症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その11

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その11
・・・・キーワード7「触診上での悪性疾患の鑑別法-1」・・・・

東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 我々開業鍼灸師は、患者から身体の表面にできた「しこり」や「腫れ」について「癌じゃないだろうか」ということでしばしば相談を受ける。当然のことながら、患者とそれなりの信頼関係がないとこのような相談を受けないが、中には初診時にも相談を受けることがある。そして、多分癌ではないと自分では思っているけれども、治療家である鍼灸の先生にも「癌じゃないよ」と言って欲しい、というようなレベルの聞き方であることが多いが、検査を受けたり、専門医に受診する勇気がない(癌の宣告を非常に恐れている=自分も疑っているが病院に行けない)というレベルの患者も多いのである。今回のこのようなケースでの鍼灸師の対応、疑診基準などについて述べたい。
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<症例20> 女性 45歳 会社員 独身 167cm 59kg変動無し 喫煙無し 飲酒3~4回/W
 頸・肩背部の凝りと不眠を訴えて来院した患者である。事務職であり、目の疲れもあり、頸肩背部は触ると非常に凝っていることがわかる。これだけだと普通の患者さんであるが、不眠の原因について問診していくと「実は」ということで「左乳房のしこり」があり、不安で不安でしょうがない、ということであった。「そんなに心配ならば、専門医に診てもらったらどうですか」と申し上げると、恐くてとてもいけないということであった。「先生診てください」ということで、触診すると左乳房の左上部にかなり大きなしこりを触れ、表面は滑らかであるが硬く、皮膚を引っ張ると癒着があり、境界もはっきりしているようである。
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 この症例は今から25年以上も前の症例で鍼灸師免許を取って未だ数年の時であった。しかし、この頃は院長である父親の代理で「末期癌患者」の今で言うところの緩和ケアの往診に行っていた時で、20例前後の末期癌患者の治療を行っていたから、癌の触診についてはそれなりの経験があり、その経験上からも明らかな悪性であった。「貴女は乳癌の可能性が高いです」なんてことは、目の前でびくびくして恐怖に包まれている患者に申し上げることはとてもできない相談であったが、かといって「癌じゃありませんよ。安心してください」という嘘もいえない(鍼灸師に診断権はないといっても、「鍼灸師がそういったので安心して検査に行かなくて手遅れになった」と遺族に訴えられたらどうなるであろうか。例え、裁判に勝っても評判はがた落ちである)。そして、悩んだり困った表情を患者に見せるわけも行かないので、「私は乳癌の専門家ではないのでわかりません。そんなに心配で眠れないようだと癌じゃなくても身体をこわしてしまいますよ。早く診察してもらって安心してください」といって、多少は安心させたら、専門医に行く決心が付いたようである。ただ、明らかに「手遅れ」と思われたけど、鍼灸治療で治せるなどとは夢にも思っていないので「手遅れ」でも西洋医学に委ねるしかない、と思っていた。この患者さんはその4・5ヶ月後に他界した。
 あと、独身で出産経験がないこと、大柄であること、年齢が40歳以上であること、飲酒習慣があることは、何れも乳癌のリスクファクターであるので、これらの点からも乳癌の疑いが濃くなった症例でもある。また、乳癌の場合食欲不振や体重減少、倦怠感などはあまり無いことも頭に入れておく必要がある1)。
 癌が疑われた時の対応は非常に難しいデリケートな問題を含んでいるが。こちらが見つけた時も患者から依頼された時も対応には特に差がない。肺癌であった<症例8>のように、こちらの説明に冷静に対応して頂けるような患者さんには話しやすいが、この症例のように恐怖心でおびえている患者に対しては慎重を要する。ましてや神経症(詳細は後述する)の患者さんに対しては特別な配慮が必要である。
 逆に癌の可能性が低いと思われる場合はどうであろうか。こういう症例は忘れてしまうが、臨床上では見つける場合よりも遥かに多い。癌を否定してしまって、もしそれが癌であった場合には、かなりの責任を負う必要がある。私はこのような場合には、「もしこれが癌であるならば‥‥のような症状があるし、階段状の悪化などなどの経過‥‥、」というような話し方をして、何故癌の可能性が低いかの話を伝え、患者にも納得してもる。そして、必ず「専門家ではないので100%確実かどうかはわかりませんよ」の一言は付け加える。
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<症例21> 女性 79歳 主婦 150cm 41kg変動無し 喫煙・飲酒無し
 器質化肺炎で入院しプレドニンを3錠×3回/日服用し、その副作用で胸椎の圧迫骨折を起こし背部痛が強い。歩行や会談で息切れを起こすために携帯用の酸素ボンベを使用している。また、膝裏が座-立位の時や階段の昇降で痛む。既往歴として55歳時に子宮筋腫で癌を疑われ、子宮と卵巣を全滴したが悪性ではなかった。7年前に右口腔内の腫瘍のために3本歯を抜き下顎の骨も削った。そのためか、最近右顎下部が腫れてきたので検査をしたところである。随伴症状として、入眠困難と足の冷えがある。
