症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その29

・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-13」・・・・
                   東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

前々回よりコレステロールと免疫について考えてきた。今回もこのテーマを少し掘り下げてみる。その前に、最近来院した患者について考えてみたい。
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<症例56>
主 訴:左肩背部痛
現病歴:1週間前から寝違えか肩が凝ったのでマッサージをして返って悪化。以後3回マッサージを受け、直後は良いが翌日にはまた戻ってしまう。仕事中いやらしい何ともいえない痛みがある。頚・肩を動かすのは問題無いし、上肢症状は無い。仕事はほとんど1日デスクワークでコンピューターを使っている。ストレスが貯まると頚・肩痛になり、マッサージをしていた。今日は特にひどい。夜間、痛みで目が覚めることがある。18日前から禁煙。以前は50本/日。飲酒は毎日大量。体重は禁煙後3kg↑。ROM(-)、頚肩の凝り著明、左斜角筋部に圧痛がありしこりに触れる。
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 賢明なる読者は、既におわかりだと思うが、非常に肺癌の疑いが濃い症例である。「マッサージをすると直後は良いが、直ぐ戻ってしまう」こと、「いやらしい何ともいえない痛み」であること、「頚・肩のROMに異常がない(頸椎由来・肩関節由来の疾患でない)」こと、「上肢症状もない」こと、夜間痛があること、煙草は20歳から吸い出したとしてもブリックマン指数は1700を超えること、「左斜角筋部に圧痛がありしこりに触れる」こと、これらは全て肺癌を示唆している。100%といいきれないのが、1週間前からの発症ということだけである。なお、痩せてこないで太ったのは、禁煙すれば当然であるので参考にならない。ちなみに私は40歳の時に禁煙をしたが、1ヶ月で7kg太った。1週間前からの発症は、確かに「階段状の悪化」という基準からずれているので、肺癌と決めつける訳にはいかないが、慢性の肩凝りが徐々に悪化してきて、強いマッサージで凝りがひどくなり(揉み返し)、症状を惹起したとも考えられ、あり得ることと思った。しかし、初診で直ぐに「癌」を告げるのはこの点でちょっと引っかかるので、治療経過を診ることにした。それとせっかく肺癌を恐れて禁煙したのであるので何か可愛そうかなという想いもあった。ただ、咳や痰がひどくなって禁煙したのかどうかを確認したが、そうではなく職場で吸いづらくなったので正月を期して禁煙をしたということであった。また、健診の有無も尋ねたが、通常の会社での健診で、2時間くらいで終わる簡単なものということなので、それでは肺癌は引っかからない、ということも参考になった。
<経 過>
第2診:初診の翌日に来院(指示通り)。今朝起床時は少し良くなったと思ったが、仕事を始めて1時間したらまた元通りになってしまった。
第3診:2診の3日後(連休を挟む)に来院。症状は全く変化がない。
<対 応>
 もしこの症状がマッサージの揉み返しであるならば、10日も経っていることであるし、鍼治療を2回もして症状が不変なことはあり得ない。また、連休で身体を休めていたのにかかわらず、症状は全く変わらず痛いままであった。正直、癌の可能性が非常に高いけれども治療経過が良ければ少し引っ張ろうと思っていた(所詮このレベルでは手術での完治は難しいという判断で)が、それもままならないので、この段階で申し上げることにした。
