・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-29」・・・・
はじめに、次の症例を考えて頂く。
<症例64>男性 52歳 タレント 175cm 109kg 近年は減り気味 以前は115~120kg 喫煙20本 飲酒多量
5日前からきっかけ無く腰痛が起き徐々に悪化している。ただ、痛いのは腰よりも下腹部や鼠経部など骨盤の中が痛い感じ。胡座座で呼吸すると響く。歩行や階段症候などはゆっくりならば大丈夫であるが、前屈時や姿勢変更時は腰に響く。以前に腰が重いことはあったが、こんなのは初めて。圧痛はなく、痛む部位を示せない。下肢症状はなく、安静時や夜間には痛みがない。寝返りは痛く、目が覚める時がある。鎮痛剤は少し効く。
以前より肥満、高血糖、肝機能低下を指摘されている。4年前に脳梗塞をして1ヶ月ほど入院したが、後遺症はない。食欲、睡眠、便通などの体調はよい。
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この方は、33歳の時より時々頚痛や足関節痛で来院され、その時に既に高脂血症及び肝機能低下を指摘されていた。そのために休肝日を設けて、33歳当時は体調はよいということであった。しかし、8年ほど前に来院された時に高血糖が指摘されていた。ただ、太ってらっしゃってはいるが、ミュージシャンでダンサーでもあり、ミュージカルにしょっちゅう出ているので運動(ダンス)はそこそこしているし、股わりも出来るほど身体も柔らかい。そのためか、2回ほど治療して楽になったのでいらっしゃらなくなった。
ただ、この時に既にシンスポットが下腿に出ており、下肢に浮腫もあってDMがかなり進行していることを窺わせ、この痛みもDMの影響で増悪或いは発症している可能性が高かった。この方に、率直にDMの進行状態をお知らせし、すなわち「既に足が腐り始めていますよ」という表現を使ってお話ししたのである。当の患者さんはびっくりしてどうしたらよいのか色々聞かれたが、「今までにお医者さんの方からいわれてなかったのですか?」というと、言ってはくれたが通り一遍で差し迫っている感じはなく、通常言われるように糖尿病は「適度な運動と食事の管理」ということで、自分もそれなりに心がけておりこのままでよいと思っていたそうである。しかしながら、「カレーは飲み物」というような早食いでは肥満→DMは必然のコースである。
シンスポットは下腿前面に診られる茶褐色で光沢のあるしみのことで、糖尿病により皮膚の代謝異常がかなり進行している状態を示している。この段階で、DMの3大合併症はもちろんのこと脳血管障害(既に4年前に脳梗塞をしている)、心臓疾患などの大血管障害を起こさないですますことが出来るかどうかは大変難しいと思われたのでかなり厳しくご指導というか脅かし(実際には事実を述べたので決して脅かしではないが)を述べたので、心配になって病院に駆け込んだのか、それともあまり気にしないで「何とかなるさ」というお気持ちで、特に変わりなくお過ごしになったのかは定かではない。この原稿を書いている時に、この方の訃報をニュースで知った。あれから3年後の55歳のことでご本人が異常を感じて病院に行き、即入院で1ヶ月も経たずに亡くなったということであり、糖尿病の悪化が原因の急性呼吸不全が死因という報道であった。
糖尿病自身は、悪性疾患というイメージをお持ちの方は少ないと思うが、私自身は「血管・神経ボロボロ病」というネーミングをつけて「糖尿病自体が悪性疾患」という認識でいるが、後述するが糖尿病からがんを発症するケースは非常に多いのである。
<前回の宿題>
<宿題1>「症例62の後日談とは何か」ということであります。
<症例62>女性 63歳 主婦 160cm 49kgから4ヶ月で43kgに減少
現病歴:2・3年前に鬱病で精神科に数週間入院してから通院して服薬していたが、薬を変えてから嘔気が始まり治らなくなったので、転医(内科)したら鬱ではなく機能性胃腸障害といわれた。薬で治るものでなく、自分で頑張るように言われ薬は大分減らしたが、症状は悪化している。また、不眠だったが睡眠薬を止めたら改善。以前は食べたら嘔気は治っていたが、食欲↓し、食べても治らなくなったし、吐くこともある。
