顧問執筆・講演録

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その20

・・・・キーワード10「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-4」・・・・
 3回前からは悪性疾患の可能性が高い患者を目の前にした時の鍼灸師の対応について考えていて、今回はその4である。まず前回の宿題から考えたい。
<前号での宿題>
<症例39> 男性 48才 鍼灸師 薬局経営 肥満体型
 急性白血病で入院したということでお見舞いがてら、予後を診て欲しいと依頼された。あいにく時間が無く、数日後に伺った時は既に意識はなく顔色・脈状からもう既に死を待つのみという状態であった。調子が悪いということで近所の内科で診察していただいたところ、白血病の疑いがあるからと聖マリアンナ大学付属病院を紹介され、検査入院してまだ10日ほどしか経ってないということであったが、入院してから見る見る状態は悪化していったそうである。
 抗癌剤は固形癌には無効である確率が高いが、白血病のような液性の癌には有効性は高い。そこでご家族に「主治医に抗癌剤の投与を相談してみたら」とお話しし、家族の求めで医師は抗癌剤の投与を決断し、早速点滴を行うことになったが、その結果がどうなったかが問題である。
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 白血病に抗癌剤が有効である可能性が高いことは、むろん医師は承知であるが、使わなかったということはそれだけ抗癌剤投与のリスクが高いことを意味している。家族からの抗癌剤使用の要望に対して医師は即座に「即死する可能性が高いのですがそれでもよろしいですか」という答えだった。このままでも一両日に死亡することは確実だったので家族は一縷の希望に賭けたのであったが、医師の予告通り抗癌剤投与後1時間ほどで亡くなった。これは決して殺人でもなければ、安楽死でもない。戦いに行って破れたのである。安楽死は生命維持装置を外すことであり、戦いに行ってないのでこの行為と全く違う。
 しかし、近所の内科に受診してからまだ2週間ちょっとしか経ってないで急逝したのである。比較的最近に始まって、階段状に悪化していく、という癌鑑別の判断基準に適合しているかどうかは本人に聞くすべが無くなったのでわからないが、そのような経過をたどったとしても、早い展開であったので鍼灸師が通常の癌と同じような判断基準では見逃した可能性が高い。
 私は、この症例を含めて急性白血病で亡くなった方をあと二人存じ上げている。一人は恩師でもあるが、医学部の薬理学教授である。教授が薬を気軽に服用していたかは定かではないが、噂ではその様らしい。薬理学の教授であるから、副作用を恐れることより薬効の方を重視するのではないかということは想像に難くない。
 もう一人も医師であるが、高校からの友人?である。但し、いわゆる軟派で、親が医師でもあることから、簡単に手に入るクロマイ(クロロマイセチン:抗生物質)を飲みながら街で女性に声をかけていたのである。「クロマイを飲んでいれば性病が移る可能性はない」と言って多くの女性達と乱交していたのである。その結果、30才前に白血病になり、2・3年闘病生活をして亡くなった。確実なことはいえないが、3人ともに抗生物質(前号でも書いたが骨髄細胞を犯す)の乱用による副作用の可能性が高い。
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 抗癌剤への対応についてはまだまだ多くの問題がある。<症例37>の様に順調な経過を辿っていたのに、「1年も同じ薬を使っていたので」という理由や「新しい抗癌剤がでた」という理由で抗癌剤を変えるということは理解できない。鍼灸治療においても経過が順調ならば治療法を変えることはあまり無いのではないでしょうか。有るとすれば、勉強会に出て新しい治療法を学び、「試してみたい」時だけではないでしょうか。もちろん、医師が推定した予後に比して良くなかったので薬を変える試みをした、ことは考えられるが、この症例の場合、報告にある以上のより良い予後を推定することはあり得ないと思う。
もう一つ抗癌剤で考えさせられる症例を報告する。
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<症例40> 女性 51歳 161cm 50kg 以前は大酒家 ヘビースモーカー 現在は両方中止
 中咽頭癌で手術せず(声が失われるので)に抗癌剤と放射線治療で2ヶ月間入院して退院後に来院した患者で、唾液が出ない、倦怠感、嗄声、左耳閉感及び再発・転移の恐怖(予防)を訴えて来院した。抗癌剤によって腎機能低下による浮腫、貧血、食欲低下、便秘、12kg体重減少などがある。2ヶ月ほどで鍼灸治療を2回/週行い、症状は少し軽減して食事もしやすくなってきたし、だるさも徐々に取れてきており経過はほぼ順調であった。
