症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その49

・・・・キーワード11「癌の可能性が高い。貴方ならどうする?-33」・・・・
                   東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

  前号の宿題から論を進める。
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【 問題 】日経新聞の記事の中で、国際医療福祉大学の池田俊也教授は「禁煙で余命が伸びれば、喫煙関連以外の病気の医療費が増えるので禁煙による医療費削減効果は疑問である」と述べている。また、禁煙すると多くの人は食欲が亢進し肥満・高脂血症になり糖尿病の発症と糖尿病からの癌発症増加などのケースも考えられるし、禁煙のストレスも相当なもので、ストレスによる発癌促進の可能性も否定できない。煙草の害があまりにも明らかなので禁煙をすることが正しいことと思われているが、禁煙の行為そのものによる害はないのであろうか。エビデンスでは禁煙成功後の人が対象となっているが、禁煙中の有病率や死亡率などの増加はないのであろうか。以前、某ラジオ局の番組で喫煙していた出演者とスタッフが禁煙効果を確かめるために全員禁煙をしてみる実験をした。その結果がどうであったのか、併せてご賢察して頂きたい。
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現在、もし癌が征圧され、癌で亡くなる人がいなくなると日本の平均寿命は4歳ほど延びると前述したが、今から20年以上前は癌を征圧しても平均寿命の延びはたったの1.6歳であった。それは、現在と比べて当時は今よりも少子高齢化が進んでいなかったという事情が大きい(高齢者ほど癌になり易く癌死しやすいから)し、20年以上経った現在になっても決してがん治療やがんの検診効果が出ていない証左でもあるし、むしろ逆効果であった可能性も否定できない。
 そのことはともかく、その20年以上前に私はがんを制圧することは当然正しいことだと思うけど、がんを征圧した後、寿命の延びに対応できる年金や老化や増えるであろう脳血管障害などの後遺症の人に対する介護費用・施設・要員などを解決することを全くしないでがんを征圧することが本当に国民のためになるかどうか、資金が限られている現状で何を優先すべきかどうかを真摯に議論すべきだ、という趣旨の文章をどこに書いたは失念したが書いた覚えがある。ただ、この時は全く相手にされないばかりかむしろ顰蹙を買った。国際医療福祉大学の池田教授の弁はこの論に似ているが、ここでの議論は医療費のみで介護費・生活費、そして税金のあり方などまでは論が進んでいない。日本ならびに世界各国では高齢化に伴い、医療費の高騰、年金の削減、年金受給年齢の高齢化などの政策が取られている。日本は世界で突出した高齢化のスピードと少子化が進んでおり、医療費と年金の問題は非常に深刻である。
 医療費を削減するには、選択肢は大きく分けると3つしかない。一つは、医療にお金をかけない、あるいはお金のかからない医療を優先する、という方法で先進諸国では真剣に検討され、その中で鍼灸を含む代替医療の研究或いは実践が行われつつある。日本ではまだまだそこまでいっていない。残りの二つのうちの一つは、医療費の受益者負担を増やすことで国の負担を軽くすることである。健康保険の受益者負担率が3割になったのはこの方向で将来必ず5割負担になると予想されている。しかし、少子高齢化で年金の受給額がどんどん減らされて、かつ働いている世代では負担率がどんどん上がっている状況で、3割負担でも大きいのにそれ以上にすること事態でそのときの政権党は必ず下野すると思われるのでなかなかその様な施策を採ることはとてもできないであろう。増税してその分を医療費や年金に回す方法もほぼ同様である。
 残りの一つが、医療費がかかる高齢者を減らすか、少子化に歯止めをかけて労働人口を増やして税収或いは保険額を増やすことである。高齢者を減らすといっても、実際面では例えばアルコール性肝炎や肥満による糖尿病や膝関節痛などの自業自得で病気になったような高齢者(高齢者に限らないが)は公費で医療費を負担しないというような施策である。ヨーロッパ先進国ではドイツなどで一部にこのような施策が採られている国が実際すでにある。実は癌も大半は生活習慣病であり自業自得病でもあるが、そうでない気の毒な方も沢山おられ、その線引きは非常に難しいので大きな声で生活習慣病とは言えない現状がある。