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鬱病は、国民の約1/4が生涯に一度は罹患する病気といわれ、一度罹患すると平均で約5回繰り返すといわれている。一般的にはプライマリーケアの現場でその多くは見逃されているので、その実態を解明することは出来ない。見逃されているのは開業医のみならず、鍼灸院でも同様である。今この時点で国民の約3%は罹患していると推測されている。
症例62もこの時点で3回目か4回目の発症である。そしてそれから2年後の話である。米国から帰国してしばらくは元気であったが、また鬱病を発症し、現在は癌の煩っているという知人の報告である。詳細は分からないが、大いに考えられる話である。
タイプCというのがある。タイプCの話をする前にタイプA或いはA型性格と言うことを説明しなければならない。もちろん血液型の話ではない。このタイプAは心筋梗塞のリスクファクターである。タイプAのAは、多分agressiveのAであり、行動的とか攻撃的とか活動的とかという積極的に行動するするという意味で、出世するために頑張るとか、休みの日にボケッとしていることが出来ず、絶えず仕事や勉強或いはスポーツなどしないと済まないタイプのことである。このような性格の人は心筋梗塞になり安いという意味である。
タイプCはこのタイプAにまねて作られた造語である。タイプCのCはcancerのCで癌のことである。癌になりやすい性格のことを言っており、何か不安におののいていたり、疑心暗鬼でいたり、神経症傾向や鬱傾向にあると癌になりやすいということである。
しかしながら、このタイプCについては東北大学医学部の坪野吉孝教授らによって2005年に否定された1)。この研究では、1990年に英国の心理学者アイゼンクの開発した性格調査票による宮城県内の14町村在住の全ての40歳から64歳の男女約5万2千人の調査を行い、1993年から1997年の間に癌の診断を受けた約1600人の内調査後3年以内に発症した人や既にがんの既往があった人などを除いた890人を対象としたところ、外向性や神経症的傾向、精神病質的傾向(逸脱傾向)、虚偽発見尺度(律儀さ)のそれぞれの性格傾向が強くても弱くても癌の発症には何ら関係ないという前向きの研究報告である。タイプCについては、癌になった人の性格テストをしたところ、上記のような神経症的・鬱的傾向や不安傾向の人が多かったので、その様に報告した後ろ向きの研究である。2007年の5月に東京大学鉄門記念講堂で行われた平成19年度(社)全日本鍼灸学会関東甲信越支部認定委員会指定講習会において、埼玉医科大学精神腫瘍科の大西秀樹教授の『癌患者と心のケア』の中で癌患者の多くが鬱病ないし鬱傾向に陥っていき、それだけでなく癌患者の家族も同様の傾向になるということを講演された2)。正に癌になったから性格が暗くなるということで、癌患者の心のケアが如何に必要かを詳細に講演された。
では、全く性格と癌の発症は関係ないのであろうか?坪野教授の研究ではアイゼンクの定義した性格が用いられ、その性格分類ではがんの発症に差がなかったということであるが、鬱性向或いは鬱病の場合はどうであろうか。
前回、機能性胃腸症及び過敏性腸症候群の患者さんには2/3程度鬱病ないし不安傾向を持つ人がいることを示したが、仮面鬱病の例を持ち出す迄もなく鬱病ないし鬱傾向になると血流の低下、気力・活動性の低下、自律神経系の失調及び免疫機能の低下をもたらすので多彩な多くの症状が出現するとともに更なる重篤な疾患を発症する可能性も高くなる。
また、鬱の発症もその多くは精神的なストレスや嫌な事件が原因なので鬱だけでなくストレスも抱えていることがほとんどであるし、健康のために運動をしたり、旅行や演劇・映画或いは趣味などに興じて楽しいことをする訳ではないので、免疫力の低下に拍車がかかっていると言っても過言ではない。