 しかし、その後医師から入院して抗癌剤の再投与を勧められ、抗癌剤を辞めろというセカンドオピニオンの医師や私の説得及び家族の反対を無視して2週間入院加療したところ、胃痛、口内炎、飲水不可、食欲は全く不振で更に体重が7kgするなど衰弱がひどくなり、ここで初めて抗癌剤に不信を抱き、3回やる予定だった入院での抗癌剤投与を1回で止めて自宅静養し、2ヶ月経って体重が5kg回復したところで再来院した。その後順調に回復しているが、心の中の恐怖感は隠せず、問診ではいつも「大変元気です」とか「大変結構です」と自分を鼓舞する言葉を繰り返すのみである。
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 この症例も、経過が順調だっただけに抗癌剤投与の理由は良くわからない。腫瘍マーカーが悪化したのかもしれないが、本人は確認してない。ただ私を含めてセカンドオピニオンの医師の言葉も入らないで主治医のいうことだけを聞くという姿勢である。確かに何ヶ月も闘病生活を共にした同士であるから、その気持ちはわからないではないが最初の治療も抗癌剤の効果というより放射線の効果ではないかと推測できるのでどうも納得できない。何れにしても鍼灸師は無力だと考えさせられる。そして再度の抗癌剤投与後も転移・再発からの恐怖から逃げられていないので益々むなしい。
 もちろん、患者さん全てがこの症例のようではなく、抗癌剤を拒否してくる患者や、私の説得を聞き入れて医師と相談の上で抗癌剤を止めた患者もいる。さすがに私も幾らそれなりに抗癌剤について勉強はしたといっても、そして抗癌剤の服用の恐ろしさを患者を通して知ってはいても、そしていわゆる臨床経験があるわけではなく、活字になっていない(なっていても最新の)抗癌剤情報は知らないのであるから、絶対に止めろとはいえないし、いえば「あはき法」に抵触するおそれが大である。あくまでも主治医に相談するという形にするが、「私は止めたいのです」と断固としていわないと検討してくれないことが多いので、その姿勢を取るようにとはお話ししている。中にはあっさりと止める医師もいれば、昨今では、はじめから抗癌剤は効かないので出さないという医師も出てきている。これは、一方で批判はされてはいても慶応大学医学部近藤誠講師の影響は大だと思われる。
<抗癌剤を拒否して鍼灸治療に委ねる場合>
 同様に第53回全日本鍼灸学会学術大会でのシンポジウム「癌と鍼灸」での指定発言者明治東洋医学院専門学校講師半田由美子氏の症例を示す。
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<症例41> 進行肝癌の延命に成功した症例(半田由美子氏の症例)1)
 余命半年~1年と某市民病院外科で宣告され、抗癌剤投与などを勧められるが拒否して鍼灸治療を希望した進行肝癌患者に対し新潟大学の安保徹教授の理論に基づき、井穴への単刺術と透熱灸を免疫機能の亢進とQOLの改善を目的に行い、末梢血中のG/L比(顆粒球とリンパ球の比率でリンパ球の比率が高いほど免疫抵抗力が高いと安保理論では考えられている)及び腫瘍マーカーAFT(肝癌)及びCA19­9(膵癌)を指標として検討した結果、治療10ヶ月経過してもG/L比は現状を維持し、AFTはやや減少傾向、CA19­9は正常範囲まで改善し、鍼灸治療の有効性が示唆された。QOLも、治療13回目で職場に復帰することができ、全身倦怠感はあるものの仕事を継続することができたことから(1年10カ月ほど経過した投稿時も維持する)、鍼灸治療が延命及びQOLの改善に貢献したものと考えられた。
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 余命半年~1年という宣告は、抗癌剤を投与した場合ではなく、「このまま何もしなければ」ということである。そして、抗癌剤を投与すれば治る可能性が大であるならば、その様な言い方はしない。「抗癌剤で治る可能性が高いですよ。でも抗癌剤を使用しなければあと半年か・・・・」という言い方をするのが普通である。抗癌剤投与の場合、「このままでは助かる確率はほとんどありません。1%の可能性に賭けて抗癌剤を投与してみませんか?」という言い方が一般的であり、私の所に来院した患者のほとんどはそうである。
 さて、この患者は抗癌剤などの西洋医学的治療を拒否し(元々肝癌に対して手術による摘出は難しい)、鍼灸治療に全てを委ね上記のように良好な経過を辿った。しかしながら肝癌は年間の 死亡数/発症数 が限りなく1.0に近いという癌であり、延命の方法はあっても助かる可能性は非常に低い癌である。
 半田氏の後日の報告では、学会誌に投稿した時点からほぼ1年後に永眠された、ということである。亡くなる2ヶ月前くらいまで鍼灸治療を継続していたということで、亡くなる前は、病院嫌いだったけれどもにご自分で「入院」を決断された、ということで自覚的にはかなりの重篤だったと推測される。医師に通告されてから3年弱経過して亡くなったわけで、「半年~1年」に比して数倍延命でき、抗癌剤での副作用に苦しむことなく過ごせたということは「大勝利」ではあるけれども、結果的に天命を全うできないわけであるからむなしい勝利といわざるを得ない。しかし、勝利であることにかわりがない。
