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症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その39

       ・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-23」・・・・

 はじめに、前号の宿題の回答から論を進める。
<前号の宿題>
 まず、妻の触知できる乳癌への施灸の結果である。癌の大きさは直径8mmと小さいが、その直上周辺の5~6カ所に米粒大で1カ所に百壮くらいすえ、あと両足の行間にやはり百壮くらいすえた。そして、全身調整的(経絡治療も含む)な治療を併用し、約1ヶ月の間20回以上治療を施した。当初は何の変化もなかったが、2週間くらい経って急に小さくなったように感じた。妻本人も含めて3人の人間が触診したが3人共に「癌が無くなったか」と思う状況になったが、学会で3日間治療ができなかったこともあってか、結局癌は消失しないまま手術の日を迎えた。大きくならなかったのだから良しとしなければ、という気持ちにはなれず、以前本シリーズで紹介した下記の症例は皆消失ないし縮小しているのでがっかりしたのであった。
<灸治療による過去の癌縮小例>
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<症例6> 男性 68歳 鍼灸師 中肉中背 体重増減特になし
 学術大会に参加してそのまま旅行に行ったら突然黄疸が発症した。黄疸は全然引かず悪化する一方である1)。
 手術不可なほど大きかった癌が、手術可能なほどに縮小し、手術をすることになったが難しい手術なので、手術をするために転院した病院で灸治療を拒否され、手術のために黄疸をドレナージする手術を繰り返していた2ヶ月間にまた癌が大きくなり、医療ミスによる出血のための血腫もあって結局手術できず亡くなった症例。
<症例21> 女性 79歳 主婦 150cm 41kg変動無し 喫煙・飲酒無し
 器質化肺炎で入院しプレドニンを3錠×3回/日服用し、その副作用で胸椎の圧迫骨折を起こし背部痛が強い。歩行や会談で息切れを起こすために携帯用の酸素ボンベを使用している。また、膝裏が座-立位の時や階段の昇降で痛む。既往歴として55歳時に子宮筋腫で癌を疑われ、子宮と卵巣を全滴したが悪性ではなかった。7年前に右口腔内の腫瘍のために3本歯を抜き下顎の骨も削った。そのためか、最近右顎下部が腫れてきたので検査をしたところである。随伴症状として、入眠困難と足の冷えがある2)。
 この症例は、器質化肺炎及び胸椎の圧迫症状による痛みなどの諸症状が取れ、腫瘍が縮小し、治療中断により再び大きくなったものの、手術不可が可能になり手術をして既に7年経過しているが、現在もご存命で元気に生活されているとのこと
<症例42>  女性 51歳 中肉中背 鍼灸師
 乳癌摘出手術をした後、肺に複数転移した癌があることがわかり、放射線治療と抗癌剤を開始した。しかし食欲不振、嘔気・嘔吐、体重減少等様々な副作用により体調が悪化したために、知り合いの鍼灸師に相談したところ、鍼灸治療で癌が治る可能性を示唆する研究が出ているから、抗癌剤と放射線治療を止めて鍼灸治療だけにしたらどうだと言われ、主治医には猛反対されたが、抗癌剤と放射線の治療は止めて病院では検査だけにして、鍼灸治療に全て委ねることにした。元々信仰心が厚く、くよくよしない性格であるが、喫煙を止めることはできない。開業していることもあって、週1回の鍼と灸の併療治療を受けることになった3)。
 この症例は、胸のMR画像から癌が全く消失したが、癌が鍼灸治療で治るわけがないということで、以前の肺転移という診断は誤診ということにされてしまった症例。
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<灸の思わぬ効果>
 妻の手術は最後の鍼治療の二日後に温存療法で行われ、術中にセンチネルリンパ節生検(腋窩リンパ節の入り口にあるリンパ節を摘出して癌転移が認められると、腋窩リンパ節の全摘を行い、認められない時にはそのまま手術を終了する方法)を行ったところ陰性であったので、癌の周辺2cm周囲(直径4、8cmの円)を切除した(生検したセンチネルリンパ節も当然切除)。この程度の大きさの癌であるとそれほど転移している率が低いので、転移がないのは灸治療の結果ということも言えない。一種の敗北感に包まれていたが、一方的な敗北とは言えないことが起こった。それは、術後、麻酔が切れた時に術瘡部位の痛みが全くなく、癒着による牽引痛は有るもののメスが入った術瘡部位はその後もずうっと全く痛くなかったのである。もちろん消炎鎮痛剤の使用は皆無である。この部位は1ヶ月20回程多壮灸をすえた部位でもある。もしかして、局所的にHSP(熱ショック蛋白)が灸によって大量に産生されていたのではないかと考えた。
