症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その3

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その3
・・・・キーワード2「階段状の悪化」・・・・

東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 前々月号の<症例1>での鑑別のキーワードとして、「1年くらい前より始まった」と「徐々に悪くなっている」があると述べた。今回は「徐々に悪くなっている」について考えてみたい。

 まず、前回の胃癌の既往があって、1週間前より、特に原因が不明で急に左頸・肩と左前腕大腸経のラインに沿った痛みが出現した<症例3>について報告をする。この症例は、1週間前からの急な発症と言うことで、「比較的最近の発症」に当てはまらないこと、リンパ節転移の徴候がないことなどから、悪性疾患は考えにくいが、「寝返り時よりも安静時に痛むこと」、「胃癌の再発が発見されたこと」の二点から転移の可能性(特に肺)を否定できなかった症例である。
 結果論からいうと、この患者さんは1回の治療で症状は半減し、2回の治療で痛みは取れてしまった。普通の寝違い・頸椎捻挫の類だった可能性は高い。しかし、望診上では肌に艶がなかったこともあり、まだ転移の可能性を否定できない(癌性疼痛は時に著効することがあるので)が再手術のために入院することになっていることと、痛みがなくなったので通院の意欲がなくなったことで経過観察ができないのが残念である。
 <症例1>は、患者自身が徐々に悪くなっているという認識を持っていた。もちろん客観的なデータはないが、所詮痛みについては客観的な検査はなく患者の主観が頼りである。

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<症例8> 男性 66歳 177㎝ 68㎏ 体重は1~2㎏減少 会社員(嘱託)
 6ヶ月前より、右肺部から肩関節にかけて臥位になるとズキズキして夜は眠れない。その後、痛みは上肢後側から手背の方に拡がってきている。今までは立位や座位では痛みがなかったが、1週間前より立位や座位でも少し痛みがでてきた。下肢の症状はない。頸部の運動障害(ROM)は後屈最大位で右肩後面に放散痛、右側屈と右回旋最大位で右上腕後側に放散痛がある。上肢の腱反射は全て異常なし。初期の頃に整体に一度行ったが不変で、その後特に治療は何も受けていない。
 ただ寝酒をすると痛みが減少し眠ることができるが、アルコールが切れると痛みだし、再び寝ることはできないので睡眠不足になる。
 思い当たる原因としては、痛み出す少し前から布団をベッドに変えたためではないかと思っている。現在はベッドのマットを外して硬くしているが若干良い程度。以前来院したとき(1年8ヶ月前)の痔と右前腕痛は完治していて、調子はよい。
 スポーツはテニスとゴルフを月1回程度やる程度であるが、この所はあまりしていない。食欲は若干落ちているが、特に偏食はなく、飲酒は毎日で痛みを抑えるために2~3合程度飲んでいる。煙草は吸ったことがない。二便に異常はない。 左右の五十肩、前立腺炎、痔(脱肛)の既往があるが現在は症状はない。
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 この症例は、古くからの患者さんで、何かあると2・3年置きくらいにしばらく来院するという方でこの度も1年8ヶ月ぶりに来院された(平成7年12月)。以前は会社の派閥争いに巻き込まれて大変なストレスだったようで、その頃は頻繁に来院されていた。しかし、負け組になり、左遷されて現在は子会社の嘱託をしているという気楽な立場であった。この方は「私は、今の立場(部長)と給料で充分なんだ。社長になりたいという野心もなく、そんなに働きたくないし、そんなにお金もいらない。この立場でそこそこ仕事をして、健康で余暇を楽しめれば充分なんだけど、そうすると直ちに頸になってしまう。今の立場を守るためにも社長レースに参加して夜遅くまで仕事や接待・会議に明け暮れていないといけないなんて、私にとっては悲劇だ」と仰って印象に残っている。正にサラリーマンの悲哀で、ほとんどの方が「その通り」と同感している。

