症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その36

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その36
・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-20」・・・・
                   東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

 癌の予防はもちろん、治療や再発予防においても最も重要なのは生活習慣の改善と心・意識の転換である。後者は、我々鍼灸師の及ぶところではないけれども、色々事例を示してご支援申し上げることはできるかと思うが、前者についてはそれ以上にご指導し、モチベーションを高めることはでき得ると考える。このために、この数回は、若干テーマからずれた様に思われるだろうが、非常に大事な問題なので少し掘り下げてみたいる次第であります。
<SICKO>
 米国の食生活や医療の問題を取り上げようとしている時に、グッドタイミングで米国の社会派映画監督マイケル・ムーア氏の「SICKO」が上映された。SICKOとはSICK(病気)からできた米国の俗語(スラング)で「病人、精神障害者、倒錯者、変質者、狂人」という意味がある。多分ムーア監督が米国自体に対して使っている言葉だと思われる。衆知の通り、米国には公的な健康保険制度は一部の障害者や生活保護者等に対するメディケアしかなく、一般の米国人は民間保険に加入するが、米国人の1/5程度の人々は保険料が高いこと(及び医療費が高いことから支払い時の自己負担額も高い)こともあって、保険に未加入である。
 SICKOでは、お金がない故に病院で診療を断られたり、強制的に退院させられたり、極端に高い医療費の現状や保険業界と政界との癒着の問題など、米国が抱える様々な医療及び健康保険問題に鋭いメスを入れている。医療関係者としては是非鑑賞すべき映画と考える。
 ムーア監督は、米国の平均寿命が日本などの他の先進諸国と比較して4歳程度低い原因を、全てこの医療及び健康保険制度の矛盾や欠陥のせいだというように映画では主張しているように思われる。確かに前々回の34回で示したように、米国の各州における健康保険加入率と平均寿命に相関があるし、薬剤費や診療費の支払いが困難なことによって急性心筋梗塞の予後に影響を及ぼすことは分かっているのでその影響は確かにあると思われる。
 しかし、このシリーズも第33回で示したように1979年米国ヘルシーピープルの健康規程要因で健康維持・治癒に関わる要因で医療・保健活動は10%であった。このように、個々の患者にとっては医療が治癒・延命に必須である場合も当然のようにあるけれども、全体から見ればその貢献度合いは高々10%程度である。また、このシリーズ34回で示したように、米国の医療費はダントツで世界一であるので米国の医療費が高いといっても、充分支出もされている(医療を受療している)事実もある。そして、同様に日本の場合であるが、医療費の支出と医師数の多少と平均寿命は相関せず、むしろ医療費が少ない(医療を受療しない)か、医師数が少ない(受療機会が少ない)都道府県の方が寿命が長いという結果になっており、全体としては医療にかかれないから寿命が短いとは言い切れないのである。それよりもムーア監督の突き出た腹部の方が問題ではないだろうか?
<沖縄26ショックとトランス脂肪酸>
 前回、米国におけるファーストフード各社が2008年までにトランス脂肪酸の含有量を全ての商品で0(0=tarans freeという表示はワンサービング{一口あたり:約55g}トランス脂肪酸の含有量が0.5g以下であるとこの表示ができる)にするという宣言をしていると述べたが、この処置は米国において本年よりトランス脂肪酸の含有量を明示することが義務づけられたことによるものである。
