症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その44

       ・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-28」・・・・
                   東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

<前号での宿題>
 まずはじめに前回の宿題から論を進める。
 それは下記症例の検討で、病態把握と治療方針などを考える問題である。
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<症例61>男性 55歳 171cm 75kg 禁煙中
主訴:左肩背部痛
現病歴:1W前から寝違えか肩が凝ったのでマッサージをして返って悪化。以後3回マッサージを受け、直後は良いが翌日には戻る。仕事中いやらしい何ともいえない痛みがある。頚・肩を動かすのは問題無いし、上肢症状は無い。ほとんど1日コンピューターを使った仕事で、ストレスが貯まると頚・肩痛になり、マッサージをしていた。今日は特にひどい。夜間、痛みで目が覚めることがある。18日前から禁煙。以前は50本/日。飲酒は毎日大量。体重は禁煙後3kg↑。ROM(-)、頚肩の凝り著明、左斜角に圧痛
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 この連載を読んでいる方は「いやらしい何ともいえない痛み」、「頚・肩を動かすのは問題無い」、「上肢症状は無い」、「夜間、痛みで目が覚めることがある」、「1日50本喫煙」、
「頚肩の凝り著明」、「左斜角に圧痛」というキーワードから否応なしに「肺癌」「パンコースト」という病態が即座に浮かぶに違いない。
 私もそうであった。しかし、1月1日を期して禁煙して18日目という来院である。「せっかく禁煙したのだから」という想いがあり、そうでない可能性を一生懸命探したのである。
 例えば、「1W前からの発症」というキーワードがそれに当たる。しかし、「ストレスが貯まると頚・肩痛になり、マッサージをしていた」ということで以前から全くなくて突然発症したわけでないことが分かるが、階段状の悪化というわけでないことが救いである。しかし、寝違いや一時的な肩凝りの悪化が1週間も持続し、むしろ1週間後の初診時の方がひどい(「今日は特にひどい」という訴え)というのは、単純な寝違いや肩凝りの悪化ではないことが分かる。マッサージをしたことによる悪化は、鍼灸治療の現場ではしょっちゅうお目にかかるし、昨今の無資格者のマッサージではその比率は急増しているのではないかと想像される。いわゆる「揉み返し」で筋肉炎である。これも1週間も持続することはあまり考えられないし、1週間後の方が痛いというのも考えにくい。そして、以前はマッサージで良くなっていたのが、返って悪化したというのであるから、階段状の悪化と考えられないわけではない。
 後一つ「体重が3kg増加したこと」も癌でない可能性を示唆することとして注目すべきであるが、禁煙の経験がある方は誰でも分かると思われるが、口寂しさと喫煙願望を代償するために飴やガムなどをしょっちゅう口に入れているのと、煙草で若干押さえられていた食欲が旺盛になるとともに食事が美味しく、急激に食事量が増加するのである。私は40歳の時に禁煙してそのまま現在に至るが(以前もしょっちゅう禁煙をしていた。最長は5年間、最短は数分間)、この症例の方と同様に正月を期して禁煙し1ヶ月で7kg体重が増えた経験があるので、18日で3kg増ではそれほどではない。
 残念ながら、癌でない可能性を探るのは非常に困難であった。癌である可能性はブリックマン指数が20歳から喫煙をしていたにしても35年×50本で1750であるから肺癌にならない方が難しいというような数字である。尤も若い頃の本数は分からないので、それほどではないにしても充分可能性を示唆する数字であることは間違いない。ROMが正常であること、上肢症状はないことはともに筋骨格系でない可能性が高いことを示しており、左斜角筋部の圧痛は斜角筋症候群を示唆するが、パンコースト腫瘍の可能性も示唆している。
 もう一つ忘れてはいけないことは、この方が「禁煙」に踏み切った動機である。もちろん40歳前の私同様にいつか止めなければと言う想いが常にあって、たまたま今回だったということもあるが、普段成功しない禁煙が成功するには、それなりの「動機」があるのが通常である。私もそうであったが体調がすこぶる悪くなり、このままでは「やばい」という意識が高かったので「1本くらい」という悪魔の囁きを撃退できたのである。
 総合判断ではほぼ間違いなく「肺癌」であったが、やはりせっかく禁煙したのだからという温情というか悲しい思いをさせたくなかったので、少し様子を見ることにした。翌日も来てもらうことにしたが、やはり直後は楽だったけど今朝は同じという答えだった。もう一日ということで3日目に来院した時にも同様の答えだった。もはや、これ以上引っ張るわけにはいかなかったので治療後に癌の可能性をお話しした。
 「初診時に癌の可能性が高いと思われましたが、そうでないことも多々あり、余計なご心配をかけたくなかったので、そうでない場合には鍼灸治療で少しずつでも良くなるので様子を見ましたが、良くなっていないのでお話しする次第です」という切り口でお話しをしました。そうしたら、ご本人も覚悟があって、やはり今までと体調が違うので禁煙に踏み切った、という想いを吐露され、「私もそういう恐れを持ってましたが、直接精査を受けるのは怖かったのでこちらに来ました」ということでした。2回治療して経過を診たこともあってそれなりに素直に聞いて頂いたので経過を診てご本人も納得される状況を作ることも必要だと思われた。もちろん、連日来院されるという非常にコンプライアンスが高いということは、ご自身の危機感が高かったという証左であるわけでもあったのであるが。
 もう手遅れ(手術の適応でない)の可能性が高いから、副作用のない鍼灸治療をしませんかというお話しもしたが、2回の治療で良くなった実感があまり無いし、とりあえず病名をきちんと知りたいということで病院に行かれることになった。その後全く音沙汰がなかったが、ついこの間紹介していただいた方より最近亡くなったことを知らされた。体力もありもう少し持つかと思ったが1年と3ヶ月程度で亡くなってしまった。鍼灸治療をしていればという想いはこっちの「思いこみ」かも知れないが。
 この症例で幾つか参考になった点がある。
ポイント1:明らかに癌と思われた症例でも、初診時にそのことを述べないで3回程度様子を診た方がお互いの関係も若干深まるし、経過観察からも話しやすい。もちろん、患者に知らせないということは倫理的に問題(詐欺的行為と思われる可能性がある)という意識はあるが、初診時に話すと「医師でもない鍼灸師ごときが」「画像診断や血液検査もしないで何が分かるのか」と思われる可能性の方が高いこともあるので3回程度の治療の継続は倫理的にももちろん法的にも問題はないと考える。
ポイント2:患者さん本人が「癌の可能性を恐れている」と想定できる場合もポイント1と同様である。
ポイント3:少しでも累積効果があれば(直後効果だけでは駄目)鍼灸治療の有効性をアピールできるがそうでないとアピールできない(当たり前であるが)。