 「通常の肩凝りやマッサージの揉み返しならば、2回の鍼治療でかなり改善するはずですが、そうならなかったので、もしかして肺癌の可能性があります。鍼灸治療をする立場では、その可能性を抱えて治療を継続できませんので一度精査をしてください。そうでなければ必ず治りますので検査の後でいらしてください」とお伝えした。本当は、鍼灸治療は「もし万一癌でも鍼灸治療は副作用が無く有用性が高いですよ」と付け加えたいところであったが、治療経過が不変なのでその言葉は飲み込んでしまった。
 ご本人は、当然のようにいつもと違う症状なので、肺癌を最も畏れていて、素直に従ってくれた。
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 さて、ついでなので本シリーズその25でご紹介した症例53を再掲する。
<症例53>女性 主婦 53歳 163cm 42kg 20本/日 飲酒はたまに少し
 8ヶ月ほど前に唯一の兄弟である弟を癌で亡くし、悲しみで食欲が無くなるとともに軽い鬱という診断で抗鬱剤を服用している。特筆する症状はないけれども、体重がこの8ヶ月で6kg位落ちている。
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 4ヶ月ほど経過して、体重は3kg程回復しご自身の癌の恐怖はかなり遠のき、検査を受ける自信がついて、簡単な検診を受けて「何ともない」ということで元気になられた。弟さんの死をきっかけにして鬱になったために食欲が減退して体重が減ったと解釈できるが、このような時には免疫抵抗力が減少するので栄養と運動の継続は(もちろん鍼灸治療も)続けるようにご指導している。
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 また、かなり確率が高いと思われる症例47の後日談(その23~25)であるが、3ヶ月ほど経って再来院したが、仕事が非常に忙しくて検査に行っていないということで、診断は未だ判らない。症状は前回とほぼ同じで、治まっていたものが再燃したということであった。診た感じは以前と同様で顔色は悪く、少なくとも良くなっているとは言い難い。
 この方には、手紙も書いたのであるが、残念ながら仕事優先で私の精査した方が良いという忠告は聞き入れられていない。私が医師であるならば放っておくことはないと思うと鍼灸師としての無力さを感じて無念である。
<症例47> 男性 37歳 会社員 170cm 67kg 飲酒2~3/週 喫煙20本/日20年 体重変動特になし
昨日の午後から急に思い当たること無しに右頸から肩にかけて痛くなってきた。
 右肩のROMは挙上(屈曲)∠110°(+鎖骨付近)、外転∠110°(+巨骨付近)、後挙(伸展)(-)だが肩関節を回すのは辛い。頸ROMは左回旋で右頸が痛む(引っ張られる感じ)が他は痛まない。ルーステスト(-)、モーレーt(-)、中斜角筋部圧痛無し、右鎖骨下に著明な圧痛がある。この痛みは、初めての経験であるが以前より何となく気にはなっていた(痛まない)。昨晩は痛みで眠れなかったが、睡眠はそれまでは良好で食欲便通なども問題ない。飲酒も大酒のみではなく、普通だと思う。昨年の定期健診では胃潰瘍を指摘され服薬して現在は良好で他の異常は何もない。17年前にスキーで右膝の靱帯を切ったが現在日常生活には全く問題ない。
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<前回の宿題>
 前回の宿題から考えてみる。
 米国では、近年嫌煙運動や菜食主義の普及、そして野菜と魚中心の日本食ブーム、及び肥満・喫煙者は有名大学や一流企業に入れないなどの健康に留意した活動が盛んになった。これらの活動は癌の一次予防(癌にならないようにする)に繋がり、癌の発症や死亡は当然減少すると考えられる。が、しかし1975年と2002年を比較すると65歳未満での癌の死亡は全ての死亡に占める比率が27年間に22%から26%に増加し、65歳以上でも18%から22%に増加した。嫌煙運動や肥満対策・菜食主義などは癌の予防に繋がらないのであろうか。
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という問題である。