 さて、この患者はパンコースト(肺癌)であると一目でわかり、古くからの患者さんでもあったので、正直に疑診名を告げて、「肺癌の可能性が高いと思われる患者さんに鍼灸治療を続けることはできません。肺癌ではないということがはっきりした段階で鍼灸治療をしますので、病院で検査を受けて下さい」と申し上げた。患者さんは、「私は今まで一本も煙草を吸ったことがないので肺癌であるとは思えない」と仰ったが、煙草を吸わない方でも肺癌の方は沢山いますよ。第一、会社には煙草数人が沢山いるんでしょう。副流煙の問題もありますよ」と申し上げたら、素直に「わかった検査に行く」と仰った。しかし、残念ながら結果は疑診通り手遅れの肺癌で数ヶ月後に亡くなった。当時はもちろん鍼灸治療で肺癌を治そうなんてことは考えてなかったし、西洋医学で何とかしてくれるのではないかとも思っていたので、全面的に西洋医学に委ねてしまったが、古くからの患者さんだからこそ、現在では同じ状況であったら別の選択肢を考えると思う。
 一目でわかった望診や脈状診の話はともかく、問診だけで充分わかる症例である。6ヶ月前の発症=比較的最近の発症、立位でなく臥位で痛む=安静時痛+夜間痛、そして、6ヶ月前から後に痛みの範囲が拡がり、立位や座位でも痛むようになってきた⇒徐々に悪化している=階段状の悪化、が決め手である。徐々に悪化しているということは、進行性の病態であるということを意味している。

 多分派閥争いのストレス+仕事のストレスにより抵抗力が落ちて癌が発症したのではないかと想像しているが、当時はこのような症状は全くなかった。肺癌の場合、肺胞、肺間質や小気管支には知覚神経がないので、病変が拡大し胸壁・胸膜に及ぶか、骨転移するか神経や血管を圧迫すると胸痛などが出現する。このため、早期での胸痛などの発症は少なく、胸痛などが起きたら手遅れのことが多いのである1)。その上、肺癌の検診はレントゲン検査+喀痰検査を行っても、その有効性については疑問の声が沢山出ているくらい、早期発見は難しいので、煙草を止めることと、家庭や職場での嫌煙運動を勧めることでしか自分を守ることはできない。私は30歳代にはかなりのヘビースモーカーであり、自分のことを棚に上げていうのも何ですが、喫煙者に他人の健康を阻害している(場合によっては殺人行為にもなっている)という自覚が全くないのが問題だと思っています。止めてからは、新幹線の喫煙車にはとても乗っていられません。この前やむを得ず乗ったときにはかなり辛かったのを覚えてます。

<階段上の悪化>
 階段状の悪化というのは、症状、発症頻度及びその両方が進行することで、段々痛みがひどくなったり、この症例のように痛みの範囲が拡がったり(圧迫の度合いが強くなった)して症状が悪化することと、発症の頻度が段々増加することを意味している。<症例1>の場合には患者さんの全体的な印象しか聞けなかったのですが、<症例8>では、具体的に痛みの範囲が拡がったこと、以前は痛くなかった体位でも痛くなってきたこと、の2点で具体的に、より客観的な表現で答えられているので、悪化の度合いがよりはっきりしてます。あえていえば発症頻度についてよりつっこんだ問診をすれば良かったと反省してますが、そこまでしなくても、病態ははっきりしていると判断したので聞かなかったのかも知れません。
 さて、階段状の悪化といっても、当然初めての発症の時はわからないわけであり、段々悪化してきてからでは手遅れになるので早期発見には向かない判断基準である。しかし、二度目や三度目で見つけることも可能である。