 肝癌が相手では、本当の意味での勝利=治癒は難しいが、癌の種類によっては幾らでもあり得る。新潟大学の安保教授は、「進行癌でも7・8割は治る」と仰ったことがある。しかし、私自身が教授にその根拠(エビデンス)についてお尋ねしてもはっきりした答えが返ってこなかった。「免疫革命:実践編」で初めて教授は有効性について論じている2)。ただし、データを提示したわけではない。「進行癌でも7・8割は治るといったのは、この活動をはじめる初期の頃の臨床家の人々(福田稔医師ら)の話の印象で述べた」とインタビューに答えており、実際に完全に治った(癌の消失)例は2・3例だということであった。ただし、治るの定義の中には癌の消失はもちろん、癌の縮小そして癌が肥大化しないまだ含めて考えての話ということであった。確かに癌は肥大化しなければ死に至らないわけであるから、たとえ転移していても肥大化しなければ基本的には問題ない。
 また、安保氏は癌の三大療法(手術・抗癌剤・放射線療法)を何れも受療していない患者のG/L比は低く(リンパ球が多い)、その様な患者の場合のみ7割の有効率で、受療している場合はその度合いによって(リンパ球の数)有効性は減少すると述べている。
 安保理論を実践している真柄俊一医師(八王子素問クリニック)は同シンポジウムにおいて、癌の三大療法におけるリンパ球数の変化について言及し、三大療法を受けてない癌患者の場合にリンパ球数の平均は1824個/mm2でリンパ球比率は28.5%ということで健常者より悪化はしているものの、三大療法を受療した患者群よりは何れも高い数値を示していると述べ、手術によるリンパ球数及び比率の減少は三大療法の中でも最も小さく、抗癌剤と放射線療法での減少は非常に大きいと述べている。
 また、真柄氏は安保氏の7・8割の有効率は現実離れしていると批判するものの、治癒に至らなくても進行癌で進行が止まっている症例は数多く存在し、三大療法を受療していなければ5割程度の有効率はあるのではないかと述べ(5割の数値は学会誌には掲載していない)、安保理論の正当性について言及した1)。
 同シンポジウムで、埼玉医科大学東洋医学科の山口智氏は、癌患者の鍼灸治療について癌患者の持つ諸症状やVAS値が80%以上改善した著効例は3%で、60%以上改善した有効例は20%、40%以上改善のやや有効例は40%で併せて63%の有効率を示したことを報告し、鍼治療回数や治療期間と有効性は若干の相関があること、罹病期間や進行度については差がないこと、三大療法との関連も差がないことを報告した。罹病期間や進行度で鍼灸治療の有効性に差がないということはある意味で驚くべきことである。「進行している癌でも早期癌でも同様に有効ですよ」ということであるからである。
 埼玉医科大学東洋医学科での癌患者は全て医師の治療を受けている患者なので三大療法を受けていない癌患者のデータがないこと、一つだけ受療している患者は少ないこともあって、三大療法の受療者では特に差がないということと考えられる。
 山口氏は更に、生存している癌患者と死亡した癌患者の顆粒球とリンパ球数を、初診時・治療期間中・治療終了後で比較すると、死亡群は初診時治療前に比して治療期間時・終了時にいくほど顆粒球が増加してリンパ球が減少しており、生存者ではその比率は変わらないと報告している。正に安保理論を裏付けた報告ともいえる。1)
 このシンポジウムでは、癌に対して鍼灸治療が有効であると明確に示せたわけではないが、その可能性があることは明確になったといえるのではないかと思える。まだ確実ではないが、来年の第56回全日本鍼灸学会岡山大会、3年後の第58回埼玉大会において、更に「癌と鍼灸」のシンポジウムが組まれる予定で、この方面の研究成果が明確になることを期待している。癌に対する鍼灸治療の有効性がある程度確立したら、その影響は計り知れないものがあり、医療界に大きな波紋を投げかけることを期待している。
<次号までの宿題>
 読者諸兄の頭の体操のために、例によって次号までに宿題を出しますので宜しくご検討下さいますようお願いします。
<症例42> 女性 51歳 中肉中背 鍼灸師
 乳癌摘出手術をした後、肺に複数転移した癌があることがわかり、放射線治療と抗癌剤を開始した。しかし食欲不振、嘔気・嘔吐、体重減少等様々な副作用により体調が悪化したために、知り合いの鍼灸師に相談したところ、鍼灸治療で癌が治る可能性を示唆する研究が出ているから、抗癌剤と放射線治療を止めて鍼灸治療だけにしたらどうだと言われ、主治医には猛反対されたが、抗癌剤と放射線の治療は止めて病院では検査だけにして、鍼灸治療に全て委ねることにした。元々信仰心が厚く、くよくよしない性格であるが、喫煙を止めることはできない。開業していることもあって、週1回の鍼と灸の併療治療を受けることになった。
 問題はこの患者がどうなったかである。つづく

<引用文献>
1)半田由美子、真柄俊一、山口智他、シンポジウムⅡ「癌と鍼灸」(社)全日本鍼灸学会学会誌第54巻5号2004
2)安保徹 監修「免疫革命:実践編」講談社インターナショナル2004 

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