症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その48

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その48
       ・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-32」・・・・
                   東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

<糖尿病は癌を発症させるのであろうか>
 前号で、糖尿病と癌の関連について話をし、その様なエビデンスが幾つかあると述べた。
1990年代より厚労省の多目的コホート研究というのがあり、例えば、大阪府吹田市などの大都市近郊、茨城県水戸市という地方中核都市、岩手県二戸市や沖縄県宮古島などの南北海辺の町や、長野県佐久市等の山間の町などにある全国の10の保健所在住で1990年或いは1993年に40~69歳の男女約10万人を対象とした研究がある。研究開始時点(ベースライン)で過去に(現在も含めて)既に糖尿病と診断されていた人は、男性で46548人中3907人(約8.4%)、女性は51223人中2555人(約5.0%)いた(人数は研究会氏時点から最終まで追跡できた人)1)。
 図1は前号で述べた久山町での研究で耐糖能異常でみた研究開始から11年間の癌による年間人口千人あたりの死亡率を見たものである。これによると男性ではIGT(耐糖能異常)では正常レベルと癌による死亡率は変わらないが、糖尿病レベルになると3倍近く癌氏が増える。女性の場合には耐糖能異常レベルで既に死亡率が2倍程度になり、糖尿病になると正常に比して4倍程度まで死亡率が上昇する。尤もそれでも女性の死亡率は男性に比して4割程度の死亡率であるが、ベースライン時での糖尿病者が男性の6割程度であったことを考えるとそれほどでもないが、正常者における癌死の割合が三分の一程度であったことを考えると耐糖能異常の影響は男性よりも大きいともいえそうである。

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 図2はHbA1cのレベルで見たもので、正常と思われる6.5%未満の癌死を1とした場合の相対危険度で示している。HbA1cが7.5%未満までは斬増で1.5倍程度であるが、7.5%を超えると急激に危険度が増し、4倍ほどになり、8.5%を超えると6倍以上になる。
 癌との関係を見る限り、IGT(耐糖能異常:OGTT2時間値の異常)とIFG(空腹時血糖値の異常:HbA1cの値と一定の相関がある)ともに癌発症のリスクになっているようであるが、図1と図2を比較すると特に図2に示されているようにIFGの方が影響が大きいように見える。
 そうすると、心臓疾患や脳血管障害などの大血管障害及び総死亡率はIFGよりもIGTの方がリスクが高く、癌発症はIFGの方がリスクが高いということになり、IFGとIGTは若干病態が違うということも考えられるが共に低い方が良いことに変わりがない。
 何れにしても、これらの結果を見る限り糖尿病によって癌の発症或いは癌死が増加することは明らかである。ただ、癌死のほとんどは医学的にも糖尿病によって癌が発症して亡くなったという認識はなく、糖尿病と無関係に癌が発症したと考えられているのであくまでも死亡原因は糖尿病ではなく癌とされるために、「糖尿病⇒癌の発症」という機序はあまり考えられていなかったのだと思われる。
<喫煙の死亡リスクは非喫煙よりもたったの1.6倍でそれほど大きいものではない?!>
 次に前回の前回の宿題を考える
【 問題 】厚生労働省の研究班が2002年に喫煙と死亡率の関係について研究結果を発表した。それは、日本人の40代・50代の男女4万人以上を10年間追跡調査したものであった。その結果、男性の喫煙者は非喫煙者の1.6倍、女性は1.9倍死亡率が高いというものであった1)。それを聞いて、「何だ、たったの1.6倍か」と多くの人は思い、当院でもそういう患者さんは多かった。しかし、喫煙のリスクは1.6倍程度のものなのであろうか。
