研究論文

呼吸時の鍼刺入抵抗の変化の解析 Ⅳ.考察

呼吸時の鍼刺入抵抗の変化の解析

Ⅳ.考察

 今回使用した測定器は直刺しかできないため、気胸の危険性、皮下脂肪層の違いを除外するために、腰部(腎兪~大腸兪)および大腿部を刺鍼部位とした。そして、鍼を手技で15mm刺入した後に測定器による刺入を行った。その理由として、切皮時の痛みによって筋が緊張して硬くなり11,12)、刺入抵抗が高まるのを排除したかったこと、予備実験の結果から事前に鍼が一定の深さまで直刺されていると安定した刺入ができることが挙げられる。
 その結果、腰部では呼吸に同期した刺入抵抗の変化が見られ、呼吸の変化と鍼刺入抵抗の変化には極めて高い相関があった。さらに、呼吸に同期した刺入抵抗の変化が、呼吸停止により消失し、呼吸再開とともに再現したことから、刺入抵抗の変化は呼吸によってもたらされる現象だと考えられる。また図2のグラフから、呼気の開始と同時に急激に刺入抵抗が減弱し、吐き切る頃に一番抵抗が弱くなる。呼気から吸気に移行する間はゆっくりと刺入抵抗が増大し、吸気開始と同時に急激に抵抗が増大する。吸気から呼気に移行する間は一番抵抗が強く、その刺入抵抗は多少の増減が見られるが、ほとんど変化がないことがわかる。このことから、呼気時、特に呼気の終了時が吸気時よりも鍼を刺入しやすいことが説明可能となった。
 このような鍼刺入時の機械的抵抗に影響を及ぼす要因として、最初に挙げられるのは筋の収縮・弛緩にともなう硬さの変化である11-14)。そして、筋の収縮・弛緩を呼吸に同期して変化させるメカニズムとしては、自律神経の活動が挙げられる。呼吸中枢が作る呼吸リズムは自律神経系の中枢内統合に関連する領域にも伝えられ、間接的に自律調節にも関係していると考えられており15)、また筋紡錘の錘内筋には交感神経が分布していることから、吸気時に興奮した交感神経の刺激が筋紡錘の錘内筋を収縮させることで筋紡錘の受容器の興奮性を高め、反射性に筋を収縮させることで刺入抵抗を高める可能性は否定できない16-18)。このような自律神経が関与する現象なのであれば、刺入抵抗の変化が全身性に見られるはずであるが、本実験の結果では大腿部の刺入抵抗測定において呼吸に同期した刺入抵抗の変化は見られなかった。
 そこで、呼吸に相関した刺入抵抗の変化が体幹部だけの現象だとすれば、呼吸時に特異的に活動する筋の影響の可能性が高いと考えた。腹臥位で呼吸に同期した腰背部の上下動が目視で確認できることから、腰部の筋が呼吸補助筋として吸気時に働く19)ことで刺入抵抗を高めるのではないかと考え、腰部の表面筋電図および針筋電図を測定した。だが、呼吸に同期した腰部の筋活動を捉えることはできず、刺入抵抗の変化と筋の直接的な関係を証明することはできなかった。
 さらに、大腿部の刺入抵抗では、刺入深度に比例して刺入抵抗が増大する現象が見られた。これは刺入深度が深くなることで鍼体への摩擦が増え、抵抗が強くなるためだと考えられる。腰部でも刺入深度に伴い摩擦が増大するのは同じである。であれば、呼吸に相関して刺入抵抗が増減しながらも、全体には刺入深度に比例して抵抗が増大していくはずである。だが腰部では、刺入深度に比例した刺入抵抗の増大が見られないこともあった。この結果は、呼吸に相関して刺入抵抗が変化する現象が、鍼の貫く先の硬さが変わるような部分的変化で起きているものではなく、鍼体全体に及ぶ変化によってもたらされた現象であることを強く示唆している。そのような現象を説明する上で、最も適当なのは筋の収縮・弛緩ではないかと考えるが、筋電図の測定では刺入抵抗の変化と筋の電気活動との関係を証明することができなかった。
 そこで考えられる可能性として、脊柱起立筋のような腰背部全域に及ぶ長い筋肉は、吸気時に胸膈が広がることによって受動的に引き伸ばされ、呼気とともに元に戻るのを繰り返しており、また真皮や筋膜などの密性結合組織には、引き伸ばされると硬くなる性質がある20)。これと同様のことが腰部の他の組織にも同時に起こっており、他の組織にも密性結合組織と同様の性質があるとするならば、鍼体に接触する腰部の組織が吸気時に引き伸ばされ硬くなることで刺入抵抗が強まり、呼気時に元に戻り刺入抵抗が弱まる。そして、このような変化が刺入抵抗の変化を生じさせる因子になっているのならば、刺入深度に比例した摩擦による抵抗増加を打ち消せるのではないかと推察する。

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