 デンマークを初めとするヨーロッパ各国では、トランス脂肪酸の含有量の明示はもちろん、0または2%以下にするなどの規制は既に始まっている。特にオランダでは非常に厳しく、トランス脂肪酸を含む油脂製品を全て販売禁止にした。やっと米国が重い腰を上げたのに過ぎない。ただ、日本ではその動きは政治レベルでは全く見られない。知る限りではわずかコーヒーのスターバックス社がクッキーなどに含有しているトランス脂肪酸を半分の製品で0にすると宣言したに止まっている。しかし、マーガリンなどは今まで一部のマイナーなメーカー(地ビール的にこだわって作っているメーカー)でトランス脂肪酸含有量が限りなく0に近い製品を作っているところが散見できただけであったが、大手メーカーのマーガリンも徐々にトランス脂肪酸含有量を減少させる努力をしている所も出てきているし、前回述べた「環境に優しく油の量が半分ですむというEという油」も米国での販売では「trans free」で売り出している(ただし、日本では従前通り)。コンビニ業界でも、例えばセブンイレブンでも菓子パンなどに付けるマーガリンやイチゴジャムのトランス脂肪酸を2006年3月以後従前の1.4gから0.1gにメロンパンも従前の1.1gから0.1gに減らす等の取り組みを行っている(http://www.sej.co.jp/shohin/transfat.html#safety)。
 このように、精製過程で充分手間暇と資金をかければ、トランス脂肪酸を限りなく0に近づけることができるということで、現在日本でも民間のメーカーでは(将来行われるだろう規制に備えて)徐々にトランス脂肪酸を減らす努力をしているのも事実である。
 また、現在のところ日本人は欧米人に比較してトランス脂肪酸の摂取量はかなり少なく、国民一日あたりの摂取量は米国では5.8g、西欧14カ国(男性)では1.2~6.7gに対して、日本は1.56gと欧米に比して1/3~1/4程度である1)。また、不飽和脂肪酸を摂取するとトランス脂肪酸の有害性を減弱できるということであるが、日本人は不飽和脂肪酸のリノール酸をトランス脂肪酸の約7倍摂取しているので問題ないという報告もある2)。
 何れにしても平均的な日本人を想定する限り、現在のところトランス脂肪酸は問題無さそうであるが、前回述べたように沖縄県民はこのようなジャンクフードを他の都道府県民より多く食しているし、安く手軽だからと行ってジャンクフードを多食している昨今の若人をみると問題なしとはとても言えないであろう。
<トランス脂肪酸の有害性>
 まずは有名なフレッド・ローの「マーガリン大実験」を紹介する。彼は自然食品業界のためのコンサルティング会社を経営しているが、マーガリンの小さな塊を小さな皿にのせ、その皿を裏部屋の窓ぎわに置いみた。ところが、2年経っても蝿や蟻やカビがマーガリンに全く付かなかったし、猫や鳥も食べなかった。そこで彼はマーガリンは食べ物でなく「食べられる形をしたプラスチックなのだと結論をだしたのである。事実、マーガリンの分子構造はプラスチックの分子構造と酷似している(トランス型)3)。要するにフレッド・ロー氏は安全な食物ならば動物や虫が食し、菌が繁殖するだろうに、そうでないので安全でないと結論しているのである。ただ、現在日本で販売されているマーガリンはそのようなことはないので、当時のものとは違っている。
 トランス脂肪酸の有害性を簡潔にまとめると、以下の3つであり、これら全て寿命を縮める要因である。
1、血管内皮細胞を損傷し、動脈硬化を進め心臓病のリスクを増大する。
2、喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎などを引き起こす。
3、ボケやすく、アルツハイマー病との関連があるといわれている。
 これらの詳細については次号にて。
<前号の宿題>
 次に前号の宿題を検討してみる。
<宿題1>日本と米国の平均寿命の差は男女併せて4歳の違いがある。この4歳の違いをどう評価するかであるが、もし日本で癌を征圧することができたら何歳くらい平均寿命が延びると思いますか?それによって日米の差、すなわち日米の生活習慣の差の違い・評価が判ると思いませんか?もちろんジャンクフードの問題も当然絡んできてます。
<回答>20年ほど前の日本では、癌を征圧して癌死が無くなった場合の平均寿命の延びはたった1.6年であった。その時から、癌は征圧されるどころかむしろ癌死は増えているのに、平均寿命は数年も延びた。いかに医療の貢献が少ないかを実証するような話である。
 現在では高齢化社会でもあり、癌死が死亡原因のトップであることからもし癌を征圧することができたら4年ほど寿命が延びると推定されている。米国と日本の平均寿命の差は癌の征圧と同等レベルの差があるということで、その差は非常に大きな差であると実感できる。
