが自律神経で、これを実現するために、もともと臓器・器官によって交感神経と副交感神経の分布には優位差があって、なおかつ機能の亢進・抑制が交感神経作用であるか副交感神経作用であるかといった臓器特異性が作られているのだろう。その際、交感神経が優位に分布するのは血管と汗腺のみ。交感神経作用によって機能が亢進するのは心機能、呼吸機能、副腎髄質、脂肪細胞である。
 生物の生き残りに必要なことは、まず生命に危険が及ぶものから逃げることが1番、次いで食料の獲得、それをエネルギーに変換するための消化吸収などその他の活動があって、充足していれば種の生き残りをかけた繁殖という順番になるのではなかろうか。脊髄反射はただ自身の支配区域を調節するだけの反射である。先に述べたように、生体のエネルギー事情はすべての要求に同時に応えられる能力はないのだから、上位中枢が全体の状況を見極めて、必要なところの機能を亢進させ、他を抑制せねばならない。脊髄反射が常に上位からの抑制を受けるのは、勝手なエネルギー消費をさせないためで、その強さが臓器によって違うのは、その役割が違うからに他ならない。
 危険から逃げるなど、緊急時の活動は往々にしてエネルギーを大量に消費するものであるから、緊急時に優先される役割を持つ臓器の抑制は平常時に強くかかっていて、その他の臓器の抑制は弱く設定されているのではなかろうかと考える。つまり、先に述べた交感神経作用によって機能が亢進する臓器を支配する脊髄反射の抑制は強いのではないかと想像する。
 このように考えてくると、ふつう脳脊髄神経と自律神経を対立させ、さらに交感神経と副交感神経を対比するように扱うが、副交感神経は解剖学的にも脳脊髄神経に混入しているもので、脳脊髄神経の線維の1つとして一緒に平常時の機能を司っていて、交感神経はそれらとは別に、緊急対応用に発達した神経ネットワークのように思える。

(4)刺激の質による反応の違い
 生物は生きるために成長過程で痛いもの、身体が傷つけられる刺激からは逃げるよう学習してきている。であるから、当然侵害刺激と非侵害刺激とでは身体に異なる変化が起こるのは当然であるといえる。
 私は選穴以上にどのように鍼を刺すかによって効果が違い、その技術力こそベテランと新人の腕の違いだと思って基礎技術の向上を目指してきたので、刺激の質によって反応の違いが見られるという実験結果は大きく頷くところである。だが今のところ、どのような刺激で身体各所がどのような変化を起こすか、その詳細はわかっていない。今後の研究が待たれる。

(5)経穴
 私は経絡治療を柱に治療を行っているものであるが、体調を整える意味で行う本治は、脈診によって決定される手足の要穴を使う。運動器疾患に対して、この効果を感じられることは正直あまりないのだが、風邪の引き始めには鍼による変化がよく感じられる。鍼を入れると多くの場合、発熱し始める。そのまま少し長めに置鍼しておくと、時によってその間に汗をかいて解熱し、その場で風邪が治ってしまうこともある。発熱のような全身性の反応を起こすのが上脊髄反射だと考えると、手足の経穴が要穴として重要視されてきた理由が理解できる。
 また、下痢止めのツボとして臍を囲む上下左右2寸にある経穴(下脘・石門・天枢)がよく使われる。体幹部の刺激では脊髄反射が優位に起こり、胃・腸管運動が抑制されるとする理論は、このような経験的に行われてきた治療の理屈に合う。ただ自身の体験として、手足に鍼をして胃腸が動いた経験は記憶に無く、中脘に1本鍼をしただけで腹がグルグルと動き出し、背中の重さや腰痛まで取れてしまったことは何度も経験している。先の理論とは矛盾する現象だ。


Ⅵ.結語

 体性-自律神経反射については、そのメカニズムが複雑であることや、多くの研究者が取り組んでいる分野ではないこともあって、確定的に述べられることは極めて少ない。しかもそれ以前の問題として、基本となる自律神経に関してすら不確定要素がたくさんあり、これらについて調べれば調べるほどわからなくなったというのが感想である。
ただ、体表を刺激して身体に何らの変化を引き起こそうとするのが鍼灸治療であるから、今後のこの分野の更なる発展を大いに期待するものである。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。