 図1は米国国立癌研究所が報告した米国の1992年と2002年の10年間における癌の発症(左側)と死亡率(右側)の変遷を表したグラフである。赤い棒線部が全ての癌を意味しているが、明らかに発症も死亡率も有意に減少している。そして煙草関連の肺癌(Lung & Bronchus)、口腔・咽頭癌(Oral Cavity & Pharynx)、喉頭癌(Larynx)は確かに減少しているし、AIDSの影響で避妊具が普及したために子宮頚癌(Celvix uteri )及び前立腺癌(Prostate)も減少している。そして冷蔵庫の普及から塩分摂取量の減少で胃癌(Stomach)が減少しているが、食生活の変化(日本食ブーム・菜食主義の普及)で肉食が減少したためか結腸・直腸癌(Colon & Rectum)も減少している。確かに、一次予防の成果は出ていることが示されている。
 癌の発症及び死亡が増加したのは、過去の予防接種が原因と思われる肝臓癌(Liver & IBD)、進行が早い食道癌(Esophagus:但し、煙草はリスクの一つではあるが)、多分海藻などのヨード含む食品を食べないせいと考えられる甲状腺癌(thyroid)および女性の肺癌が増加している。
 図2は同じく米国国立癌研究所の報告で1975年と2002年の27年間における心疾患(Heart disease)と悪性新生物(癌:Neoplasms)での死亡率の推移を65歳未満(左側)と65歳以上(右側)に分けて表した図である。65歳未満の方では人口10万人あたりの死亡数は1975年の約84人から63人に減少している。65歳以上では人口10万人辺りの死亡数は約1050人から1993年までは約1200人迄漸増したが、その後は約1100位まで減少している。
 米国では日本ほどではないにしても高齢化は進んでいて、高齢者が増加したために、高齢者層では若干癌死が増えるのは当然と思えるが、年齢別では減少しているし、全体でも図1のように有意に減少している。しかるに癌による死亡率は明らかに減少している65歳未満においても22%から26%に増加し、65歳以上では18%から22%に増加している。
 これは、図2を見ると良くわかるが、心疾患による死亡がどちらの年代共に癌による死亡率の低下よりも遥かに減少しているということで、癌による死亡が数の上では減っていても、死亡率で見ると相対的に増加しているという事態になっているためである。
 すなわち、嫌煙運動と肥満防止運動による恩恵は癌も受けるけれども、心疾患においてはそれ以上にリスクの減少になるわけである。心疾患においても癌においても、一次予防の成果は確実に出ている、ということがいえる。
 正に癌は生活習慣病である。食生活・嗜好(煙草・酒)・運動習慣(ここでは明らかではないが、当然肥満対策で行われていると考えられる)等を改善することによって癌の発症及び癌死を減らすことは可能なのである。そして、心疾患は更に減少できるということで、如何に生活習慣を改善することが大事かが判る。そして、当然のことながらこれらの生活習慣の改善により糖尿病や感染症などの罹患率や死亡率も相当減少していることが考えられ、それらも癌の死亡率の改善を上回っている可能性も高い。
<自分で死亡原因となる疾患を選択できるか?>
 さて、コレステロールに戻る。前回、コレステロール値の高低により心筋梗塞で死ぬか、癌で死ぬかに分かれるということをお話しした。そして、「私は癌で死ぬより、心筋梗塞で死ぬ方を選択したい」とも書いた。そういうことが可能であろうか?米国では癌の一次予防を行ったところ、癌死も減少したがそれ以上に心疾患での死亡率が減少した、ということならば、どちらかにすること自体が難しいのかもしれない。また、食事により血中コレステロール値はそれほど増加しないということになれば、どうしたらコレステロール値を上げることができるのであろうか。コレステロール値を上げたり下げたりすることができれば、ある程度自分の死亡疾患を選択することができるが、その前に何故コレステロール値が上がるのであろうか?