<施灸によりHSPが増加するか?>
 灸により、HSPが増加するかどうかについては、明治鍼灸大学の小林和子氏の研究があるが、対象は麻酔したラットであり、施灸部位(臀部)の筋層内と皮下に針状熱電対型温度計を挿入した後に施灸するという針+灸という条件下でしかも200g程度のラットに10mgの艾柱を10壮15分間施灸するというものである4)5)6)。この結果施灸部位の臀部筋を摘出して二次元電気泳動法で観察するとHSP72が施灸群に観察され対照群では発現しなかったということであった。ただ施灸群も対照群も共にHSP71は検出されたということである。
 ただ、10mgの艾柱は親指大くらいになる。私は以前マウスを使った実験で腹に10mgの施灸をしたことがあるが、完全に火傷状態であるし(マウスはラットよりかなり小さいが)、10mgの艾を20壮に分けて1壮あたり0.5mg程度の艾柱を作ってマウスに実験をしたこともあるが、これでも米粒大より大きい艾柱になる。正直な感想として、これを灸というかどうかは問題である。
 また、小林氏の研究では施灸後3時間でHSP70が発現するが、施灸直後や24時間後にはHSP70は検出されなかったということである。前号で紹介した伊藤要子氏の研究ではhsp70は1日後から4日ご迄継続的に増加している(図1)、ということで筋肉に限っていうと、1日後はむしろ低下し、2日後に若干増加するということである(図2)7)。ただ、伊藤氏の研究は全身の加温なので小林氏の研究とは全く違う。
 火傷の場合のHSPの発現はどうであろうか?熱傷創の局所においてHSP70は3日後くらいから発現し、再生不能な変性蛋白質を処理するとともに、再生された新生蛋白質が正しく折り畳まれるようにして、新生蛋白質の変性を抑制し、表皮などの再生が正常に行われるように作用する、ということである8)。確かに大きな灸であっても所詮艾であるから、極端な火傷にはならないから火傷とも違う結果になっても不思議ではないが、通常の点灸のデータは無いようである。
 HSPを事前に多く産生させておくと、その部位で傷害が起きても早く回復させることが、水浸拘束ストレス(水に身体をつけておぼれそうにさせておくとマウスはほぼ100%胃潰瘍ができる)を与える二日前に加温してHSPを産生させておいた場合や同様にエンドトキシンショックを与える前にHSPを産生させた場合、腎不全、肝障害や放射線障害などの種々の実験で確かめられている7)。
 また、手術そのものが傷の如何に関わらず大きなストレスであるために、そのストレスに対応する目的でHSPを高めておくことや、痛みの予防になることも確認されている7)。
 これは、全身の加温によるHSPであるが、局所での加温ではどうであろうか?多壮灸にる加温で局所にHSPが大量に産生されていて、その二日後での手術の傷創に対して回復が早く、痛みの予防になったのではないかと推測される。もちろん、その目的で灸をすえたのではなく、関西鍼灸短期大学(当時:現在関西医療大学)の木村通郎教授の研究に基づき癌を叩きにいったのではあるが3)。

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<局所の加温でHSPが高まるのか?>
 私は毎日のようにランニングをするが、たまたまランニング中に疲労性の足関節痛を二度起こしたので、局所の加温で痛みの回復が早くできるかどうか実験してみた。初めは右足関節の痛みであった。今までもちょこちょこ痛くなっていたが、走り出して500mくらいで発症し、我慢して200mくらい走っているうちに治っていたのが、今回は治らなく3kmくらい休んでは走っていることを繰り返してやっと痛みが取れた。その後痛みは全くなくなったので頑張って16km走ったが、その間に5kmスピードアップした走りや100mの全力疾走を2度入れるなどかなりハードにやってしまった。数時間後に足が痛くなって、歩くにも跛行するようになった。次の日はかなり痛み、跛行するのでランニングを中止して自己流HSP療法を試すことにした。