 次の宿題を考えてみる。
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<症例62>女性  63歳 主婦 160cm 49kgから4ヶ月で43kgに減少
現病歴:2・3年前に鬱病で精神科に数週間入院してから通院して服薬していたが、薬を変えてから嘔気が始まり治らなくなったので、転医(内科)したら鬱ではなく機能性胃腸障害といわれた。薬で治るものでなく、自分で頑張るように言われ薬は大分減らしたが、症状は悪化している。また、不眠だったが睡眠薬を止めたら改善。以前は食べたら嘔気は治っていたが、食欲↓し、食べても治らなくなったし、吐くこともある。
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 この症例は、以前より数年に1度くらい来院し、一度来院すると10回くらい治療して改善するとまた来なくなるという方で、今回も7年ぶりくらいに来院された方である。それも色々治療をして駄目な時に来院するという、いうなれば鍼灸治療が最後の砦みたいに思っている方で、何故もっと早く来ていただけないのかいつも考えさせられる。
 さて、今回も精神科と内科で治療して駄目だったから来院したいつものケースである(図1)。ただ、精神科と内科では診断が真っ向から対立をしている。精神科での当初の治療の効果については定かではないが、薬を変えてからは嘔気が始まって治らないために転医したということで結果的には治らなかった、といえる。しかし、転医した内科でも薬を減らして返って悪化したし、睡眠薬を止めたら不眠が改善したという一般的にはあり得ないことが起きている。睡眠薬には安定剤や抗鬱剤と併用すると益々副作用が出やすくなるという傾向があり、その影響も大きかったとは思われるし、跳ね返り不眠症(リバウンド)が比較的少ない睡眠薬(マイスリーなど)であれば止めることによって安定剤や抗鬱剤の副作用が軽減されてむしろ入眠しやすくなることは考えられなくはない。
 鍼灸治療は治療後はよいのであるが、2・3日すると元に戻ってしまうので、週1回程度の治療では累積効果が出ない。夫に遠慮して頻繁に受診できないという問題もある。第一、この症例は、果たして鬱なのか、機能性胃腸障害なのかということが大きな問題である。鍼灸師も同じかも知れないが、とかく医師は自分の専門領域で処理(診断及び治療)する傾向が強い。よって、精神科に行けば精神科の診断が付き、内科に行けば内科の診断が付くというわけである。ここで問題は「鬱 VS機能性胃腸障害」と「自分で頑張るように言われ薬は大分減らしたが、症状は悪化している」という一言である。
 機能性胃腸障害は以前は「慢性胃炎」或いは「非潰瘍性胃腸症」という病名が付けられていて、懇意の外科医からは「数十年前”慢性胃炎”は前癌状態と位置付けられていてほとんど開腹手術を行っていた」とお聞きしたことがあるが、実は前癌状態でなく鬱病との関連が強い病気なのである(図2)。 機能性胃腸障害(症)の37%は心の不安状態があり、32%は鬱状態で明らかに心の問題を抱える人が69%もいるのである1)。これは鶏と卵で、胃腸障害があるから心の問題が起きるのか、心の問題があるから胃腸障害があるのかははっきりしてないが、一般的には後者と考えられている。