<血圧は何故上がるのか>
「コレステロールが何故上がるのか?」を考える前にこちらの方がわかりやすいの血圧が何故上がるのかを考えてみたい。
 高血圧の人は、そうでない人に比較して脳血管障害や心疾患の罹患率が高く死亡率も高いことが判っている。よって、血圧が高いのは良くないので下げる必要がある(但し、どれくらいの血圧からどの程度下げるべきかは議論のあるところであり未だ良くわかってないし、当然個人差も考慮されていない)。ここまでは多少の異論があるにしても大方が認めるところであろう。
 血圧を下げる方法に大きく2種類ある。いわゆる一般療法(食事療法や運動療法などの非医療的セルフケア)と降圧剤の服用である。
 医師の元へ行けば、「一般療法は大切ですよ」とはいうものの実際には高血圧は良くないからといって降圧剤が処方される。では高血圧の患者で降圧剤を服用した人と降圧剤を飲まなかった人では予後はどう違うのか、そしてそれはどのくらい違うのであろうか。
 当然、降圧剤によって降圧され正常血圧になれば、それまでの正常血圧の人と同様の予後とQOLになると誰もが信じている。
 同じようなことで、高齢になるほど例えばコエンザイムQ10やヒアルロン酸、コンドロイチンなど体内の種々の物質が減少して行くというグラフを見た方は沢山いらっしゃるだろう。だから、それらを補給することによって病気にならないようになったり、若返ったり、抗加齢効果があると誰もが錯覚する。
 しかし、ではそれらを補給して上昇した図や、補給した人とそうでない人の予後を比べた研究成果などを見たことのある方はいらっしゃいますか?残念ながら私は見たことがない。背景に体内の物質が減少する=老化、という図式がありその物質を補給すれば若返る、という唯物論的な単純な発想に過ぎない。何故それらの物質が減少していくのか?それは単に日々の補給が足らないから減少していったのか?もし日々の補給が足らないのならば、若い時にはどうして充足されたのか?ちょっと考えれば誰しもが気がつくことを気がつかない。そして、これらの物質を症状がある時に補給すると一時的に症状が良くなることがあるので、ついつい方法論的に正しいと思いこんでしまうだけである。
 高血圧症も同様である。血圧が高いから下げればよい、という単純な発想に過ぎない。何故高くなったのか?ということを追求しない限りは本質的な治療にならない。
 実は降圧剤もコレステロール低下剤と同様の問題をはらんでいるのである。次号までに読者諸兄のご賢察をお願いします。

<次号までの宿題>
 恒例により、読者諸兄の頭の体操のために宿題を出します。次の症例は鍼灸院に来院した患者ではありませんが、腰痛持ちであることと、原因不明の嘔気が主訴ということで鍼灸院に来院している可能性も高く、そして、私自身が多分かなり見逃していて、かつ治せなかったであろう症例であります。読者諸兄のご賢察をお願いします。
<症例57> 女性 72歳 身長・体重不明
 2年前より腰痛で近隣の整形外科を受診したところ、骨粗鬆症と診断され活性型Vit.DとCa剤を処方され、以後継続して服用している。また、12年前より気管支喘息のためにテオフィリン(気管支拡張剤)を服用している。1ヶ月前より吐き気が強くなって、整形外科では対応できないので内科を受診した。
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 もう一つ、以前症例を戴いた神戸の齋藤晴香氏よりまた症例を戴いたので、これも宿題とします。ヒントはプレドニンや消炎鎮痛剤でも起こります。
<症例58> 男性 41才 体重・身長不明
 5年半前より高脂血症治療薬服用開始。投薬時には総コレステロール257中性脂肪651。服用と同時に毎晩5kmのウォーキングを行い、1年後には総コレステロール212中性脂肪273、2年後には総コレステロール183中性脂肪129となった。しかし、服用3ヶ月目より、全身脱力、筋肉痛、口渇、血尿が現れ、1年後より胃痛、脱毛、蕁麻疹の発現、排尿困難となり、約2年に渡る薬剤の常用を中止するに至る。現在も症状は好転せず、杖を使用しての歩行、固形物の嚥下も不可能なため流動食にせざるを得ないなど、全身におけるミオパチーを訴える。
(所見)前頭部脱毛、全身筋萎縮、皮下の動静脈がうっすらと浮き出ていて、41才の実年齢とはほど遠く70才ぐらいに見える。右手で杖をつくため、右肩が落ち込み亜脱臼気味。頚部筋の血行不良と腎機能の低下からか顔面は腫れぼったくむくんでいる。しかし、声には力が有り多弁である。脈証;数、肝腎虚。他覚的に足部冷感、臍下不仁。
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