 国際医療大学の池田教授の弁は、癌などの喫煙関連の病気で早く死なないとなかなか死なない他の病気になり、むしろ医療費がかさむ可能性が高いので喫煙で早死にさせて医療費を削減しよう、という弁に聞こえてしょうがないのは私だけであろうか。この論だと、喫煙関連の病気に関して公費を出しませんよ、という施策を採るとむしろ多くの人が煙草を止めて長生きして医療費がかえってかさむし、介護費用や年金もかさむので駄目だということになる。
  本年9月17日付けで時事通信が配信したニュースに、「たばこが1箱1000円に値上がりした場合、今後9年で計9兆円の税収増が見込めるとの新たな試算を17日、厚生労働省研究班(主任研究者・高橋裕子奈良女子大教授)が公表した」とあり、500円にしても10年間で3兆9000億円の税収増になるとあった。しかし、京都大大学院の依田高典教授の試算では、禁煙の意思を示す人全員が成功するとして、最大1.9兆円の減収が見込まれるということを発表したが、それに対して高橋教授は「1年後には多くの人が禁煙から脱落する。減収はあり得ない」と反論している、ということである。
 いずれにしても双方の言い分は仮定の話、例えば「禁煙の意思を示す人全員が成功するとして」とか、「1年後には多くが禁煙から脱落する」ということが前提なのでこれ以上の議論はできないであろうし、介護費用、医療費、年金、或いは健康になった高齢者の労働力などまでシミュレーションした研究ではないのでこの議論は少しむなしい。
 私は冗談で将来は還暦になると赤いちゃんちゃんこではなく、茶色いちゃんちゃんこを着せられることになるかもしれないと、話していた。茶の色はガソリンを染みこませた色という意味である。これはあり得ないとしても医療費・生活費を自己負担できない80歳以上の高齢者は安楽死させるなんてことになる可能性をどうしても否定できない。すなわち、高齢者と若年者、或いは金持ちと貧乏人との戦争が始まる可能性があるということである。
 次に、ラジオ番組での話は、今から20年程前の話である。TBSラジオの番組で確かキャスターは土居まさる氏であったと記憶している。喫煙者である土井氏自身と番組スタッフ全員が禁煙を試みたのである。ところが、禁煙して半年も経たないうちに全員が太って、今で言うメタボになり、高脂血症、肥満、血糖値・血圧上昇ということで禁煙をした多くの人が禁煙を止めてしまったのである。この番組では仕事として禁煙をしたので、多くの人が数ヶ月の禁煙に成功したが、私と同じような結果となり、禁煙の効果よりも害の方が大きいと判断したのである。確かに血液像の悪化もさることながら、ストレスも大きいので発癌の可能性の増加も否定できず、禁煙の行為自体は決して体に良いことではない。
  そのことを証明したエビデンスがある。英国キングス大学公衆衛生学のDeborah Jarvis 博士らが禁煙による体重増加により肺機能に悪影響を及ぼすと2005年にLancet誌に発表した1)。
 Jarvis 博士他の研究はヨーロッパの「EU(欧州連合)による呼吸器健康調査」に参加する27カ国の被験者6654名に対するアンケート調査を分析したものである。この研究の被験者は1991-1993年に20歳~44歳で、その時点での喫煙の有無、体重、及び肺機能(FEVI:forced expiratory volume in 1 second:1秒間努力呼気容量)を測定し、1998-2002年(7~9年後)に同じく喫煙の有無(喫煙無し、禁煙者(元喫煙者)、喫煙継続者の3群)と体重、肺機能を測定してその変化を分析したのである。測定時に喫煙者は非喫煙者或いは元喫煙者に比較して肺機能は大きく低下している(高齢者ほど著しい)が、禁煙した元喫煙者が体重1kg増加することに肺機能は男性で11.5ml低下し、女性は3.7ml低下したということで、全体で見れば「禁煙による有益性が男性で38%、女性で17%低下する」と報告された。
 一方、「禁煙による禁断症状が鬱を悪化させる、或いは抑鬱が心疾患患者の禁煙にの妨げになる」とハーバード大学医学部のA.N.Thordike 内科講師らが報告している2)。後段の部分はともかく、禁煙による害の報告である。心疾患(CVD:Cardiovascular disease)
