症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その14

症例から学ぶ悪性疾患の鑑別法-その14
・・・・キーワード8「経過観察での悪性疾患の鑑別法-2」・・・・

東京衛生学園臨床教育専攻科講師 小川 卓良

今回は、前号に続いて経過観察での悪性疾患の鑑別法について勉強したい。
<経過観察での判断基準>
 前号で述べたように、MRや血液などの検査手段を持っている病医院でさえも誤診や見逃しが多いのであるから、検査手段持たない鍼灸師では初診時の見逃しや誤診は当然起き得る。しかし、初診時に見逃しても治療を継続していく中での経過観察に於て悪性疾患の可能性を見出すことができ得れば、それは患者にとっても鍼灸師にとっても朗報である。
 (社)全日本鍼灸学会東京地方会学術部では、下記のように鑑別の要件と経過観察での判断基準を定めた1)。

 表1 鑑 別 の 要 件
1、時間的猶予の有無の問題を含め鍼灸治療を単独で行うことによって、治癒不能か悪化させるか等の、患者及び治療を担当した鍼灸師にとり不幸な結果を招く恐れのある病態を初診で除外する。
2、鑑別の際には病名や病態像を詳しく把握する必要はなく、除外すべきかどうかだけ鑑別診断基準でよい。除外しない場合は、治療法迄の一貫したシステム構築をする。
3、慢性かつ進行性の病態で医師の診断を受けていなく、しかも症状やバイタルサインに著明な異常がない場合の鑑別は、鍼灸師が初診で判断することは事実上困難である。初診時はこの様な病態が含まれていることを考慮し、1・2の基準で除外の対象でなければ鍼灸適応疾患としてその後下記の判断基準によって鑑別する。
 ◎ 経過観察における判断基準
 ① 2週間程度の期間で4~5回程度以上の治療を行い、直後効果はともかく累積効果が初診時予想された改善レベルより大きく下回った場合は
 ② ①で①程ではないが効果が初診時の予想より下回った場合は再度①と同様の観察を行い1カ月経た時点で①、②と同様の結果なら精査を勧告する。
 ③ 鍼灸師の指示通りの治療を受けない場合でも、悪化ないし初診時の予想改善レベルより大幅に下回った場合は①、②に準じて判断する
 ④ 他の症状が出現した場合は新たな鑑別診断を行う