 この研究結果は、ある意味で衝撃的であった。それは「たった1.6倍」という数字である。あれほど喫煙に関しては「緩やかな自殺」或いは「緩やかな殺人」とまでエキセントリックにその害についていわれ続けたのに、そのリスクがたったの1.6倍という報告だったからである。この報告は多くの新聞で一面を飾る程のニュースだったので多くの国民が知ることになったが、この報告で煙草を止めた人は次年度の喫煙率がその年と大差がないことからほとんど居なかったと考えられる。その程度のリスク増加ならば、元々自分で推測してあきらめていたリスクよりも低い、と多くの愛煙家は思ったのではないだろうか。むしろ逆効果だったかも知れない。
 ただ、これには統計学的な大きな落とし穴がある。統計学を知るものにとっては当たり前のことで、敢えてアナウンスしなくても当然理解されるだろうと思われることが、一般の国民には全く理解されていない、ということが沢山あるということである。
 この1.6倍という数字は10年間におけるものである。40代・50代の人が50代・60代になった時までの10年間での死亡率が喫煙者の方が1.6倍多かったということである1)。すなわち、喫煙者と非喫煙者が生涯に渡って生きた時の死亡率の差ではないということである。単純計算をすると10年で1.6倍は20年(60代・70代)ではその二乗で 2.56倍、30年(70代・80代)では三乗で4.1倍にもなる(図3)。
 ただ、この数字は喫煙年数或いは累積喫煙数が増えても有病率・死亡率は一定であるという前提に立っている。喫煙と癌罹患率ないし死亡率は喫煙年数が増えれば増えるほど、或いはブリンクマン指数(一日の平均喫煙数×喫煙年数)が増えれば増えるほど幾何級数的に高くなってくる(図4)ので10年で1.6倍は20年で2.56倍、30年で4.1倍ではなく、もっと大きな数字になるはずである2)。
 元国立がんセンター疫学部長の平山雄博士が世界で最初に受動喫煙の害を明らかにし、夫が喫煙者の場合、夫が非喫煙者に比べて煙草を吸わない主婦の肺癌罹患率は、夫の一日の喫煙数が1~19本以下の場合には1.5倍、20本以上の場合には1.9倍肺癌罹患率が増えるというものであった2)。同様に喫煙者がいる職場では喫煙者がいない職場に比べ、非喫煙者が15年以内の勤務で肺癌罹患率は1.3倍、16~30年で1.4倍、30年以上で1.86倍になるという結果も示された(あくまでも肺癌の罹患率での相対リスクの増加であり、他の癌や心筋梗塞などの死亡も併せると総死亡リスクはもっと増える)。この研究は一般に平山研究とも言われ、1966年から81年までの15年間にわたって26万人以上の日本の一般家庭を対象に行ったもので当時は画期的で影響の大きい研究であった。ただ、一部にはこの研究については有意水準を通常の5%以下ではなく、10%以下にしているなどの統計学的な問題など様々な批判があることも事実であるが、受動喫煙の害やこの研究での結果については煙草会社から研究費をもらった研究以外は世界中でほぼ認められている。
 この平山研究において、ブリンクマン指数別にみた喫煙開始年齢と肺癌死亡率との関係も報告されている(図4)。この図を見ると、確かにブリンクマン指数が高い方が肺癌による死亡リスクは高くなっている(グラフの上下関係)とともに、喫煙を開始した年齢が若いほど(右の方が若い)そのリスクも高くなっていることが分かる。この研究では示されてないが、他の幾つかの研究ではもっと若い15歳未満からの喫煙は遥かに高い死亡率を示していて、若い細胞ほど遺伝子が傷つき易いという説明がなされている。喫煙により遺伝子が傷つき、将来の(若い人ほど老化までの時間も長い)癌化へのタイマーがセットされたということで、老化という癌化の促進因子により癌になりやすいということで、ヘビースモーカーでなくとも癌になりやすいのは図4を見ても明らかである。
 この図でブリンクマン指数が800以上の群ではむしろ喫煙開始年齢が高い25歳から29歳の群の方が20歳から24歳までよりも死亡率が高く、20歳から24歳までも19歳以下よりも高くなっていて、その理由として統計的な問題(若年者では癌の死亡率が非常に低いために例数が少ないために)が大きいものの、若年からのヘビースモーカーは肺癌死もさることながら、心筋梗塞死などが多いこともその一因ではないかと推測されている。 
