研究論文

呼吸時の鍼刺入抵抗の変化の解析 Ⅰ.はじめに

呼吸時の鍼刺入抵抗の変化の解析

Ⅰ.はじめに

 近年アメリカやヨーロッパの国々では補完・代替医療が見直され、国主導のもと免許制度を確立して教育機関を整備し、かつ研究機関では基礎研究や臨床研究が行われるようになってきた。その研究の中には、厳密にデザインされたランダム化比較試験によって、現代西洋医学と鍼治療の効果を比較・検証したものがあり、これによって頭痛・腰痛・膝痛に対しては、鍼治療の方が標準化されたガイドラインに基づく現代医学的治療より効果が高いという結果が得られている1,2)。同様に、日本においても近年、鍼の治療効果についてランダム化比較試験によって解析した研究が散見される3-5)。これらの研究は、治療効果を経穴や刺入深度の違いによって比較・検証したものである。このような研究は、治療手段としての鍼の価値を高め、より効果的な治療法を知るためには大変有用なものであった。だが一般的に、熟練した鍼灸師と未熟な鍼灸師では技術に大きな差があり、未熟な鍼灸師の施術は鍼の刺入がぎこちなく痛みを伴うことが多いが、熟練鍼灸師の施術は鍼の刺入がスムーズで痛みがなく心地良いとされており、日本では仮に同じ方法で鍼治療を行っても、そのような刺鍼技術の違いが効果に差を生じさせると考える臨床家は多い。しかし、鍼の治療効果と刺鍼技術の関連について、これまでほとんど研究されていない。
 先に述べた現代西洋医学と鍼治療の効果を比較した臨床試験では、その介入に中国鍼を用いており、鍼刺激の重要な指標として得気を用いている。しかし、得気を生じないシャム鍼(浅い鍼、非刺入鍼)でも中国鍼と同等の効果を得られることが報告されている1,2)。日本では中国鍼に比べると非常に細い鍼が使用されており、これまでの鍼の臨床試験でシャム鍼として扱われている接触鍼や切皮程度の浅い刺入を主な治療法とする施術者もいる。加えて、接触鍼や切皮程度の鍼をする治療者の方が、深く刺入する治療者よりも患者数が多いというアンケート調査の結果もある6)。鍼が優れた治療法であると理解しても、鍼の持つ「痛い」「怖い」というイメージから受診を躊躇している患者は多く、また来院しても治療時の痛みを理由に継続・再診しない患者がいることは事実である7)。そのような状況において、鍼をより広く普及するためにも治療時の痛みは少ない方が良く、その痛みを最小限にする技術や方式を開発することは非常に大切である。
 これまでの先行研究では、痛みの生じにくい切皮法やそのための用具は研究されている8-10)。しかし、刺入に関する十分な検討はなされていない。刺入方法のひとつに、患者の呼吸に合わせた刺入法が知られている。この刺入法は、古典の素問離合真邪論篇第二十七・八正神明論篇第二十六・調経論篇第六十二に記載があり、気を調整する補瀉の手技とされている。また日本の一部の鍼灸教育機関では、呼気時には鍼が入りやすく吸気時には鍼が入りにくいので、呼気時に鍼を刺入すると痛みが生じる事が少ないと指導されることもある。しかし、そのような現象について実験的に解析を加えた研究はなく、その生理学的機序についても不明である。そこで本研究では、より適切な刺入方法を明らかにするために、呼吸の鍼刺入時の機械的抵抗に対する影響と、その呼気時と吸気時による違いを自作した鍼刺入抵抗測定器を用いて調べた。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。