<前号での宿題>
 前号での宿題の症例7を再掲する。

<症例7> 男性 65歳 175㎝ 70㎏ 体重変動無し 会社員
 昨夜の夜中に急に背部痛が起き、姿勢を変えても痛みは楽にならず、痛みで眠れなかったが、いつの間にか寝てしまい、起きてからは痛みはなく何ともない。前日の夕食に多飲・多食したことくらいしか思い当たるものはない。しかし、飲酒の機会多く昨夜だけが特別ということはないけどいつもよりは少し多かったかもしれない。飲酒量は平均するとビール3・4本くらいか。煙草は1日30本くらい吸う。そういえば、半年前にも同じような症状があったが、今回よりは全然軽くすぐ治った。
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 この症例は、正に二度目の発症で見つけた症例である。夜間における背部痛ということで内臓の疾患が想定され、部位も限局されてないことも内臓性を疑われる。また、体位変動によって痛みが変わらないことは、筋骨格系の疾患でない可能性が高いということがわかる。そして、多飲・多食によって夜間の発症ということで急性膵臓炎が想定されるわけだが、一過性の膵臓炎ならあまり緊急性のある問題ではないのだが、もしかしてと思い、「以前にも同じようなことがなかったですか」と質問してみたら半年前に現在よりも軽いのがあった、ということで進行性の病態の可能性があるということである。もちろんそうだからといって慢性化した膵臓炎も考えられるので、直ちに膵臓癌と断定するというわけではない。しかし、飲酒と喫煙習慣からその可能性は非常に高いのである。

 ビール3・4本、煙草一日30本くらいという自己申告は実に当てにならなく、アメリカでは「酒・煙草は2倍、セックスは三分の一」ということが言われているくらい、実際の飲酒量や喫煙量は自己申告よりかなり多いと見るのが妥当である。確かに患者さんは、普段の自宅での晩酌時の飲酒量や喫煙量をいっていて、外で友人や仕事のつきあいで飲むときのことは言わないことが多いので、この辺をしっかり確認する必要がある。日本ではセックスの回数を聞くことはほとんどないとは思うがアメリカではそうではないらしい。こっちの方は単に見栄の問題ということでしょう。睡眠も同様で、1日3・4時間という人はざらにいるのだけど、そういう人は土日には爆睡しているので、その点を確認しないと間違える原因となる。

 というように考えていくと、喫煙と飲酒は自己申告でも多い方であるのに、実際はかなりの量であると推定される。そして、喫煙とアルコールは膵臓癌の主たるリスクファクターである(リスクファクターについては後述)。

 癌は、種類によってその進行度は違うが、平均的には数ヶ月で2倍になっていく。そして症状は、体調が落ちた時や悪条件が重なった時に発症するというように、体調との兼ね合いで発症するので常時というわけではない。癌が大きくなるに連れて、体調の落ち方が軽度でも、悪条件が重ならなくて一つの悪条件でも発症しやすくなってくるので階段状の悪化というわけである。だから、<症例8>の6ヶ月前の発症ということも、厳密に問診をしていくと、もっと前にもあったかも知れない。

<症例7>の場合は、階段状の悪化の問題と何事もはじめがあることを意識していたからこそ発見できたわけで、その意識がなければ三度目にならないと発見できないということになり手遅れになる可能性が高まる。幸い<症例7>は、「初期なので助かります、心配ありません、といわれました。有り難うございます」という感謝の電話を頂いたが、ご本人は転勤で再来院されないのでその後のことはわからない。

<次号までの宿題>
 今までと同様に読者諸兄の頭の体操用に症例を呈示しますので、よろしくご賢察のほどお願いします。

<症例9> 女性 68歳 152㎝ 45㎏ 体重変動有り(52㎏⇒45㎏) 主婦
 数年前より3週間に1度程度の治療を、健康管理的に行っていた慢性関節リウマチの患者が、この数ヶ月で思い当たる原因が無くて7㎏くらい体重が減少した。主治医に相談させると「特に問題はない、1年くらい前に薬を変えたためではないか」という説明であった。ステロイドとNSAID(非ステロイド消炎鎮痛剤)は常用していた。食欲・便通・睡眠には変化はなく、特に問題もない。その他リウマチ症状以外に症状はなく、腹部などの触診所見にも異常はない。

1)『愁訴からのアプローチ:胸痛』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌52巻3・4号

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