で入院した患者のほとんどは入院中は禁煙(喫煙はCVDの最大の死亡リスク)をするが、退院後多くの患者はニコチン補充療法の助けもあり禁煙を持続させるが、元々鬱傾向のある患者は禁煙による禁断症状により、ニコチン補充療法を行っても鬱傾向のない患者に比較して3倍も禁煙に失敗するばかりでなく、より鬱傾向がひどくなる、ということある。そのためには、鬱傾向をしっかり診断してその対処を入院中から行うべきであるという内容である。この研究はCVDで入院した患者が対象であるが、CVDがあるなしに関わらず鬱傾向がある人は禁煙でより鬱を悪化させるし、禁煙も失敗しやすいということもいえる可能性が高い。
 鬱の悪化の報告はともかく、前段の禁煙による肥満で肺機能が悪化するというエビデンスはあたかも禁煙の行為そのものが悪であるかのようであるし、現実的である。しかし、禁煙による有益性が男性で38%、女性で17%低下する、ということであって有益性が丸ごと無くなるわけではない。この研究を報告したJarvis博士も「体重が増加すれば禁煙による有益性が低下するが、0になるわけではなく禁煙を止めるべきではないと述べているし、この結果を受けて米国科学・健康協議会(ACSH:American Council on Science and Health)内科部長のG.L.Ross博士も「禁煙しても体重が増えない人もいるし、禁煙によるわずかな悪影響よりも禁煙によって得られる様々な有益性の方が明らかに大きい」と結論している。まあ当然の結論であろうが、禁煙の禁断症状は一時的にせよ良くないのは事実で、例えば80歳を超えてまだ元気な喫煙者に禁煙を勧めるべきかどうかは議論の余地が大きく、私は勧めないことにしている。
 何れにしても本シリーズで述べてきたように喫煙と癌、糖尿病と癌、鬱と癌、糖尿病と喫煙、喫煙と動脈硬化などの悪循環は明らかで喫煙と高脂肪食及び早食いを止めて明るく生きることが健康で長生きの秘訣であると言えるだろう。
 次のような症例があり、質問を受けたがあなたならどうしますか?
<症例67> 46歳 女性 会社員(事務職) 161cm 91kg 飲酒・喫煙共に無し
 20年前より他院で鍼灸治療を行っており、2年前からは当院で月に2~3回鍼治療を行っている。C型肝炎の既往があり子宮筋腫(7cm)と花粉症、日光過敏による皮膚炎などがある。GOT(AST)・GPT(ALT)、γ-GPT等は現在標準値内で経過観察中で筋腫の方も不正出血・月経量も特に異常が無くこちらも経過観察中。肝機能を高める目的で柴胡剤を服用中である。父は陰茎癌の既往があり、療養中。母も乳癌の既往があり、本年2月肺癌で亡くなった。両親共に癌の既往がある。BMIは35以上で超肥満であるが、DMの指摘は受けていない。4ヶ月ほど前にマンモグラフィーで乳癌の疑いを示唆され、生検をしたらclass3(aかbは不明)とのことであった。触診をしてみると確かに小さなしこりを触れ、固いことは固いが表面は滑らかで癒着もあるかどうかが不鮮明だったのでどちらかというと悪性ではないのではないかという印象を持ったが、確信して言えるレベルではなかった。再度生検したところAtypically papillary lesion(異型無し、頭状病変)ということでとりあえず様子を診るということになった。しかし、本人は不安でセカンドオピニオンを求めたところ、非浸潤癌(上皮内新生物)という診断をいわれ、再々検査したところ確実に癌という診断になって手術することになった。センチネルリンパ節の生検をしたところ転移はないとのことで内視鏡による温存療法をすることになった。しかし、何度も生検を行い、その生検痕が痛かったり腕が怠くなったりストレスのためか背中が張って苦しいなど検査の後遺症に悩む。8月後半に手術を行ったが、その前日に病院を抜け出して鍼灸治療を行った。術後1ヶ月後に電話があり、術後16日経って退院したが、貧血が悪化し、鉄剤を服用するがその副作用で胃痛・食欲不振等に悩み、その上におできが術後2回、そして口内炎も度々出来る等免疫力が相当落ちたようで体調不良となり抜糸が出来ない状態で、鍼灸治療にも来れないとのことである。ところで切除した癌はステージ0であった。しかし、放射線治療を行うということであるが体調不良を理由に延ばしている。