 この経過観察における判断基準を図にすると図1にようになる。すなわち、通常鍼灸院で診る病態は、色々な経過を辿るにしても平均的には青色の線のように徐々に症状が軽減していく。しかし、悪性疾患の場合は赤色の線のように初診や治療直後に著効することがあっても、完全回復にはいたらず多くは悪性疾患の進行に併せて悪化していく(ただし、場合によっては悪性疾患であっても鍼灸治療で回復することがあるので全て悪化するとは限らない)。この青色と赤色の差を診て悪性疾患かどうかを判断するわけである。簡単に言えば、普通より治りが悪いことで判断するということである。
 ただ、ここで問題点が3つある。一つは青色の線のように回復していくことを知るには経験が必要であるということで、初心の鍼灸師にはわかりにくいことである。これがわからないと悪性疾患との差を見分けることができない。しかし、これはどうしょうもないことで経験を積んで頂くしか方策はない。また、前回の<症例24>のように、悪性疾患でも当初は著効することがしばしばあるので、この点を忘れてはならない。
 2番目の問題であるが、まず前回の宿題を考えてみる。
<前号の宿題-1>
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<症例25> 男性 72歳 167cm 68kg 会社社長 体重変動無し
 若い時より毎年のようにしばしば腰痛を繰り返し、その度に当院で鍼灸治療を行って治していた患者が、社員2人に抱えられて数ヶ月ぶりに来院した。会議終了後立ち上がる時にぎっくり腰を起こしたという。SLR右∠45°右腰に激痛、左∠60°右腰が痛む 両下肢伸展挙上テスト(双SLR)陽性、ADLは全てが(+:動作はできるが痛みのために不十分)か(++:痛みのために動作がほとんどできない)などという急性腰痛であればよく見られる所見であり、触診上も特別なことはなく、発症機転からもいつも通りの腰痛と判断して治療にあたった。しかし、毎日のように這って来院するような状態で一向に改善の気配がなかった。その状態が2週間以上続き、3週間目に入った日に急変し‥‥
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 この患者さんは、私の父(故小川晴通)が診ていた患者で、鍼の治療技術にはものすごい自信を持っていた父が、多分初めて途中で根を上げたほど良くならなかったのである。しかし、私も診させて頂いたけれども何で良くならないのかはわからなかった。古くからの患者さんで、信頼関係があったからこそ全然良くならないのに、我慢強く通院して頂いたと思われ、初診の患者さんであったならば、「鍼では治らない」と判断して3・4回で脱落していると思われた。そして、前日まで這うようにして来院したのに、3週間目に入った日に一升瓶をぶら下げて、「すっかり治った有り難うございます」と堂々と普通に歩いて来院されたのであった。びっくり仰天したのは、当の患者ではなく、我々の方であった。診察すると陽性であった理学テスト所見は全て陰性になっているし、ADLでの異常も無くなっていた。
 2番目の問題点は、この症例や<症例24>のように「病態によって」は勿論のこと、「人によって」も治り方が一様でないということである。これを知るのも初心の鍼灸師には無理な注文であるかも知れない。
 3番目の問題点は、良性疾患でも患者の状態により難治性のものは幾らでもあり、それを鑑別しないでただ漫然とこの判断基準に従ってはダメだと言うことである。これは次回からのテーマになる。
 前回のもう一つの宿題も問題点とはいえないまでも、心しておく必要がある。
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<症例26> 男性 65歳 165cm 65kg 会社員 体重変動無し
 咽にできものができて、手術をした結果悪性でなく良性であったが、何となく咽が不快で痛みがあり、その治療と体調を回復するという目的で来院した患者がいた。しかし、咽を見ると放射線治療の痕跡があり、患者に問うと「念のために放射線治療を行い、術後の調子を整えるためという説明があった薬を服薬している」ということであった。良性腫瘍に放射線治療や抗癌剤と考えられる無印の薬を服用するはずがなく、これは告知されていない癌患者であり、それも取り切れてないか再発・転移の虞(おそれ)が大きい症例であると判断した。患者の目的はともあれ、取り切れてないか再発・転移の虞が大きい患者では、鍼灸治療を継続しても何れ悪化する可能性が高いので、その場合に鍼灸治療は無効と患者が考えると困るので、その場合には告知されているはずの家族の応援が必要、と判断して奥様に電話した。そして、実際の病状・医師から言われている予後状態・鍼灸治療の真の目的などを訪ねたところ、家族は誰も癌とは知らなくて、「申し訳ございません、こちらの間違いでした」と丁重に誤って電話を切ったところ‥‥
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 この症例も20年ほど前の症例であるので、現在ではその状況はかなり変わってきているとは思うが、それでも告知されてない癌患者は未だ非常に多い。
 この患者さんの奥様に電話をしてから1時間くらいたって、某大学医学部の医師から当院に電話があった。当の医師は「家族といえども癌であるということを何故言ったのか」と少し怒った口調であった。医師の説明によると当の患者さんは「咽頭癌で余命1年くらい」で、その大学では「たとえ配偶者であろうと女性の家族には、病名を教えない」というルールであるということであった。それは、女性だと夫の「本当のことを教えてくれ」という懇願に負けて、情にほだされて本当のことを患者に話してしまうから、という説明であった。
 ご本人と家族は結局「癌」とは思ってないので、週1回来るか来ないか治療頻度であり、当初の治療経過は良かったものの徐々に悪化し、「鍼治療では良くならない」ということで来院しなくなった。家族の応援があれば、もっと治療頻度を高めて、その結果延命及びQOLの改善に繋がったと思え、残念であった。
 この症例は、放射線治療の痕跡があったから「癌ではないか」と疑えたのであるが、なかったら癌の可能性を判断できたかどうかは定かではない。しかし、正に図1の赤線とほぼ同じ経過を辿って症例であり、経過観察の判断基準を知っていれば疑診は可能であったと思える。

