症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その50

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その50
       ・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-34」・・・・
                   東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 前回のステージ0であった乳癌の手術をした症例67であるが、やはりというか医師の説得に応じて放射線治療を受けることにしたそうで、ご本人の選択であるからその決定に何も口を挟めないが、鍼灸師と医師の違いをまたまた知らされた感じである。ただ、前回述べたように癌保険に入っていたが、上皮内新生物ということで癌保険は適応されず、お父様の治療もあって経済的な理由が大きく、鍼灸治療に週1度以上の来院は無理という事情もあったようである。
 この症例の後、直ぐに次の症例68が来院した。
<症例68>女性 74歳 157cm 64kg 喫煙無 飲酒無 高血圧(服用) 不整脈有
 BMIは26程度で肥満というほどではないが、見た目はかなりの肥満である(もしかしたら体重は自己申告なので期待値かも知れない)。膝の変形と腰椎の変形が認められており、膝痛と腰臀部痛で月に2度ほど当院で治療している患者である。1ヶ月間来院が無く、見えた時に何十年ぶりかで健診を受けたら右乳癌が見つかって手術をするかどうか専門医と相談するということであった。大きさは直径3.5cmくらいということなので転移の有無はともかく大きさだけでいうとステージ2である。
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 この方のコレステロール値は164~166mg/dlで肥満の割には低い。血圧は降圧剤を医師の処方通り服用しており、収縮期119~124mmHg 拡張期68~70mmHg とむしろ低いくらいである。しかし、今の医学基準では good というよりむしろ best に近い値で血糖値も93~102mg/dlで低い。基本的なスクリーニングの血液検査は全て基準値内である。私はコレステロール値が低いこと(コレステロール値の高低と発癌率の高低は逆相関する)と長年降圧剤を服用して現在むしろ低いくらい(臓腑に充分血液が行かない)であることも考慮して手術を勧め、ご本人も癌を放置するにはまだ若いこともあって手術をすることにするそうである。問題は温存療法でにするかどうかであるが、私は温存療法は止めた方が良いというお話しをした。それは若い人ならばともかく(というと失礼かも知れないが現実には)、温存療法は放射線治療が絶対的にセットになっているので(予後は温存+放射線=通常の摘出手術ということで温存療法だけでは予後に問題がある)、放射線治療を受けない方向で考えた方がよいというお話しをしたのところ、温存療法で行こうと考えていたが、放射線治療は受けたくないので摘出手術にすることにしたということであった。
 また、新たな患者が来院した。本年の3月に数年ぶりに来院した以前の患者で、大腸癌の手術をしたが、肝臓に大きな癌が見つかったので治療をお願いしたいということであった。しかし、その後何の音沙汰もなく7ヶ月経って見えた。
<症例69>女性 63歳 166cm 47kg 飲酒無 12年前から禁煙 7年前に乳癌の既往あり
 乳癌の組織とは全く別のS字結腸癌+肝臓に2カ所転移が見つかったが、ウオッシュレットのために排便時にあまり紙を使用しなかったこと(血便を発見できなかった)や1年半前にに亡くなった御尊父(著明な元衆院議員・大臣)の事後処理や相続問題のストレス及び新しく立ち上げたNPO法人の仕事が忙しく己を省みる暇がなかったことで、具合が悪くなって診察を受けた時には赤血球数が正常の1/3程度といわれ、普通なら死んでもおかしくない状態であったとのことであった。
 結腸癌は人工肛門にならずに手術は成功し、肝転移癌には抗癌剤を用いて、2週間に1本点滴をして合計18本している。抗癌剤の中に白金が入っているものがあり、その金属アレルギーによる副作用で両手両足の痺れなど諸症状が出て、その薬だけは今は止めているが、抗癌剤+金属アレルギーによる種々の副作用は以前として残っている。抗癌剤は効いており肝臓の転移癌は直径8cmと6cmであったがそれぞれ6cmと4cmに縮小している(この縮小は直径であるから、8→6は83→63で42%に、6→4は63→43で30%にそれぞれ縮小している。体重は3月よりも太って(本年3月の時は41kgで6kg増加)食欲もある。病院では抗癌剤の効果も含めて奇跡的という話であった。そして、その上で体力増強と副作用の改善を目的に鍼灸治療を続けたいということで来院なされたのである。
