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症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その42

       ・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-26」・・・・

<前号での宿題>
 まずはじめに前回の宿題から論を進める。
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 慶応大学医学部講師の近藤誠先生が以前より主張している「検診無用論」及び「がんもどき理論」とこのリードタイムバイアスは大いに関係あります。どのように関連があるのかお考えいただきたい。
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 悪性腫瘍の定義は「進行が早い」「転移する」の2点がキーワードで、もちろん「人体に悪影響がある」は言わずのものであるが。では、進行が早いのはともかく、「転移」は何時するのであろうか?
 慶応大学医学部講師の近藤誠氏は、転移できる癌は検診で分かる遥か前に転移が行われていると主張し、癌の中には転移ができない癌も存在し、それを近藤氏は「癌もどき」と命名したのは有名な話である。
<鍼灸治療をすると癌の転移を促進させる?!>
 しかし、何故転移しない癌があるのであろうか。癌の中に新生した血管の流れに沿って、或いはリンパの流れのままに幾らでも転移しそうである。学生や免許取り立ての鍼灸師に良く質問されたのは、「鍼灸治療を行うと血行が良くなるから、癌患者や癌の疑いがある人に鍼灸治療を行うと転移を促進して返って良くないのではないか」ということである。この質問に対して、何をアホ言っているのか、と笑える読者は優秀である。実際問題として専攻科の学生(有資格者)ではほとんど答えられないのが現状である。もしこの論が正しければ、近藤氏のいうように、転移する癌は検査で分かる遥か前に(当然自覚症状が出るずうっと遥か前に)転移するのであるから、癌の自覚症状が全くない普通の腰痛患者や肩凝りの患者にも鍼灸治療は癌転移を進めてしまうので行ってはならない、ということになって鍼灸師は壊滅する。それに答えるには、まず転移の機序を知らなければならない。
 発癌までの過程にも多くの過程があり、前癌状態、前々癌状態、異型細胞などの状態がある。参考までに癌の細胞診での一般的に行われるパパニコロ染色法で悪性度を掲載する。 パパニコロ染色は多重染色の一種で、ヘマトキシリン、オレンジG、ライトグリーン、エオジン、ビスマルクブラウンの5つの色素で細胞を染め出す染色方法でギリシャ生まれでニューヨークで活躍した病理医のパパニコロ氏が発見し1928年に発表した古くから行われている細胞診である。
  CLASSⅠ  異型細胞、異常細胞の認められない(陰性:正常)
  CLASSⅡ 異型細胞を認めるが、悪性の疑いがない(陰性:正常)
  CLASSⅢ 悪性が疑われ異型細胞を認めるが、決定的証拠を欠く(疑陽性)
    CLASSⅣ  悪性の疑いが極めて濃厚な異型細胞を認める(陽性:上皮内癌)
    CLASSⅤ  悪性と判断できる高度な異型細胞を認める(陽性:浸潤癌)
 現在では、擬陽性のCLASSⅢをⅢaとⅢbに分類し、悪性度が比較的低いⅢaならば経過観察し、悪性度が比較的高いⅢbならば手術をするというような対応をするところが多くなっている。
 簡単に発癌までの過程をいえば「異常細胞」→「異型細胞」→「悪性が疑われる異型細胞:前癌状態」→「発癌」ということで、異常細胞、異型細胞はしょっちゅう出来ていて、HSPのような修復蛋白で正常化したり、免疫力が働いて処分したりして癌化しないように自然にしているということで(自然治癒力)、ほとんどは悪性化しないで済んでいるのであるが、免疫力などが減退していると、すり抜けて癌化してしまうということである。
<癌の転移の過程>
 さて、発癌した癌細胞は自己増殖し大きくなるが、この過程でも周りの正常細胞とぶつかり、せめぎ合いが始まるとともに、マクロファージやリンパ球・NK細胞などの攻撃を受ける。これらの攻撃を交わしながら周りの癌細胞や基底膜から解離し(癌細胞による細胞間接着からの脱着:ステップ1)、増殖を続け(ステップ2)、基底膜を浸潤する(ステップ3)(図1)1)。
 ただ、原発巣にある周りの癌細胞から解離するためには、細胞外の基質を溶かす酵素を分泌しなければならないのでその能力が必要である。基底膜からの解離も同様である。そして、解離した後に血管やリンパ管に向かって遊走する能力、血管やリンパ管を察知する方向性を持つ能力も大変重要である。距離が長ければ、その間に宿主の免疫力で叩かれる確率が高くなるからである。
 血管やリンパ管の脈管系に到達したら(ステップ4)、その外膜・中膜・内膜を破って脈管内に浸入し(ステップ5)、血行性・リンパ行性転移(ステップ6)をはじめる(図2)。
 血行性転移の場合、毛細血管の平均管腔の直径が約7μm(ミクロン:千分の1mm)で、癌細胞の平均直径は20μm以上なので、大抵の癌細胞は物理的にここで行き詰まり、その場所に止まることになる(ステップ7)。そして、血管壁を浸潤(ステップ8)して臓腑の間質部分に浸入する(ステップ9)(図3)。実験的にマウスの腸管膜静脈に注入した癌細胞(メラノーマ)は、注射の90分後には90%弱の癌細胞が肝末梢部の毛細血管に物理的に止まった後大部分が肝の間質に浸入したという報告がある1)。
 そして、その浸入した癌細胞の大部分は日数の経過により免疫系に叩かれるために減少し(3日後80%、13日後40%)、最終的に転移巣を形成したのはわずか0.02%であったということである1)。