<宿題2>現在、欧米男性のがん罹患率の第1位はA癌である。死亡率での第1位はB癌でA癌は第2位となっている。しかしながら、A癌は日本では欧米の数分の一の罹患率及び死亡率しかない。しかしながら近年は日本においてもA癌の罹患率が急上昇してきた。その原因は大きく2つに分けられる。一つは食事のCで、Dの摂取が増加したためと考えられている。もう一つは特に東アジアでA癌の罹患率が低いことからE蛋白及びFとGの摂取量と関係することが判ってきている。日本人が欧米に移住すると一世、二世となるにつれA癌の罹患率は高まることからそのことが確かめられている。しかしながら最近の研究では単にE蛋白の摂取だけでなく腸内細菌の違いによってE蛋白が腸内細菌によって代謝される度合いにより違うことが判ってきた。そうすると食事のCでDの摂取量が多いだけでなくFの摂取量はともかくHの摂取量の違いも関係することが判ってきている。E蛋白の摂取を除けば、何れも米国癌協会の癌にならない14箇条(+禁煙)に全て書かれていることである。
<回答>日本男性の癌死の第1位は肺癌で、欧米でも同様であるが、欧米での癌の罹患率が最も多いのは前立腺癌である(Aは前立腺癌でBは肺癌)。日本での前立腺癌は1970年代には米国の1/6、スエーデンの1/9であったが、1990年代には米国の1/.3弱、スエーデンの1/4弱にまで約2倍に増加し、最近の罹患率は成人男性の癌の中で第6位である。死亡率も80年代には人口10万人あたり4.3人から2000年には8.7人と倍増した。2015年には15.1人になると推定されている4)。
 日本で前立腺癌が増加した理由は食事の欧風化(Cの答え)であり、脂肪摂取量が増加したためと考えられている(Dの答え)。ただ、前立腺癌のの危険率を高める因子として、単に脂肪だけではなく総脂肪、飽和脂肪酸、肉、乳製品の4つが考えられている。
 前立腺癌はアジア特に東アジアで発症が低く、その中でも日本が極めて低いので大豆蛋白(Eの答え)がリスク軽減の因子である可能性が示唆され、実際に大豆製品、納豆、豆腐で有意なリスク減少が見られている。大豆の中に含まれるイソフラボンがリスク減少の主役で、イソフラボンはポリフェノールの一種でもあり抗酸化作用があることが分かっているが女性ホルモン(エストロゲン)様の作用が関連しているのではないかとの憶測もありその点はまだはっきりしていない。
 その他、前立腺癌のリスク減少因子として野菜全般(Fの答え)と魚類(Gの答え)が有意な結果を出している。また、イソフラボンは11種類報告されているが、その多くはダイゼインとゲスタインで、その他に元の大豆には含まれないが、ダイゼインが腸内細菌の働きによってエコールというイソフラボンの一種に代謝される。しかし、全ての人がエコールに代謝されるわけでなく、エコールに代謝しているのは日本人では約半数といわれ、エコール産生者の方が有意に発癌リスクが軽減することが分かったが、エコール産生者では緑茶摂取量が有意に多いことも分かった(Hの答え)。緑茶の摂取だけを見ると発癌リスク減少との有意な相関は無かった(あくまでも有意にならなかっただけで発癌リスク減少の傾向は見られたので標本数が増えれば有意になる可能性はある)けれども、間接的にエコール産生を高めて発癌リスクを減少させるということである。
 ということで、食品により前立腺癌のリスクを減少させるには、総脂肪、飽和脂肪酸、肉、乳製品の摂取量を控え、野菜、大豆製品(納豆・豆腐を含む)、魚、緑茶の摂取に心がければよいということが分かった。これらは他の癌も含めて癌全体のリスク削減の因子でもある。
<次号までの宿題>
 恒例により、次号までに読者各位の頭の体操のために宿題をお出ししますので、読者諸兄のご賢察をお願いします。
 以前、(社)全日本鍼灸学会東京地方会の研修会にチョコレートに含まれるポリフェノール(カカオマスポリフェノール)の制癌作用や心筋梗塞発症リスク軽減作用などについてTVでも有名な東海大学医学部助教授をお招きしてご講演をお願いした。ご講演は素晴らしいものであり、カカオマスポリフェノールの有効性については十分納得できる内容であった。しかし、多くの聴衆が持っていた疑問に対して、勇気ある会員が代表して最後に質問した。「先生、カカオマスポリフェノールの有効性には十分納得がいきました。ところでチョコレートには砂糖が大量に含まれているわけですが、そういうチョコレートは身体によろしいんでしょうか?」
 助教授の衝撃的な回答が今回の問題である。

<参考文献>
1)岡本隆久他「国産硬化油中のトランス酸とその摂取量」 日本油化学会誌 48巻12号 1999
2)辻悦子他「リノール酸摂取量の現状」 脂質栄養学 11巻 2002
3)J・フィネガン著 今村光一訳「危険な油が病気を起こしている」 中央アート出版
4)田島和雄監修「がん予防の最前線-下」昭和堂 2005

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