<煙草を大変な苦労して止めても余命は2・3年しか延びない?>
 つい先日の8月26日付けの日経新聞の健康欄において、今禁煙すると生涯の医療費と余命に与える影響について試算した記事がでていた。試算したのは、厚生労働省の禁煙治療に関する研究班(主任研究者・中村正和大阪府立健康科学センター部長)の五十嵐中東京大学大学院薬学研究科医薬経済学助教で20歳から毎日一箱20本喫煙している人が、ある年齢から禁煙した場合、がんや脳卒中、心筋梗塞など煙草で発症リスクが高くなる病気の生涯治療費と余命がどう変わるかを試算したものである3)(表1)。
 20歳で喫煙して30歳で止めた場合(ブリンクマン指数:200)は、余命が平均で2.3年延び、生涯の医療費は154万円減少する。そして、年齢がいってから止めた場合はブリンクマン指数も上昇するし、平均余命の延びも医療費の削減効果も減少している。
 ただ、一般的には禁煙後の年数が長いほど発癌リスクは減少する。この件に関しては様々な研究結果があるが禁煙後数年から20年で非喫煙者とほぼ同等になるといわれている。そうなると、30歳で止めても寿命が2.3年も縮まるというのはかなり癌発症リスクが高いということになるが、肺癌などの癌発症は特に男性の場合30代や40代での発症確率は非常に低く、禁煙後20年を過ぎると非喫煙者とほぼ同等になるので、それほど大きな差にならないのではないかと思われるが、この研究は様々な疫学的研究を元に差算したものであって、実際に30年も40年も追跡した研究ではないので本当のところは分からないと思われる。
 図6は、欧米での研究ではあるが、喫煙者、元喫煙者と現在喫煙環境にあるかどうか(過程或いは職場で)で総頸動脈の中膜肥厚の伸展度合いを測ったデータである。これをみると明らかに喫煙環境にいる(受動喫煙)の影響と喫煙歴(禁煙実行者)ともに影響が大きいことが分かるし、受動喫煙よりも喫煙歴がある方が若干ではあるが影響が大きいようにも見える。ただ、この元喫煙者が平均でどのくらい前に禁煙していたがが明確でないので禁煙後の年数による影響の違いは明確でない。この動脈硬化の伸展の影響と、禁煙による余命の延命効果の試算から煙草は仮に数年でも吸ってはいけない、多分遺伝子が傷つくから、ということになりそうであるが、だからといって吸い始めたら、止めても寿命の延びも大したことがないからと言って止めないのはやはり大きな損失であるのではないだろうか。
 新聞記事の中で五十嵐助教は、喫煙で発症リスクが高まる病気はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)や前号で示したようにDM(糖尿病)などこの研究対象となっていない病気がまだかなりあるので、この数字よりももっと大きいのではないか、と述べている。
 しかしながら、禁煙をするというのは大変な苦労である。強力な意志が無ければ達成できない。私は18歳から喫煙し、25歳で頑張って禁煙したが、5年後に悪魔の囁きによりまた喫煙してしまった。それは、禁煙後の一服が非常に美味しかったことと(こんな美味いものを何故止める?)、一度禁煙に成功しているからまたその気になれば大丈夫という自負心から悪魔の囁きに乗った訳である。それから2年後くらいに指先容積脈波を測定したら、32歳ではなく30代後半くらいに動脈硬化が進んでいるといわれたことがあるが、なかなか止められず、というより禁煙前よりもむしろ喫煙数が増えて20本だったのが30本以上になっていたのであった。10年後の40歳になってやっとの事で禁煙に成功した。しかし、1ヶ月で7kgも体重が増加し生涯最重量になったが、これも何とか3ヶ月くらいで5~6kg減量してそのまま現在にいたり、無罪放免の禁煙後20年を既に迎えたのであった。実際に一度禁煙したのにまた喫煙した場合は以前よりも禁煙が難しいとも言われている。これは先ほどの禁煙後の一服の美味さ及び自負心の問題と禁煙のストレスの大きさを知っていることによるものらしい。ただ、現在は禁煙治療というものもあるし、ニコチンガムなどもあって血中ニコチン濃度を下げないで済むし、最近ニコチンパッドも市販されるようになって、まずいガムを噛まなくても良くなったし、そして周りの冷たい目や喫煙環境の圧縮などで益々禁煙をしやすい環境にあると思えるが。