trick-fig9

<血管新生も転移に一助>
 また、癌腫の血管新生も癌転移の重要な要素である。癌細胞は原発・転移巣に関わらず、癌が血管内皮由来増殖因子(VEGF:vascular endothelial grouth factor)と呼ばれる物質を放出して腫瘍血管新生を誘導し、癌に対して宿主から酸素・栄養の補給・老廃物の除去システムを構築するとともに癌の血管腔内への浸入を容易にする。
 要するに、宿主の方で癌細胞に対して一生懸命塩を送っているのである。免疫系では癌細胞を一生懸命殺しながら、おかしなことに一方では成長しやすい、転移しやすい環境を宿主の方で創っているのである。
 何れにしても、癌細胞が転移するというには様々な要素が絡んでいるが、種々の能力が必要ということである。よって、癌の種類によっては転移する能力がないものもあると考えるのはごく自然なことである。
<長期潜伏型の癌転移>
 また、癌患者の中には10年以上の歳月を経て再発(転移)する長期潜伏型がある。当院の症例の中にも新たな癌腫の発癌ではなく、手術後10年以上経過してからの再発が何例かあり、決して珍しいことではない。尤もそれらの症例が再発であって原発でないという証明は実際問題出来ない。細胞を取ってみて同じ細胞であったということだけである。もちろん、違う細胞(原発)の症例も幾つもある。
 さて、長期潜伏するというのは増殖するわけでもなく、叩かれるわけでもないということで、転移先で増殖数と癌細胞死が全く均衡した状態であったということしか想定できない。転移する癌は当然それなりの増殖能と浸潤能を持っているわけであるけれども、転移先の環境によりそれ以上増殖出来なくなって、宿主の免疫能が衰えたり、新たに増殖能を獲得した時に増殖をはじめるということが想定される。
 近藤誠氏も転移できる癌と転移できない癌(癌もどき)以外に、ある程度原発巣が大きくなった時点で転移する癌があることを認めている3)。それらが長期潜伏型だったのか、それとも大きくなってから転移する能力を獲得したのかは分からないが。
 転移先の環境というのは、癌によっては転移する臓器が決まっているのもあるということで。もちろん原発巣に近い臓器や血管やリンパ管が通っている先の臓器に転移しやすいのは当然であるが、それは単に距離が短いことと通り路というだけのことである。ここでの環境というのは転移した癌が転移した場所で増殖(住みやすい)かということで、例えば乳癌の転移先は、骨、肺、肝、脳の4臓器にほぼ限定されていて、他の臓器には転移しないということであるが、その理由はまだ推測の段階である。
<検診無用論>
 近藤誠氏の検診無用論は、前回説明したリードタイムバイアスに基づいている。癌の転移は癌の種類や出来る臓器によってもかなり違うが、元々転移する能力を持っている多くの場合には比較的早い段階で転移をする(図4)。それは検診で発見されるレベルよりも遥か以前に転移してしまうので、検診で癌発巣を発見したとしても、既に全身に転移しているので原発巣のみを切除しても無意味である、というのが検診無用論の一つの根拠である。そして、転移しない癌は症状が発現した時点で診断し、手術や放射線等の治療に踏み切っても転移していないのであるから、充分間に合うという論理である。
 要するに転移癌は表1のAであってもCであっても所詮助からないし、癌もどきで有ればDの検診をしていなくても助かるということである。
<癌もどきでも手遅れな癌はある>
 しかし、下記の症例6のように全く転移のない癌もどきであっても、症状発現時には既に手術が出来ないほど大きくなっており、鍼灸治療で一時癌を手術が出来るほどに縮小したとはいえ、西洋医学的には手遅れであった症例もある。他にもこのシリーズで紹介した症例の中でも幾つも癌もどきの手遅れ状態は存在するので、癌もどきでも検診をして早く発見するBであればより助かる確率が高くなると言う理屈がある。
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<症例6> 男性 68歳 鍼灸師 中肉中背 体重増減特になし
 学術大会に参加してそのまま旅行に行ったら突然黄疸が発症した。黄疸は全然引かず悪化する一方である。
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<転移癌でも助かる癌もある>
 また、下記の症例42の様に複数転移していた癌であっても、鍼灸治療や精神力で免疫力を増進した結果、転移癌を消失させた症例もある。
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<症例42>  女性 51歳 中肉中背 鍼灸師
 乳癌摘出手術をした後、肺に複数転移した癌があることがわかり、放射線治療と抗癌剤を開始した。しかし食欲不振、嘔気・嘔吐、体重減少等様々な副作用により体調が悪化したために、知り合いの鍼灸師に相談したところ、鍼灸治療で癌が治る可能性を示唆する研究が出ているから、抗癌剤と放射線治療を止めて鍼灸治療だけにしたらどうだと言われ、主治医には猛反対されたが、抗癌剤と放射線の治療は止めて病院では検査だけにして、鍼灸治療に全て委ねることにした。元々信仰心が厚く、くよくよしない性格であるが、喫煙を止めることはできない。開業していることもあって、週1回の鍼と灸の併療治療を受けることになった。