なお、鬱病そのものもがんの発症要因である可能性が高いが、抗鬱剤や抗不安剤(精神安定剤)には、表2・3に示すような様々な副作用が出現し、その出現頻度は高い。その中には鬱症状と同様の症状もあり、その時に医師は鬱病の悪化か、薬の副作用かの判断をしなければならないのであるあるが、多くは鬱病の悪化と捉えて更に薬を増やす傾向にあるためにいわゆる『薬漬け』に陥るのではないかと思っている。そして、このような副作用が出ること自体、健康にそして免疫力に必然的に悪い影響をもたらすことは容易に想像できる。
表1、各科で鬱病患者の受けやすい診断
各科共通:自律N失調症、心身症、各種N症、更年期障害、不眠症、不定愁訴、ヒステリー、 過労、異常なし、少し何々が弱っている
内 科 :各種頭痛、眩暈症、低血圧症、起立性調節障害、脳動脈硬化症、狭心症、不整脈、 神経循環無力症、心臓N症、胃腸N症、胃下垂症、慢性胃炎、胃アトニー、IBS(過敏性腸症候群)、便秘症、胃・十二指腸潰瘍、N性嘔吐、空気嚥下症、N性食欲不振症、慢性肝炎、慢性膵炎、慢性腎炎、胆嚢炎、胆嚢ジスキネジー、DM(糖尿病)、過呼吸症候群、気管支喘息、感冒、貧血、甲状腺機能低下症・亢進症、高血圧症、アルコール依存、パーキンソン、各種神経症、腰痛
小 児 科:登校拒否、起立性調節障害、N性嘔吐、臍疝痛、思春期やせ症、過換気症候群、 気管支喘息、各種頭痛症、各種行動異常
婦 人 科:更年期障害、月経不順、月経困難症、月経前緊張症、卵巣機能不全、術後不定愁訴、不正出血、産褥N症、育児ノイローゼ、マタニテイーブルー、不感症、高プロラクチン血症
外 科:ダンピング症候群、胆石症、胃・十二指腸潰瘍、回復術後遺症
脳N外科 :頭部外傷後遺症、脳腫瘍、筋緊張性頭痛、片頭痛、各種神経症
整形外科:筋痛症、腰背痛症、頚肩腕S、頭部外傷後遺症、鞭打症、頚椎症、変形性脊椎症、各種神経痛、RA(リウマチ)
眼 科:眼精疲労、屈折異常、めまい症
耳鼻咽喉科:メニエルS、眩暈、耳鳴り、咽喉頭N症、咽喉頭異常感症、鼻性注意集中不能、 副鼻炎、アレルギー性鼻炎、慢性中耳炎
泌尿器科:N性膀胱、N性頻尿、ED、膀胱N症、心因性排尿困難、慢性膀胱炎、排尿痛
皮 膚 科:円形脱毛症、掻痒感、多汗症、歯科口腔外科 舌痛症、不定愁訴、口内乾燥症、異味症、義歯不適合、口臭症、パレステジー
表2、抗うつ剤の副作用(樋口輝彦:1997)
中枢神経系:眠気、不眠、焦燥、易刺激性、せん妄、錯乱、記憶障害、のぼせ、ふらつき、眩暈、 頭痛・頭重、痙攣、微細振戦、構音障害、知覚障害、運動失調、パーキンソン症状
心臓血管系:頻脈、不整脈、心音ブロック、心電図異常、低血圧、 起立性低血圧、高血圧
消化器系:口渇、悪心・嘔吐、食欲減退、味覚異常、便秘、麻痺性イレウス、下痢、肝機能障害
その他:排尿困難、尿閉、インポ、射精遅延、白血球減少、顆粒球減少、視調整障害、眼内圧上昇、発汗過多、光線過敏、発疹、鼻閉、乳房肥大、乳汁漏出、体重増加
表3.向精神病薬及び抗不安剤の作用と副作用3)
① 催眠作用を伴わずに刺激に対する関心を低める作用
② 激しい興奮や攻撃性を押さえる作用
③ 抗精神病効果
④ 間脳症候群と椎体外路症候群を二次的に発現
⑤ 皮質下中枢すなわち大脳基底核、間脳、線状体領域に対する親和性作用がある
特徴的な副作用として(特に④と⑤に関連して)
① 自律N症状:口渇、便秘、頻脈、血圧低下、鼻閉、流涙、倦怠、尿閉、起立性低血圧等
② 椎体外路症状(パーキンソンニスム):手足の振戦、筋強直、仮面様顔貌等
③ 中枢N抑制症状:睡気、脱力感、自発性低下
④ 肝障害:肝機能障害、細胆管性肝炎、黄疸、肝実質障害
⑤ 心電図異常:T波の異常、STの下降、PQ時間延長、頻脈、期外収縮、心ブロック等
⑥ 内分泌症状:乳汁分泌、食欲亢進、体重増加、肥満、無月経等
⑦ 皮膚症状:発疹、アレルギー性皮膚炎、日光過敏症、口内炎、蕁麻疹等
⑧ 造血器障害:貧血、血小板減少、顆粒球減少、
⑨ その他:痙攣誘発作用、眼障害、興奮、喘息の誘発、不眠等
このような状況では、症例62のようにがんが発症してもおかしくはないと思える。しかし、病理学的に確認できるものではないとはいえ、時間的に関連が高いのでその確率は高いと思われる。
次の宿題である。
<宿題2>下記の症例の病態と経過を考えて頂きたい。
<症例63>女性 35歳 167cm 57kg 若干減り気味 非喫煙 飲酒は少し