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 この症例は、当院に通院している患者の母親であり、具合が悪いと言うことで鍼灸治療を受診させるために郷里から呼び寄せたのであった。高齢で器質化肺炎の症状を引きずっていること、プレドニンの副作用での骨脆弱化が原因の圧迫骨折による背部痛と言うことで、「苦労しそうだなあ」というのが第一感であったが、わざわざ私に治療を受けさせるために郷里から呼び寄せたと言うことで、プライド面からも何とかしなければという想いで治療にあたった。ところが何気なく触った右顎下部の腫れが、腫れではなく硬いしこりであった。確かに7年前の口腔内腫瘍で歯だけでなく下顎まで削ったということは悪性の可能性が限りなく高いことが想定されるが、その転移というには7年もたっているので疑心暗鬼であったが、転移であろうが原発であろうが硬いこと、表面がゴツゴツしていること、引っ張ると癒着があること、圧痛がないことなど、触診では全て悪性を示唆している。本人は検査中ということであったが、娘さんに聞いてみると「実は悪性と地元の大学病院で診断受けているが、高齢なことと何度も手術をさせたくないのでそのままにしている。ただ、患者さん自身がこのしこりが気になっていて、不安でそのために不眠になっているようである」ということであった。
 この時私自身は、乳癌から肺に複数転移していて西洋医学を全て拒否した患者を完治した経験の直後で、その上に、手術が不可能なほど癌が大きいといわれた「学術大会に参加してそのまま旅行に行ったら突然黄疸が発症した」<症例6>も、西洋医学での癌治療は全くしないでほぼ毎日の鍼灸治療(鍼治療は複数の術者によってそれぞれの治療法で毎日交代に行い、灸治療は癌の局所に対して多荘灸をすえた)によって癌が縮小して、手術が可能なレベルまで縮小した経験の直後であり、「鍼灸治療で癌が治せる可能性が高い」とまで思っていた時期であった。「鍼では癌は治せないですよね」という娘さんに対して「治せます。とはいいきれないけどこれらの経験もあり、可能性はあると思います」といってこの癌を叩いてやろうという野望に燃えて治療にかかったのである。
 4月19日から5月26日までの間に14回の治療を行ったところ、2・3回目からは酸素ボンベを忘れて来院するくらい背部痛も息切れも経過が良く、郷里に残してきた夫に申し訳ないので一時帰宅するといって治療を中断した5月26日には背部痛は残っているものの、酸素ボンベも不必要で息切れや膝痛もほとんど無くなっていた。他の症状への治療はともかく、癌に対しては、透熱灸をすえた直下の真皮内に高内皮細静脈が形成され、ICAM1などの接着因子が発現し、リンパ球、NK細胞やマクロファージなどが集まり局所免疫活性が上昇するという関西鍼灸大学木村通郎教授らの理論2)3)4)に則り(簡単にいえば施灸局所直下の免疫能が増加するということ)、癌の直上の皮膚に多数の米粒大透熱灸(約100から200壮)をすえた。そして、癌も触診上では直径で半分以下(立体・重量で考えると8分の一以下)まで縮小し、患者の不安もなくなり不眠もすっかり良くなっていたのである。そしてこの時の治療は灸に関しては<症例6>に対しての治療と全く同じであった。
 帰郷時には、封をした経過報告と治療依頼を書いた書面を何通か用意して、地元の鍼灸師の先生に、癌であることを記載して(本人は知らない)、鍼治療はともかく灸治療の継続を依頼したのであるが、多荘灸の治療なので幾つかいった治療院では鍼治療はして頂いたものの、灸治療は断られたとのことであった。ほぼ1ヶ月後に再来院した時には、癌はまた元のように大きくなっていた。しかし、前回の治療で見る見る縮小していたので、また同じように灸治療をすれば縮小すると高をくくって治療を再開したところ、ほぼ4週間で16回ほどの治療をしたのにかかわらず、癌は縮小しなかった。そこで娘さんに、当初の治療目的の器質化肺炎による息切れや背部の痛みは治り、体力は回復したために癌の手術に踏み切ったらどうか、というお話しをしたところ、快く了解され帰郷して大学病院で手術を行い4年たった現在は元気で過ごしているということである。この勝負勝ったのか負けたのかわからない結果になった。良くいえば、東西医学お互いの良いところを実践したので、統合医療の成果かも知れない。
 実は<症例6>も同じような経過を辿っている。鍼灸治療により手術ができない大きさの癌が、できるほど縮小したので、手術に踏み切りましょうということになった。ところが胆管癌で場所が場所だけにその病院では執刀できる外科医がいないということで、癌専門の病院に転医することになった。ここではまず胆汁のドレナージをしてから手術をするということであったが、その間2ヶ月もの間、鍼治療は許可されたのであるが、灸治療は許可されなかった。主治医は許可して頂いたのであるが、総婦長が拒否したのである。理由は喘息などの呼吸器が悪い患者が同室していること、そして酸素の引火する可能性があるという、前者はともかく後者はとんでもない理由である。そして胆汁のドレナージが終わった時には癌は元より大きくなって、手術はできない、ということであった。しかし、その時もまた灸治療を再開すれば縮小すると思ったのであるが、<症例21>と全く同様に、以後幾ら灸治療しても縮小することはなかった。
 抗癌剤や放射線などの治療も、同様なことが起きること聞く。多分癌細胞が灸の攻撃から守る方法を体得してしまうのではないかと想像したのである。治療を行うのなら徹底して完全に叩くまで継続して行わないといけないということである。
<前号での宿題の解答>
 前号での宿題を再掲する。
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 問題14:甲状腺癌の疑いがある患者群に対して、甲状腺癌の専門医である教授と素人が触診によって診断の正診率を競う実験を行った。素人は固さ・癒着・ゴツゴツ感などの幾つかの項目について例えば固さについては、非常に硬いと非常に柔らかいを両端にした直線上にこの程度の固さという具合に印を付けていくだけである。そして、幾つかの項目を総合してファジーコンピューターにより癌か非癌かを判定する方法をとり、教授は専門家としての触診術で診断していく実験である。この実験はどちらに軍配が上がったであろうか。
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 この実験は、一時一世を風靡したファジーの有用性を語る有名な実験の一つである。癌の触診をするときには一般的に図1のような判定基準を用いる。それに対して例えば触った時の固さについては図2のように判定していく。これらを幾つかの項目別に判定していって、総合的に何点以上は癌でそれ以下は良性、というように判定するのである。