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 胃がビラン状態或いは潰瘍であれば、食事をすると胃痛や嘔気は改善するのであるが、食事をしても改善せず食欲も減退しているということから(ビランや潰瘍だとむしろ食欲亢進することも多いくらいで顕著に食欲減退はしない)、鬱や不安状態からの胃腸障害と考える方が自然である。また「自分で頑張るように言われ薬は大分減らしたが、症状は悪化している」、ということはもし鬱であるならば全くの逆の指導であり、返って悪化するのは必然である。鬱病の患者さんは、鬱状態を脱したくて、そしてだらしがない自分に嫌気をさしてなんとか脱しようと頑張りすぎるくらい頑張っているのである。その人ももっと頑張れというと、「もう頑張りきれない ⇒ 絶望感 ⇒ 死ぬしかない」という構図になるのである。事実この症例では、その後悪化している。
 治療というのは、治す方と患者さんとの二人三脚とよく言われる。お互いに頑張って病気に打ち勝とう、ということであるので、つい「頑張ろうね」という言葉が出てしまう。しかし、鬱の患者さんには絶対に禁忌な言葉である。むしろ「頑張らないで楽にしましょう」とか「もっと遊びましょう」という声かけをした方が良いのである。病気を治すのに「のんびり楽に遊びながら治そう」というわけで、そんなので良いのかと思うのであるが、実際そうした方が良くなっていく。鬱病の患者さんが遊びだしたら、見る見る良くなってくる。
 この患者さんには米国に留学している娘さんがいるのを思い出した。ご主人は研究者なので夜遅く、食事の心配があるのでなかなかウンとはいわなかったが、ご主人にお話しして了解を取って娘さんのいる米国に遊びに行った。短期では疲れに行くようなものなので、なるべく長期にということで行かれた結果、2ヶ月後にはほとんど改善して帰国された。
 前述のように鬱状態の人はこの方のようになかなか行動を起こすこと自体が無理なのであるが、ご主人の理解と手前味噌であるが、私どもの説得が功を奏して成功した症例である。ただ、鍼灸院に一人で歩いて来院する鬱病の患者さんは、もう既に一人で来院できるということだけで改善できる要素を持っているとも言え、うまくスイッチが入って一端上昇気流に乗ればドンドン治っていくものである。
 この患者さんは後日談があり、その紹介は次回にさせて頂くが、「この症例の後日談とは何か」を読者諸兄に考えて頂きたい。
<次号までの宿題>
 恒例により次号までに読者諸兄に頭の体操をしていただきたい。
<宿題1>「症例62の後日談とは何か」ということであります。
<宿題2>下記の症例の病態と経過を考えて頂きたい。
<症例63>女性 35歳 167cm 57kg 若干減り気味 非喫煙 飲酒は少し
主訴:不妊、生理不順、不正出血
現病歴:1・2年前より生理不順となり、生理が遅れがちになっている。そして数ヶ月前から時々不正出血があるが特に生理痛が強いわけでなく、婦人科では軽い子宮内膜症があるとのことですが不正出血を起こすほどではないということだった。しかし、念のため子宮癌の検診を受けてみたが全く異常ないということだったけど、生理不順と不正出血は良くならない。仕事は事務職でコンピューターはよく使うので肩凝りはいつも感じる。このところ腰が重い感じがするが、仕事が忙しく座っている時間が長いせいもあるかも知れない。25歳で結婚したが仕事は続けている。ただ、子供はなく30歳頃に夫の浮気が発覚ししばらく精神不安定になり心療内科で鬱病と診断され食欲が無くなり体重も47kgくらいまで落ちて生理もほとんど無い状態が1・2年続いた。ただ、今は浮気問題も解決し、夫婦仲は戻ったが子供を造ろうと思っても出来なくなった。夫に異常がないということと、婦人体温を計ってみても高温期がほとんど無いので私に原因があると思う。生理不順と不正出血及び不妊を治したいので来院した。以前ホルモン療法を試みてみたがうまくいかなかった。食事はどちらかというと和食よりも洋食の方が好きで今は食欲も改善している。週に1度くらいは外食してワインを飲むことがあり、たまに酔っぱらってしまうこともあるが、家ではたまに飲むだけであまり飲まない。

<引用文献>
1)佐々木大輔「ライフサイクルにおけるうつと不安 壮年期のうつと不安」臨牀と研究, 77巻5号 2000

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