主訴:不妊、生理不順、不正出血
現病歴:1・2年前より生理不順となり、生理が遅れがちになっている。そして数ヶ月前から時々不正出血があるが特に生理痛が強いわけでなく、婦人科では軽い子宮内膜症があるとのことですが不正出血を起こすほどではないということだった。しかし、念のため子宮癌の検診を受けてみたが全く異常ないということだったけど、生理不順と不正出血は良くならない。仕事は事務職でコンピューターはよく使うので肩凝りはいつも感じる。このところ腰が重い感じがするが、仕事が忙しく座っている時間が長いせいもあるかも知れない。25歳で結婚したが仕事は続けている。ただ、子供はなく30歳頃に夫の浮気が発覚ししばらく精神不安定になり心療内科で鬱病と診断され食欲が無くなり体重も47kgくらいまで落ちて生理もほとんど無い状態が1・2年続いた。ただ、今は浮気問題も解決し、夫婦仲は戻ったが子供を造ろうと思っても出来なくなった。夫に異常がないということと、婦人体温を計ってみても高温期がほとんど無いので私に原因があると思う。生理不順と不正出血及び不妊を治したいので来院した。以前ホルモン療法を試みてみたがうまくいかなかった。食事はどちらかというと和食よりも洋食の方が好きで今は食欲も改善している。週に1度くらいは外食してワインを飲むことがあり、たまに酔っぱらってしまうこともあるが、家ではたまに飲むだけであまり飲まない。
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この症例も、鬱とがんとの関連を考えさせられた症例である。「1・2年前より生理不順となった」ことと、「数ヶ月前より時々不正出血」があることは比較的最近の発症を示唆する。確かに子宮内膜症は20代後半~30歳頃から症状が悪化することが多いので、この点も考慮する必要があるが、婦人科ではその関連は薄いと診断されている。子宮癌の検診は受けたということであるが、通常の子宮癌の検診は「子宮頚癌」の検診であって、子宮体癌の検診ではないので「子宮癌の検診で異常なしは子宮頚癌ではない」ことを意味し「子宮体癌の可能性」については不明である。「このところ腰が重い感じがする」というのも見方によっては「階段状の悪化」とも思えるが、通常ではその様には思わない。
不妊治療であるから、当然のことながら治療期間は長期に渡る。週1回の治療を数回試みるがその段階では妊娠を確認できなかった。それどころか、不正出血が良くならないで若干ではあるが本人の感想では悪くなっている。
、「鬱と免疫力低下」、「妊娠経験がない」、「生理不順というより生理がない状態が続いた」、「洋食→動物性高脂肪食を好む」、「不正出血の原因が子宮内膜症ではない」、「子宮頚癌は否定されても体癌は否定されていない」というキーワード+「比較的最近の発症」、「このところ腰が重い」ということから子宮体癌の精密検査を勧めた。
残念ながら、子宮の全摘出をせざるを得なかったということであるが、幸いなことに転移がなかったようである。
<次号までの宿題>
恒例により次号までに読者諸兄に頭の体操をしていただきたい。
宿題.医師から「太陽が西から出ることがあっても、貴女が妊娠することはない」といわれた女性鍼灸師がいる。高プロラクチン血症であり、確かに妊娠の可能性は低いと考えられたが、とんでもない医師の暴言であり、典型的なドクハラである。結婚後1・2年経っていて子供が欲しいので三陰交の灸を週1回程度自分で施灸していたが、その結果がこの暴言である。一念発起、一生懸命治療をした結果彼女は懐妊し、見事に出産した。どのような治療をどのくらい続けてこの結果が得られたのか、考えて頂きたい。
<引用・参考文献>
1)坪野吉孝他「Personality and cancer survival: the Miyagi cohort study」british jounal of cancer 2005
2)大西秀樹「がん患者と心のケア」鍼灸かわら版 Vol.10-2 2007
3)『愁訴からのアプローチ:不定愁訴』全日本鍼灸学会東京地方会学術部編 医道の日本誌 巻 号
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