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 この症例では、抗癌剤の効果もさることながら食欲もあり太ったこと、もちろん浮腫の問題もあるが顔色は3月時よりもかなり良く診察での浮腫の所見は0ではないが3月時(この時の浮腫は著明であった)よりも改善しているので浮腫というより実質が増加していると思われること、副作用も脱毛はしたけれど、現在回復しつつあり、痺れと下肢の血行障害(紫斑がある)以外は種々あるがさほどでもないこと、癌が縮小していること、肝臓以外の転移は診られないことなど正に奇跡的なのはどうやら他に原因があるようである。医師・看護士が奇跡的ということを言うのは、他にこのような好転例はあまり診られないからの発言であろうし、実際に少ないと思われる。ただ、抗癌剤の効果はもちろん0でないにしてもそれだけではないと思われるたが、ご本人はもちろんそれを自覚していた。では、それは何だったであろうか?これを次回までの宿題にしたい。本シリーズを読んでいただければその答えは随所に書いてありますが、一つではありません。
<癌の可能性が高い場合の対応について>
 さて、「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?」が当初の思惑を超えて34回に及んでしまった。従前のように、癌の可能性を少しでも察知したら直ぐに専門医というのならば、鑑別力を高めるだけで充分なのであるが、現在の癌に対する西洋医学の現状を検討すると全面的に委ねるべきかどうかは疑問な点が多く、癌の種類にもよるが、自分がなった場合には最小限の手術以外は拒否せざるを得ない状況である。だからといって、自分はともかく患者さんに対して自信を持って鍼灸治療に委ねなさいという状況にもないが、鍼灸治療(+生活習慣の改善等)でも癌の種類やステージなどによっては充分以上に対抗できる部分もないわけではない(詳細は本シリーズ1及び17を参照1)2))。
 その様な状況であるから、鍼灸師が癌の可能性を考えた時の対応は非常に難しく、癌の可能性の確率の問題や患者の自分が癌であるかも知れないといわれた時の心理状態、また、患者の癌に対する西洋医学・医療の知識や知的レベル或いは鍼灸治療・鍼灸師に対する信頼の問題など、予後の推定なども踏まえて総合的に判断しなければならないからである。それだけでなく、癌の治療や予防或いは術後の再発防止のためには生活習慣の改善が当然必要となってくる。それらのためには患者に多くの情報を与え、または情報を得る方法をご指導して充分なインフォームドコンセントが必要となる。そして、その中には安保徹氏ではないけれど「医療が病を作る」問題、具体的にはコレステロール低下剤、降圧剤、消炎鎮痛剤、ステロイド剤、抗鬱剤、抗癌剤などの種々の薬剤の影響、郭清手術や放射線治療の問題がある。また、癌の発症は生活習慣が大きく関わるために食事の問題、特に脂肪摂取、トランス脂肪酸、コレステロール、食品添加物、肥満、糖尿病や喫煙、飲酒など検討すべき課題は山積していたからである。
 鍼灸師の対応は A、鍼灸単独治療 を行うか B、西洋医学の治療に委ねる か C、西洋医学との併療 を勧めるか の3通りに限られる(図1)。
 Bの西洋医学に全面的に委ねるのはさほど難しい問題ではない。鍼灸治療でとても手に負えないと判断できるような病態であるならば、症状や現病歴で癌の可能性が高いと判断することは容易であるからである。ただ、そのことを当の患者に知らしめるのは問題であるが、基本的には正直にその可能性を申し上げるしかない。ただし、自分で想定した可能性を遥かに下回る確率、例えば80%だなと思ったら10%くらいにして申し上げるのは無論である。
 また、下記の症例61の検討で述べたように、明らかに癌と思われた症例でも、初診時にそのことを述べないで3回程度様子を診た方がお互いの関係も若干深まるし、経過観察からも話しやすい3)。もちろん、患者に知らせないということは倫理的に問題かも知れないが、初診時に話すと「医師でもない鍼灸師ごときが」「画像診断や血液検査もしないで何が分かるのか」と思われる可能性があるので。
<症例61>男性 55歳 会社員 171cm 75kg 禁煙中
主訴:左肩背部痛
現病歴:1W前から寝違えか肩が凝ったのでマッサージをして返って悪化。以後3回マッサージを受け、直後は良いが翌日には戻る。仕事中いやらしい何ともいえない痛みがある。頚・肩を動かすのは問題無いし、上肢症状は無い。ほとんど1日コンピューターを使った仕事で、ストレスが貯まると頚・肩痛になり、マッサージをしていた。今日は特にひどい。夜間、痛みで目が覚めることがある。18日前から禁煙。以前は50本/日。飲酒は毎日大量。体重は禁煙後3kg↑。ROM(-)、頚肩の凝り著明、左斜角に圧痛。
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 この症例は総合判断で「肺癌」の可能性は非常に高かったが、禁煙のこともあり少し様子を見たが3回目の3日後に来院した時にも直後のみの効果で直ぐ戻り不変だったので、この時点で「初診時に癌の可能性が高いと思われましたが、そうでないことも多々あり、余計なご心配をかけたくなかったので、そうでない場合には鍼灸治療で少しずつでも良くなるので様子を見ましたが、良くなっていないのでお話しする次第です」という切り口でお話しをしたところ、覚悟があってか「私もそういう恐れを持ってましたが、直接精査を受けるのは怖かったのでこちらに来ました」ということで、2回治療して経過を診たこともあり素直に聞いて頂いた。