図2 触診でのしこりの固さについて

非常に柔らかい ---------------非常に硬い

     大体こんな所の固さ

それぞれの項目における判定は全く主観的であり、触る検者ごとに違いがあるのは当然であるが、激しい違いはあり得ないであろう。また、総合的に点数化する方法も、算術平均、積分して重心を求める方法、中央値を求める方法など色々ある。それも客観的な方法があるわけでなく分析者の主観である。腫瘍の触診をしたことがない素人の主観的な触診と、医学を知らない分析者の主観による判定が、病理診断の上、専門の医学部教授の診断に勝ってしまったのである。
 ここで大事なことは、このことで「専門医の診断よりも素人の方が良い」等ということは毛頭いえるものではない、ということである。甲状腺癌の触診の正診率はわからないが、乳癌で約80%(2cm以下の腫瘍だと63%)ということで決してそれほど高いものではない1)。ここで言わんとしていることは、固い・柔らかい、とか表面がゴツゴツしているとか、癒着があるとかということの判定は所詮主観的なものではあるが、それなりに有用なものであるということである。鍼灸師においても癌の疑いが濃いという判断(疑診)は可能である、ということである。
 私は専攻科(教員養成)の学生諸君に、「親戚や関係者で癌で入院しているという人がいたら、見舞いと治療を兼ねてどしどし行って触れる癌は全部触ってこい」と話している。理論を幾ら勉強するよりも有用であるかも知れない。

<次号までの宿題>
 読者諸兄の頭の体操のために次号までに問題を出しますので、ご検討下さい。
<症例22> 女性 62歳 主婦 156cm 58kg変動無し 喫煙無し 飲酒時々
 最近気が付いたのであるが、左の鼠径部に変なぐりぐりがある。いつ頃からできたのかはわからない。圧痛・自発痛・熱感はない。熱もないし風邪症状などもない。いつもの膝の痛みや肩凝り以外に足の痛みなどの特別な症状は何もない。
 触診すると、固いけれども弾力があり、ゴツゴツはしていない。動かしてみると癒着はないようで可動性がある。

1)高久史麿監修「癌のプライマリ・ケア」日本医師会雑誌臨時増刊Vol.100 No.10 1988
2)「施灸の生体に及ぼす影響」木村通郎他 (社)全日本鍼灸学会雑誌47巻1号1997
3)「施灸刺激特異的にみられる皮膚免疫反応」(1)-(3) 木村通郎他 (社)全日本鍼灸学会雑誌48巻1号1998
4)「灸すれば通じる-灸の科学化-」木村通郎 日本伝統鍼灸学会雑誌 26巻2号 1999

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