それは、足関節までバケツに足を入れて、40℃くらいの湯から熱湯を足して徐々に温度を上げ、5分後くらいに堪えられる限界まで高め、温度が下がらないように熱湯を少しずつ足しながら30分温め、それから今度は水を入れて徐々に冷ますという方法を行った。その次の日は大分痛みが治まったが、未だ違和感があるのでランニングは止め、自己流HSP療法を行った2日後の朝軽く6km走ってみたが、痛みは全くなかった。そしてもう一度自己流HSP療法を行った。その夜に今度は8km走った。次の朝は12km普通に走りもう完全に治ったようだった。その次は16kmフルコースで走り(5kmのスピードアップの走りと全力疾走を混ぜて)、3日間で42km走ったが何ともなかった。その次の日は関東甲信越支部の学術集会の日で筑波にいった。途中チョットさぼって遊歩道を走ってみた。その時は何ともなかったが、次に日今度は左足関節が痛くなり、痛みのために1kmほどで走るのを中止せざるを得なかった。考えてみたら前日の筑波の遊歩道には、道路面が遊歩道だけあってかなり凸凹のところがあり、かなり走りづらかったのである。私は元々膝関節痛(左半月板損傷と右膝関節痛)と右足の足底筋膜炎を持っているためにランニングシューズはクッション性が高いものを使い、その上に中敷きにソルボ(人工筋肉)を使用しているので、クッション性は非常に高いけれども安定性は悪いので路面が凸凹であると足関節に障害を起こしやすかったのである。早速、今度は右足に自己流HSP療法を行ってみた。前回のことがあるので自己流HSP療法を過信してその夜に直ぐ走り出したら2kmで痛みのため走れなくなった。「また馬鹿やった」であるが、臨床家としての私は患者さんには「このような馬鹿をやらずにきちんと休むべきは休み、リハビリは少しずつ増やして3ヶ月くらいかけて元に戻すように。決して焦っては駄目ですよ」というのではあるが、患者としての自分はそうはいかないのである。
 HSP療法は、一度加温してHSPを産生すると、そのHSPは次の加温ストレスに対して守るという温熱耐性ができるので3~4日空ける必要がある。ただ、これは、癌に対して癌を殺す(アポトーシス:細胞が自ら死滅する作用:に導く作用でHSPの作用の一つ)作用を期待する場合、癌自体にも温熱耐性ができて効かなくなるということであるから、それほど空けなくても良いのではないかと勝手に考えて中2日半経った3日後の夜にもう一度自己流HSP療法を行って、次の日おそるおそる1km走り、その次の日は3km、次も3km走り、その夜に自己流HSP療法を行い、その次の日は5kmというように徐々に増やして、現在はそれから10日程経過しているがほぼ通常通りの走りに回復し、痛みはほとんど無くなった。右足関節もそのまま良好である。
 たった、1症例2関節の話であるが、自分の過去のランニングによる障害の回復から考えると相当早い回復じゃないかと思っている。残念ながら局所のHSPについての研究は見つけることができなかったが、可能性は有ると考える。私は血流を妨げ、治癒機転でもある炎症反応を抑えるアイシングについては、確かに一過性に腫れを押さえ、症状を軽減することはあっても、むしろ治癒を遅らせているのではないかというように考え、元々懐疑的であったので新しい治療法・予防法として局所のHSPを臨床応用して、結果を見てみたいと思っている。
<妻の癌の原因は?>
 さて、私の妻であるが、実は下記の症例53であった9)。
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<症例53>女性 主婦 53歳 163cm 42kg 20本/日 飲酒はたまに少し
 8ヶ月ほど前に唯一の兄弟である弟を癌で亡くし、悲しみで食欲が無くなるとともに軽い鬱という診断で抗鬱剤を服用している。特筆する症状はないけれども、体重がこの8ヶ月で6kg位落ちている。
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 この時の対応は、悲しみでの食欲不振と鬱及び抗鬱剤の影響で免疫抵抗力も落ちていることと、飲酒及び喫煙していることから(実際には大した量で無く弟の死亡以後に吸い出したのでブリックマン指数は低い)肺癌や膵臓癌の可能性は0ではないし検診でも見つけにくい癌であるので、念のため検査を勧めたら「怖いから絶対に嫌だ。少し太ってから行くことにする。そして、週1回はちゃんと治療に来るから」ということだった。そのほぼ1年後に乳癌が発見されたわけである。ただ体重は半分ほど回復して47kgになっているので、もちろん以前の体重減少は癌のせいではないのは明白である。