<患者が癌を非常に恐れている場合>
 また、患者が癌を非常に恐れている場合には、正直に申し上げるわけには行かないが、下記の症例20が参考になる4)。
<症例20> 女性 45歳 会社員 独身 167cm 59kg変動無し 喫煙無し 飲酒3~4回/W
 頸・肩背部の凝りと不眠を訴えて来院した患者である。事務職であり、目の疲れもあり、頸肩背部は触ると非常に凝っていることがわかる。これだけだと普通の患者さんであるが、不眠の原因について問診していくと「実は」ということで「左乳房のしこり」があり、不安で不安でしょうがない、ということであった。「そんなに心配ならば、専門医に診てもらったらどうですか」と申し上げると、恐くてとてもいけないということであった。「先生診てください」ということで、触診すると左乳房の左上部にかなり大きなしこりを触れ、表面は滑らかであるが硬く、皮膚を引っ張ると癒着があり、境界もはっきりしているようである。
 この患者に対して、正直に「貴女は乳癌の可能性が高いです」とは申し上げることはとてもできないが、かといって「癌じゃありませんよ。安心してください」という嘘もいうにくい。また、悩んだり困った表情を患者に見せるわけも行かないので、「私は乳癌の専門家ではないのでわかりません。そんなに心配で眠れないようだと癌じゃなくても身体をこわしてしまいますよ。早く診察してもらって安心してください」といって、多少は安心させることが大切で、そうしたら専門医に行く決心が付く可能性が高い。
<来院歴のある患者の場合>
 一方、癌の可能性が非常に高いと初診で思われた場合、全くの初診と違って下記の症例8のように鍼灸治療や鍼灸師をそれなりに評価していると思われる来院歴のある患者は、こちらの言葉をきちんと聞いてくれるので正直に申し上げた方が良いように思える5)6)。しかし、古くからの患者さんだからこそ、現在ではとりあえず精査して手遅れを確認して頂いた上で、西洋医学では手遅れだからこそ、鍼灸の単独治療を強力に勧めたい気持ちである。
<症例8> 男性 66歳 177㎝ 68㎏ 体重は1~2㎏減少 会社員(嘱託) 喫煙無
 6ヶ月前より、右肺部から肩関節にかけて臥位になるとズキズキして夜は眠れない。その後、痛みは上肢後側から手背の方に拡がってきている。今までは立位や座位では痛みがなかったが、1週間前より立位や座位でも少し痛みがでてきた。下肢の症状はない。頸部の運動障害(ROM)は後屈最大位で右肩後面に放散痛、右側屈と右回旋最大位で右上腕後側に放散痛がある。上肢の腱反射は全て異常なし。初期の頃に整体に一度行ったが不変で、その後特に治療は何も受けていない。(中略)食欲は若干落ちているが、特に偏食はなく、飲酒は毎日で痛みを抑えるために2~3合程度飲んでいる。二便に異常無し。
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 一目でパンコーストと思われたが、古くからの患者さんでもあったので、正直に疑診名を告げて、「肺癌の可能性が高いと思われる患者さんに鍼灸治療を続けることはできません。肺癌ではないということがはっきりした段階で鍼灸治療をしますので、病院で検査を受けて下さい」と申し上げた。患者さんは、「私は今まで一本も煙草を吸ったことがないので肺癌であるとは思えない」と仰ったが、煙草を吸わない方でも肺癌の方は沢山いますよ。第一、会社には煙草数人が沢山いるんでしょう。副流煙の問題もありますよ」と申し上げたら、素直に「わかった検査に行く」と仰った。しかし、残念ながら結果は疑診通り手遅れの肺癌で数ヶ月後に亡くなった。
<西洋医学に委ねながらの併療>
 Cの西洋医学との併療と同じようであるが、あくまでも西洋医学がメインであり、緩和ケア或いは手術に堪えられるようにする、副作用を軽減したり、QOLの改善などを患者の希望により行う場合で、具体的には病院への往診がそれに当たり、今一般的に考えられている統合医療の鍼灸師の立場である。
 この場合は鍼灸師の立場は非常に楽である。患者の予後についての責任は90%以上医師にあるからである。ただ、病院の主治医や婦長などとの対応が問題となる。一般的には癌治療においては、西洋医学も当然絶対的でないばかりか無力に近いので、患者の希望で行う治療を拒否することは少ない。しかし、抵抗力が落ちているケースが多いので消毒に関しては非常にウルサイが、ディスポ針を使う分には文句は言われない。問題は灸治療である。灸治療は全身及び当該局所の免疫力改善に良いことはほぼ立証されているし6)、下記の症例6のように鍼灸治療をしている時は癌は縮小していったが、病院で灸治療を拒否され鍼治療だけで2ヶ月経過したらまた大きくなってしまった
<症例6> 男性 68歳 鍼灸師 中肉中背 体重増減特になし
 学術大会に参加してそのまま旅行に行ったら突然黄疸が発症した。黄疸は全然引かず悪化する一方である。
 この症例では灸治療を主治医は許可して頂いたのであるが、総婦長が喘息などの呼吸器が悪い患者が同室していることで拒否されたので、個室に移動したら酸素に引火する可能性があるという理由でまたまた拒否したのである。