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<日本では検診の有効性を確認していない>
 転移癌でも助かることがあるし、癌もどきでも症状が発現してからでは手遅れになることがあるということから、やはり検診は必要ではないかとも思われる。実際に検診が有意義なものであるかどうかは、RCTをしてみれば一目瞭然である。
 欧米では、癌検診の有効性を確認するためのRCTを幾つも行っている。そして、有効性を確認された癌検診には徹底的に検診を受診させるようにPRしている。もちろん、中にはマンモグラフィーのように結果が別れて、世界においては国や州によって実施するところとそうでないところがあるのは事実である。
 マンモグラフィーを実施すると、触診とX線及び超音波診断だけの検診よりも数段感度(実際に癌があった時に陽性と出る確率)が良く、その上より小さい段階で癌を見つけることが出来る。よって、小さい時に癌を見つけられるので早期発見・早期治療できるために日本では全面的に導入されているのである(現実はまだ全面普及とはいえない)。実際に短期で見るとマンモグラフィーを導入した方が旧来の方法(触診とX線及び超音波診断)よりも再発率などの成績が良い。
 乳癌を診断し治療をする専門家から見るとマンモグラフィーの導入によって、再発率や5年間生存率(これは当然問題が大きいが)が高くなれば、当然のように有効性が高いと判断されている。しかしよく考えてみると、この比較はマンモグラフィーで検診をして発見された乳癌の患者と、旧来の検診で発見された乳癌の患者との比較(A)に過ぎない。旧来の検診群と非検診群(B)及びマンモグラフィーでの検診群と非検診群との比較(C)はされていない(図5)。
 しかも、Aの有効性の指標の問題はさておき、双方の検診で乳癌が発見されていない人達の比較は特にされていない。それはマンモグラフィーの普及とともに旧来の検診だけの人は現在減少していることもその大きな理由であるし、より良いとされている検診方法があるのに、敢えて劣悪と思われる検診を勧めることが出来ないという理由も大きいと思われる。しかし、検診の真の有効性をいうためには、あくまでも総死亡率、生存率、平均寿命の差等で行われるべきである。
 マンモグラフィーに関しては、年1回の検診を継続することにより旧来の検診者と比較して乳癌の発生率が高くなるという研究結果があり、そのためにマンモによる検診を実行しないところが出てくるのである。確かに、以前本シリーズで紹介したが、英国医師会の報告で日本では検診により癌の発症が癌全体の発症の3%以上を占めている、ということがある。他の先進諸国では0.5%程度ということなので6~7倍程度多いということになる。その理由としてX線の被爆などが過剰ということである。マンモグラフィーの方が被爆量は断然多く、そのために発癌率が高まるというのは容易に想像できる。
 しかし、マンモの方が乳癌の発生率が高くなるという理由だけでマンモ検診を行わないのはおかしい。マンモによる乳癌の発生率の増加とマンモ検診による乳癌の再発率の減少及び総死亡率・平均寿命などを総合して比較してこそ初めていえることである。
 何故このようなことが起きるのであろうか。科学者・医学者といえども人間である。ご自分達が信じている、或いは確証している理論に合っているかどうかを確かめると、その反証は確かめることをしないで進んでいく傾向が人間にはあるのである。マンモでいえば、マンモ検診の有効性を信じている人達(場合によってはマンモ検診の普及で利益を得る人達もある)は、マンモ検診群が旧来群よりも再発率が減少し、5年間生存率が高くなればそれで充分マンモ検診の有効性が確認された、と判断することであり、マンモ検診に疑いを持つ人達は、マンモ検診群の方が、癌の発生率が高くなるということだけでマンモ検診は良くないと判断することである。                                          つづく
<次号までの宿題>
 恒例により次号までに読者諸兄に頭の体操をしていただきたい。
問題1.鍼灸治療を行うと血行が良くなるので癌患者や癌の疑いのある人に鍼灸治療を行うのは転移を促進してしまうから鍼灸治療を行うべきでない、という論の反論を考えてください。
問題2.図6の様に4枚のカードがあります。このカードは1面がアルファベットで、もう一方の面が数字になってます。このカードには一つのルールがあります。それは、「アルファベットの母音(A,E,I,O,U)の裏の数字は偶数である」というルールです。この4枚のカードが、このルールに合っているかどうか、確認するにはどのカードをめくれば確認できるでしょうか?という問題です。もちろん全部めくれば確認できますがそれでは問題にならない。最少のめくり数で確認するということです。
問題3.何故日本では癌検診のRCTが行われないのでしょうか。

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