 さて、このように大変な苦労をして禁煙をしてもそれから得られる利益としての寿命の延び・医療費削減効果は、この試算を見る限りそれほど大きいとは思えないのではないだろうか。通常喫煙者は40歳を過ぎた頃から禁煙するので、寿命の延びは1~2年程度である。
 日経新聞の同じ記事の中に、国立がんセンターなどの研究によると、20歳から喫煙している人が40~60歳迄(40~50代)に肺癌になるリスクは、非喫煙者の3.9倍、60~80歳(60~70代)では7.4になり、煙草を止めると徐々にリスクは軽減し20年経つと非喫煙者と同等になるという記事がある(図7)。厚生労働省の研究班による10年間の研究では40~50代の10年間の癌発症リスクは1.6倍であったので40~50代が60~70代になる20年間では計算上は2.56倍になると前に申し上げた。これをこの数字の3.9倍をベースに計算すると3.9倍×2.56≒10倍となり、7.4倍よりも遥かに高くなり実際値と違ってくる。これは、年齢が高くなるに連れ、癌発症リスクよりも心筋梗塞死が増えて、喫煙者の多くが癌発症以前に心筋梗塞や脳血管障害などで死亡してしまうためではないかと説明されている。
 しかしながら、寿命の延びが2~3年程度の延びは、これだけみたら大したことがない成果の様に思われる。男女の平均寿命の差が7歳弱違うわけであるから、この差に比較したら問題にならない。ただ実際には喫煙者でも長寿の人が沢山居るし、平均寿命とさほど変わらない年齢でなくなる人も非常に多いのも事実である。要するに、幾ら喫煙しても大丈夫な人は長生きできる(もし喫煙しなかったらもっと長生きしたかも知れないが、それはタラレバの話)が、そうでない人は早死にすると言うことである。また、非喫煙者が喫煙以外に全て健康的な生き方をしているはずがないし、喫煙者は喫煙が悪いことは重々分かっているので、その他に率先して健康に良いことを実践している人が多い可能性も高い。
 何れにしても、以前この稿で述べたように現代日本でもし癌が征圧されても平均寿命の延びは約4年程度であるから、2~3年は非常に大きい数字である。癌発症リスクは国立がんセンターなどの幾つかの研究でも長年の喫煙で癌発症リスクは数倍になるのであるから平均寿命の差だけで「たった」と判断するのは危険である。
<次号までの宿題>
 恒例により次回までの宿題を出しますので読者諸兄に頭の体操をして頂きたい。
【 問題 】日経新聞の記事の中で、国際医療福祉大学の池田俊也教授は「禁煙で余命が伸びれば、喫煙関連以外の病気の医療費が増えるので禁煙による医療費削減効果は疑問である」と述べている。また、禁煙すると多くの人は食欲が亢進し肥満・高脂血症になり糖尿病の発症と糖尿病からの癌発症増加などのケースも考えられるし、禁煙のストレスも相当なもので、ストレスによる発癌促進の可能性も否定できない。煙草の害があまりにも明らかなので禁煙をすることが正しいことと思われているが、禁煙の行為そのものによる害はないのであろうか。エビデンスでは禁煙成功後の人が対象となっているが、禁煙中の有病率や死亡率などの増加はないのであろうか。以前、某ラジオ局の番組で喫煙していた出演者とスタッフが禁煙効果を確かめるために全員禁煙をしてみる実験をした。その結果がどうであったのか、併せてご賢察して頂きたい。
<引用文献>
1)Hara M et al. Japanese Journal of Cancer Research vol.93 2002
2)Hirayama I Nonsmoking Wives of heavy smokers have a higher risk of lung cancer:study from Japan. BMJ 282 1981
3)日経新聞8月26日号(夕刊)「あなたが今、禁煙したら?」  2008

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