<癌は鍼灸の不適応疾患か>
 本シリーズでもこのテーマに対して考察を行ってきたが、実際に鍼灸治療は癌のあらゆる場に置いて行なわれている。癌にならないようにする一次予防から始まって、癌の治療、今<西洋医学に委ねながらの併療>で述べたような西洋医学の補完的治療、或いは術後の再発予防、末期患者の緩和ケアなどで鍼灸治療は行われている。そして、癌の予防・補完的治療・再発予防・緩和ケアに関しては特に生命に直結する部分は少ないし、西洋医学がメインの場が多いので特に問題にはなっていないと思われるが、問題は癌の治療である。併療治療は、西洋医学でも戦い、それだけでは不安なので東洋医学・鍼灸治療の助けも足りて戦いに行くということであるのでこれも問題はない。問題は鍼灸の単独治療である。既に行われているからといって、癌の治療は何でもOKというわけには行かないのは衆知の通りであるが、全く鍼灸治療はしてはいけないというのもおかしい。あくまでもそれぞれの治療におけるリスク・効果・副作用・予後・QOL、そして平均余命まで比較検討した上で初めて言えることである。しかし、ほとんどの医師にとっては西洋医学が唯一無二の治療法であるし、他の治療を行うことは商業主義或いはオカルト療法にダマされた結果という認識であろう。しかし、それ他の治療によって奏功した事実を知らないということでもあり典型的な認知バイアスである。また、西洋医学治療によって、或いは癌検診によってQOLを落としたり、寿命を縮めたりする事実を確認しないということは典型的な確証バイアスである。癌の縮小のみをクライテリアとして、免疫力の増減には一顧だにしないというのも同様である。
<併療治療>
 これは西洋医学に委ねながらの併療治療と違い、あくまでも独立して癌と戦いに行く治療である。ただ、治療方針として並行して受けている西洋医学治療の副作用・後遺症の軽減やQOLの改善なども治療方針の中に入れざるを得ない場合が多くなるのは必然であるが治療目的はあくまでも癌の征圧・治癒であるので西洋医学に委ねながらの併療とは違う。癌に対する鍼灸治療の効果及び副作用軽減などの補完的効果を良く患者に説明すれば、患者の状況が許せば限りなく併療は可能である。患者の状況とは通院出来るかどうか、経済的な余裕があるか、病院への往診ならば主治医などの許可があるかなどである。
 しかし、この併療の問題は、手術の程度、抗癌剤・放射線治療の副作用・後遺症特に免疫力が激減する問題があり、鍼灸でがんと戦いに行く立場では併療治療はしたくないのが本音である。
<次号までの宿題>
 前述のように、症例69で肝転移癌が奇跡的に好転したのは抗癌剤の効果だけでなく、他にも色々あったと思われるがそれは何であったでしょう、という問題です。

1)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その1』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
2)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その17』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
3)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その44』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
4)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その11』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
5)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その3』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
6)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その18』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
7)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その21』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
8)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その2』小川卓良 医道の日本誌 巻 号
9)『症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その11』小川卓良 医道の日本誌 巻 号

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