 閉経が遅いこと、少々ではあるが飲酒すること(一時多かった時がある)ことは共に乳癌のリスクファクターであるので、前癌状態であったものが、悲しみでの食欲不振と鬱及び抗鬱剤の影響で免疫抵抗力が減退して癌化したとも考えられる。
<肺癌で癌に対する西洋医学的治療を一切受けなかった患者>
 実はもう一人身内で癌患者がでた。この癌患者も以前紹介した症例50である10)。
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<症例50>  男性 83歳 170cm 65kg 酒少量毎日 煙草20本/日(現在禁煙中)
 数年前より、高血圧と糖尿病を指摘され、薬を服用中。今年の近医での健診で肺の陰影を指摘され肺癌の疑いが非常に高いので大きな病院で精密検査を受けるように指示を受けた。病院で受診して一通りの検査をしたところでやはり同様の結論であったので、後日詳しく今後のことを検討するための予約をした。しかし、年齢もあり、癌で手術だといわれてもしたくないので、親戚の鍼灸師に相談した。
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 この患者への対応は、高齢でもあるしDMを持っているのと、本シリーズ24で紹介した、鈴木昌子氏のご両親の経験で、御尊父は抗癌剤と放射線治療を受けて癌は消失して成功したが、直ぐに肺炎を発症して癌が分かってからわずか半年後亡くなり、ご母堂は病気が分かってから病院では検査だけで、鍼灸治療に委ねたところ3年間ご存命だったこともあって、次の質問を医師にしていただいた。「もし肺癌だとしたら治してくれるのですか?治してもくれない病気を見つける検査なんて受けたくない」と質問したら、担当医は「仰る通りです。検査は止めましょう」とあっさり仰った、ということで精査はせず治療も受けないままで元気で生活していたが持病のDMが悪化し、それに連れて癌症状と思われる胸水がでて、癌に対抗するために栄養をつける⇒DMが悪化する⇒免疫力低下と食事制限による栄養不足⇒癌の悪化、というような悪循環に陥り、2年ほどで亡くなってしまった。実はこの患者は私の妻の父親である。亡くなる2ヶ月前より胸水の水を抜くための入院などで当院に通院できなくなり、鍼灸治療はしなかったが(ただし、背部の小児鍼は義母に教えて続けてもらった)咳も強くなく、亡くなるまで痛みは全くなく、痰を出すのに3回ほど苦しんだだけで眠るように自宅で亡くなった。
<次号までの宿題>
 2ヶ月ほど前にHSP療法を兼ねて古来より肺炎の治療に用いている「芥子の湿布」を義父に試みた。熱湯に溶いた和辛子を胸の大きさに切り取った半紙に塗って、その上から蒸しタオルで温める方法で前胸部と背部に行う方法である。私も以前子供の時に何度も父親にしてもらったが、何しろ熱いし痒い。義父も大分熱がり、全胸部も背部も真っ赤になった。この「芥子の湿布」治療の結果を次号までの宿題としたい。なお、義父は入院時に肺癌の診断は受けているが、生検をしたわけではない。
 前回の宿題の一つであるニコチン療法については字数の関係で次号に。

<引用文献>
1)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その2」医道の日本誌 巻 号2004
2)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その11」医道の日本誌 巻 号2005
3)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その21」医道の日本誌 巻 号
4)小林 和子「鍼灸刺激とストレスタンパク質との関連」全日本鍼灸学会誌39巻3号1989
5)小林 和子「ストレスタンパク質の役割」全日本鍼灸学会誌47巻2号1997
6)小林 和子「急における熱ショックタンパク質(hsp)の意義」明治鍼灸医学誌第4号 1988
7)伊藤 要子「HSPが病気を必ず治す」ビジネス社 2005
8)田中 郁夫「熱傷創の局所におけるHSP27及びHSP70の発現と分布」埼玉医科大学雑誌 第28巻 第2号 2001
9)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その25」医道の日本誌 巻 号
10)小川卓良「症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その24」医道の日本誌 巻 号

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