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 本人無症状(乳癌の)まま癌検診により疑いを持たれ、精密検査を繰り返して、良性・悪性の間を行き来して結局癌と診断され手術をしたところステージ0(腫瘍が乳管または乳腺に限局し、周囲の乳腺組織への浸潤がないもの)であったということで正に早期発見・早期治療の典型例であるが、ステージ0は上皮内新生物でありこの段階は癌でないという考えもあって、がん保険では給付されないか、給付されても相当減額される対象である。手術が必要であったかどうか、という問題があるが、鍼灸治療で治すといっても場所が場所だけに多壮灸による治療もご本人にとってはあまり歓迎できないとも思われ、全て遠隔治療で行って成算があるかどうか私には不明(局所の多壮灸を併用するならば成功例が幾つもあるので相応の自信はある)で、ご本人もこの段階では気持ち悪いので最小限の手術ですむならば取る、という決断をされたのであるが、これには私もやむを得ず同意した。
 問題は放射線治療である。詳細は省くが、乳癌の温存療法手術における「標準治療」は、癌の大きさ+2cm周囲を切除し、センチネルリンパ節に転移がなければそのリンパ節のみの切除、転移があれば腋窩リンパ節の全摘で、術後放射線治療を一定量行い癌細胞が女性ホルモン過多により発症したと思われる場合にはホルモン療法、そうでなければ抗癌剤を投与するというものである。医師は例えステージ0であろうとも標準治療を行うことを勧めるし、当然のように行うべきであると患者を説得する。しかし、(社)全日本鍼灸学会学術大会で「癌と鍼灸」で2度シンポジストとして論を張った真柄俊一医師の研究では、放射線治療が最もリンパ球を減らす(免疫力を下げる)療法であるということである。
 よって、放射線治療で癌の卵或いは周辺の極少転移巣をある程度叩いたとしても、免疫力も叩かれるので、最終的なプラスマイナスはどうかという問題がある。事実、短期はともかく長期的なエンドポイント(例えば総死亡率)で調べたエビデンスはまだ無いので46歳という年齢を考えると止めた方が良いといいたいところである。ご本人も色々調べて私の意見を聞いてくださっているが、放射線治療による免疫力低下と後遺症の問題、及び後でもし癌が再発した時に後悔するのが嫌だ、という思いもあり、悩んでいるのである。
 最終的にはご本人の決断次第であるが、100%の自信を持って鍼灸治療に委ねなさい、といえないところが問題である。何しろ鍼灸治療でのエビデンスが全くない状況であるので迂闊なこといえないし、80%くらいの自信で無責任にいうものではない、と思うからである。真柄医師の千数百例の術後再発防止の臨床例(鍼治療:刺絡療法のみで抗癌剤・放射線治療などはしていない+生活習慣の改善の指導はもちろんである)では、脱落例の分析はしてないので確実なことはいえないが、治療継続例では術後の再発(転移を含む)例はほぼ0である、ということで相当の自信を持っていらっしゃる。
 この患者さんも基本的にはベースにDMがあると思わざるを得ない。口内炎やおできもそうであるが、浮腫が原因と思われる関節痛は多発的に起きていたためにそう思われるのである。また、半年前にお母様を癌で亡くした(もちろん亡くなるまでの介護の問題もある)こともストレスになっててそれも原因の一つであった可能性も高い。DMの問題がなければ、80%の自信が90%くらいになるのであるが。
 読者諸兄ならばどういうお話しをされるのであろうか、諸兄の臨床例があれば教えて頂きたい。なお次号は、鍼灸師の対応についてまとめてみたい。
<引用文献>
1)Deborah Jarvis et al.「Smoking cessation, weight gain, and lung function」The Lancet , Vol.365 , 2005
2)Anne N. Thorndike et al.「Depressive Symptoms and Smoking Cessation After Hospitalization for Cardiovascular Disease」Archives Internal Med. 2008;168(2)

 

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