<次号までの宿題>
 読者諸兄の頭の体操のために次号までに問題を出しますので、ご検討下さい。
<症例27> 男性 56歳 会社員(デスクワーク) 167cm 72kg 体重は若干減り気味
 半年前より、徐々に左肩が痛くなった。近所の整形外科では五十肩ということで特にレントゲン検査などはせず、鎮痛剤と湿布をもらったが一向に良くならないばかりか悪化している。このところは夜痛みで目が醒めるようになったので、藁をも掴む気持ちで来院した患者がいた。肩関節ROMの著明な制限、肩甲連動もあり、結節間溝などにも著明な圧痛がある。結髪は大丈夫であるが、更衣時が辛い、等から明らかな五十肩と判断して鍼灸治療と体操法を指示して治療を開始した。週2回の治療を行ったが、4週間たっても「治療した夜は良いけれども、すぐ戻ってしまう」ということで、効果が累積されない。体操は、「痛いのでやってはいるけれども充分ではない」とのこと。10年前より糖尿病で服薬している。空腹時血糖値は140くらいで以前よりよくなっている、とのこと。体重も10年前よりは10kg位減っているが、この半年では1kgくらい減ったくらい。煙草は以前はヘビースモーカーであったが、最近は軽い煙草にして1日20本以内にしている。アルコールはほぼ毎日で仕事柄止められないが、以前より減らしている。健診では、高脂血症、肥満、DM、肝機能障害などの指摘を受けている。
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<症例28> 男性 48歳 高校教師 173cm 60kg 体重は少し減り気味
 以前より胃が悪く、胃潰瘍、慢性胃炎等の診断を受け3・4年に一度くらい治療を受けて治っていた。ところが数ヶ月くらい前から同じような症状がでていつものように服薬するけれども、今回は一向に良くならないどころかやや悪化しているような気がしている。食欲もなく、生きるために食べてはいるけれども、美味しくないし沢山食べられない。そのためか首・肩や背中も張っている。また、以前はやや軟便だったのが最近は便秘気味で、夜も何とか寝付くけれども、朝早く目が覚める。仕事もやる気がでない。煙草は吸わないし、お酒はつきあい程度。
 この患者に対して、慢性胃炎+自律神経失調症と判断して脾胃の機能回復と全身調整を目的にして鍼灸治療を行ったが、1ヶ月で8回ほど治療してもほとんど良くならない。
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<問題15>
 顔面麻痺の鍼灸治療の症例が多数集まったので症例検討を行った。そこで以前よりいわれている「3週間以内に治療を始めないと治りが悪い」ということが事実かどうか検討した。鍼灸治療方法は基本的には両群とも同じ。
 麻痺スコア及びVASを指標として検討して、変わらないかスコアとVASがともに半減してない若干の改善を「無効」、スコアとVASのどちらかが半減以上している場合を「有効」、ほとんど改善した場合を「著効」とした。そして症状発症後3週間以内に治療開始した群とそれ以後に開始した群で「無効」と「有効」+「著効」を調べたところ表2のようになり統計的にも有意となった。
 やはり、3週間以前に治療を開始した群の方が明らかに良かったので学会に発表しようと母校の先生にお見せしたところ、「この研究ではそんなことは一つもいえないよ」といわれてしまった。何故だろうか。

表2.顔面麻痺における治療開始までの発症期間の違いによる有効性の違い
 3週間以内に治療開始:無効  6例 有効+著効 15例
 3週間以後に治療開始:無効 11例 有効+著効  5例

<参考文献>
1)小川卓良「愁訴からのアプローチ」医道の日本誌 巻12号

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